41,ブリザードメイデン・ヴァーサス《後編》
清涼感溢れる水色装甲が、白い霜に侵食されていく。
ザ・キルブリンガーズの刺客、【凍殺】の雪結苺織留。
彼女がが駆る、冷気を操る狼獣人型殺尽機、殺超露冷呑が、早速その本領を見せる。
コゴエロッテの蒼眼が真っ直ぐに見据える先にあるのは四〇メートル級の雪ダルマ……【白薄氷の厚化粧】を纏った【鬼羅愛雪歩舞姫】!!
『さっき、その雪ダルマを展開する時……【アーマードなんちゃら】って言ってたのは聞いてたしッ!! 察するに、その雪ダルマは【特殊装甲】……【反射】とかされたら不味いから、まずは威力の小さな小ワザで小手調べするしッ!!』
大学デビュー組の田舎娘の癖に、意外にしっかりと戦闘プランを構築して戦うタイプの織留。
『やぁぁッ!! 【氷をも戒める冷気】ィッ!!』
真っ白に染まったコゴエロッテ。その頭部、口に当たる部分が、ガパッと裂けたッ!!
喉奥からせり出し、牙のアーチをくぐって現れたのは……砲身ッ!!
その砲門からボファッと放出されたのは……白い煙玉ッ、冷気の塊だッ!!
冷気の塊は空気を切り裂いて真っ直ぐに雪ダルマに被弾ッ!!
瞬間的に拡散…したかと思いきや、すぐさま【白い鎖】へと変貌して雪ダルマを雁字搦め的拘束ッ!!
『!』
『獲ったし!!』
今の【氷をも戒める冷気】は冷気による着弾展開式の捕獲弾。余談だが、ネーミングはコゴエロッテのデザインモチーフでもあるフェンリルヴォルフを捕獲する際に用いられた二つの鎖に由来する(まぁ、どっちもフェンリルヴォルフの捕獲には失敗しているが)。
その冷気弾は何かに衝突した瞬間に冷気を拡散させ、その冷気を瞬時に白氷の鎖に変換、圧縮。衝突物を拘束する。
拘束の勢いがすごいのでその衝撃で相手の装甲に微ダメージを与える目論見もある。
『どう? その鎖は与えられるダメージこそ少ないけど、一度拘束した相手をそう簡単には逃がさないんだし!!』
キラメキフブキの雪ダルマ装甲が単純なアーマーなのか、それとも反射などの特殊効果を持つスペシャルアーマーなのか。
それを計るため、織留はこの技を初手に選んだ。
単純なアーマーならばそれで良し。ダメージは微塵も通らなくとも、拘束できて一手得。
特殊なアーマーで反射されたとしてもあの白い鎖に大した攻撃力は無い。拘束されようと自身の技だ…すぐに解除できる。
その他の特殊効果を持っているならば、鎖の反応からそれを推測する。
織留は研究熱心な大学生。【観察眼】には傲りを抜きにして冷静な自己分析をした上で自信がある。
さぁ、何が起こる。
織留が緊張の意図を緩めずに見守る中……雪ダルマを拘束していた白い鎖が……【砕け散った】。
白い鎖は完全にただの冷気となり、雪ダルマの周囲に滞空。
ただ【雪ダルマの周囲を冷やすだけ】の存在へと成り下がる。
『ッ!?』
馬鹿な、と織留は驚愕絶句。
今、雪ダルマは……雪吏乃は、何もしていない。
だのに【氷をも戒める冷気】が砕け散った。
拘束力には定評がある【氷をも戒める冷気】が、あの【氷をも戒める冷気】が……まるで元ネタの名前負け甚だしい鎖の様に、拍子抜けするほどにあっさりと砕け散ってしまった!!
不思議千万。
不可解至極。
一体、今、何が起きた……!?
『まるで、【氷をも戒める冷気】を形成している【殺尽機エネルギー】が【いきなり吸い尽くされて失くなってしまった】様な…………ッ、ま、まさか……あの装甲は……』
流石は優秀大学の現役学生にして研究熱心な優等生と言った所か。
織留は僅かな要素から、【白薄氷の厚化粧】の本質をかなり正確に察した。
そう、第一部既読の方はご存知だろう。
雪吏乃のキラメキフブキが誇る無敵装甲、【白薄氷の厚化粧】。
それは、キラメキフブキが生み出す【普通の雪が触れた物の熱エネルギーを奪う様に、あらゆるエネルギーを奪っていく特殊雪】で形成された鎧ッ!!
即ち、その特殊雪に触れたら最後、機装纏鎧も魔機鞍も殺尽機も関係ない!! 更に言えば人も妖怪も悪魔も犬も兎もミミズもオケラも関係ないッ!!
触れた瞬間に…つまり攻撃を加えた瞬間に、その白き装甲にあらゆるエネルギーを奪われ、無力化されるッ!!
白い鎖が砕け散ったのは、全く以て織留の推測通り……【白薄氷の厚化粧】に【技を成すエネルギー】を吸い尽くされたから!!
『ッ……!!』
理解した瞬間に、織留は戦慄した。
そんな鬼畜インチキ装甲、どうやって攻略すれば良いの?
コゴエロッテの最強兵器を用いたって、その最強攻撃を形成するエネルギーを吸収されてしまうのでは……
『…………い…………』
『……へ……?』
ふと、雪ダルマ状態のキラメキフブキから、声。
『……寒いッ……!!』
ばっかーんッ!! と雪ダルマが砕け散り、中から水晶で形成された美しい和風美人型機動兵器キラメキフブキが飛び出した。
雪ダルマ装甲をパージアウトしたキラメキフブキは着物風の装甲の裾のスラスターを点火し、全速力でその場から離脱ッ。
白い鎖の成れの果てである冷気が漂うポイントから距離を取って着地した。
『……!? 自ら、装甲を捨てた……!?』
何故? と織留が疑問に思っていると……
『……この鬼畜ッ……』
『え、えぇ……!?』
さっきまで鬼畜インチキ装甲を展開していた分際で、雪吏乃のこの発言である。
『【白薄氷の厚化粧】の見た目的に、展開中は移動できないのは想像できるはず……だのに……だのにそんな私の周囲を【冷やす】なんて……鬼畜ッ……鬼畜の所業でしかないッ……!!』
『あ、ぁの……ご、ごめんなさい……』
戦闘開始前のクールさが微塵も無い雪吏乃の怒りの抗議に、織留は思わず謝罪。
……そう、これまた第一部既読……と言うか、前回既読の方はご存知だろう。
雪吏乃は、雪妖精ではあるが……寒さにめっぽう弱いのである。
だのに、だ。【氷をも戒める冷気】が砕けて霧散した冷気に、一気に冷やされた。
流石のクールクレバーな温和主義者である雪吏乃でも、余りの仕打ちにご立腹プンプン丸ランペイジバーストである。
『私はすごく寒いの嫌いッ……もはや寒さは天敵と言っても良い……もうそう言う悪ふざけは誓ってやめて欲しい……流石に私も許せる限度と言うものがある……!!』
『ぇ、でもその……コゴエロッテは冷気での攻撃がメインだから……』
『……この期に及んで、まだ私を寒がらせるって言うの……!?』
『えぇと……その……一応、悲しいけどこれは【戦い】だし……寒いのが弱点だって言うなら、むしろ利用すべきじゃあないかなとか思ったりも……』
『……ッ……!?』
おのれイカれ外道。と言う気持ちを込めた視線をコゴエロッテに向けながら、雪吏乃は考える。
キラメキフブキの特性【白き深淵の底で】には、袖口から特殊雪を放出する以外にももう一つ効果がある。
それは、キラメキフブキを中心とする半径三〇〇メートル圏内に特殊雪をしんしんと降らせる、と言うもの。
ただし、その効果には一つ欠点が。
……【時間がかかる】のだ。
かつて皿助と戦った時の様に【元々雪が降っていれば】、かなり早めに発動するのだが……初夏迫る快晴の今日、そう早々には発動してくれない。
まぁそれでも【本来】ならば問題は無かった。
何故なら、キラメキフブキの常勝法は【白薄氷の厚化粧】と言う無敵装甲に引き篭り、降り注ぐ雪が相手の全エネルギーを奪い切るのを待つ……と言うものだからだ。
元々、時間を費やして敵を制圧する仕様の機体なのである。
だが……その常勝法は今、まさに打ち砕かれた。
コゴエロッテは、冷気を武器とする……!!
つまり、キラメキフブキの周囲の温度を下げ、非常に寒くする事ができるッ!! 【白薄氷の厚化粧】に引き篭った所に、また周囲を冷やされたらたまったもんじゃあない。
『……相性、最悪………………仕方無い』
『? 何? 降参でもしてくれるの?』
『ううん。ただ、前言撤回をする』
『前言撤回……?』
『私は、貴女と……【戦う】』
先ほど雪吏乃は、織留に対して「制圧する」と言った。
それは、キラメキフブキの常勝法が「戦う」と表現できるものではないから。
だから、改めて言い直した。
『……【嫌いな奴を思い出す】し……【乱暴】になるから、本当はすごく使いたくないんだけど…………【武圧刕充】システム、起動』
それは、皿助&冠黒武との敗戦を受けて、天狗族の妖術学者が「うッふゥん……【対策】を施す事による【成長】って素敵だと思わなァい? 先人が残した【過去】の記録や己の【経験】から【学び】、そして【発展】するのが科学の醍醐味よォォォん」とノリノリで開発し組み込んだ……キラメキフブキの新たな力。
キラメキフブキの常勝法が何らかの要因によって破られ、【一方的な制圧】が難しくなった際。
キラメキフブキが、【戦う】ための力。
その名は【武圧刕充】。
煌く舞姫の舞踏は、荒々しき武鬼の武闘へと変わる。
最初に起きた変化は、頭部。
キラメキフブキのクリスタルな額を穿ち、血液を固めて宝石質にした様な【真紅の角】が二本、出現したのであるッ!!
『つ、角……!?』
それを見た織留は思った。「まるで鬼の角みたいだ」と。その印象は間違いではない。
雪吏乃は【純血の雪妖精】ではない。
彼女の父は【鬼】だ。まぁ流浪のちゃらんぽらんなチャラ男的鬼だったために遺伝子も軽薄で弱っちかったのだろう。雪吏乃にはほとんど鬼要素が無いが。
そんな雪吏乃の出自を知る天狗族の妖術学者が、彼女に眠る鬼族の血をモチーフに設計したのが【武圧刕充システム】である。
真紅の角の侵食を受ける様に、キラメキフブキの機体カラーが紅く染まっていく。
『鬼染紅蓮…【鬼羅愛雪歩舞姫・武圧刕充】……』
美しき姫君が、呪われた鬼へと変貌する。
手を変え品を変え、昔話によく用いられたシチュエーションだが……接吻や愛の言葉を以て鬼を沈める王子は不在。
……ちなみに、キラメキフブキが元々は雪妖精一族の催事に用いられていた伝統的な機体である事は覚えているだろうか。
もし、しきたりや伝統を重んじる傾向が強い純血の雪妖精が、天狗族のイカれ妖術学者によって魔改造されてしまったこの紅蓮のキラメキフブキを目にしたら……まず憤死は避けられないだろう。
◆
「何だ……雪吏乃さんの雰囲気が……妙に禍々しくなったぞ……!?」
雪吏乃を信じ、大人しくギャラリーに徹していた皿助も、キラメキフブキのこの変化には流石にビックリ唖然のリアクションを隠しきれない。
今のキラメキフブキからは、妙に禍々しい波動を感じる……!!
「あの感じは……」
「! 知っているのか、晴華ちゃん!」
「……はい。多分」
晴華は、今の雪吏乃の雰囲気と【同質の何か】を、一度目の当たりにした事がある。
それは……
「確か……半年前……べーちゃんとテンちゃんが戦ってる時に……!!」
◆
『ッ……雰囲気が……すごく変わった……!』
何かが恐ろしい。キラメキフブキ・ウォーリアに対し直感的に危機感を覚え、織留はコゴエロッテを身構えさせた。
逡巡する。こちらから仕掛けるべきか……それとも、まずは様子を見て後出しに動くべきか。
『ッ、ここは……大胆に行くしッ!!』
織留は決めた。自ら仕掛けるッ!!
改めて、コゴエロッテの口部分から砲身を露出させる。
『最大パワーッ!! 【滅びの寒波】ッ!!』
コゴエロッテの全身から、更に冷気が溢れ出す。
今度は機体の装甲のみならず、グラウンドにまで白い霜が張り出したッ!!
グラウンド全体に、冷気の侵食が広まっていく……!!
コゴエロッテがこれから砲門から放つのは、白いレーザービーム……ではなく、白いレーザービームと見間違う程の質量・密度・速度を誇る冷気の砲弾。
冷気を武器とするコゴエロッテの最強技。
それはただ単純に、だが強烈に、すごく冷たい冷気を攻撃に転用する事ッ!!
その温度は絶対零度ッ……人類が観測できる次元に置いて、最も寒い温度ッ!!
最寒の冷気によって形成される超出力砲撃であるッ!!
今はそれを放つための、溜めの段階ッ!!
溢れ出した冷気が、急速に周囲を冷やしていくッ!!
『さぁ……凍えちゃえぇぇぇーーーッ!!』
最寒の冷気砲【滅びの寒波】冷気充填率一〇〇%。発射準備完了。
この一撃で決める。
これで決めてしまえば、キラメキフブキ・ウォーリアがどんな性能を秘めていたって関係無い。
この一撃は防げない。防ごうとしたって、盾にしたものと諸共に相手を凍らせる。
回避するにも、レーザービームに匹敵する速度。そう簡単には避けれないし、掠ればそれで決まる。
だが、
『……ねぇ、寒いの嫌いって、言ったよね……?』
織留は一瞬、耳に液体窒素を流し込まれた気分だった。
それくらい……【傍ら】で響いたその声は、冷たく、恐ろしい何かを孕んでいた。
『え……なん、で……』
コゴエロッテとキラメキフブキ・ウォーリアの間には、とても距離があったはずだ。
だのに何故。どうして。
キラメキフブキ・ウォーリアの紅く尖った禍々しい指が、既にコゴエロッテの喉笛にめり込んでいるのか。
『寒いの嫌いって、言ったのに』
『げ、あ……ッ!?』
凄まじいパワーで喉を掴み上げられ、織留は汚濁混じりの悲鳴を上げる。
『言ったのに…言ったのに。言ったのに、言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに言ったのに』
呪いの言葉の様に、雪吏乃はそれを連呼する。
回数を重ねる度に、ズグズグと、コゴエロッテの喉に紅い指が食い込んでいく。
……キラメキフブキ・ウォーリアに搭載されている【武圧刕充システム】は、少々【物騒】だ。
起動者のある【特定の感情】を拾い、増幅して還元する事で、感情を昂ぶらせ、機装纏鎧の出力に直結する【気合】の精製量を増加させる。
言うなれば天狗族が鋭意開発中の兵器【禍弄魔(起動者の丹田に直接干渉し、無理矢理に限界を越えた気合を抽出する装置)】の亜種的なもの。
つい最近、試作の禍弄魔が【実戦運用段階に到達した】事を受け、ある程度の技術転用が可能になった結果、実現したシステムである。
禍弄魔ほどの馬鹿げた出力増強は望めないが……
気合を増量させるリソースが起動者の感情に依存するため、丹田に【不自然な負荷】を与えずに機体を強化できる。
かつて天狗姫との一機打ちにおいて、皿助が怒りの極致に達して発動し、ダイカッパーを超絶強化した【狂静怒】があるだろう。【武圧刕充システム】は、あの状態を再現するシステムと言っても良い。
まぁ、もちろんやはり最近運用され始めたばかりなので研究は浅く、若干の副作用はある。
それが、今の雪吏乃の状態。
雪吏乃は今、【激昂状態】にある。
それもそのはず。
何せ、【武圧刕充システム】が拾う【特定の感情】は、【怒り】なのだから。
天狗族のイカれ妖術学者の弁は、こうだ。
―――怒りに任せて力を振るう……野蛮な【鬼】には相応しいじゃあない?
要約。
強制的に起動者を激昂状態に導き、機体出力を跳ね上げさせる。
それが、【武圧刕充システム】。
『か、が、ぅ、こ、れ、じゃあ……!!』
コゴエロッテは喉を掴み上げられているため、口…即ち砲門は、天を向いている。
この状態で【滅びの寒波】を発射しても、当然キラメキフブキ・ウォーリアには当たらない。掠らせる事も難しい。
『貴女には、少しお仕置きが必要。絶対に必要』
さて、いくら【武圧刕充システム】がトンデモな機体強化システムだと言ってもだ。
キラメキフブキは元々が催事用であるため、そんなに性能が高くない。天狗族のイカれ妖術学者が可能な範囲で調整してくれたのでコゴエロッテの喉を掴み上げて苦しめる事ができる程度のパワーは出せているが……そのまま喉笛を握り潰すなんて荒業は流石に不可能。
『貴女はこのまま苦しみながら、【自分が掘った墓穴】に埋まると良い。そう、それが良い』
『ぼ、け、つ……!? …………ッ!?』
丁度、その時。
空から、静かに舞い降りた、白い何か。
それは、雪。
もうすぐ初夏だと言うこの時期に? と織留は驚いたが、すぐにそれどころではなくなった。
舞い降りた雪がコゴエロッテの鼻先に触れた瞬間に、織留の身体をとある実感が包んだのだ。
それは、僅かな【脱力感】。
『まッ、ざ…か……ご、の、雪、は……!?』
キラメキフブキ本来の特性が持つ効果の一つ。
キラメキフブキを中心とした半径三〇〇メートル以内に降り注ぐ、【あらゆるエネルギーを奪い去る特殊雪】。
『貴女がさっき、何をしようとしたかは知らないけど……悪戯に気温を下げてくれたおかげで、想定よりも早く降ってくれた』
コゴエロッテが【滅びの寒波】発射準備段階で零していた強烈な冷気が、この雪の発生を早めた。
『……ぁ、が、あ、ああぁ、あぁぁぁぁ……』
『苦しみ喘ぎながら……少しずつ、少しずつ、感じて。雪の冷たさに、力をもぎ取られていく感覚を』
それが、激昂状態にある雪吏乃が織留に与える、一切の容赦が排除されたお仕置きだ。




