40,ブリザードメイデン・ヴァーサス《前編》
「お前の様な役立たずの乳にはお仕置きが必要クマ。力いっぱい揉みしだいてやるクマ(揉めば揉むほど早期に垂れやすくなるって聞いたクマ)」
「ひ、ひぇッ、堪忍、ご堪忍を熊耳お代官様!! あーーーれーーー!!」
熊耳の悪魔令嬢と巨乳の河童姫のわりかし楽しそうな戯れはさておき。
「とにかく……妖界側の事情とスタンスは理解した。晴華ちゃんの言う様に、頼らせてもらうとしよう」
皿助を友とし、そして頼られる事を「誉れ」だと断言してくれるならば……ここは是非、頼らせてもらう。
「でも皿助…本当に大丈夫ガミか? まさか、他の友達も全部あんな感じとか言う落ちはないガミ?」
「大丈夫だガッさん。晴華ちゃんは俺の友人の中でも群を抜いている」
「安心したガミ」
まぁ、ああ言うドジな所も晴華の良い所だ。癒し要員的な意味で。
ただ今必要なのはマスコットではなく助ッ人。重要なのは癒しの力より高い戦闘力。
「しかし……」
皿助は妖界に何名か友達と呼べる存在がいるのは確かだが……果たして、どのバッジが誰に繋がっているのか。
「ダビデさん、スーパー☆テイルさん。どれが誰に繋がっているかは……」
「え、ぁ、その……」
「流石にそこまでは把握してねぇナ」
「そうですか……ならばとりあえず、ここは順番良く行ってみよう」
と言う訳で皿助は学ランの袖に装着した晴華のキュウリバッジの隣り、雪ダルマが描かれた妖怪バッジに指を添える。
そして、先程スーパー☆テイルに教えてもらった妖術的合言葉を叫ぶ。
「出てこい俺の友達!! 妖怪バッジ、ドライブ・オン!!」
『レディース&ジェントルメンッ!!』
バッジから響いた先程と同様の口上。そしてこれまた先程と同様、どこからともなく和太鼓の音色!!
『今からするYO、妖怪召喚♪ よく見て開眼♪ 驚け感嘆♪ それはともかく美味いぜ牛ターン♪』
ここまでは言わばテンプレート。
ここから、呼び出す妖怪の種族にちなんだ謎ラップが始まるッ。
『大体美形のジャック・フロスト♪ 一級品だぞ白き演舞♪ 見ときな舞台の幕開くと♪ 真ん中照らすぜスポット・ライト♪ ライトの熱で溶けんじゃねーぞ♪ クールにコールでヒィィィホォォォ~♪』
「! 雪妖精……と言う事は……」
謎ラップは今確かに、雪妖精と言った。韻を踏んでいたのでアクセントは若干違ったが。皿助は耳が良いので滅多に聞き違えないから間違いない。
皿助の友と言える程に親しい雪妖精は、一人しかいない。
皿助がこれから出てくる者が誰かを察した直後。雪ダルマが描かれたバッジから、白銀に煌く白煙が……いや、ほんのり冷たい……これは雪煙ッ!! 雪煙が吹き出したッ!!
そして、その雪煙の中から浮かび上がる様に出現したのは……白い生地に水色を用いて降雪を表現している着物を纏った女性。
薄く透き通った白銀の髪に、血が通っているかも怪しい程に雪めいた白さの肌。蒼白の宝石であると言われればすぐに納得できる美しい瞳。
初見ならば誰もが息を飲むだろう、浮世離れした麗人であるッ!!
「呼ばれて来たよー……えーと、じゃじゃじゃじゃん? で良いんだっけ?」
「雪吏乃さん!!」
彼女の名は純白院雪吏乃。
雪の化身である【雪妖精】と言う種族の妖怪だ。正確には【鬼】の血も混ざっているが。
天狗軍の傭兵部隊【MBF】の総隊長を務めており、かつては天狗姫・天跨からの刺客として皿助と対峙。その際、白き理不尽を以て皿助を圧倒してみせた。ズバリ強敵として立ち塞がったお方。
まぁ、天狗姫の件はとっくの昔に片付いているので、今では普通の友達だが。
そして実はこの雪吏乃……
「……って言うか、何この雪煙……寒い……へくちっ」
雪の化身だのに、寒いのがすごく苦手。「河童だって河の童と書くのに泳げない子がいるでしょ? それと同じ」と言うのが雪吏乃の弁。
「雪吏乃さん、お久しぶりです!! 相変わらず寒さが苦手なんですね」
「やっほー皿助。おひさ。うん。まぁ、寒さは永遠の敵だと思う」
これは実に頼もしい助っ人だ。
何せ、雪吏乃は皿助一人では手も足も出なかった恐ろしい機装纏鎧【鬼羅愛雪歩舞姫】を所有している。
戦闘能力はほぼ皆無だが、【触れたモノのあらゆるエネルギーを奪い去る雪】を降らせたり、身に纏って【白薄氷の厚化粧】と言う無敵装甲を展開する事もできる【敵の無力化】=【制圧力】に特化した機装纏鎧だ。
弱点は【炎熱属性の妖術武装に弱い】の一点のみ。つまり、炎熱属性の妖術武装を駆使できなければ抵抗すら許されない理不尽さを誇る!!
付いた通り名は【不戦の白逝鬼姫】ッ!!
つまり、少年漫画で言えば【味方陣営にいると強過ぎて扱い辛いため出番が全然もらえない…最悪、作者の都合で殺される事もあるレベルの強キャラ】ッ!!
「で、私に何か用?」
「はい……申し訳無いのですが、少し物騒なニュアンスで力をお借りしたく……!!」
「うん。いいよ。荒事は好きじゃあないけどお手の物」
流石は武闘派妖怪【天狗族】に雇われる傭兵のトップ。
「で、何をどうすれば良いの?」
「俺の代わりに、あの女性を退けて欲しいんです」
皿助が視線を送って指した先にいるのは、黒ビキニのギャルお姉さん、織留。
「掻い摘んで説明すると、彼女は【人間界にいる悪魔を殺害するか魔界に送還して人間界より駆逐する事】を目的とした組織の一員なんです」
「なるほど。皿助はそれに納得できなくて戦ってるんだ。キッカケはあっちで晴華を滅茶苦茶にしてる熊耳の悪魔さんかな? で、なんらかの理由で皿助自身では戦えなくなったから、助っ人が必要」
「はい。お察しの通りです……恥ずかしながら魔力…気合の配分を間違えました……!! 未熟うらめしいッ……!!」
「うん。大体把握した。皿助も晴華を助けてた時から相変わらずなんだね。何て言うか……トラブルダイバー?」
「……不服ッ……しかし否定し難いッ……!!」
こうも皆が皆、皿助にトラブルダイバーの烙印を押す以上、それはやはり客観的事実なのだろう。
「本来ならば雪吏乃さんは無関係な話……巻き込むのは気が引けますが……どうか、お力を貸してはいただけないでしょうか!」
「さっき、いいよーって言った」
頭を下げた皿助に、雪吏乃は大した事も無い様子で軽く承諾の返事。
「ッ……ありがとうございます!!」
「うん。任せて。……じゃ、皿助も周りの人達も下がってて。できれば、木陰とか、何か天井のある所に入っててくれると余計な気を使わなくて楽」
「はい!! よし、下がろうガッさん、ダビデさん、スーパー☆テイルさん!!」
織留への対処を雪吏乃に任せる以上、皿助は今自分ができる事に全力を尽くす。即ち、皆を連れて全力で下がり、グラウンドの隅に生えている木の陰を目指す!!
「あと、そこォッ!! いつの間にか全年齢向けサイトでは描写できない領域に達しつつある晴華ちゃんとクーたんも下がるぞ!! と言うか一体どうしてそこまでハッテンした!? 割と晴華ちゃんが嫌そうな雰囲気ではないから平気だろうと放置してたらッ!!」
「ぷっは…むふー……ごめんクマ。途中から変なスイッチ入ってたクマ」
「はぁ…はぁ……ぁ、危なかったです……たまに従姉妹とやる【悪代官と茶屋娘ごっこ】的なノリでされるがまま受けに回ってたら……!!」
「晴華ちゃん…そんなんだから君は危ない性癖の天狗姫に狙われたりするんだ!!」
いささか性的に無防備過ぎる節がある。天跨が夢中になる訳だ。
それはともかく、後退だ後退。
「今度こそ、ちゃんと戦う感じだし?」
待ちくたびれたんですけどー…と織留は背伸びをしながら溜息。
「うん。私は純白院雪吏乃。皿助の代わりに貴女を制圧する」
「ウチは雪結苺織留だし。……にしても【制圧】ね……ふぅん……戦いにもならないと? 大人しそうな顔して自信満々系?」
「まぁ、それなりに自信と実績はある。……じゃあ、まずこっちから行く」
雪吏乃が袖口から取り出したのは、一本の櫛。全体が透き通る薄水色をしており、まるで氷から削り出した様な外観だ。
その氷の櫛を天へと掲げ、雪吏乃はその名を呼ぶ。
「機装纏鎧……【鬼羅愛雪歩舞姫】」
陽光を受けて煌く氷の櫛から、白い旋風が吹き出した。
白い旋風は雪吏乃を覆い隠す様に渦巻き始める。
白い幕が切り開かれて現れたのは、まるで水晶の様な素材で全身を構成した人型兵器。ざっくり目算で三〇メートル級。女性的な曲線が目立つデザインに、振袖を彷彿とさせる形状を取った氷の装甲を纏っている。
パッと見は【巨大な和装美女の氷像】だが、分類は立派な機動兵器。
「わぁ、すっごく綺麗じゃん……」
キラメキフブキが振りまく【兵器とは思えぬ優美さ】に、織留が思わず見蕩れた直後。
『【白薄氷の厚化粧】』
キラメキフブキの両袖から【白い物体】…【雪】が吹き出した。
吹き出した雪はキラメキフブキの全身にベタベタと張り付き、重なり、分厚くなり……最終的には全高四〇メートル級の巨大な雪ダルマに。
「…………なにそれ…………」
美しさは包み隠され、緩さが前面へ。
そんなキラメキフブキの変貌を受け、織留は呆然。
『どうしたの? 何か機動兵器、使うんじゃあないの?』
「ぇ、あ、うん……まぁ、使う感じだけど……」
釈然としない。と言う雰囲気を振り切れぬまま、雪吏乃に促されて織留も戦闘準備に入る。
水色の指輪を嵌めた中指を天へと掲げ、ザ・キルブリンガーズお決まりのポーズ。
「冷やし殺すし…【殺超露冷呑】」
水色の指輪がキラリン☆と瞬いた次の瞬間。
織留の足元、地面を穿ち、水晶質な巨大立方体が出現した。立方体に押し上げられる形になり、織留は天へと登っていく。
立方体のせり上がりが止まったのは、織留が大体地上三〇メートルくらいの地点に達した頃。
リフトアップ終了と同時に、織留が消えた。
正確には、立方体の天辺、織留が立っていた場所に穴が空き、その中へビリアードの球の如くストンッと落ちたのである。
織留を取り込んだ立方体の中で、蒼穹を思わせる碧い双眼が光を帯びる。
そして、立方体が崩壊ッ!! 内側からクラッシュッ!!
立方体を砕き散らして現れたのは、水色の装甲に身を包んだ三〇メートル級の【獣人型】の機動兵器。
二足で立ってはいるが、爪先の比率がやたらに広く、ほぼ爪先のみで全自重を支えている。足の裏に当たる部分がやたらに長く、踵が大分高い位置にある。いわゆる【ケモ足】と言う奴だ。
姿勢は中々の猫背。人間ならば医者の介入が必要になるレベルで背骨が前傾。
頭部の形状は、人に寄っては「犬、絶対にわんわん!!」と主張するだろうが、おそらくは【狼】。
総評、涼し気なカラーリングの狼獣人型機動兵器ッ!!
『さぁ……やるわよっての!!』
織留が意気込みのセリフを吐いたと同時、狼獣人型機動兵器…コゴエロッテの全身から、白いモヤがゆらりと立ち始めた。
あのモヤは……冷気ッ!! ドライアイスが纏ってるのと同じ種類の奴だ!!
余談だが……【冷気】と【狼】……極寒の地を駆け揺らすとされる狼の怪物【フェンリルヴォルフ】を彷彿とさせる組み合わせだッ!!
美女が野獣になったッ!!
『改めて名乗っとくし……ウチはザ・キルブリンガーズ七殺衆、【凍殺】の織留……!! 凍殺特化型殺尽機、コゴエロッテの冷気で……その雪ダルマをカチンコチンダルマにしてやるし!!』
◆
「【凍殺】ガミか……どうやら、あれは冷気を操る殺尽機っぽいガミね」
グラウンドの隅に生えていた木の陰に避難完了し、ガミジンが状況分析&解説を始めた。
「おうおう、面白い対戦じゃねーかヨ。雪の妖精と冷気の狼の一機打ちってカ。良い勝負に……」
「……いや、不味い……非常に不味いぞ……」
スーパー☆テイルのノーテンキな発言に水を差したのは、皿助。
「あぁん? 何が不味いんだヨ? むしろ絶好だロ? 人間の科学力程度で作れる冷気で、雪妖精に敵うかヨ」
ああ、普通なら、そう考えるのが自然だろう。
現時点では人間の科学よりも妖怪の科学の方が優れているのに加えて、雪吏乃は種族的に雪や氷に縁がある。
夏を満喫するスタイルだった織留が冷気を武器とする人間の兵器を使って、どうやって雪吏乃を脅かせるものかと思うのは当然至極の心理。
「貴方には好機に見えるんでしょう……しかし俺には危機に見えます……!!」
「べーちゃんに同意です……!! 雪吏乃さん……だ、大丈夫でしょうか……」
だのに、何故、皿助と晴華は絞首台の頂点に立つ仲間を見る様な絶望的視線を雪吏乃の方へ送るのか。
二人は、知っているのだ。
雪吏乃と今日初対面なクマリエスやガミジンは当然として、名前と見た目くらいしかご存知ないダビデやスーパー☆テイルが知らない、ある事を。
「一体何がどうしてそんなに不安そうなんだクマ?」
「……クーたん……雪吏乃さんは実は……【寒いのが苦手】なんだァーッ!!」




