35,ジェネラル・エイプ
奥武守公園、噴水広場。
DAIカッパーに放り投げたチッソクサセンゾーが転がった破壊痕を囲む様に、小さな生き物が大集結していた。
それは奥武守公園名物、野生のカピバラと野生の猿。
中にはカピバラに乗った…つまりカピバライドした猿、カピバラライダーもチラホラ。
「キキィィィーーーッ!!」
一際大きなカピバラにライドした赤い野球帽を被った猿が、子供用の玩具スコップを掲げて咆哮。
「ぶぶーッ!!」
「うっきゃー!!」
その咆哮に連鎖して、広場に集結した大量のカピバラと猿の軍団が大声を張り上げる。
さながら熱狂のアルプススタンドにも近い雰囲気。
一体、これからこの場所で何が始まるのか。
「キィーーーァァッ!!」
野球帽の猿が軍配の如く玩具スコップを振り下ろすと、カピバラと猿の軍団は一斉に散開。
広場中に散乱する瓦礫を、カピバラは咥え、猿は抱え、一箇所に集めていく。
そう、【お片付け】である。
これも奥武守公園名物、カピバラと猿による公園管理。
ここのカピバラと猿は公園の施設の清掃整備や破損の修復などを、誰に仕込まれたでもなく自発的にこなすのだ。
この公園を自ら達が生きそして死ぬ場所と定め、愛しみを持って生きているのかも知れない。
「ほへー…よくやるクマ」
ガミジンに跨り、その様を無関心そうな目で撫ぜる様に眺めるクマリエス。
対照的に、その隣りに立つ我らが皿助はとても大型の苦虫を噛み潰した様な表情で【お片付け】を見守っていた。
「ぬぅぅ……申し訳ない、猿の大将殿。貴方達の居場所をこんなにも壊してしまった……」
皿助は当然【お片付け】を手伝おうとしたのだが、野球帽の猿…大将に「素人は下がっとれい!!」と怒られてしまったので見守るしかない。
「キキッ、キキ?」
「ふむ……皿助。大将殿は『んな事より、おたくら…この公園に入ってきた時なんか急いでる風じゃあなかったか? 大事な用事があったんじゃあねぇか? その用事は良いのかい?』と言っているガミ」
馬の癖に猿語も堪能なガミジンによる通訳。
しかしたった五音でこれだけのニュアンスを含むとは、猿語、便利である。
「ぬ……まぁ、確かにそうなんですが……」
皿助は今、【今の所、悪魔を理不尽に虐げようとしているとしか思えないハイド博士の事情を聞き、説得なり打倒なりしてその行為を止めるためにエジプト展へ向かう旅路】の途中である。
だが……ハイド博士の件を終わらせてから修繕に向かってもそれまで誰かの生活に支障が出る訳でもないだろう燃乃望塊川河川敷と違い、この広場は数時間後には利用者が現れ始めるだろうし、何よりカピバラや猿の生活区域。
それを必要以上に破壊してしまった罪悪感から、皿助としては、このままスルーして先を急ぐのが気分的に難しい。
「キッキ。キキキ」
「『そこにボーッと立たれてても邪魔だし鬱陶しいぜ。それに誰も得しねぇ。ここは俺らに任せてさっさと行けバーローこの野郎』だそうガミ」
「しかし……」
「キキャァ」
「『ガキ坊に心配される程、俺達この公園の民はヤワじゃあねぇァ。……だが、まぁテメェの気持ちもわからんでない。……そうだな。じゃあ今度、【バナナ酒】を持って詫び入れにきな。とびきり良い奴をだぜ』」
「た、大将……!!」
子供に酒を要求するなど、なんて猿だ……なんて思ってはいけない。
本当は大将だって、皿助みたいな未熟者に物理的誠意を要求するなんて気乗りしていない。
だが、「ただ優しくされても、罪悪感は消えない」と言う事を、大将は知っているのだ。
だから大将は、罪悪感に押し潰されそうな皿助に、その感覚から解放されるためにはどうすれば良いかを的確に提示してくれた。
皿助もそれを理解した。言葉には出されずとも、魂で理解できた。
「キキキッ。ゥキ」
「『わかったら、さっさと用事を片付けてバナナ酒を買ってこい。そうすりゃあ皆ハッピーよ』」
「……わかりました……!! 俺の幼馴染に、とても腕の良い八百屋…その後継がいます……あいつならきっと良いバナナ酒を仕入れるルートを知っている……最高のバナナ酒を納めると約束しましょう!!」
斜め四五度のおじきを一度。それから皿助は、一切振り向かずに進み始めた。
「行こう、クーたん、ガッさん!! ハイド博士を止め、最高のバナナ酒を仕入れに!!」
大将が押してくれたこの背中に誓って、必ず。
◆
皿助達が去った奥武守公園噴水広場。
カピバラと猿に「邪魔」と隅に寄せられた義田は、未だに白目を剥いて失神中。
「……やれやれ。回収に来るのが遅かった様ですね」
そんな義田を見下ろす一人の女性。
白衣に身を包んだポニーテール眼鏡…ザ・キルブリンガーズ七殺衆チーフ、有裏存アムだ。
義田からの報告が無い事を不審に思い、確認に来てみればこの様である。
しかも、今回の皿助達は用意周到。
義田の右手中指から殺尽機の指輪を外し、再利用できない様にきっちり踏み砕いていた。
「量産体制確立済であるボックサッツは無事回収できて、一張羅であるチッソクサセンゾーを失うとは……【よりにもよって】とはこう言う時のためにある言葉ですね。少々がっでむ」
数合わせ幹部の臼朽とは違い、義田ならまぁやってくれるだろう……とタカをくくったのが失敗だった。
義田の後ろ襟首を掴み上げ、引き摺る準備をしながら、アムは溜息。
「……確か鳴子もイケると言っていましたね。次は彼女に動いてもらうとしましょう」
アムがスマホを取り出そうとした、その時、
「ぁ、あのぅ…………ちちょ、ちょ…ちょっと、あの……お聞き……その……」
「…………?」
丁度広場にやって来た大男が、アムに声をかけてきた。
黒と黄色のストライプ…虎の毛皮の様な髪に、その髪色に合わせたらしい虎柄のファーコートを身に纏った派手な大男だ。
その「プロレスラーかな?」ってなるガタイや「関西あたりのヤクザさんかな?」ってなる服装に見合わず、大男の態度は実に歯切れが悪いと言うか、ナヨい。
痛めている訳でもなさそうな左肘を右手で庇い、立ち止まっているのに落ち着かない様子でしょっちゅう足のポジションを変えてソワソワしたり、自分からアムに話しかけた癖に目を合わせ様としない。
「……何か御用でしょうか?」
「ひぇッ…………えぇと……その……ス、ね……うぅ……」
大男は何だか今にも「僕なんかに話しかけられて迷惑ですよねごめんなさい死にます」とか言い出しそうな涙目だ。
「……あー……すまン、ちょっと良いカ」
「!」
まるで大男に助け舟を出す様に響いた甲高いマスコット声。
声の出処は、大男の背面下部…尻の辺り。
大男の尻辺りの陰から、ニュッと顔を出したのは、中ぶりな蛇の頭。
「……喋る蛇……これまた珍妙な……」
雰囲気的に悪魔ではなさそうだが……
「俺の名はスーパー☆テイル。この自信の無さの余りコミュ障と化してる野郎はダビデってんダ」
「はぁ……私は有裏存アムと申します」
「実はちょっと聞きたい事があんだけどヨ、一分で良イ、時間をもらっても良いカ?」
「その程度の時間であれば」
「ありがとヨ。実は【美川皿助】って野郎を探しててナ」
「!」
アムに取ってはとてもタイムリーな名前である。
「美川皿助って名前と、この町に住んでる男子高校生で結構腕っ節が強い…あと今は悪魔と悪馬を連れてるって事くらいしか情報が無いんだがヨ……何か知ってたり、それっぽい奴を見かけたりしてないカ?」
「彼の知り合いですか?」
「知り合いの知り合いって所ダ。故あって探してル。届けもんダ……つぅか、その言い方……」
「はい…まぁ、私は彼の知人……の様なものです」
敵とは言え、アムと皿助はお互いついさっき自己紹介を交わした仲だ。知人である事には間違いあるまい。
「そりゃあ良イ! 美川皿助が今どこでどうしてるか知らねぇカ!?」
「正確な位置はわかりませんが……彼は今、奥武守町と恵朱市の境にある県立美術館…そこで開催されている【エジプト展】に向かっているはずですよ。方角で言えば、この公園を真っ直ぐ南の方へ突っ切る感じですね」
「おお、ありがとヨ!!」
「ただ、今日、追う事はお勧めしません。まぁまず大丈夫だとは思いますが…下手をすると、【巻き込まれ】てしまいますよ」
「?」
「……一分経過です。私はこれで」
「え、あ、ああ、おウ。ありがとナ」
スーパー☆テイルに別れを告げ、義田を引き摺りながら、アムが歩き出す。
「……鳴子の【波散刃千至殺掻黎】は、ド派手に強烈ですからね……」
◆
奥武守公園を突っ切ってショートカットした皿助一行は、更なるショートカットを図るべく、【旧奥武守神社跡地】を目指す事にした。
旧奥武守神社跡地とは、三年前に恵朱神社に合祀されて廃社になった奥武守神社の跡地だ。
境内の建造物は軒並み撤去されており、今では二〇メートル級の機動兵器がドンパチしたって余裕平気そうな(まぁそんな事をする輩がいるはずはないが)バカっ広い砂利広場だけが残っている。
そこを抜ければ、また一気にエジプト展へと近付ける。
だが、旧奥武守神社跡地に入るその前に……
数分前から、クマリエスがお腹をさすりながら「もうお昼時クマよ…?」と連呼する様になったので、皿助達は昼食休憩を取る事にした。
いくら先を急ぐにしても、腹が減ってはいざと言う時に力が発揮できない事が危惧される。
食事休憩は必要だ。
と言う訳で、大手コンビニチェーン【ウォォソン】に入り、皿助は奥武守町に犇めく数多の名物が一つ【娼婦風スパゲティー・パン】を三つ購入。
現在、コンビニのイートインにて三人並んで座り、それを食している所だ。
「うむ……これは初めて食べたが……すごく【良い】な。縦に割られた変哲の無いコッペパンに挟まれているこのスパゲティーは【赤トウガラシ】が入っていて、辛いのは余り…な俺には少し微妙な線かと思ったのに、不思議と全然食が止まらない…止めたくない……クセになると言うか一旦味わうと引き込まれる辛さと言うか……控え目に言っても【ンまぁい】と言う感じだ。流石は【ナポリ発祥にしてイタリア料理史上最古からあるとされるパスタソースの一つ】…【娼婦風スパゲティー】と言った所か。これだけでも【イタリア人が自国の料理文化をとても誇る理由】の一端が充分に垣間見える味わいだ……」
「べーキチ、このスパゲティーに異様に詳しいクマね。意外にイタ飯好きクマ? イタリア野郎のセンスとかデザインが好きな感じクマ?」
「いや、袋に書いてある」
「成程ガミ」
ちなみに皿助は別段イタリア贔屓とかではないが、今まさにすごく好きになったので今後は贔屓するかも知れない。
「まぁイタリア最古がどうこうはさておきクマ…うん、人間界の食べ物はやっぱり美味しいクマ。魔界の【素材の味だけで勝負してます感】溢れてるのも嫌いじゃあないクマけど、クーは捻ってる方が好きクマ」
「ですガミ。すごくイケますガミ。これは馬味いガミ」
ガミジンはその蹄でどうやって開封したのか疑問が残る所だが、とりあえず三者三様に満足。
腹拵えを終え、皿助一行はコンビニのイートインを後にする。
「さて、目指すはこの道を真っ直ぐ奥武守神社があった跡地だ……常に最短ルートを行くぞ。【一番の近道は遠回り】【遠回りこそが最短の道】…なんて金言はあるが、俺達の旅路に関しては大丈夫なはずだ」
と言う訳で、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ突き進まんとしたその時。
「やぁやぁそこの道行くガチムチの学ラン少年と熊耳の少女と黒いペガサス御一行! 気合に満ちてどこに行くのかな!?」
「!」
若く、ハキハキとした元気良い女性の声が、【降って】きた。
皿助がガバッと声の方を見上げると……コンビニの駐車場の隅、そこにおっ建てられた電柱の天辺に、その声の主は立っていた。
黄色い安全ヘルメットに防塵用のゴツいゴーグルが特徴的。服装は灰色のツナギをヘソの辺りまで開放しているのだが、内にはスポーツブラしか着用していないためにヘソが丸出しだ。無防備。カミナリ様が通りがかったら一瞬で取られてしまう。
「やっほい!!」
皿助と視線が交差したのに気付き、女性はニッコリ笑顔でピースサイン。
礼儀として皿助も笑顔とピースで返すが、全く知らない人だ。
「誰クマ?」
「ガテン系っぽい格好と電柱の上に立っていると言う状況から察するに、配電工…電線整備関係の仕事に従事する者かと思われますガミ」
「そだよー!! アタシは伊那爪鳴子!! 奥武守電力の電線整備士やってる!! まぁ今日はオフだからここに立ってるのはただの趣味なんだけどね!! アタシ高い所が大好きなのさ!! 気ん持ち良いからねぇ~……にゃーはっはっはっは!!」
大分距離があるのにクマリエスとガミジンの会話を完璧に聞いていたらしい。すごく耳が良いし元気も良い。
「伊那爪鳴子……聞き覚えがない、やはり知らない人か……俺達に何か御用ですか?」
「おうとも!! だってアタシは【ザ・キルブリンガーズ】だかんね!!」
「!!」
「ちゃんと名乗ろうか? 何を隠そうアタシは元恵朱大学工学部電工科卒業生・現奥武守電力電線整備士…そしてなんとザ・キルブリンガーズ七殺衆が一人、【雷殺】の伊那爪鳴子さんなのだァーーー!!」
世界を狙えそうな元気の良さで叫び上げ、鳴子はとんでもない行動に出た。
なんと、電柱の天辺から…飛び降りたのだ!!
「なッ……」
「あらよっと」
皿助が目を剥く中、鳴子は落下中に身を捻り、電柱の側面を踏み付けた。
そしてそのまま、鳴子はまるで地面を行く様に、電柱の側面を大股で歩き始めたのである!!
「ほいさっ、とうちゃーく!!」
数秒後、鳴子は無事駐車場に降り立った。その表情は相変わらずの笑顔である。
「で、電柱の側面を……【歩いた】……馬鹿な……重力はどうなっているんだ!?」
「んふふー……驚いた!? アタシくらい凄腕の電線整備士になると電柱の側面を歩いて上り下りできちゃうのだ!! 結構危ないから素人さんは絶対に真似しちゃダメだぞッ!!」
ダブルピースで自慢気スマイルな鳴子。やたらに笑顔とピースが似合う人である。
「ま、それはさておき!! 普段は電線イジイジお姉さんな鳴子さんが今日はザ・キルブリンガーズの恐ーいお姉さんとして悪魔の駆逐に来たよ!! がおーッ!! さぁ覚悟は良いかな!? それともまだちょっと無理!? なら普通に待つよ? だってアタシ今日オフだし!! 時間の余裕バッチシ!! 準備できたら声かけてねーッ!!」
「…………………………」
「……なんか、絶対に悪い人ではないっぽい刺客が来たクマね」
「ああ……普通に出逢えれば是非仲良くしたいタイプのお姉さんだ……」
今までの二人以上に悪魔を殺す気が無さそうだ。
「と言うか、何でこいつらはワシらの居場所をこうもピンポイントで掴んで現れるガミ……?」
そりゃあ、まぁ、殺意の程はともかくとして一応悪魔の駆逐を謳う集団だし、悪魔を探知できる裏科学レーダーみたいなモンがあるのだろう。
「とりあえず、どうするクマ? 戦うクマ? それとも今の内に逃げるクマ?」
「何と言うか……あの手の元気なお姉さんは敵だとわかっていても敵意を向け辛い……」
何かこう、相手の快活さに毒気を抜かれて負の感情が湧き辛い。
味方としては非常に好きなタイプだが、敵に回すと苦手なタイプだ。
「しかし、こっちの準備ができるまでガッツリ待ってくれている誠実さに付け入って逃げる…と言うのも胸が痛い……」
性善説を信じ切っているのか、鳴子は皿助達が逃げる事など欠片も考慮していない様子でその場にしゃがみ込み、鼻歌混じりでスマホを弄り始めていた。
「あれだけ良い人っぽいなら、もしかしたら説得次第では見逃してくれたりしないガミか?」
「……いや……良い人だからこそ、それは難しいと思う」
義田の口ぶりから、ハイド博士には「ハイド博士の身内からするとすごく同情涙が止まらない事情がある」事は明白。
だから、臼朽も義田も「まぁ流石に殺生は気が進まないけど、なるだけ殺さない様にすりゃあいいか」とハイド博士に協力していた。
きっと鳴子も同様。
優しいだろう彼女なりの葛藤もあった上で、ハイド博士に協力する事を決めているはずだ。
おそらくは苦渋の決断だったろうが……理不尽に逐われる悪魔への同情より、ハイド博士への同情を優先していると思われる。
何故そこまで皿助は察しているのか。
先程、鳴子が「恐ーいお姉さんとして悪魔の駆逐に来たよ!! がおーッ!!」と発言した時……皿助は自慢の直感で、鳴子から【虚偽とまではいかないが、それに近い違和感】を気取ったのだ。
本当はそんな事したくない。でも、そうしないと救われない【大切な人】がいる。
そんな複雑な感情を、鳴子はあの笑顔で包み隠している。元気さで塗り潰している。そんな歪さを感じた。
臼朽や義田は「なるべくそうしたくないけど、最悪は……」と考えていた【殺生】と言う行為に対し、鳴子は全力で否定的なのだろう。
でも、それでも、無理矢理に「最悪はそうする。そうしなきゃ……!!」と言う不安定で歪な決意を固めているのだ。
「説得できるとは……思えない」
歪だろうと、それは意思。彼女が貫くと決めた事。
むしろ、自分の矜持に反するだろう事を【やる】と決め、その苦渋を少しも表に漏らさない胆力は、並大抵では無い。
そんな強い信念を、言葉だけで捻じ曲げられる器用さ……そんなの皿助は持ち合わせていない。
「……鳴子さん、場所を変えましょう」
戦って越えて行く以外に、方法は無い。




