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淡きしるべは永久の詩。  作者: 津森太壱。
【世界を愛するために。】
3/14

03 : 本日も涙な今代魔王。





 こんにちは、と芽を出した花に、こんにちは、と返す。

 咲き誇る花々の中で、一番目覚めが遅い花だった。


「えーっ? リカってそんなに可愛らしい子だったのーっ?」

「ええそれはもう。純真無垢でとても愛らしいお方でしたよ」

「どうしてああなった!」

「さて、なぜでしょうねえ」


 こいつらはなにがなんでも仕事の妨害をしたいらしい、と本日も魔王は超絶不機嫌である。

 そもそも、である。

 魔王の名前はリッカであって、けっしてリカではないので間違えないように。

 訂正する部分が違う?

 昔は魔王だって可愛いところがあった、それは間違いではない。自分で言うのもなんだが、もんのすごく可愛かった頃があるのだ。


「口悪いし目つき悪いし態度デカイし、あ、でも涙目は可愛いんだよね」

「幼い頃の名残りはもはやそれしかありません。ああでも、寝顔もたいへん愛らしいですよ」

「ジャック見たことあるのっ? わたしまだだよー。だって部屋に入れてくんないんだもーん。ジャックずるいーい」

「ふふふ。わたしは幼い頃から陛下と一緒ですからね。陛下のあーんな姿やこーんな姿まで、ばっちり写真に収めて参りました」

「それ見たい! てかちょうだい!」

「ええかまいませんよ。ではさっそく」


 いやちょっと待て。


「ジャックてめぇ状況わかってんのかっ?」

「はい? ああ、これは失礼、静かなのでてっきり話など聞いておられないものかと。しっかり聞き耳を立てておられたのですね、リカ魔王陛下」

「リッカだ、リッカ! わざとか、わざとなんだな、てめぇ今まで一度だって間違えたことねぇだろジャック」

「噛みました」

「白々しいわっ」

「申し訳ありません。では失礼してお写真をさっそく」

「いやだから状況考えろ!」

「はい?」


 きょとんとしてくれやがるジャックを睨んで、向こうを指差す。


「今ぁ喧嘩中だろうが!」


 前方にご注意、元勇者集団現魔王直下騎士隊の皆さまが、目下ご乱心中の城内。因みに他国の王城なので器物破損で訴えられることはない。損害賠償など求められるわけもない。

 なので、思う存分元勇者集団は暴れている。たまに聞こえる奇声は喜びに満ちているがまあ無視しよう。

 魔王は仕事の一環でその中に混じっているのだが、だからもちろん王佐ジャックも混じっているわけで、元勇者自称魔王の花嫁ニアの頼みだからといって、この状況を無視した行動は控えて欲しいところである。


「違いますよ陛下。戦争一歩手前です」

「けん……っ、微妙に突っ込みにくいなぁもう!」

「ニアさまのお国の兵士たちを一方的にぶっ倒しておられるのは魔王軍です。これはもう立派な戦争と言えるでしょうが、陛下の慈悲深さから死者はひとりも出しておりません。素晴らしいです。なんだか白旗もちらりと見えますが、投降される方も多く見られますが、まあ戦争みたいなものですね。というか戦争ですよね、これ」

「けっきょくそこに落ち着くのかよ」

「っぽくないもので。ほっ!」


 伏兵による横からの不意打ちを狙われたジャックは難なくそれを自慢の剣捌きで跳ね返し、ニアのほうに飛ばす。


「よっ!」


 体格に似合わず大剣を揮うニアも、その大剣で華麗に伏兵を打ち飛ばした。


「え……、おれかよっ?」

「順番です」

「意味わかんねえ!」


 なぜか巡って魔王のところに伏兵が飛ばされてきて、魔王もとりあえず持ってはいる剣で投げ飛ばす用意をしてみる。


「無理っ!」


 弾き飛ばせるかあんなもん! いや敵兵の人間だが。

 お馴染みの、魔力を凝縮した塊を伏兵に投げ、後方へ吹き飛ばした。


「お見事」

「リカって剣持ってる意味あんの?」

「あまりありません」


 ニアとジャックに一応「うるせえ!」と怒鳴っておく。

 人間ひとりを剣一本で投げ飛ばせる力など、あるほうがおかしいと思う。魔王はおかしいと思っている。いやニアはともかくジャックは魔法を使っていただろうけれども。


「おれは戦争が嫌いなんだよっ」

「陛下、違います、一歩手前です」

「てめぇが戦争だって言ったんだろが!」

「ですよね、とお訊ねしました」

「おまえもうマジ嫌い!」

「おや涙目」

「うるせえ!」


 魔王は打たれ弱いと、それは身体的なものばかりでなく精神的なものも含まれると、わかっていて打ってくる部下が嫌いだ。いっそ大泣きしてしまいたいが、さすがにそれは恥ずかしくて必死に涙を我慢しているのに、それをわざわざ指摘してくる部下が嫌いだ。

 魔王はぷるぷる震えた。

 泣くもんか。

 嫌いな奴らばっかりでも泣くもんか。


「あーそっか、悪ぶってるのは可愛い強がりなんだねー?」


 余計なことを言う元勇者なんか嫌いだ。

 誰がこんな怪力娘を嫁にするもんか。嫁の貰い手がなくて困っても助けてやるもんか。ああいや、嫁に行ってもらわないと魔王が困る。


「ちっ」

「今なんで舌打ちした?」

「おまえさっさと嫁行け」

「うん。式はいつにする?」

「相手はおれじゃねぇよ!」


 いつまでも追いかけられてはたまらない。さっさと婿を探してやらねば。


「来春の中頃を予定しておりますがいかがでしょう、ニアさま」

「ジャックてめぇ大っ嫌いだ!」

「半壊した邸の修理が終わるのはその頃なのです。新築の邸もそのあたりに完成予定ですし」


 兄弟喧嘩で壊しまくった家をこうまで根に持たれるとは思っていなかった。ここに乗り込む前日にも壊したのが効いたかもしれない。

 でも謝るもんか。

 悪いのは兄弟愛をとち狂った変換で恋愛にしようとしたうえ、ニアに対抗して今まで以上のかまい方をしてくるうざい兄だ。魔王は悪くない。断じて悪くない。諸悪の根源は兄でも、魔王が凝縮させた魔力が家を半壊させた要因であっても、絶対に悪くない。

 謝るもんか。

 泣くもんか。


「ほっ!」

「よっ!」


 そうこうしているうちに。


「また来たっ?」

「順番ですからね」

「要らねえ! その順番要らねぇから!」


 大きな争いの波からこぼれ落ちた敵兵が、隙のあり過ぎる魔王に目をつけて剣を向けてきても、王佐ジャックと元勇者ニアがいる。意味不明な順当で魔王は凝縮させた魔力をぶっ飛ばずわけだが、そのタイミングは上手い。

 敵兵は鮮やかに吹き飛んだ。もちろん死んではいない。


「さて、そろそろ面倒になってきましたね」

「いやまだ進軍から十分くらいしか経ってねぇからな?」

「ニアさま、国王はどちらにおられるのでしょう? 目ぼしい貴族はここへ来る前に捕縛して地下牢に放り込みましたが」

「聞けよ。つかそんなことしてたのかよ」

「わたしは陛下と違って仕事が早いのですよ」

「おまえらが邪魔しなけりゃおれだって仕事早ぇよ!」

「花を持たせて差し上げますから、さ、行きますよ」

「……っ、むかつくぅ」


 まるで、舞台は整えてやったから華々しくいってらっしゃいと、そんなことは期待もしていなかったのにやられて腹が立つ。

 いや、魔王が不機嫌でない日など少ない。

 おもにこいつらのせいで。


「えっとー……王サマこっちかな? 謁見の間とかいう場所にいると思うよ。あのひと律儀だから」

「兵の配置から国王の技量は窺い知れます。見事な采配ですが、残念なのは主だった貴族連中が逃げだしていることですね。まあ捕まえましたけれど」

「王サマが好きな兵士はいっぱいいるよ。わたしもそのひとり。でも業突く張りがねー……王さま頑張ってんのに逃げるって、ほんともうこの国ダメだわ。頑張るひとが王サマひとりじゃもう無理だわ」

「ニアさまの憂い、ここにおられる魔王陛下が晴らしましょう。さあ行きますよ、陛下。いつまで唸っているおつもりですか」


 あぁあ、と思う。

 おれの平穏な日常は、争いのない平和な日常は、いったいいつ訪れることだろう。

 こいつらいなかったらかなり平穏で平和だと思う。


「弟よ、さすがに兄ちゃんひとりであれだけの数相手に無理だわ。おまえ兄ちゃんのこと敵陣のど真ん中に投げんだもんよ、兄ちゃんに対してそれどうよ。兄ちゃん逃げるのに必死だったぜ」

「生き延びてんじゃねぇよクソ兄貴。つか今までてめぇのことなんぞ忘れてたんだ、永遠に忘れさせろ」

「ぐっほぉう!」


 諦めたほうがいいだろうか、こいつらが在っては魔王に平穏とか平和とか、そういう日常なんてないのだと。

 いつものように凝縮した魔力でうざい兄をぶっ飛ばし、さっさと行きましょうと促すジャックの後ろに続く。


 てか欠食児童元勇者ニアよ、るんるん気分に見えるのはあれか、自国の王サマに逢えるのが楽しみなのか、そうなのか、ならてめぇの嫁ぎ先は王サマに決定だ。拒否られても押しつけてやる。


「ちょっと楽しみー」


 そうかそうか。


「魔王の花嫁になったよーって教えたら、王サマ吃驚するだろうなぁ」

「そうかそ……、ちっげえよ!」

「よかったなぁって言ってくれるかも」


 あれだ、欠食児童だから脳みそがおかしくなっていてもおかしくはない。

 料理長に言っておこう、ニアの飯に毒キノコ混ぜやがってこの野郎。減俸だ。


「元勇者騎士隊が道を開けてくれましたね。ニアさま、こちらでよろしかったですか?」

「そうそう。その先にあるおっきい扉が、たぶん王サマがいる部屋だよ」

「イグネシア王国も終幕のときを迎えますね。ほっ!」

「よっ!」

「陛下、伏兵がおりますのでお気をつけください」


 例のごとく順当で巡ってくる敵兵を投げて寄越されて、だんだんとこいつらの思考に疲れてきていた魔王は、魔力を凝縮させることなく放出させて、飛ばされてきた敵兵を弾いた。


「おお、魔王っぽい」


 などと、ニアが目をらんらんと輝かせる。その剣の切っ先が魔王に向かいそうになっているのは、強さゆえの競争心からだろう。

 魔王は、部下に虐められて涙目になろうとも、元勇者ニアが自称花嫁を名乗ろうとも、うざい兄にその役目を押しつけたくてたまらなくても、魔王であることに変わりはない。


「これは拙い。さすがに切れましたね、陛下が」

「ねえジャック、今のリカすごいよ! どうしよう、わたし戦いたい!」

「お止めくださいニアさま、死にますよ。日ごろの鬱憤が溜まり過ぎた陛下は非常に危険なのです」


 よくわかっている王佐ジャックに「くはっ」と笑い、魔王は突き進む。


「あ、陛下、そちらではありません。あちらです」


 間違えた。


「ほら、大きな扉が見えますでしょう。あれですよ、あれ。見えますか?」


 余計なお世話だ、くそぅ。


「あはっ、リカ涙目、可愛いーっ」

「リッカだ! くそぅ……」

「ほらこっちだよー、リカ。おいでおいで」

「おれはガキじゃねえ!」


 馬鹿にしてくれやがるジャックとニアを睨み、しかし涙目のせいでニマニマされながら、魔王はそれでも恥を忍んで突き進む。

 腹いせに、見えた大きな扉を、質素ながら美しい彫刻のなされた扉を、魔力の放出だけでぶち壊してやった。

 派手な破壊音と土煙に目を細め、カツン、と靴音を立てながら入室する。


「ぃだ!」


 こけた。

 足が壊した扉に引っかかった。

 ぶつけた鼻先が痛い。擦った顎も痛い。


「ああ陛下、そんなお可愛らしい演出はわが城でやってください」


 パシャ、と聞こえた。同時に目が眩んだ。


「よい絵が撮れました」

「……ジャック」

「はい?」

「おまえ……写真機なんぞ持ち歩いてんのかよ」

「いつでも陛下の間抜けな姿、もとい凛々しきお姿を残しておくために。なにか不都合でも?」

「帰ったらてめぇの部屋燃やしてやるっ」

「家から追い出しますよ。半年先まで宿なしですね、ご愁傷さまです」

「ゴメンナサイ」


 ここに来る前日にも家を半壊させたせいで、しばらくジャックの邸にお邪魔することになっている身で、家主の言葉は魔王にも絶対的だった。

 悔しい。


「ジャック今の写真わたしにも焼き増しして!」

「ええもちろんですよ、ニアさま」

「ありがとうジャック!」


 悔しい。

 非常に悔しいが仕方ない。

 屋根のある家で安眠は得たい。半年も野宿はいやだ。

 ジャックはいろいろな写真を隠し持っているのだろうし、ニアもそれを見ることになるのだろうけれども、それでも涙を呑んで我慢するしかない。

 魔王なのに野宿は寂し過ぎる。

 ちなみに、魔王は常から邸に住み、城には済んでいない。城、魔王城に住むとなると、兄弟喧嘩の際に出る修理費が半端なくなるためだ。魔王が絶対に兄弟喧嘩をしない、その確証があるときにしか魔王城で生活しないことになっている。


「……姉ちゃん早く帰ってこねぇかなぁ」

「おい弟、兄ちゃんのことも兄ちゃんって呼んでくれよ、寂しいだろ」

「だから生き帰んなよクソ兄貴」

「へぶぅ!」


 魔力を凝縮させるのも面倒でそのまま放出してうざい兄を吹き飛ばし、ふと、気づく。


「ああ、そろそろよいかな?」

「おう、悪ぃな王サマ」


 温和そうな、意外に若いイグネシア国王が、青褪めながらも静かにこちらの出方を窺っていた。

 悪いことをした。せっかく派手に登場したのに、小賢しい部下と欠食児童元勇者とうざい兄のせいで、存在を忘れかけていた。


「かー、しかしおまえ……業突く張りの見栄とか抑圧された感情とか意地とか意気地とか根性とか、いろんなもんへし折ったりひん曲げたりぶっ潰したり、とにかくあらゆる刺激しそうな面ぁしてんな」

「は……」


 業突く張りの貴族が業突く張りになってしまう要因を垣間見たと思う。

 イグネシア国王はそんな、とても整った綺麗な顔をしていた。おまけに若さもあるから、今は青褪めていても、それでもなおきらきらしたものを垂れ流している。さらに温和そうだ。優しそうだ。いやきっと温和で優しく、慈悲深いだろう。これでは世の令嬢が放っておくまい。

 とりあえず魔王の敵ではあるが、それ以前に業突く張りが敵に思っても仕方ないと思う。

 もしかするとあれか、進軍してきた魔王軍、といっても元勇者騎士隊だが、そいつらに果敢にも挑みかかっている魔王からした敵兵は、この国王に惚れ抜いている奴らか。


「はぁぁ……てめぇも大変だなあ」

「そ、そうだ、な?」

「おまえんとこの業突く張り、うちの王佐がとっ捕まえて地下牢に放り込んだらしいから、まあ安心しろ、おまえに文句を進言する奴ぁいねぇよ。これでおまえとおれは対等だ」

「は……そ、そうか」


 気苦労が絶えなったのはもちろん、さまざまと苦行を強いられただろう国王には憐憫の情さえ湧く。国王なのに舐められたのは、その滲み出る雰囲気からもわかる性格だろう。

 ニアが、王サマは助けたい、と言ったのもわかる。まあ美形だし、これ失ったら世界的財産も失うことになるし、そんなの勿体ないし、どうせなら同盟でも結んで仲よくしていたほうが魔国にとっても利益になる。


「おれは魔王、おまえは?」

「……わ、わたしはイグネシア国王、リトレン・レイエナイト・フォーラ=イグネシアだ」

「どこが名前だ」

「あ……れ、レイエナイト、だ」

「長ぇな、エイトでいいか? レイってのは最悪うざ魔族の名にあるんでな」

「ああ……きみのことは」

「リッカでいい。おれはおまえみてぇに長ぇ名前なんぞねぇからな。ただのリッカだ」

「リカ?」

「喧嘩売ってんのか、買うぞコラ。レイって呼んでうざ男認定すんぞ」

「す、すまない」


 玉座に腰かけるイグネシア国王レイエナイトことエイトを、魔王は地面に胡坐して膝に片肘をつき頤を手のひらで支え、見上げるという、どこの不逞者ともわからない態度で対面を図る。まあ魔王は魔王だし、エイトは敗戦確実国の王だ、咎めるものはこの場にはいない。


「陛下」


 いた。


「王に対して失礼ですよ、それ」

「おまえの王はおれだろうがよっ?」


 あとでジャック絞める。


「んでイグネシア王エイトよ? とりあえずこいつら無視していいが、おまえのことは無視できねぇんだわ」

「……ああ、覚悟はしている。好きにしてくれ。ただ兵たちは」

「おうそうか、好きにしていいか」

「ああ、だから兵たちは」

「よっしゃ、食糧はもらっといてやったから、あとは欠食児童だ。おい欠食児童、おまえエイトの嫁んなれ」


 言質は取った者勝ちだ。


「だからぁ、わたしは魔王の花嫁だよ。おれの嫁! って流行りの言葉なんだよ? リカ言ったじゃーん」

「知らねぇし言ってねぇよ、んな言葉。いいからてめぇはエイトの嫁になれ。王サマ助けろ言ったのてめぇだろ」

「言ってないし。助けたいとは言ったけどお願いしてないし」

「同じことだ。ほら、エイトんとこに嫁に行け。魔王命令だ、勅命だ、嫁に行きやがれ欠食児童」

「わたしはリカの嫁だもーん」

「あんな超絶美形そうそういねぇぜ? ほら行け今すぐ行け、さっさともらわれろ」

「嫌。王サマわりと好きだけど好みじゃないもん。リカがど真ん中好みだもん」

「どま……は?」

「わたしはリカの嫁になるんだもん! 結婚式は来春の中頃だもん!」

「勝手に決めてんじゃねぇよっ」


 せっかく押しつけられると思ったのにニアはなかなかしぶとい。エイトはかなりの美形なのに、ニアだって心惹かれる部分があるくせに、そうか、照れているのか。


「照れんじゃねぇよ欠食児童、エイトいい男だろ」

「わたしは、リカの、嫁!」

「聞き流してたがおれの名前はリッカだ! ったく……諦めろよ欠食児童」

「わたしはニア! リカのいとしいいとしいニア!」

「いとしくもねぇよ、妄想もほどほどにしろっ?」


 このやろう。

 けっこう食いついてくる。


「喧嘩するな!」


 と、意外なところからの叱声に、うっかり吃驚する。

 真ん丸にした目に映ったのは、子を叱る親のような顔つきをしたイグネシア王エイトだ。


「お、おう?」

「確かにわたしには妻も子もいないが、好きにしろと言ったとはいえニアを娶ることはできない。ニアは、これは憶測だが、わたしの異母妹だ。妹を妻にはできないし、わが国ではそもそも近親婚を推奨していない」


 現実的な反論をされた。


 しかし、である。


「おまえ……これの兄貴なわけ?」

「おそらく、だ。その……父がな、かなりの女たらしで、気に入れば閨に押し入るような人だったのだ。もちろん王であった人であるから、種を残すようなことはしなかったが……例外がなかったわけではない」

「はあ、ご落胤なわけか、この欠食児童は」


 似てねぇなぁと思う。

 いや、この若き国王を女に変換し、もう少し若くし、ろくな食事も与えず乱暴者に育て、大剣を背負わせて傭兵風にしてみたら、あら不思議、似ているかもしれない。


「げぇ」


 自分の想像力に辟易する。


「くそ……せっかく押しつけれると思ったのに」

「残念ですね、陛下」

「おまえあれだなジャック、存在忘れられてるから無理やり口挟んだよな」

「ええまあ、あなたさまのために兄上さまを縛りあげて転送陣に放り込む荒技をして差し上げましたので」

「ああ、クソ兄貴を送り帰してたのか」

「邪魔ですからね」


 にべもなく言うジャックに空笑いが出る。しかしうざい兄の処理をしてくれたのは助かったので、先ほど絞めると言ったことは撤回しよう。

 よくやったジャック。


「こと最近、兄上さまがおられては陛下のお可愛らしい写真が撮りづらくて」


 撤回を撤回しよう。

 絞められろジャック。


「写真機しまえ!」

「いやですよ」


 パシャ、と撮られた。

 これは地味な攻撃だ、目がチカチカする。


「う……」

「魔王も大変そうだな、リカ」

「喧嘩なら買うぞ、このきらきら国王」



 こうして魔王は涙目になりながらイグネシア国王に慰められつつ、同盟を結ぶことを取りつけ、調印式をそこらの連中に邪魔されつつも、無事に戦争らしきことを終えイグネシア王国と交易を結んだ。

 説明がいきなり過ぎる?

 あまりにも魔王が周りの連中に振り回されるため、イグネシア国王に叱られるという事態を招いたことは、魔王にとって恥ずべきことだから仕方ないと思って欲しい。







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