02 : やっぱり泣くのは今代魔王。
広場に蠢く人間の数に、辟易とする。
どうしてくれよう、この人間たち。
「いっそ兵士にしちまえよ、弟。役に立たねぇこたぁねぇだろ」
「うっせぇ邪魔すんなクソ兄貴」
「ごふぅ!」
今日も今日とて華麗に兄を凝縮した魔力でぶっ飛ばし、このところ尽きないため息を吐く。
「とりあえず備蓄がな……もうねぇんじゃね?」
「そうですね。そろそろ食糧庫のものが尽きてしまいます。どうにかしてください」
「おれも考えっけどてめぇも考えるもんだろ、ジャック」
「放逐すればよいのです」
「それじゃ可哀想だろうが」
「あんたどんだけ善人ですか」
「そういう問題じゃねぇよ」
欠食児童元勇者が連れてきた、勇者と名乗る各国の強者たちは、確かに見た感じは強そうな剣士や魔法師や魔術師やらで溢れている。だがそのどれもが、なぜか飢えていた。
「なんでこんなにこいつら飢えてんだよ?」
経済的なゆとりができ、飢饉に見舞われている国も減ったはずなのに、いったいどうしたことか。
「一度、他国を見回る必要がありそうですね」
「それも必要だろうが、まずは話だ。それだけでも充分かもしんねぇし」
よし、と重い腰を上げ、とりあえず欠食児童元勇者、確か名前をタモンと言った奴の姿を探す。食事にありついてむせび泣く強者たちの中で、タモンはあちこちに動き回りながら世話していた。
「おい、欠食児童」
呼ぶが、声が届かないのか、タモンは振り向かない。
「欠食児童元勇者!」
振り向かない。
「……っ」
「陛下、黙ってお名前を呼んで差し上げてはいかがでしょう」
「うるせぇ!」
癪に障るが仕方ない。
「タモン!」
「なに魔王」
振り向きやがった。ということは聞こえていたのだ。隙間を縫って走り寄ってくるタモンを、思い切り睨む。
「呼ばれたら返事しやがれ」
「なんのこと?」
白々しい。なんつう元勇者だ。
腹が立ったが仕方ない、ここは耐えどきだ。
「こいつら、なんでこんなに飢えてんだよ。おまえもそうだったが、飢饉なんてそんなにねぇだろ」
「なに言ってんの魔王。みんなが飢えてるのは当たり前だよ」
「はあ?」
「飢饉がなくても、税金に取られちゃったら、ご飯も食べられないでしょうが」
思わず言葉を失った。うっかり呆然としてしまって、ジャックに背を叩かれてハッとわれに返る。
「税金に取られて、だと?」
「税金がほとんどない豊かな国って、少ないんだよね。わたしでもレクトン王国くらいしか知らないし」
「……レクトンとは交易がある」
「だろうね。レクトンの王さまは心広いもん。わたしもレクトンの生まれだったらよかったんだけどさ、レクトンって魔国と繋がりあるからって、あんまり相手にされないし」
「そ……それはいいことなのか? 悪いことなのか?」
「ほかの国には面白くないことだと思うよ」
レクトン王国には、交易の関係があるので、それほど多くはないが魔族が在住している。兵となって、レクトンを護っている魔族もいる。人間と魔族が共存している唯一の中立国だ。
「レクトンが有名になったのは魔族と繋がりを持つようになってからだけど、豊かな国だって聞いて、みんな憧れてるよ。でも郷里も捨てられない。だって自分が生まれて育った国だもん、護りたいとか思うだろ? うちの王サマだって、どうにかして国を繁栄させたいっぽいんだけど、業突く張りの貴族が多くてさぁ……ただ剣が強いだけで平民のわたしに、道を探してくれって言ってきたくらいだよ」
「は? おまえ、捨て駒の勇者じゃねぇの?」
「捨て駒だよ。でも、王サマはちょっと期待してたみたい」
ふぅん、と改めてタモンの話を聞いて頷く。助けを求めて勇者を派遣する国もあるらしい。
「わたしが魔王のところに行けば、なにか変わるかもって思ったんだろうね。ま、あんまり変わらないと思うよって、わたしは王サマに言ったけど」
「言ったのかよ、おまえっ」
「だって、そうだろ? 魔王、わたしが国を助けてって言ったら、助けてくれんの? うちの国、かなり業突く張りが多いよ? 戦争になるよ?」
「う……おれは戦争が嫌いだ」
「わたしは反旗を翻してもよかったんだけどさ、それくらいの力はあるって思うし、でもそうするくらいなら魔国をいろいろ見て来いって王サマ言うわけ。そんなこと言う王サマだから、わたしは帰れないんだよ。反旗を翻したいけど、べつに王サマ嫌いじゃないし」
脳筋族だと思っていた元勇者タモンは、べつの意味でも勇者だった。
「おまえが連れてきた奴らは?」
「王サマが連れて行けって言った、かなり頭いい人たち」
「使えんの?」
「それは魔王次第じゃない?」
なるほど、と思う。
タモンと一緒に強者たちの給仕や世話をしている、騎士隊にした人間たちは、食事の用意をしている魔族とも親しげに会話し、晴れやかな表情を見せている。魔族だからと恐れているふうもない。
「……おまえ、どうしたい?」
「わたし?」
「おれ、マジで戦争嫌い」
「わたしだって戦争はいやだよ」
「でもおまえ、おれに自国を助けて欲しいんだろ?」
「てゆか、王サマかな。あのひと、ほんといい人だったから。わたしは孤児で家族もないし、思い入れがあるわけでもないし、護りたい人とかいないから、あの国がどうなろうとけっこう関係ない」
「し、辛辣だな」
「でも、だから、王サマは助けたいなって思うよ。だって王サマもけっこう頑張ってたもん。ほんとは一緒に来たかったんだけど、王サマ、ここが自分の国だから護らなくちゃって」
「そらいい王サマだわ」
「あんたもいい王サマだよね」
「そらどうも」
「あんたに雇ってもらえて、わたしけっこう幸せ。剣、思いっきり振っても、魔族なら往なしてくれるし」
「いやけっこう命がけだぞ、おまえの剣は」
どこで身につけたのか、タモンの剣はすさまじい。油断すると殺されそうになるので、さすがの魔族もタモンの剣は魔王に押しつけたくらいだ。
「しっかし、そんなに頭いい奴らおまえに預けて、おまえんとこの王サマだいじょうぶかよ?」
「護れるだけ護るって。そのあとは魔王がどうにかしてくれるだろうって思ってるみたいだよ」
「侵略しろってかっ?」
「だからわたしが来たんじゃないか」
勇者を送りつけて魔王を怒らせたかった、のだろうか。それともタモンがこの話を魔王にすると淡い期待を抱いたのだろうか。淡い期待なら今叶ったところであるが、さてどうしたものかと悩むところだ。
「さてこれは世界征服するしかあるめぇよ、弟よ」
「死んでろクソ兄貴」
「ほぶぅ!」
早々に復活した兄を再び華麗に吹き飛ばし、唸りながら腕を組む。
タモンのような事情を持つ勇者が、この中にはまだいるのだろうか。
「なあおまえ」
「タモンだってば。なんだよ、デテイケ魔王」
「……。ちげぇ、おれはリッカってんだよ」
「リカ? うわ可愛い」
「リッカだ! ああもうだから名乗りたくなかったんだよ……」
「女名だよね、リカ。魔王って女のひとなの?」
「どこをどう見りゃおれさまが女に見えんだよ。つかリカじゃねえ、リッカだ」
「リカ! わたしね、ニア・タモンっていうの、ニアがほんとの名前なの」
「はあ? タモンじゃねぇのかよ」
「迫力ないからタモンって名乗っておけって王サマに言われた」
「まあ確かにニアじゃな……猫かよって感じだし」
「ニアって呼んでね、リカ!」
「いやリカじゃねぇし、リッカだし。つか、ニア? そういや……おまえやっぱり女か!」
「花も恥じらう十八歳の乙女です!」
「どこが恥じらってんだよっ? どこに恥じらう部分があんだよっ?」
ガリの欠食児童だから、てっきり少年かと思っていたが違って吃驚だ。いや、もしかしたらとは思っていたが、だとしたらひどく残念だ。
「うわ……可哀想」
「リカも可哀想」
「はっ?」
「胸、大きくならなかったんだね」
「てめぇはおれの話聞いてたかっ? おれは男だっつの!」
「だいじょうぶ、わたしもこれから育つから!」
「おれは育てたくねぇよ! つか相変わらずひとの話聞かねぇのな、おまえ!」
少し息切れがしてきた。身体の成長が追いついていない欠食児童のタモン、改めニアを不憫に思ったのは間違いだ。
「勇者が可憐な女の子だって気づいてなかったのかよ、弟」
「そんな気はしてたっての。てーか、てめぇはいい加減死んどけ、あんぽんたん」
「ぐほっ!」
いい加減あほな兄貴が本気でうざくなってきた。
「ジャック、縄」
「どうぞ」
のびているうちに、特製の縄でぐるぐる巻きにしておく。口にも布を詰め込んで袋を頭から被せ、絞め殺す勢いで首のところで縛っておいた。一日に一度はこれをやるのだが、いったいどうやってこれを抜けだしてくるのか、未だ謎だ。とりあえず執務中はこれをやっておけば夜までおとなしいので、効力はあるはずなのだが、眠るときには抜け出すから、そのうち改良した方法で縛りつけておかなければならない。
「お兄さん死んじゃうよ?」
「死なねぇよ。むしろ生き帰ってくる。ああそうだ、おまえ、このクソ兄貴と戦ったら誤って殺したりしちゃってかまわねぇから」
「いいの?」
「おう。なかなか死なねぇけどな」
「うわ。じゃあ鍛錬の相手に最適だ」
「おう使え使え」
どうせこのうざい兄は死んでくれないのだから、タモン改めニアという名の元勇者でも殺せないだろう。いったいどれだけうざい魔族だ、と思う。
「そろそろよろしいでしょうか、魔王陛下」
「あん? なんだよジャック」
「いつ突っ込むべきかと考えていたのですがね、このままですと、わたし一生口を挟めないと思いましたので、敢えて今ここで口を開かせていただきます」
「長ぇ前置きだな。べつにおまえの存在忘れてたわけじゃねぇよ」
「それは幸い。よろしいでしょうか」
「ああ?」
「食糧庫が空になるのは約五日後です」
「……。うわやべえ!」
兄の相手をしている場合ではなかった。
「宝物庫のいくつかを売りに出すしか道はありませんが、いかがなさるおつもりで?」
「宝物庫のもんはべつに売ってもいいが、食糧庫が空になるは避けねぇと……」
うう、と唸りつつ、ひたすら食糧にありつく強者たちを見渡し、押し殺したため息をつく。
「おい、欠食児童」
「だからぁ、わたしはニア・タモンだって。ニアって呼んでねって言っただろ、リカ」
「リッカだ。おまえ……助けて欲しいか?」
その問いに、ニアがきょとんとした。
「なにを助けて欲しいの?」
「王サマだよ。おまえ、助けてぇんだろ?」
「まあ、王サマはいい人だからね」
「国はどうでもいいんだな?」
「王サマは護りたいって頑張ってるけど、わたしはどうでもいいかな」
ふん、と鼻を鳴らし、腕を組んで状況を見つめ続ける。
「助けてやるよ、王サマ」
「は?」
「おまえっていう強ぇ奴、もらっちまったからな」
「え、わたし魔王の花嫁?」
「なにをどう勘違いすりゃおれの嫁におまえがなるんだよ!」
「あ、違う! わたし剣士だから花婿だ!」
「ちげぇ! てめぇの頭はイカレてんのかっ?」
「心配しないでリカ、わたし女だけどリカのこと幸せにできる自信あるから。あんまり成長しなかったリカの胸なんて気にしないから」
「だからおれは男だって言ってんだろ、この欠食児童! つか嫁になる気満々かよ!」
「婿だよ!」
「突っ込むとこちげぇ!」
ああもう疲れる、と完全に息を切らせながら、どうやったら本題に辿り着けるのか考える。
「魔王陛下」
「なんだジャック」
「ご成婚おめでとうございます」
「ついにてめぇも殺される日がきたな、このクサレ王佐ぁ」
「いえいえ、いつになったら御子が見られるのかと、わたくしめは心配しておりました。貞操は兄上さまに奪われたものと思っておりましたし」
「ヤメロ。マジでヤメロ。頼むからその想像だけはしてくれんな」
「式はいつにしましょうね、陛下」
「華麗に殴ってやるから歯ぁ食いしばれ」
振りかざして勢いよくジャックを殴っておく。
が、むろん殴り返された。
「王に手ぇ上げるたぁ言い度胸だ! くそ…っ…いてぇし」
せっかく殴ったのにジャックは飄々としているのが腹立だしいことだ。
「だいじょうぶ、リカ? もうジャック、わたしのお嫁さんを軽々殴らないでよ」
「は、それは失礼いたしました、ニアさま」
ああもうこいつら本気でどうしよう。
「でもどうしよう、涙目のリカってすっごい可愛い」
「うちの陛下は打たれ弱いので。御所望でしたら、泣き顔写真をいくつか保管しておりますので焼き増ししますよ」
「ちょうだい!」
ぷち、とどこかの緒が切れても仕方ないと思う。
「起きろクソ兄貴! てめぇが魔王やれ!」
「ああよく寝たっぽい。いやな弟よ、べつに兄ちゃんが魔王でもいいけど、たぶんおまえのそれは変わらんぞ? だって兄ちゃんも弟の泣き顔大好きだからな」
「死んでろクソ兄貴!」
どうしてこう自分の周りにいる奴らは奇妙奇天烈なのだろう。
「で、リカ? 王サマ助けてやるって、どういうこと?」
「そこで話戻すのかよっ」
「わたしをもらったから、王サマ助けるって、なんで?」
「食糧庫を空にされちゃ迷惑なんだよ! おまえ、こいつら連れておまえの国潰してこい!」
「ああ、それもいいねえ。でも、戦争はいやだなぁ」
「おれも行ってやる! そんで、おまえんとこの業突く張りから食糧掻っ攫ってやる!」
「ああそっか、戦争にしなければいいんだもんね! よっしゃ、食糧奪う盗賊団化するぞー!」
ニアの雄叫びに、どこから話を聞いていたのか知らないが、食事に夢中だった強者たちが「おおっ!」と大声を重ねて歓声が広がった。
「盗賊団化ですって……犯罪ですよ、陛下」
「もう知るか!」
「仕方ありませんね。とりあえず食糧を根こそぎいただいてしまえば、まあ業突く張りの人間どもも戦争など起こせませんでしょう。ニアさまのお国……イグネシア王国でしたか。世界征服への第一歩と致しましょう」
「だから誰がんな面倒くせぇことするかよ! それよりジャック」
「諦めの悪い……なんですか」
「バルドルック呼べ! 頬っぺたいてぇんだよ!」
「ああそういえば未だに涙目ですね。もう少しお可愛らしく泣いてくだされば、もっと早くに気づいたのですが」
「いいからバルドルック呼べ!」
はいはい、と生返事のジャックに医師バルドルックを呼んでもらい、続けざまに怪我をしたことを珍しがられつつ、痛みを取り除いてもらった。
「あれ、もう泣いてないし」
「そもそも泣いてねえ」
「涙目可愛かったのになぁ。ねえ、わたしが殴っても泣く?」
「ヤメロ!」
「うは、可愛い。まさか魔国にきてお嫁さんもらうなんて、わたしかなり幸せものじゃない?」
「だからおれは男だ! 嫁はおまえだろ!」
あ、と気づいたときには遅い。
「わたし魔王のお嫁さんだー!」
言質を取られて、けっきょく魔王は泣いた。
「ちょっと待て元勇者、弟は兄ちゃんのもんだ」
「あげないよー」
「いやいや、生まれた瞬間から弟は兄ちゃんのものって決まってんだよ」
「リカがわたしを嫁って言ったもん」
「おれのもんだ」
「わたしのリカだもん」
ああもうどうでもいいが、おそろしくどうでもいいが、本人を無視した戦いでどっちもくたばってくれたら嬉しいと本気で思いながら、今代魔王リッカは医師バルドルックに慰められつつ今日の仕事に戻ったのだった。




