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淡きしるべは永久の詩。  作者: 津森太壱。
【世界を愛するために。】
1/14

01 : 最後に泣いたのは今代魔王。

ようこそおいでくださりました。







 勇者が善なら魔王は悪。


 昔、誰かがそう言った。


 だから勇者は魔王に戦いを挑み、魔王は勇者と戦った。


「おれがなにをしたってんだ……」

「あんたが侵攻してきたんだろ」

「難民を受け入れただけなんだが」

「おかげでうちの軍は壊滅だ」

「食いもん与えたら傅いたのはおまえらだが」

「あんたのせいでわたしは国に帰れなくなったよ」

「……おまえらの国って最悪」

「だからさ、ここで雇ってくんない?」

「なにサマだ、おまえ」

「勇者サマ」

「帰れ」

「だから帰れないんだって」

「なら、出てけ。魔王の城で勇者が働くって、なんだそれ」

「まあ気にすんなよ」


 勇者と魔王は相対する存在だ。相入れることはない。力が真逆に働く者同士なのだから、それは当然のことである。

 だから勇者と魔王は戦い続けていた。

 なん年も、なん年も、勇者は魔王と戦い、魔王は勇者と戦い続けている。


 の、だが。


「路頭に迷うのは御免だしさ、頼むよ」


 へらりと笑った勇者に、魔王は盛大なため息をついた。


「久しぶりに勇者がきたかと思えば、また欠食児童かよ……だいじょうぶか、この世界」


 このところ、勇者は魔王に戦いを挑む前に勝敗を放り投げ、魔王は勇者にひどく不本意な不戦勝を得ていた。











 魔王が知る世界の情勢は、それほど悪くない。経済的にもゆとりがあるし、貧困に喘いでいる地域も減ってきた。懐が豊かになってきたのは望ましい。このまま成長してくれと思う。

 だが、だからこそあらゆる問題も出てくる。

 おもに勇者。

 というかほとんど勇者。

 むしろ勇者のみ。

 魔王を倒さんがためと勇者は魔族の領域に侵入してくる。勇者が掲げている希望は世界の希望とされているが、実際は人間が領土を広げんがための欲であり、また魔族が保有する能力を得んがための欲だ。

 人間に捕まった魔族は例外なく実験材料にされ、奴隷よりもひどい扱いを受け、二度と故郷へは帰られない。いくら生態を詳しく調べたところで、種族そのものが違うのだからどうしたってその壁を取り払うことはできないのだということを、人間はなかなか理解してくれないものだ。この問題はもう少し文明が発達しなければ解決できないだろう。

 だから魔王は、捕まった同胞を助けるべく動く。実験で生み出された魔族と人間の間に生まれた子も助ける。それが侵略だとされて襲撃されることもしばしばあるが、同胞を助けだしたらあとは適当に追い払うだけだ。


「誰が好き好んで戦争なんかするかよ……」


 魔王は基本的に争いごとがものすごく嫌いである。平和が大好きである。喧嘩なら喜んで受けて立つが、戦争はいけない。これは歴代魔王の誰もが思ってきたことだ。


「魔王!」

「あ?」

「遊ぼう!」

「ふざけろ」


 いきなり執務室に突入してきた欠食児童、もとい元勇者に、魔王は容赦なく机の上にあった文鎮を投げつけた。

 ごん、といい音がした。


「魔王はつれないなぁ」

「すげぇ石頭だな、おい。命中したと思ったのは気のせいなのか?」


 手ごたえはあったのに平然としている元勇者に、顔が引き攣る。身体だけは頑丈なのだろう。

 そういえば元勇者は「よく食べる子どもだ」と、料理長が言っていた。その痩せ細った身体のどこに吸収されるのだというくらい、この目の前の元勇者はよく食べるらしい。さすがは欠食児童、いったい祖国でどれだけひどい生活をしていたのか。この欠食児童についてきていた奴らもよく食べるらしいので、祖国に問題があることは明白だ。貧困に喘いでいる地域は減ったが、それでもまだ根絶されたわけではない。


「なあ、いっつも机に向かってばっかで、飽きない? たまには身体動かそうよ」

「おれはおまえほど暇じゃねぇんだよ。出てけ」

「身体なまるよ。ねえ、遊ぼうって」

「ふざけろ、ガキが」

「わたしの名前はタモンだよ。あ、魔王はなんていうの?」

「出、て、い、け」

「デテイケっていうんだ? 変な名前だなぁ」

「……。解雇されてぇのか?」


 勇者の頭の中は、魔王にとって未知の混沌である。かち割ってやりたい、とたまに思うが、文鎮をもろともしない石頭ではできそうもないのが残念だ。


「あーそーぼーおーよーっ!」

「……。ひとの話聞かねぇのはおまえの特技だよな」

「なーってばあ!」

「……。そんなに暇なら勇者どもを蹴散らしてこい」

「え」

「今のは聞こえたのか……」


 魔王にとって勇者の相手は、はっきり言ってしんどい。

 この能天気な欠食児童は、腕だけは確かに一流で、魔法も一流だ。真面目に相手をすると命が危ない。食糧難に陥っている国の勇者でよかったと、一度試しに手合わせしてみたときに思った。おそらく現存する勇者と呼ばれている者たちの中で、この欠食児童が最強だろう。

 だから、相手にするにはしんどい。

 腕は立つのに、脳みそが空っぽなのだ。脳みそまで筋肉、とはよく言ったものである。


「おまえが雇えと言ったから、おれはおまえの剣の腕を買った。おまえの部下ごと、騎士隊を作ってやった。そいつら連れて勇者と名乗る奴らを全員、蹴散らしてきやがれ」


 少し酷な命令だろうか、と思ったがその矢先、難しそうな顔をしていた元勇者がこくりと首を傾げる。


「報酬は?」


 同胞を殺すことも厭わない欠食児童ぶりは天晴れだ。こいつを勇者にした国がいっそ哀れに思えてくる。


 この世界は本当にだいじょうぶだろうか。

 いっそ滅んでしまったほうがいいのではないだろうか。


「ねえ魔王、報酬はぁ?」

「……。飢えないだけの食糧を与えてやる」

「それってみんな?」

「ああ」

「行ってきまーす!」


 身軽に飛んで行った元勇者に、このところはめっきりつきっぱなしのため息をつき、再び書類に目を通した。


「世界征服でもして世界を更地にして一から創り直したほうがいんじゃね?」

「おいこらそこ、おれの声真似して勝手なこと言ってんじゃねぇよ」


 こめかみに青筋が浮かぶ。口の端がぴくぴくと引きつる。


「おまえが思ってること声に出してやっただけじゃねぇか」

「誰が世界征服なんぞ面倒くせぇことするかよ」


 言い返して、ギッと睨む。似たくさい顔にイラッとした。


「つか、本来ならてめぇが魔王だろうがよ、クソ兄貴」

「こらこら弟、兄ちゃんに向ってそりゃねぇよ。まあべつにおれが魔王でもいんだけどよ、おれたぶん世界ぶっ壊すぜ?」

「やれるもんならやってみやがれクソ兄貴」

「ほらそれだ。兄ちゃんおまえがおっかなくて魔王なんてやってらんね」

「仕事しろあんぽんたん!」


 もう一つ置いてあった文鎮を投げつけてやった。こちらもとてもいい音がしたのだが、体力バカでアホな兄にはもちろん通用しない。


「あっぶねぇだろ、弟」

「文鎮投げつけられて無事なてめぇはなんだ!」

「勇者も無事だったじゃねぇか」

「おまえらどんだけ石頭だよ!」

「とりあえずこの頭で城一つ壊せんじゃね?」

「んなこた訊いてねぇよ! つかなんだその破壊力!」


 怒鳴るのも体力を必要とするせいか、それともあの欠食児童元勇者とちゃらんぽらん兄を相手にしているからか、今までになく非常に疲れる。このところの一日は大凡こいつらのせいで体力が尽きていると思うのは、たぶん気のせいではない。


「まあ落ち着け弟、兄ちゃん弟が心配なんだわ。なんせ可愛い弟が魔王だもんよ、支えてやりてぇのが兄心ってもんだろ?」

「大迷惑だ」

「まあそうツンケンすんなよ。あ、たまにデレっとしたとこなんか最高に可愛いけどよ、そんな弟も兄ちゃん大好きだぜ?」

「頼むからあんた一回死んでこねぇか?」

「なに言ってんだ弟、もはや何十回と殺されてんじゃねぇか、おまえに」

「いちいち生き帰ってくんじゃねぇよ」

「そら無理だわ弟、兄ちゃん弟大好きで死んでらんねぇもん」

「マジで死んでこい!」


 相手にしなければいいのだが、どうもこの兄には反応してしまう。手のひらに魔力を集中させると、とりあえず今日の分の仕事は終わらせる必要があるので、凝縮させた力の塊を兄に投げつけた。こればかりは兄も避けられず、いっそ華麗にぶっ飛ばされる。

 部屋が半壊状態になったが、この際仕方ない。


「ま! また部屋壊して!」

「おージャック、修理頼むわ」

「兄弟喧嘩でいちいち部屋壊さないでくださいよ、陛下!」

「あんぽんたんに言え」

「あんぽんたんさま部屋壊さないでください!」


 王佐の役職にいるジャックは目くじらを立て、のびている兄にも怒鳴って修理費の計算を始める。もちろん費用は兄の給料から引かれるので、こちらが気にする必要はない。


 これで漸く静かになった。


「ところで陛下」

「あん?」

「勇者一行が出かけられたようですが、なにかお命じになられたのですか?」

「ああ、遊べってうるせぇから、勇者名乗る奴ら蹴散らしてこいって言った」

「あら……世界を征服する気になりましたか」

「なんでそうなんのっ?」


 話を飛躍させたジャックに、正直慌てた。せっかく静かになって仕事が捗るとおもったのに、ここの奴らはそんなに仕事をさせたくないのだろうか。


「考えなくともわかることでしょう」

「はっ?」

「国からひとり勇者が選抜され、魔王陛下に挑まれるのはもはや恒例行事、まあ通過儀礼ですかね」

「通過しちゃう儀式なんかい」

「もちろん誰も今代の魔王陛下には勝てませんからね。哀れ勇者、国随一の力を持ってしても魔王陛下には敵わない。しかしこのところの勇者は挑む前に敗北宣言をし、あまつさえ先の勇者のように雇えと言う始末」

「まあ……難民みたいなもんだったしな」

「にも関わらず勇者は送りこまれてくる。つまり、各国は焦っているのですよ」

「どこらへんが『つまり』なのか訊いてもいいか?」

「あなたを牽制している、ということです」

「はあ?」


 ジャックの言っている意味がさっぱりわからない。


「おれが説明してやろう弟よ」

「てめぇはしばらく死んでろ」

「ぉぶしっ!」


 復活してくれた兄に、指をパチンと鳴らして凝縮させた力を弾丸状にして飛ばした。やはり兄は避けられず再び華麗に吹っ飛んだ。


「これ以上部屋を壊さないでください!」

「修理費はあんぽんたんの財布から出んだ、気にすんな」

「階下の執務室の修理も、最上階の執務室の修理も、離れの修理も追いついていないのです! あんたいったいどこで仕事する気ですか! このままだと寝る場所もありませんよ!」

「げ」

「わかったらもう部屋を壊さないでください! 野宿させますよ!」


 せっかく屋根がある家なのに野宿はいやだなぁと、仕方ないしばらく兄のことは放置することにした。











「で、なんだっけ?」


 煩い兄を黙らせるべく特製の縄で全身をぐるぐると縛り、奇妙な声を出す口を塞ぐべく大量の布を口の中に詰め込んで頭から袋を被せ、首のところで絞め殺す勢いで縛って外に放り投げたあと、再びジャックに説明を求める。


「けっきょく半壊……新しい邸でも建てましょうか」

「あんぽんたんの財布から出せよ」

「承知いたしました」

「で、なんだっけ?」

「どこまでお話しましたでしょう?」

「勇者がおれを牽制するとかなんとか」

「ああそうでした……。世界の人々の関心は魔王陛下、あなたに向けられつつあるのです」

「はあ?」

「なにせあなたさまときたら、腹が減って動けないと知ると無償で食糧を与え、仕事がないと知れば職を探して与え、住む場所がないと聞けばこの地に住めばいいと言って入国永住許可を出す……いったいどこの善王ですか」

「困ってたんだから仕方ねぇだろうが」

「あなたのような魔王はどこを探してもおられません!」


 喚いたジャックに、いったいどこが不満を感じる点なのか、さっぱりわからない。困っている者たちを助けるのは、力のある者として、一国を支配する者として、当然のことではないのだろうか。


「まあ、よいのですがね……うちの魔王は、とってもいいひとなのです。それはよいのです。わたしも誇りに思います」

「ああ? おまえ、けっきょくなに言いてぇの?」

「悪とされている魔王を根底から覆したお方を尊敬しているのです」

「尊敬……のわりに、すっげぇ顔引き攣ってんじゃねぇか」

「吃驚しているのです」

「どこが」

「魔族を統べる王のくせに人間を救うあなたが、わたしには驚きです」


 そんなことか、と呆れにも近いため息をつく。


「魔族も人間も関係ねぇだろうが。この世界に、生きてんだぞ」

「あなたのような王を迎えられたことを、魔族を代表して、幸福であると進言させていただきます」

「あっそ。で?」

「はい?」

「人間の関心がおれに向けられつつあるから、各国は焦ってんだろ? なんで焦んだよ?」

「……。あんた賢いんですか、バカなんですか」


 ちょっとイラッとしたので、兄を外に放り投げたときに回収しておいた二つの文鎮のうち、一つをジャックに投げつけた。


「民を取られまいとしているのですよ、各国の王は」

「ちっ、掴みやがった」

「お返しします」

「ぃでっ!」


 上手く掴まれた揚句、投げ返されて「ごんっ」と額に相当な衝撃を食らった。

 くそ、文官のくせにこういうことだけは上手い。


「お、おれが、他国の民を奪うってのか……っ」

「なに涙目になってんですか」

「いてぇんだよ! おれは打たれ弱ぇんだよ! 加減しろよジャック!」

「まあそういうことで、魔国に民が流れるのを阻止したいだけですよ、各国の王は」

「さらっと流しやがった! そうかよ、それで勇者かよ」

「ええ。ですが、逆効果ですね。あなたときたら、勇者も助けてしまうのですから」

「ありゃただの欠食児童だぞ」

「その欠食児童ですが、相当な腕前の魔法剣士ですよ。下手をすれば、あなた負けるのではありませんか」

「負けやしねぇよ。だが……油断はできねぇな。ありゃほんもんの勇者だ」


 額の痛みに「ぐすっ」と鼻を鳴らして耐えると、ちょっとどころかかなり哀れに思ってくれたらしいジャックが医師を呼び、治療してくれた。


「陛下が怪我とは珍しいですな」

「ジャックのせいだ」

「いけませんな、ジャックどの。陛下は打たれ弱いのですぞ」

「おまえは優しいなぁ、バルドルック」

「もっと上手く泣かせて差し上げねば、せっかくの可愛らしさが台無しですぞ」

「おいなんだそれ」


 よしよし、と頭を撫でて去っていく医師バルドルックに、なにか間違った気遣いをされたような気もしたが、とりあえず凄腕の医師のおかげで額の痛みは取れた。涙も引っ込んだ。


「そうですねぇ、もうちょっと可愛らしく泣けるようにしませんと」

「いやだからなんだそれ」

「そんなこんなを加味して、世界征服を決められたのですかとお訊ねした次第です」

「話ぶっ飛んだぞ、おい」

「で、いかがなされるおつもりで? あの勇者を勇者討伐に出した以上、あなたは世界を征服してもおかしくはないのですが」

「誰がんな面倒くせぇことするか!」

「では、勇者が帰って来ないことを祈ることですね」

「雇った責任として骨くらいは拾ってやる」

「……世界征服も間近、と」

「やらねって言ってんだろ!」


 はいはい、と生返事するジャックに「やらねぇ!」と喚いた。


 が、それから数日後、勇者が倍以上に膨れ上がった団体で帰って来たのは言うまでもない。


「おまえなにしてくれちゃってんのっ?」

「魔王が飢えないだけの食糧くれるって言ったんじゃーん」

「そらおまえたちになっ?」

「みんなって言ったよー」


 脳筋族だと思っていた元勇者の欠食児童は、言質を取るという、意外にも賢い方法で魔王の配下に人間を増やした。


「こりゃ世界征服するしかねぇな、弟よ」

「うるせぇクソ兄貴! てめぇが魔王やれ!」

「やってもいいが世界ぶっ壊れんぜ?」

「やれるもんならやってみろ!」

「ほらそれ、兄ちゃん弟おっかなくて魔王なんかやってらんね」

「死んでこい!」


 とりあえず兄に八つ当たりしておいた。


「部屋壊すなって言ってんでしょうが!」


 ジャックに殴られて、けっきょく泣いたのは今代魔王だった。







楽しんでいただけたら幸いです。


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