第1局 立直姉妹
「ギャーッ!! レンちゃんやめて! 飛んじゃう飛んじゃう! 死ぬーッ!!」
「うるさい。テンちゃん、近所迷惑だから絶叫しないで」
――深夜、動画サイトで麻雀配信を行っている女性VTuber2人。
片方の点数は、わずか300点。
あと一撃でも食らえばマイナスになる、風前の灯火だった――。
「はーい! 皆さんこんばんは~! 麻雀参加型配信『ツモってあそぼ!』の時間だよ~!」
配信画面には黒髪に赤いチャイナドレスの女性VTuberが映っている。
その隣には白髪で青いチャイナドレスの女。
2人は対称的な、お揃いの立ち絵のようだ。
「お送りするのはテンホー・立直と!」
「レンホー・立直です。よろしく」
元気に喋っているテンホーと、小さくペコリと頭を下げるレンホー。
リスナーも次々とコメントを残し、ポツポツと人が増えてきた。
『テンちゃん、レンちゃん、こんばんは~』
『お疲れ様です! 早速ですが参加希望!』
「わぁ、ありがとう! いつも通り、『参加希望』の4文字を打ってくれれば、自動で名前が載るからね~!」
『参加待機』と書かれたスペースに、参加希望リスナーの名前が表示される。
「ルームナンバー、大きめに表示しておくから、順番にルームに入って待機よろしく」
参加待機列の上から順に、リスナーが入室する。
麻雀はアプリゲームを使用し、画面に映した状態だ。
「揃ったね! それじゃ、対戦よろしくお願いしまーす!」
テンちゃん、レンちゃん、リスナーが2人。
画面は雀卓を模した映像に切り替わり、自動で麻雀牌が配られる。
――この配信を、黙って睨みつけるように見ている者がいることを、テンちゃんとレンちゃんはまだ知らない。
「アプリゲームって便利だよね~。自分で牌を積んだりする必要ないもん」
テンちゃんは特に深く考える様子もなく、牌を切った。
『おふたりって雀荘とか行ったことあります?』
「ないよね、テンちゃん」
「雀荘はね~、ちょっと敷居高いかも。あと私、点数計算できなくてさ~」
そんな会話をしながら、4人で牌を切っていく。
「よし、立直!」
「あ、それロン」
「んなっ!?」
テンちゃんの立直を宣言して切った牌で、レンちゃんがすかさず和了った。
「一盃口、平和、ドラ2、赤ドラ1。満貫8000点」
「うわぁぁぁ、痛い!」
『出た、レンレンのダマテンアサシン!』
『立直姉妹なのに立直してない!』
「満貫で充分和了れるのに、わざわざ立直する必要もないからね」
テンちゃんの点棒がレンちゃんに渡る。
同時に、「東2局」と表示され、親番が移った。
「うわーん! すごい速さで親が流された!」
「テンちゃん、手がバレバレだよ。また清一色狙ってたでしょ?」
『チンイツってなんですか?』
「お、いい質問だね~。麻雀には萬子、筒子、索子っていう3種類の数牌があるんだけど、そのどれか一色に染めたらできる、めちゃくちゃ強い役なんだ~!」
「鳴く……ポンとかチーとかすると点数が下がる役なんだけど、それでも当たれば満貫は確定する。……和了れれば、の話だけど」
レンちゃんは顔色ひとつ変えずに、冷静沈着に牌を切る。
「テンちゃんの場合は捨て牌で他の数牌を切りまくってるから、手の内がバレバレ」
「だって、ド派手な役で和了ったほうが私も気持ちいいし、リスナーの皆も楽しいよね!?」
『うんうん、テンちゃんの悲鳴で飯がうまい』
『今日もド派手に飛んでくださいね~』
「みんな、ひどくない!?」
「いいから、早く牌切って。時間切れになっちゃうよ」
持ち時間は60秒。もたもたしていると自動で牌が切られてしまう。
テンちゃんは「あっ、待って、うーん……」と手牌を見て考え込んだ。
『そういえばさっきの平和ってなんですか? とても平和な卓には見えませんでしたが……』
「あはは、読み方、へいわじゃなくてピンフ!」
「成立条件は面子がすべて順子、雀頭が役牌以外、両面待ちで門前であがる必要がある」
「レンちゃん? 日本語で説明して?」
「なんでテンちゃんが分かってないの? 私ちゃんと麻雀教えたよね?」
「い、いや、リスナーさんにわかりやすく説明しないといけないから!」
コメント欄にリスナーからの『草』の文字が並ぶ。
レンちゃんは小さくため息をついてから、少し噛み砕いて説明することにした。
「メンツっていうのは階段並びのシュンツか同じ牌を3つ並べるコーツの2種類がある。ピンフに必要なのはシュンツだけ」
「シュンツは1・2・3とか7・8・9って揃ってればいいんだよね!」
「そう。で、雀頭っていうのは同じ牌を2枚。役牌は白・發・中とか東・南・西・北とか。要するに数のない牌」
「両面待ちっていうのは両側の待ち、つまり残った牌が数牌の3・4で待ってる場合は2か5で和了っていう待ち方だよ! 2種類の牌で待てるから、ちょっと和了りやすい形なんだ~」
「門前っていうのは単に鳴いてない状態。……ピンフ、初心者が一番つまずきやすい役だよね。説明もこんな感じで難しいし」
『なるほど、完全に理解した(わかってない)』
『つまりどういうことだってばよ……??』
『そんな複雑な条件で和了らないと役つかないんだ……』
リスナーの反応は様々である。
「実際に打ってみると、和了ったら勝手についてること多いから、最初のうちはそんなに気にしなくていいよ~!」
「そもそも一翻だし、わざわざ狙って作るものでもないと思う」
テンちゃんとレンちゃんはそんな雑談をしながら、各々マイペースに牌を切っていった。
「西をポン!」
テンちゃんの雀卓の右端に、西の牌が3枚並ぶ。
「西……? 今は場風は東、テンちゃんは北家のはず……」
レンちゃんは冷静にテンちゃんの捨てた牌の置かれている河を見た。
テンちゃんはさらに、南の牌も4枚揃えてカンしていく。
「……テンちゃん、もしかして役満狙ってない? 字一色かな」
「そ、ソンナコトナイヨ?」
「そう。じゃあ字牌は捨てないようにするね」
「えぇーっ!? なんでそういう意地悪するのー!」
「いや、これは真剣勝負だからね」
立直姉妹のやり取りに、リスナーは『今日も仲良しで何より』『草』とコメントを流した。
結局、テンちゃんは和了ることなく、捨てた牌でまた点棒を奪われ、絶叫するのであった。
「――はい、というわけで、今日も私がテンちゃんを飛ばしました」
ぶい、とレンちゃんの立ち絵がピースサインを作る。
「エーン……今日もボコボコにされたぁ……」
テンちゃんは己の点棒がマイナスまで減ったのを見てガックリしていた。
「配信、最後まで見てくれてありがとうございました。チャンネル登録、高評価よろしく」
「また明日も遊びに来てね! ばいばーい!」
2人のVTuberが手を振って、配信画面には「今日の配信は終了しました」の文字が映る。
その画面を見つめている女がいた。
「……非効率の極み。牌効率もなにもあったものじゃない……」
女は呟くと、動画のブラウザを閉じ、パソコンを畳んで、席を立つ。
「少し、遊んであげようか」
その女は、ただの一度もコメントを打っていなかった。
一方、テンちゃんとレンちゃんは、「おつかれ~!」と一緒に缶チューハイを飲んでいる。
「ね、チャンネル登録者数、また増えてる!」
「1年続けて登録者数100人。まあ、悪くないんじゃない」
――テンちゃんとレンちゃんは、実のところ姉妹ではない。
大学時代に出会い、卒業後もルームシェアをしている親友同士。
社会人になっても、こうして一緒に遊んでいる程度に仲が良かった。
「ねえねえ、このあともまた対局しよ! CPUも入れてさ!」
「あれだけボロ負けしたのに、よく麻雀したいと思えるね」
「だって、レンちゃんと打つの、すっごく楽しいんだもん!」
「…………ふーん。そ、そう……いいけど……」
「やった! じゃあお風呂沸かしてくる!」
テンちゃんは、レンちゃんが俯いて耳まで真っ赤になっていることには気付かない。
天真爛漫なテンちゃんと、冷静沈着なレンちゃん。
2人のVTuberは、こうして毎晩麻雀配信を行っては、無自覚にイチャイチャしているのである。
――そして数日後。
立直姉妹のチャンネルに「コラボ希望」のDMが届いた。




