第26話 「またあなたに逢いたい」
ここ最近、レロスは記憶喪失となってしまったリーナスとの会話を毎日した。特段リーナスが拒否することもなく、会話は弾んだ。
それでも寂しさはあった。
「えへへ…」や「レロ〜」と甘えてくる、可愛さ全開のリーナスが、少し前までそこにいた。しかし今はどうだろうか。
記憶がなくなったことを責めるわけではないが、そんな彼女はもういない。そう考えるだけで、気が滅入る。泣きたくなる。会いたい。抱きしめたい。いろんな感情がせめぎ合う。
「我慢…我慢だ…今は………我慢なんだよ……っ」
「レロス? 大丈夫…?」
「大丈夫…いや、大丈夫じゃ、ないかも」
リーナスは魔法を扱えるようになった。魔法の癖自体は残ってるようで、案外すぐに記憶喪失前に使えた魔法が一通り使えるようになった。これで一旦彼女単独でも守りや攻めはできる。
「どうしたの? 何かあったなら言って」
「ごめん、昔のリーナスと重ねてしまっただけ。気にしないで、僕が、勝手に傷心に浸ってるだけだからさ…」「……早く記憶戻らないかな。私にとって生涯にわたって大切な人がこんな苦しい目にあうのはおかしい」
「…ぇ…」
声にならない声で疑問を口から出す。
そのおかしさは、自分が抱くものなのだとばかり、レロスは思っていた。
でもリーナスは自分のことを心配してくれていた。どこか面影があった。昔の彼女に。重ねて比べると言う、最低なことをしている自覚はあった。でも、どうやってもそうしてしまう。そんな自分が、許せなかった。
「私は記憶をなくしちゃった。それはどうしようもないのはわかってるんだよね…?」
「……」
レロスは無言でうなづいた。
もう感情がグチャグチャで、何をどうすればいいのかわからない。
そう思っていた時に、リーナスの何気ない行動が彼の栓をしていた感情というビンから、感情が噴き出てしまっった。
そっと、リーナスが抱きついた。レロスは「自分を安心させるため」だとはわかっていた。でもやっぱり、昔のリーナスが出てきてしまう。
『レロ〜抱きついていい!?』
『はいはい、おいで』
『やった! ぎゅーーーーーーっ』
『う゛、ちょっと苦しい…』
『え!? ごめん、ごめんってば!!』
『リーナスさん!! それ以上は…おべべべべべべべべべ』
抑えようと思っていた。でも無理だった。抑えられるわけがなかった。涙がポロポロと溢れる。リーナスがそっと背中をさすって、頭を撫でて、抱き寄せて。安心させるために、レロスとくっついた。
多分日記帳から学んだことだろうが、レロスはリーナスとリーナスという人物は、必ずしも同一人物ではないと思っている。だからこそ、重ねることに拒否感を抱いている。それが彼を蝕んでいるとも言えたのだった。
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「そうか、レロスは……」
「ごめん、って言っても『謝らないで』って返されるの」
「そらいわれるだろうね、君のせいじゃないんだから」
リーナスはレロスがしばらく外へ出ている間に、ウヌクとグェードと話をしていた。記憶奪還には、ポラリスという魔法がかなり重要視されている。本来のポラリスは星に注目を集めることで隙を狙うもの。または、術者への道標となるもの。今回は後者で狙いを定めた。
しかしそのレロスがあの状態では、それもままならない。まずは彼は立ち直らなければならない、と感じた。
「まずはレロスのやる気を出さねえとな」
「だな、さてどうする?」
「私も何かできるのかな…」
「できるできる、むしろやってくれ」
そう言われたリーナスはウヌクに耳元でコソコソと何かを言う。言われたリーナスは自分を鼓舞してレロスのもとへ向かう。
「レロス、今ちょっといい?」
「……リーナス?」
「あの、今やる気が出ないでしょ?色々考えてて、さ」
「……うん」
レロスは低いトーンで返事をする。
それが今このタイミングで話しかけられたことで怒っているのか、ただ落ち込んでいるからなのかは、さっぱりわからないがリーナスは続けた。
「あのね、レロスに私は元気になって欲しいの。記憶があるからとか、そういうのは関係ない」
「……」
「私は、あなたのこと完璧に知ってるわけじゃない」
「そうだね」
「私は、あなたがどういう人なのか、まだ全部を知らない」
「そうだね」
「でも私は、私は、あなたが元気になれば少なくとも周りの人が元気になるって知ってる」
「……っ」
「くじけないで。頑張って。もがいて。奮い立って。……私はあなたのことを信じてるからね、絶対の絶対に」
最後の一言は、どこか無理強いさせるような言葉が混じるが、そのあとの言葉がどれだけレロスを震撼させ、輝きを取り戻したのか、リーナスは知る余地もない。
レロスは思った。なぜこの子は自分に元気を取り戻させようとするのか。でも、この時だけは思った。普段は嫌だと思う、2人の比較。この時だけ、トレースしたかのように、完璧に同じだった。
『頑張って!私は応援してるからさ!』
「……僕は、君が前の『君』と重ねて、比較して、比べて、『ああ、ダメだな』って思ってしまったことがあったんだ」
『大丈夫だよ』
「うん」
自分の幻覚が、もう1人のリーナスを形作っている。
自分がそれだけ溺れているんだろう。言われるまでもなく、そうなのだ。それが事実なのだ。
でも、それと決別しなければならない。必ず、救い出すと。自分を犠牲にしてでも。
「だから、こうやってたけど、君は信じてくれてた」
『仕方ないって! 気にしない、気にしない!』
「…うん」
「その向けられた思いを無下にするのは……僕の根本が許さない」
『流石、レロスだね! ずっと応援してるよ!』
頭の中で、もう1人のリーナスが、そう言ってくれている。目の前にいるリーナスは、どこか恥じらっているようで、それすらも可愛らしいと思った。
レロスは振り向き、リーナスと向き合ったレロスはどこかぎこちなく輝きを取り戻し、リーナスの頭にポンっと手を置いて、
「完璧は無理かもしれないが、やれるだけやってみようと思う。ありがとう、リーナス」
「………うん」
リーナスはどこか恥ずかしそうに、嬉しそうにそう返事をした。彼女も、『彼女』に近づきつつあるのだろうか。ウヌクはそう思いながら微笑ましくその光景を見ていた。
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「さて、カーミラを含めて拘束する作戦だ。王城は任せていいんだよな、レルアス」
「お任せを。私は魔王軍側に回りますが、私の部下たちが王女様を拘束し、どうにかしておきます」
「そして…魔王軍組は……」
魔王軍組は、以前の『色欲』戦で共にしたメンバーだった。
しかし今回は、最初から王国軍と正教会がいる。それはかなり大きな違いだった。
「始めよう、俺たちの戦いを。『リーナス』を取り戻すんだ」
「「よぉぉぉぉぉし!!!やってやるぞぉぉぉぉ!!!!」
全員が鼓舞し、やる気と勇気を奮い立たせた、その時だった。
───突如としてその隠れ家は爆散した。
「……っ、何事だ!?」
「あらあら、作戦会議中だった?」
『嫉妬』だった。しかし、そう考える前に『嫉妬』は吹き飛ばされた。
「私のこと、忘れないでくれる?」
「……お前は…!!」
「お兄さん、久しぶり。おっと、一応名乗っておこうかな」
そう言った女性は、胸を張って名乗り出す。
その光景が、レロスの想像を遥かに超えていたのは、言うまでもない。
「私は魔王軍七大幹部が1人、『色欲』のエフェル」
それもそのはず、『色欲』が闇から脱出し、味方として参戦したのだった。
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レロスは復活したエフェルと会話を弾ませる。
久々に自分の好奇心が働いた。この2人は以前敵対している最中にお互いに興味を示していたから、というのもあった。が、今はそれどころではない。
「まあ、私はお兄さんのおかげで闇から脱出できたわけ」
「ああ、そういえばそうだったな。闇属性の副作用で闇落ちしてたよな」
「そうそう。まあ今は、このバカを鎮めないとね」
そういうと『嫉妬』が舞い戻ってきた。
何か煌めきを纏っていた。それがリーナスの記憶であるとわかるまでに時間はかからなかった。
「お姉さんの記憶。妬ましい、羨ましい」
「おい、それリーナスのだよな。返せよ」
「えー? どうしようかなー?」
そう言って記憶を手元でクルクルと回す。
それは明らか、リーナスの記憶を丁寧に扱っていない証で。
レロスは激しい怒りに包まれた。
「おい、その扱い方をやめろよ」
「えー? 壊しちゃってもいいんだよ?」
「もしやってみろ。お前を一生殺し続けてやるよ」
「わー、怖い怖い」
怖いと言っているが怖がっている様子は全くしない。
むしろ怒っている姿を、嘲笑っているようにも見える。それがさらにレロスを腹立たせた。
「もういい」
「おい、レロス落ち着け」
「そうですよレロス殿。落ち着いてください」
怒りで突き動かされそうなレロスを止めたのは、ウヌクとレルアスだった。
レロスは止められつつもその手元の記憶がーー消えるのを、見た。
「え、は………?」
「…!? あれ!?記憶が…!?」
手元からなくなった記憶は、ウヌクの手に握られていた。
その記憶がウヌクの手にあったのを確認した『嫉妬』──キャメルは、激昂した。
「取り返させてもらった。お前の好き勝手にはしない」
「なんで…!返せ!それはもう私のものだ!」
「何がお前のもの?これはリーナスの所有物であり、かげがえのない退治なものなんだよ」
『嫉妬』はその美しい顔を歪めた。醜く、歪んだ。
「ああああああああああ!!!許せない!逃がさない!返せ!それは私のものよ!!!返せええええええ!!!」
「何を言うんだ、まったく…。レロス、頼んだ。出力は考えてくれよ?」
「…わかった。“深淵”」
レロスがそう呟くと、レロスから黒いモヤが現れる。
もくもくと、放出される。しかしそれは明らかに普段のレロスの闇属性とは全く違った。果てしなく、暗く、光すらも逃がさない、何がどこにあるかわからない闇だった。
「こんなところで…やられるなんて思うなよぉぉぉぉぉ!!!」
『嫉妬』は、そう言って闇から消えた。撤退したのだろう。本来の深淵の挙動とは違ったからか、すぐに判別できる。
ひとまず、かなり早く記憶奪還に成功した。
しかし記憶を溶け込ませるには、ある手段を使う必要がある。
「レロス、この記憶を吸い込めるか?」
「え?」
「大丈夫だ、これは思い出になって星になる。その星にリーナスを魅了させれば、記憶は戻る、らしい」
「なんだよ、らしいって」
「文献にはそうとしか書いてないんだ、でも成功率100%らしい。あんまり信じられないが」
「でも成功率100%ならやってみる価値はあるんじゃないか?」
「そう、だな……それもそうだ。やってみよう」
そうしてレロスはリーナスの記憶を吸い込んだ。この戦いが終わる頃には、溶け込んでスムーズに記憶奪還ができるはず。
そう思いながらレロスは暖かいそれを闇に漬けたのだった。
「リーナスの記憶は奪還した。あとはやるべきことをやるのみ」
「そうですね、やってやりましょう。将来的にはこの国を根本から建て直すことを目標に」
どんどんと話のスケールが肥大化している気がするが、レロスは迷わずまず脅威を排除しようと、改めてそう決める。
ゆくゆくは、リーナスの記憶を。何度もそう思いを募らせる。走らせる。そうして再び「また貴女に会いたい」と、何度も思う。目の前にいる彼女も素敵だし、好きだ。だからどちらも平等に好きでありたいと、心の底から願う。
「さあ、動くとしよう」
レロスのその一言で、全員が各々のやるべきことに全力を注ぎ始める。ここからが本当の戦いなのだと、全員がその重みを充分受け取って、王城へ、戦場へと足を向けて行った。
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『ねえ、レロ?』
「んー? なに?」
『今の「私」のこと、大事にしてる?」
「…もちろん、大事だよ」
レロスはそう言ってリーナスと会話をする。
しかし、そこには誰もいない。
これは彼にしか見えない、『彼女』との会話なのだ。
誰にも邪魔はできないし、誰も阻むことはできない。
「僕って惨めだよね…こんな幻覚が見えるまで、昔を求めるなんてさ。今と真剣に向き合うことすらできてない…」
『それって実際私のことそれくらい好きだってことよね』
「それはそうだけどさ…何か僕に言うべきこととか、あるんじゃないの?」
『え? うーん、そうだなあ…強いて言うなら頑張ってよ』
「………へ……?」
『無理して立って、なんてことは言わない。でも、私はレロスが助けてくれるその瞬間を待ってるよ』
「……」
『その時は、笑顔で、泣いててもいいな。まあどんな形でもいいよ。私は、またレロと逢えるその時を、待ってるから。またあなたと逢いたいから』
「うん、……そうだね、うん…待ってる。僕も待ってる」
『えへへ…待ってるからね、レロ。大好き』
ふっと『彼女』はいなくなる。元からそこにいなかったように。否、“元々そこにはいなかった”。故に、あるべき形に戻ったとでも言うべきだろう。レロスはふっと立ち上がり、体をほぐす運動を始める。
記憶喪失後から現れるようになった、「リーナスの幻覚」は、とてもではないが、かなりレロスの精神面のダメージを顕著に表しているとしか言いようがないものだった。
そんな彼女の幻覚は、悪い方へ良い方へ、レロスを引っ張るものではなく、ただただ以前のような会話を弾む、今のリーナスとはできにくいことをしてくれる存在だった。
それだけでもレロスは少し気分が良くなる。現実は直視できないが。
そう、気分は良くなる。その分、現実という一種の空間から逃げて、逃げて、逃避している。見たくない、知りたくもない現実という事実から逃れたいその一心だった。
明日から始まる「災戦」の反撃に備え、レロスは万全の支度をする。
迫り来る脅威は、どこか日本で過ごしていた頃に読んでいた異世界小説でもかなり良くあるパターンだと、レロスは感慨深くなりながら思い出す。
『嫉妬』をどう攻略するか、レロスはひたすら考えるのだった。
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王城では、王国軍が王女の身柄を確保するべく極秘で動いていた。
「こっち、だよな」
「ああそっちだ。気をつけろよ、近衛兵に見つかればただじゃ済まない」
そう話すのはレルアスの部下であるオヴァールとラノールだった。
2人はレルアスの同期だが、2人とも進んでレルアスの部下についた。
それほど人望が厚い、ということは微笑ましいことだと思う。実際彼には現在100名近い部下がいる。信頼が厚いと、かなり作戦もスムーズに進みやすい。
「あそこ……げっ、なんだあれ」
「部屋の扉から紫のモヤ?が出てるぞおい…」
カーミラの部屋から、何かが溢れ出ていた。
それは、とても、とても、、とても………。




