敗北令嬢と彼の儚い時間(7)
これで前世編終わりです。むっちゃ長いですね……。次回から一章です。
レオンが死んだ。そのことにシエルサは驚いたけど、心のどこかで納得もしていた。だからかその涙は流れることは無い。
いつ帰ってきたのかも思い出せないまま、シエルサは山積みの書類の中でうずくまっていた。なんだか、寒い。
「……仕事をしないと」
突然ゆらりと立ち上がって、シエルサは歩き始めた。窓の外は暗く、時間は夜の3時に近い。本来ならどこも施設は開いていないはずだけど、今日は珍しく会議室に部屋の明かりがついていた。
それを見て、シエルサは苦々しく思いながら、働かないといけないと更に思い直した。今日ほったらかした会議と、書類が溜まってるはずだから。
図書室の鍵を開けて中に入る。この図書室の奥にある禁書指定の本棚に、その資料が埋まっているはずだった。
禁書指定されたその区域に入り、必要な資料を見つけるのは容易い。今回の資料も直ぐに見つかった。
「困ったわ。取れない……」
しかしシエルサの身長だと、その資料には手が届かない。仕方がなく、シエルサは一脚の椅子の上に乗って資料を取ろうとした。その椅子が簡単には崩れないことを確認して、シエルサは椅子に乗る。
「あと、ちょっと……!」
必死でつま先立ちして資料に手が届いた──その時。
ずるっ!
「……っ、うそ!」
とっさに伸ばした手は書架にかかり、仕舞われていた他の書類とともに地面へ落ちる。せっかく手に入れた書類は綴じ紐が外れてバラバラになってしまった。
一瞬の浮遊感の後、シエルサの体は地面にたたきつけられる。頭こそ打たなかったけれど、上から降ってくる書類や本に揉まれ、埃まみれだ。
「……なんで、こんな目に」
紙にまみれたまま、ぽつりと呟いた。色んな人に裏切られてまで努力してきた妃教育は無駄になり、なんとか永らえさせてきた国もきっともう滅ぶ。
(私の人生のどこに意味があったの?)
その疑問を抱えずにはいられない。それがさらに自分を苦しめることだと知りながら。
シエルサは虚しくなりながら資料を集める。集めて、本とともに棚に戻す。その作業を繰り返して、机の下に落ちたある一冊の本に気づいた。
何度も足を運んでいる禁書庫で1度も見たことのないその本が気になって、シエルサはその本を開いた。
「っ、これは! そんなことがあっていいはずが……」
それは、この国の歴史……建国神話と呼ばれるものだった。しかし中身は一般に出されているものと一切違う。
「この国の守護神は、白銀の竜ですって? 女神サルヴェスタが一切登場していないなんて、そんなことありえるの……?」
この衝撃の事実に、シエルサの抱えていた不安や怒りは全て飲み込まれた。人に見られてもいいように資料で本を包み隠すと、そそくさと図書室から退出する。
今は何より、落ち着いてこの本を読みたかった。しかし朝日がのぼり始めている。仕方なしにシエルサは改めて机に向かうと、溜まりに溜まった仕事に手を伸ばした。本を読むのはその後だ。
読み終わった瞬間、シエルサは本を投げ飛ばしたくなった。抱えた怒りを、果たしてどこに向ければいいのか。
女神などいなかった。
神託などなかった。
運命の子など存在しなかった!
あれほどシエルサの人生を縛っていたその鎖は、存在しなかった。これが怒らずにいられるだろうか。
「……わたしに、どうしろというのか」
家族とは呼べない人達と暮らし、かけがえのない友人は殺され、殺しを命じた犯人はのうのうと暮らし、その元凶は元からない。
「しね、とでも。いうつもりなのか」
生きる理由などないということにも、気づいてしまった。シエルサの命をつなぎ止められる価値のあるものは、この国に存在しない。
シエルサは視界の端にあったペーパーナイフを取り、衝動的に首に刺す──!
「そんなこと、出来るわけないわ」
──ことも出来ずに、だらりと座り込んだ。
そこへ一陣の風が吹く。その本の最後のページの、走り書き。まだシエルサが見ていなかった誰かの言葉が、シエルサの心を支配した。
生きる理由が無いのなら、復讐でもすればいい。生き延びたその先の未来に、君の求める本当の答えがある。
その言葉が、シエルサを白銀の竜の元へ導く。
「復讐……? そう、そうね。復讐してやるわ。私を馬鹿にしたこと、後悔させてあげないと」
元からの気質もあったのだろう。感情を失っても、怒りだけは失わなかった。
「リカルド、ルエンナ、お父様……そして彼らに関わった人全てに復讐を!!」
次の満月の晩に、シエルサは城を抜け出した。
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