敗北令嬢と彼の儚い時間(6)
次で前世編終わりです。
シエルが自殺の知らせを聞いて初めに向かったのは、レオンの家だった。走って、走って。およそ人の出すスピードではないと言う声をどこかで聞きながら、屋根の上をかけて。
一直線にたどり着いたその場所に、4人の子供たちが並んでいた。屋根の上から彼らの後ろへ、どんっと煙を上げながら落ちたシエルに4人はそろって顔を向けた。
「……っ、シエルさん」
アンが私にふらふらと近寄ってくる。アンは末の娘だ。セオとロセは8歳。トルは9歳。まだ2桁にも満たないこどもたちだ。なのに。
「泣けないんだね」
涙を流せない。辛くても、苦しくても。日常生活で涙を流せていたとしても。
「まだ、兄さんが泣いてないから」
レンが泣いてないという理由で彼らは泣けない。泣かない。レン1人に重荷を背負わせられないと。そう誓って。
「待ってて。レンのところ、行ってくる」
こくん、と頷いた4人を置いて、シエルは家の中へ入る。
先週食事を食べたテーブルの上で、レオンは首を吊っていた。その真下にレンがいた。
「……シエルさん?」
「このあと、どうするの?」
レンは、シエルを振り返らない。
「このあとは、引っ越す場所もないし、今まで通りここで暮らします」
「本気で言ってる?」
「……なんでそんなこと言うの? 僕はただ──
「兄を殺したのはお前だろ」
いつの間にかシエルはレンの胸ぐらを掴んでいた。どうも自分は怒りしか持ち合わせていないようだと、どこか覚めた心で感じながら。
冷めた目でレンはシエルを見る。
「俺の秘密、気づいたのはいつ?」
「確信を持ったのは魔力回路が綺麗すぎると感じた時。疑いを持ったのは家に来た時」
あの日、家に穴が空いていたのに気づいてから、シエルは妙な違和感を抱いていた。レオンがこの家を立て直さないはずがないのに。少なくとも穴があることに触れるはずなのに、と。
疑惑の対象を絞るために全員の魔力回路を確認した。レンは、魔法が使えない子供にしてはおかしすぎた。プロの魔法師と同じほどに。
「あれから調べた。私に敵意を抱いている者は誰かよく知っていたから。君たち兄弟のことも含めてね」
「……じゃあ推理してみてよ。真実だったら拍手でもしてあげるから」
シエルは首元を掴んだまま口を開いた。
「レン、君はある違法魔法師の弟子だ。その男の禁術の継承者。そんなレンに依頼してきたのは国王陛下。内容は兄に私の秘密を探らせる、その後押しといったところかな。
依頼というより脅しだろうね。他の兄弟を攫うとでも言われたんでしょう。そこで後押しだけなら、と引き受けた。
レオンは自分の上司からシエルについて探るように言われて、私に食堂で話しかけた。きっと自分の知らない騎士について知りたかったんだろうね。
そしてそれから時間が流れ、昨日レオンが家に私を呼んだ。速くしろと急かされたんだろう。国王は早く私を蹴落としたいから。
そして私から真実を聞いたレオンは悩んだ。逃げるか。私について話すか。出来ないと言うか。レオンのことだから出来ないと言ったんでしょう。選べないと。
レンは兄にかけた魔法を用いて、兄を自殺へと追い込んだ」
「……その通りだよ。俺は禁術の継承者で、兄を殺したクソ野郎。今後ともよろしくって出された金を受け取った。家族を殺した金で、のうのうと家族と暮らそうとしている」
自嘲し、レンは顔を歪ませる。
「シエルだって同じだろ? 俺の兄を殺す最もな要因はお前じゃないかっ!」
レンは上を見上げた。目が赤く充血して、血の混じった涙が垂れる。
「見ろよ! あれが兄さんだ。俺たちの! 俺が殺した兄だ。胸元が分かるか? あんたにかけられた魔法と同じものだよッ。といってもあんたのはとっくに消されているようだけどな! ──術後はどうだいシエルサ・サリュメイン・サルヴェスタ!」
「……最悪だよ。未だに視線を気にする」
無表情でレンを見るシエルのリボンは、レンがとっくに外していた。流れてきた髪はドブのように暗い色だ。
レンがなぜシエルのことを知っているのか、この魔法はなんなのか、それらも全てどうでもいい。
痛みも、苦しみも、辛さもない。2人にあるのは恨みだけ。貴族への。関わった全ての人間への。
「母と父を殺したのも君だろレン」
「そうだよ。母さんと父さんをっ! 俺はこの手で殺した! 俺を手に入れるために奴は俺に殺させた!」
心底楽しそうに、レンは笑う。レンはとっくに闇属性魔法の使い手として染まっていた。禁術の使い手は家族を殺して継承者と呼ばれる。自分の家族はいないというように、これ以上ないほど無残に殺す。
「……一応聞くけど、あの魔法の解呪法は?」
「そんなもの契約主の血を胸元に擦りつければいい。そうすれば胸元に血がついてるあいだは自由でいられる。あとはその状態で契約主の体に刻まれた印に傷をつけるだけさ」
「そう。聞けてよかった。あなたの恨む最大の原因はもう殺したんでしょう?」
「そりゃあねぇ。殺すに決まってる。冤罪をぶっかけやがって」
似たもの同士だ。殺した側と奪われた側。立場は違えど気持ちはおなじ。海より低い恨みの深さ。火山より高い怨みの熱さ。家から一歩外に出れば、仮面を被って人を装う。
違うのは、救いを見つけた方と見つけていない方。
1月後、満月の夜。シエルサ・サリュメイン・サルヴェスタは自ら崖下へ身を投げた。
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