敗北令嬢と彼の儚い時間(5)
夜。風に乗って酒場の喧騒が伝えられる。噴水広場にはシエルとレオン以外は誰もいなくて、何かに揺れる顔をしたレオンがシエルの両肩を掴んでいた。
シエルはリボンを解いて笑った。
「知りたいなら教えてあげるよ。初めからそのつもりだったし」
何が聞きたい? とでも言うように、シエルはレオンを覗き込む。レオンもシエルを見下ろす。すべてをさらけ出す覚悟を持って。
「シエルは何者だ。シエルサ妃にいつから仕えている」
その問いに、シエルは一歩後ろへ下がってくるりと回る。あの時と違って断罪の時が近づいてると分かるから、最後まで笑って終わりたい。シエルではなくシエルサとして誠意を持って話したい。
終わりにふさわしく、レオンにふさわしい人でありたい。その気持ちを抱えて。
「僕はシエル。シエルサ妃の嘘そのもの。そして同時に、私はシエルサ本人」
「どうしてそんな、嘘を」
「どうして? お金が無いから、というのが主な理由よ。ルエンナ妃のドレスや宝石や茶会や夜会のお金をまかなうために、私の予算を減らしたの。だから昼も食堂で食べてメイドも侍従も執事も護衛もいない」
そう告げればレオンの顔は真っ青になった。
「っ、どうして言わなかったんだ! 言って、浪費さえ止めれば!」
「聞くわけないでしょ?」
シエルサの顔色は変わらない。ただ諦めた顔で寂しそうにするだけ。レオンはぐっと息を飲む。確かにレオンもシエルサをずっと疑っていたから。
肩を竦めて、シエルサは淡々と口にする。
「だって断罪された令嬢よ、私。貴族も平民も運命の子というだけで正妃になった私をよく思っていないのに」
「……3年も続けてきたのか?」
「ええ」
なんでもないような顔で、汚れた髪と、汚れたドレスで。ずっと暮らしてきた。メイドの使う共同浴場に忍び込んで粗末な石鹸で体を洗い、ベッドよりふかふかなソファーの上で毛布を被って眠る。
「弱みを探るように言われた。シエルサ妃のそばの、シエルと仲良くなって」
「じゃあ、食堂で声をかけてくれた時からなのね」
「……ごめん。俺は」
「謝らないでよ。レオンと話せて楽しかったし、話しかけてもらえて嬉しかった」
「俺は、話しているうちに君が純粋なんだと気づいて。シエルサ妃に騙されているんじゃないかと思った」
レオンは強くその手を握りしめている。その手をゆっくりほどいて、傷つけてしまったと、そう呟く。
「友人だと思っていた。無二の。その気持ちは今もこれからも変わらない」
「うん、私も変わらないわ」
「でも君のことを言わなければ、あいつらが傷つく」
「そういう時はね、自分の身を最優先していいの」
その顔を大きな手で覆って、レオンは静かに涙を流した。シエルサはレオンに一歩近づいた。
「レオン、この国は滅びるわ。きっと隣の国なら受け入れてくれる。家族と一緒に逃げて」
「だけど俺は……っ」
「御璽の持ち主は国王じゃない、と言いなさい。そうすれば、かの国はあなた達を大事にするでしょう」
レオンの手を外して、シエルサはその瞳を見上げる。涙が肌に落ちるのもいとわずにシエルサは顔を近づける。
「綺麗な色ね。まるで、夜空のように。深い藍色」
「君は、どうするの。シエルは」
この期に及んでまだシエルサを友人扱いするレオンに、シエルサはやっぱり微笑んだ。
「私も僕も、逃げられないから」
お別れしよう。そう言ってシエルサは髪を結んで、城へ帰った。
1週間。シエルサはレオンと合わないよう、なるべく時間をずらして過ごしていた。
そんな時だった。
食堂で食事をしていたシエルにレオンが自殺したと連絡が届いたのは。
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