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カノンちゃんはタイヘンです。  作者: 陽海
終 カノンちゃんはタイヘンです。
28/28

【00】

(ふぅぅ~。やっと落ち着きましたよぉ~……)


 アウトローたちによる監禁事件から、

 一週間が経過しました。


 そのあいだ事件の被害者たちは、精神療養メンタルケアのため、学園から自宅謹慎を言い渡されていました。というわけで週明けの月曜日。久方ぶりに登校したカノンちゃんを待ち受けていたのは、当然ながら事情を知るクラスメイトたちからの質問攻めです。


「ねぇねぇ、茉莉っちって、マジでヤンキーどもに襲われたの?」「しかもそいつら、クスリとか裏モノとかバンバン売りさばいている、ガチでヤバいヤツらだったんでしょ?」「引くわ~。マジ引くわ~」「でもそれを、あのイケメンの叔父さんが全員なぎ倒して助けに来てくれたんだよね!」「それいつの時代のドラマの脚本?」「でも王道!」「だからこそ痺れるのです!」「あー、いいなー。あたしもそんな叔父さん欲しい~っ」


 どうやら此度の監禁事件は、クラスメイトにはそのように公表されているようですね。事件の発端となったヒメカさんと肌黒ギャルたちの関係が伏せられており、代わりにジョージさんの活躍がやけに誇張されているのは、この事件の取り扱いに関して学園側と掛け合ってくれた、クールビューティーな学年主任こと、朝比奈先生の采配でしょう。


(……ヒナ先生には、感謝しないとですね)


 いかに自分たちが被害者とはいえ、世間への体裁を気にする学園としては、此度の事件は醜聞以外の何物でもありません。ともすれば事件の関係者は、学園の体面を守るための『処分』を受ける可能性すらありました。それを自宅謹慎程度に留めたのは、ひとえに学園との折衝に尽力してくれた学年主任のおかげと言えます。


(まあヒナ先生はヒナ先生で、楽しんでいたようですけど)


 ちなみにカノンちゃんが自宅謹慎をしているこの一週間、朝比奈先生は毎日欠かさず、土日も関係なく、いちおうは『生徒のメンタルケア』という名目でジョージさんの邸宅に通っておりました。もちろん他の生徒のケアも行っているものの、それは電話を用いた声掛けがメインであり、自宅まで訪問されているのが自分だけであることは、確認済です。ついでに毎回やけに気合を入れた私服で訪問してきた学年主任(ビンテージ膜付き)がいつも勝負下着だったことも、確認済です。


(まあ今のところ、ジョージさんのほうに脈はなさそうですが……)


 そんな健気な独身女性の婚活アピールに気付いているのかいないのか、あの事件のあとも、同居人の世間に対する態度は相変わらずでした。変わったのは、自分に対する態度です。あれはもう、悪化と言っても過言ではないでしょう。


(あのあと、ママと電話で少し話をしていたようですが……それが原因ですかねぇ)


 両名のあいだに長年に渡って残っていた『しこり』が解れたのなら、それはカノンちゃんにとっては慶事です。しかしその『しこり』に向けられていたエネルギーが、余り巡って自分に向けられてしまったことは、完全に計算外でした。


(最近のジョージさん、ちょっとママに似てきていません……?)


 具体的にはジョージさんの過保護ぶりが異常の域です。つい先日など「エンジェルがスクールに通う必要なんてないよ。僕がずっと、ずっと、奉公させてもらうから……」などと真顔でのたまうものですから、同居するJKはわりと真剣な危機感を抱いております。


(ママに監禁を脅迫されるパパも、こんな気持ちだったのでしょうか……)


 所謂『血は争えない』というヤツですね。

 ジョージさんとママに、血縁はないらしいですが。


「カノンさん、お疲れ様です」

「ったく、やっと解放されたぜ。オレたちは客寄せパンダかっつーの」


 そうした同居人の好ましくない変化に頭を抱えていると、ようやくクラスメイトから解放されたらしい幼馴染みたちが近づいてきました。時間帯はすでに放課後。少し遅れて、もうひとりの事件関係者も机を囲みます。


「あ、ヒメちんもお疲れ様~」

「あ、うん、ありがとう、マツリン」


 カノンちゃんとヒメカさん。互いの呼び名が変わったのは、深まった交友の証です。ですがそれを口にする清純系JKの表情が暗いことが、カノンちゃんは気になりました。


「ヒメちん?」

「あ、うん、ごめんねマツリン……でも、いいのかな? 私までこんな、被害者みたいな扱いで……」

「いいんじゃねーの? じっさい、ほとんど被害者みたいなもんだったし」

「それに抵抗を覚えるのなら、今後の行いで、罪を清算していけばいいだけのことです。少なくとも今さらあなたの行いを暴露することで救われる人間なんて、この場にはいませんよ」


 カノンちゃんだけでなく、事件の関係者であるアキラくんとマコトさんにも説得されて、ヒメカさんもようやく「……うん、そうだよね」と気持ちを切り替えたようです。


 いつだって、大事なのは過去より現在。

 そして現在よりも明るい未来です。


 過去のしがらみに捉われず、なんとか前に進もうとする、クラスメイトの瞳に宿る熱量に触れて、カノンちゃんもようやくひと安心です。


「ところでマツリン、私――というか私たちからひとつ、相談があるのだけれど」

「ふぇ? ご相談ですか?」


 呑気にそんなことを考えていると、急に話題を振られてしまいました。正直この展開は予想外でしたが、頼るよりも頼られたい派のJKとしては、並盛の胸をドンと張ります。


「いいでしょう、お任せください。この茉莉花音、どんな無理難題にも、渾身のベストアンサーを提示してみせましょうとも!」

「あのね、私たち、ジョージさんのファンクラブを作りたいの!」


 どうしましょう。クラスメイトの熱意が別ベクトルに暴走しています。


「……はい? ヒメちん、正気ですか?」

「私たちは本気だよ!」

「……リアリー?」


 引き攣った笑顔のカノンちゃんに、

 自称努力系JKはまくしたてます。


「あ、あのね、私たちっていうのは、あのときあそこにいたリホとアキナのことなんだけど、とにかく私たち、あのとき私たちを助けてくれたジョージ様……じゃなくて、ジョージさんのことが気になって調べてみるうちに、どんどんハマっちゃってね。どうせならツイッターとかホームページでファンクラブを立ち上げちゃうってハナシになったんだけど、ジョージさんって基本的にそういうのはNGみたいだから、マツリンから公式じゃなくて身内のお遊びみたいなフランクな感じならどうかな~って、確認してみてほしいんだけど、どうかな? ほら、いちおうツイッターのアカとサイトも、表面だけは作ってあるの」


 お願いの体裁ととりつつ、実際はほぼ確定事項のように語るJKは、自称努力系を語るだけあって、仕事がじつにスムーズかつスピーディーです。用意されたHPも、スマホの画面で確認する限りはなかなかに凝った造りであり、とても一席一朝で気軽にできるものとは思えません。嫌が応にも彼女たちの情熱が伺えます。あとさりげなく漏れた形容詞にも、浸透しつつある闇が垣間見えます。


「おいおい、それはちょっと、聞き捨てならねぇな」

「っ! あっくん!」


 そこで動きを見せたのは、世界規模の非公認アンダーグランドファンクラブである『ジーザスジョージクラブ』に所属しているアキラくんです。長年に渡って教祖を崇め奉ってきた隠れジョージ教徒にとって、にわか信者の台頭は、やはり歓迎すべからずといったところなのでしょうか。


「そういう話なら、ちゃんとオレにも声をかけろよ。きっと力になれると思うぜ?」

「あっくんっ!? あなたそれでも、『JJC』の会員ですか!?」

「ん、問題ないんじゃね? 武闘派な他所と違って、『JJC』はアンチにもわりと寛容な穏健派だからな。それよりもジョージさんの公認モデルとしては、こういった新しい芽を育てることのほうが重要だろ」


 以前にも増して熱烈なジョージ教徒は、クラスメイトの提案に、タイヘンに乗り気なご様子でした。やはり直に教祖に触れて、その存在価値を認められたことが、彼に大きな自信と使命感を与えているのでしょうか。


じつは今朝からスマホを弄る幼馴染みが、美容食品やダイエット、流行の化粧品などをチェックしていることを知っているカノンちゃんは、内心で気が気ではありません。女装男子は着実に進化を遂げております。


「ど、どうしましょう、マコちん!? このままではクラスメイトが、ジョージさんのせいで人生の迷路にまよいこんでしまうことに……っ!」

「大丈夫ですよ、カノンさん。ジョージはタイヘンに、素晴らしい倫理観をお持ちの方です。彼に管理を任せるのならきっと、悪いようにはしないでしょう」


 そのように語るマコトさんは、涙目で縋りつくカノンちゃんを、その母性迸ほとばしる胸部で抱きかかえることができてホクホクの笑顔です。またそうした巨乳委員長の浮かべる微笑みに、はやくもバブりかけている幼児退行気味JKはいとも容易く得心してしまいました。ママが言うならきっと大丈夫。ママが言うことに間違いはない。これぞバブみの極意ですね。


 ちなみに幼馴染みがそうして同居人に厚い信頼を寄せる理由の一端が、ひそかに連絡先を交換した両名の密なる交流にあることを、当人だけが知りません。ときには撮り貯めていた盗撮写真を、ときには身内のみが知る暴露話を、ときには大事に保管しておいた使用済みの私物を用いて行われる秘密の会合は、現役JKと三十路男性の本来なら埋まるはずのない溝を埋めるのに、大いに貢献しております。


 ブブブブブッ、ブブブブッ……


 そのとき、カノンちゃんの所有するスマホが震えました。無意識のうちに親指を咥えていたバブりJKは当初こそ無視していたものの、一定間隔で繰り返される鳴動に、とうとう根負けしてしまいます。


「うぅ……まったくもう、誰ですかぁ。しつこいですねぇ」


 億劫ながらラインアプリを起動させると、矢継ぎ早に更新されていたのはやはりというか何というか、過保護で心配性で愛情の重過ぎる同居人からのメッセージでした。


 最初はまだ何気ない【今日は何時ごろ帰ってくるのかな?】【晩御飯は何がいい?】【まっすぐに帰ってくるんだよ】という日常会話でしたが、既読がつかないと見るや否や【どうしたんだい?】【なぜ返信をくれないのかな?】【もしかして緊急事態?】【わかったよ、僕に全て任せておくれ】と急速に病んでいきます。おかげですっかりバブり洗脳が解けてしまいました。


「ぎゃぁあああああ! ジョージさん、早とちりしないでください!」


 しかしJKの懇願もむなしく、まもなく学園の校門付近から『キキィィィ……ッ』と派手なドリフト音が聴こえてきました。にわかに校庭が騒がしくなっていきます。さっそく知人からの連絡を受けたのか、廊下には駆け出すJKたちの姿が見られました。


「マジで!?」「ゴッドイケメンの再臨!?」「いま守衛とやり合ってるって!」「グッジョブ守衛、そのまま時間を稼いで!」「もう新聞部と写真部は動いているってさ!」「くそっ、校庭にいた運動部どもはもう写真とってインスタにアップってるし……っ」「ウチらも急ぐよ!」「乗り遅れるな、このビックウェーブに……っ!」


 校則違反など、もはや狩人と化したJKたちには関係ありません。次々と教室を飛び出して「ひゃっはー!」と廊下を駆けていく世紀末JKの群れに、カノンちゃんはもう涙目でした。


「ああ、もう、なんでいつもいつも、私がジョージさんの尻拭いをしなくちゃいけないんですか!」」


 そんなこんなでカノンちゃんのタイヘンな日々は、

 もうしばらくは続くのでしたとさ……。



〈完〉


 ひとまずこれにて、この物語は完結です。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 それではまたどこかで、出会えることを祈っております。


 m(__)m


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