【02 – 03】
そんなこんなで同級生の幼馴染みにバブみを覚えてしまったカノンちゃんですが、授業開始までにはなんとか復活。一日の授業を消化して、無事放課後までたどり着くことができました。部活には所属していないため、残す学園イベントと言えばウキウキ放課後タイム。この言葉の響きだけで、経済動物の権化とも呼べるJKならば、一曲ぶんは作れそうですね。
「おいバカノン、手ぇ放せよ。俺はさっさと部活に行きたいんだ」
「いいじゃないですか~、可愛い幼馴染みを見送るぐらい、バチは当たりませんよ~」
「わ、わたくしは、どこまでもいつまでも、カノンさんと一緒ですわっ!」
心底面倒そうな渋面のアキラくんと、自分の言った言葉に興奮して頬を染めるマコトさん。見事に対照的な幼馴染みとともに、カノンちゃんは下駄箱へと到着します。
「それではあっくん、寂しいとは思いますがまた明日――んっつ?」
そこで事件は起きました。
「……あれ? あれあれ?」
「ん? どうしたバカノン、忘れ物か? 常識なら初めから持っていないぞ?」
「いや、その……私の靴が、見当たらないのですが……」
「えええぇっ!?」
入学して一ヵ月、毎日履き続けてようやく足に馴染んできたローファーの不在に、カノンちゃんは首を傾げます。はしたなく悲鳴をあげてしまったマコトさんは口もとを手で覆っていますが、そんな幼馴染みをアキラくんは慄いた目で見つめていました。
「岩千奈……おまえ、とうとう……」
「……ち、違いますよ! たしかにカノンさんの使用済みローファーに興味は尽きませんが、今回『は』わたくしではありませんわっ!」
たしかにカノンちゃんの私物に対しては並々ならぬ収集癖を持つマコトさんですが、それはあくまで『本人に迷惑がかからない範囲で』というポリシーがあってのもの。精々が使用済みのストローなどを回収して、自宅で再利用するエコ精神を発揮する程度です。
「ん~、ま、無いものは仕方がありませんね!」
幸か不幸か、そんな背後で交わされる幼馴染みたちの会話が聴こえていなかった様子のカノンちゃんは、すぐに気持ちを切り替えました。通常ならば軽く不登校に陥ってしまいかねない類の事件ですが、これが『初めてではない』ため耐性のあるJKは慌てず焦らずスマホを取り出して、通話を開始します。
「……あ、もしもし。いまお電話大丈夫ですか? すいません、少々面倒なことになってしまいまして。もし可能であれば――」
それから短い通話をして、応答を終えます。
「うん、なんとかなりました! ジョー……叔父さんが、スペアの靴を持ってきてくれると仰ってくれていますので!」
「へー。バカノンの叔父さん、フットワーク軽いな。この時間に在宅って、仕事何やっている人なんだよ?」
「ん~、詳しくは私もよくわかっていないのですが、たしか『芸術家』さん? とか言っていましたね」
「えっ、マジで!? バカノンの叔父さんってプロの『アーティスト』なのかよ!?」
予想外の返答に、にわかにテンションを上げるアキラくん。なにせ彼は中学の頃からの美術部員であり、それに関する事柄は、普段はローテンションな幼馴染みが食いつく数少ない話題でもあります。そもそも彼が地元から離れたこの青羽峰学園に進学した理由も、心酔する芸術家がこの学園のOBだという理由なのですから、そのミーハー具合は押して図るべきといったところですね。
「……むー」
とはいえそんな、普段はクールだけどハマるととことんコアな一面を持つマイダーリンのリアクションが今日一番であることに、散々とモーションをかけてきたカノンちゃんとしては面白くありません。つい、イジワルをしてしまいます。
「あー、でもたぶん、知名度とかはあんまり期待とかしないほうがいいですよー。私がお仕事を訊いたとき、たしか他にも『デザイナー』とか『ミュージシャン』とか『ときどき趣味でスイーパー』なんて答えていましたから、たぶん本業だけでは上手くいかなくて、いろんなことを手広くやっている感じでしたから」
「『設計士』に『音楽家』に『掃除屋』か……つまりそれだけ、マルチな才能の持ち主ってことだよな! スゲぇ!」
「ねえねえ、どうしてあっくんはそのポジティブさを、私に発揮してくれないんですか?」
追加の情報に、さらにキラキラと瞳を輝かせてしまうアキラくん。作戦は失敗です。逆効果でした。変態の叔父に魅力で負けたJKとしては、非常に複雑な気分でございます。
そもそもカノンちゃんの好みは、万能型よりも一点突破型。趣味であるラーメン屋巡りでも、様々なサイドメニューを充実させる店舗より、品数を絞ったぶん味を追求している店舗の方が好みだったりします。現役JKの趣味がラーメン屋巡りであることは、さておくとして。
「それでバカノンの叔父さん、なんて名前で――」
「そんなことよりも、カノンさん!」
興奮するアキラくんの続く質問を、
マコトさんの怒気に満ちた声が遮りました。
「犯人、捜さないのですか!? 奪われたローファーを取り戻さないのですか!?」
至極あっさりと紛失物に見切りをつけてしまったカノンちゃんですが、憤慨するマコトさんは、その限りではありません。自分のようにこっそりとクンカクンカする程度ならまだしも、恥知らずにもブツを強奪して本能の赴くままペロペロしゃぶしゃぶすることを、憤慨する幼馴染みは許せません。変態には変態なりの、流儀というものがあるのです。
「いやいや、お気持ちは嬉しいですがマコちん、この学園はとっても広いですからねぇ。さすがにノーヒントで宝探しはムリですよ~」
「で、ではお宝を発見した場合、それはわたくしのものということに……!?」
「あはは、どうぞどうぞ。つまらないものですが~」
「ありがとうございますっ!」
ひしっ、と抱き合うカノンちゃんとマコトさん。なんとか空気を和ませようと気を遣ってくれる幼馴染みに、カノンちゃんはほっこりです。その背後でただひとり、彼女が本気であることを察したアキラくんが、そっと目を逸らしました。
◆
それから数十分後。
「あ、到着したみたいですね」
下駄箱からいったん教室に戻って、時間を潰していたカノンちゃんのスマホが震えました。起動させたLINEアプリには【到着したよ】【下で待っているね】という短いコメントと、手招きしているご当地キャラ『にゃんころす』のスタンプ。
本来であれば三十路の成人男性がJKを相手にこのようなメッセージを送れば即座に通報案件ですが、イケメンに限っては例外です。むしろ可愛らしささえ覚えます。誘われるまま待ち合わせ場所に赴いて、ラブホで援交は必死です。生結合すら余裕でしょう。
とはいえ叔父に限ってはそのような下心など皆無なため、カノンちゃんは安心して席を立ちました。同時に、居残りに付き合ってくれていた幼馴染みたちも立ち上がります。
「それじゃあバカノン、ちゃんと俺のこと、紹介してくれよな」
「はいはい。あっくんはホント、興味を持ったら一途ですよねぇ。まあそこが、魅力的ではあるのですけど!」
「……カノンちゃんにまとわりつく蛆虫……この手で、磨り潰さないと……っ」
ワクワクを隠しきれない様子のアキラくんと、
ブツブツと俯いて小言を漏らすマコトさん。
こうなったら人の話を聞いてくれない幼馴染みたちを引き連れて、カノンちゃんはふたたび下駄箱へと向かいます。その途中で、すれ違う女生徒たちの会話が耳に届きました。
「えっ、マジマジ?」「芸能人が学園に来てるの!?」「いや、芸能人かどうかはわからないけど、とにかくめちゃくちゃイケメンなんだって!」「ほら、インスタにも写真が上がってるし!」「……っ! マジでイケメン降臨っ!」「これはガチで乗り遅れたらダメなウェーブじゃん!」「急げ急げっ!」「どきなさいよ、彼氏持ちども!」
JKの背中と脇に、ぶわっと冷や汗が湧きました。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は7/28(土)の予定です。