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閑話 -泥棒陣内(16)-

「そこまで食糧事情が悪いのか」



 ポートモレスビーへの補給の起点となるブナに臨時設置された「ニューギニア主計本部ブナ出張所」。ラエから乗り込んできた我らが親分、堀井少将殿と今回のモレスビー侵攻で「作戦の神様」の名を上げに上げた辻参謀殿。なぜかフネからこっちに飛んできた(水偵で文字通り「飛んで」きたらしい)連合艦隊の宇垣参謀長殿は私の報告と、今後の食糧供給の見通しに顔を青くした。



「我が軍の損害が少なかったのと、敵の捕虜が多すぎるのが原因です。双方にとって喜ぶべき状況ですが、我々(ニューギニア主計本部)にとっては最悪の事態になりつつあります。そもそも、モレスビーの兵が多すぎるのです。補給は早晩限界を迎えます。このままでは「正しい戦争」の遂行は困難です。ああ、補給さえ充実していれば辻参謀殿の望む「本当の」戦争ができるのですが…私の力不足です。申し訳ありません」



 若干、嫌味を交えた私の言葉に辻参謀殿が過剰に反応する。それはそうだ、兵を飢えさせては「作戦の神様」の名前にケチが付く。



「大友大尉!誤解がある!この際はっきりしておきたいが、この辻はバリバリの平和主義者なのだ。戦闘(いくさ)をせずに帝国が勝利することに何の異論があるか!しかし、さすがニューギニア主計本部首魁。その戦意。深く感服しておる。で、何か腹案があるのだろう?今なら陸海軍ともこの大勝利に浮かれておるので多少の無理は聞くぞ?大丈夫でありますよね?宇垣少将殿」

「連合艦隊はニューギニア主計本部に多大な借りがある。多少でなくとも無理は聞けると思ってもらってかまわない」



 辻参謀殿が平和主義者なら、こんな戦争なんぞ起きるはずがない…まぁ、懐柔しにきやがったか。しかし、なぜここに宇垣少将殿が居るのだ?連合艦隊旗艦に戻られたと聞いていたのだが。まぁ、言質は取った。食糧事情を劇的に改善する策を是非聞いていただこう。



「それでは申し上げます。捕虜をオーストラリアに送り返しましょう」

「何で!再び前線に戻ってくるぞ!」



 前々から陸海軍の軍令本部と外務省が仏印を対象にして動いていた施策だったらしいが、ニューギニアでこれをやろうとは思わなかったのだろう。宇垣少将殿も意外と言った顔をしている。ツカミは十分だ。



「ポートモレスビーの軍医殿の報告によると、捕虜の半数以上が神経症を患っているとのことです。兵士として復帰するには相当長い時間を要するとの診断です。まぁ、そんなことはさせません。前線復帰防止の誓約書を書いて貰います。陛下に宛ててです」

「はぁ?なぜここで陛下なのだ?」



 陛下の政治利用は恥ずべき事だと言われている。理由2つ 。1つは陛下の決定に帝国軍人は逆らえないこと。もう1つは陛下を利用する事は自らの無能をさらけ出す事だと信じられていることだ。しかし、陛下が望まれていることを忖度する事は陛下を「利用した」ことにはならないし、陛下の意を汲むことは有能であることの証拠だ。

 臣民の鏡として饅頭、あるいは煙草(程度だろう)の下賜くらいにはなるんじゃないかなと思う。

 戦いを望まないのは陛下に限った事ではない。そもそも、


「諸君!私は戦争が好きだ!戦争が大好きだ!」


 などと公言する人間なぞ少なくとも大日本帝国にはいない(連合国、同盟国はどうかはわからない。何せ世界は広い。ちなみにニューギニアは私の中では「外国」ということになっている)

 陛下の想いを忖度したのが「たまたま」場末の戦線の野戦昇進主計担当大尉であっただけなのだ。



「言うまでもなく、陸海軍の統帥は大元帥陛下にあります。その陛下に対する誓いであります。よって身内からの反対を抑える方便にはなります」

「だが、毛唐どもには陛下の御威光も通用せんぞ?半数は使い物にならんとしても、解放した捕虜が再び前線で我々と対峙する可能性がある。我々を知った兵は強敵になる。みすみす敵戦力の回復を手助けする必要はなかろう」

「食料の問題なのです。捕虜を養うだけの物資が足らんのです。人間、喰わなければ生きて行けません。当初の予定では、捕虜は(現在の)半分程度。それと味方の損害は倍と見積もってたんです。このままでは我々の食う分までなくなります。それと、誓約反故の対策も考えています。外務省と大本営の協力が不可欠ですが」

「…勝ちすぎたということか。大勝利が危機を招くとは考えてもみなかった…。我々にとっては大いに心外だが…我々海軍は捕虜が少ないのであまり実感はわかないが興味はある。で、署名を拒否する人間はどうするのだ?」

「悪人顔で「帝国陸軍はジュネーブ条約を批准していない」と言うだけで解決します。それにサイン一つで解放されるのですから嫌がる者は少ないでしょう。帰国して「日本軍から強制された」と言って誓いを反故にする選択肢が彼らには与えられますからね。しかし、自分がそうはさせません。誓いを反故にすると「事実」とその名前を我が国の歴史に永遠に残す。いや、自分が残させます。それを彼らにきっちり伝えるます。それに」

「それに?」

「戦争大好き人間なんぞ、そうそういません。兵役回避の免罪符として陛下への誓約書は十分役に立つでしょう」


「貴様…せいぜい普通の悪人程度だとは思っていたが…極悪人だな…」

「畏れ多くも陛下を利用するとは…」

「目的のために手段を選ばないというのはこういうことなのか…」



 嫌なものでも見るような表情で、陸海軍の参謀閣下と堀井少将殿がなんだか酷い言葉をつぶやく。えげつない手段だと自分でも思っているのだが、面と向かってこうまで言われると少々へこんでしまう。まぁ、いい!ここで押し切れば食糧問題は解決だ!



「あっち(西洋)の神様は随分前に鬼籍に入っていますが、こっち(日本)はずっと現役であります。権威が違います。この威光を使わないという手はありません。帝国が勝とうが負けようが、少なくとも我々帝国臣民1億が「陛下への誓いを反故にした恩知らず」として未来永劫語り継ぐ、いわゆる歴史上の人物になる道を彼らに提示してやるのです。私なら尋常小学校の教科書に「悪い濠太剌利人」「恩知らずの亜米利加人」として名前が残ることは絶対に避けたいと思いますが…」

「恩の押し売りか…。戦闘(いくさ)をせずとも簡単に相手の戦力を削ぐ、貴様、時代が時代なら、名軍師になれるぞ?よろしい!捕虜引き渡しはとその任務は貴様に一任するよう大本営にねじ込んでおく。事が事なので陛下のお耳にも入れた方がよかろう。宇垣少将殿。異論はございませんか?いや、異論があってもこの辻。大友大尉を絶対に推しますぞ。そうなると陸軍大尉では貫目が不足しますなぁ」

「海軍としては、陸軍の意見に賛成である。連合艦隊司令部も問題はない。反対があるはずがない。知っているか?10サンチ以上の砲を持つ艦の乗組員は既に皆ニューギニア主計本部、いや、大友大尉のシンパになっている。何せ司令長官ですら貴官を大いに気に入っている」

「確かに「ジュネーブ条約を批准していない」と言い放つ「悪人顔」といえば大友大尉以外考えられん。何せ陸軍は儂も含め善人が多い」


 何だ?なぜ私が捕虜の受け渡しを担当せにゃならんのだ?これって、普通帝大出の役人の仕事だぞ?それと宇垣参謀長殿、「海軍としては」は反対の枕詞じゃないんですか?



 どうして、どうしてこうなった!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >10サンチ以上の砲を持つ艦 10インチですよね?
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