閑話 -泥棒陣内(15)-
戦艦部隊が海岸に突入した時点で戦いは決した。あとは(戦っている皆様には悪いが)残務整理のようなものだと考えて良い。これで、あっち(連合軍)には組織だって応戦する手段は残っていないだろうし、仮に残っていたとしても持ちこたえられるのは数時間。当初予定したこっちの補給の想定範囲だ。
私は、私の戦争(書類整理)を継続すべく、「土佐丸」からブナの前線基地に「オタク号」で帰還。今後の補給計画と、輸送計画を練っていた。少なくとも海軍陸戦隊は母艦(らしい。いつからそうなったんだ?)の「土佐丸」に早晩帰還してくるだろうし、悲しいことではあるが、戦闘で亡くなった兵士の遺品を遺族に送り届けるための手配も行わなければならない。
どんどん積み上げられる書類を死に物狂いで処理している所に、我らが親分、堀井少将殿からの呼び出しがかかった。
先ほど降伏勧告を行う旨、連絡があったが片付いたのか?疑問を覚えながらも会議室に向かうと、堀井少将殿が1人で待っていた。
いつもの連中。辻参謀殿はモレスビーだし、宇垣参謀長殿は連合艦隊に戻られている。そう、これが本来の組織なのだ。面倒くさい連中がいないとここまで清々しい気持ちになるのか?
入室した私に対して、堀井少将殿が投げた言葉は意外と言えば意外であった。
「おお、向こうに降伏を督促する気の利いた文句はないか?英文だ。陸軍は英語に堪能な者は少ない。降伏を決意させるような電文を作成して欲しい」
暢気な少将殿の言葉よりも、降伏を渋っている連合軍の指揮中枢に怒りが湧いてくる。全滅覚悟で居直ってるのか?馬鹿じゃないか?
確か、あっち(西洋)にも「命あっての物種(While there's life, there's hope)」って諺があったはずだ。米軍と濠軍とで意地の張り合いもあるのだろうが、このままでは艦砲射撃で挽肉になるか、銃撃で穴だらけになるかの二択しかない。ここは涙を呑んで、もしくは心を鬼にして降伏すべきじゃないのか?
まぁ、それは置いといて、降伏勧告如きで主計士官が呼び出されるのは腑に落ちない。そこらへんは通信参謀とか作戦参謀とかの仕事ではないのか?恐らく定型的な文書があるはずだ。
「あ~、自分は存じませんが、降伏勧告にも一定の様式があるのではないですか?」
「ああ、ある。幸いにして、儂は降伏勧告を受けた事はないが、一般的な手順に従い、軍使は送ってある。オーストラリア本土とアメリカ本土の上層部も表向き徹底抗戦と言っているらしいが、(降伏は)黙認するだろう。問題は現場だ。彼らには降伏勧告は受け入れ難いものらしい」
「わかるような気もしますが、蛮勇は不幸な結果を呼び込むことにしかなりません。我が軍にとっても、連合軍にとっても」
「だから貴様に相談しておる。普通であれば降伏の督促文書を主計には投げん。だが、貴様には何かがある。いや、ありそうな気がする。どうせ平文で送る督促文だ!気楽に頼む」
「山下中将殿の「イエスかノーか?」では駄目なんですか?」
「それも考えたんだが、二番煎じでは御利益がないんじゃないかと思うのだ。少しは格好もつけたい。勝ち戦なんだから、気の利いた台詞を吐いてみたい」
言わんとしていることは理解できる。が、こっちに丸投げというのはいかがなものか?そもそも私は英語は得意ではない。情けない降伏勧告なら逆効果じゃないのか?とりあえず辞退する理由を考えていた時、ある男の顔が浮かんだ。
「私は英語はそれほど得意ではないので…そういうのが得意そうなのがいます。彼ならば期待に応えられると思います」
15分後、主計本部の御宅曹長が捻り出した電文草案を見た堀井少将殿は苦笑し、草案を連合艦隊から発信させる様指示した。なるほど、この電文は海軍の方が似合うし、この内容なら海軍も絶対に嫌とは言うまい。しかし、格好良いところを海軍に横取りされるのは問題ないのだろうか?それについて質問してみると、堀井少将殿は
「(陸軍は)所定の事はやっている。ここで海軍が「一言」付け加えるのは何らおかしくない」
とのことだった。うん。どうなっても知らんぞ?
「ニューギニア主計本部が、連合艦隊名で敵に降伏督促を行ってほしいとのことです。ご丁寧に発信文まで指定してます。ははは…こりゃ面白い!」
「連合艦隊から降伏勧告の督促だと?陸サンらしからんな」
連合艦隊旗艦「武蔵」の艦橋で、通信参謀から手渡された電文を一読した山本長官は苦笑を浮かべ、額を平手で叩き坊主頭をなで上げた後、電文を宇垣参謀長に手渡した。仲の悪さが米軍にまで知られていた二人だが、急速に関係が改善されつつある。原因は「勝ち戦」と「大砲撃ち放題」だ。
電文に目を通した宇垣参謀長も苦笑いを浮かべる。黄金仮面も最近、表情が(以前に比べると)格段に豊かになっている。
もう一人の参謀、最近は引きこもりが激しくなったと言われている黒島参謀も電文を見て肩をふるわせ、笑いを堪えている。
「陸さんでは効果が低い脅し文句ですね。我々(連合艦隊)が適任でしょう」
「せっかく手柄を譲ってくれるんだ。効果的にやろうじゃないか。艦長。戦艦群をモレスビー側からの射程距離ぎりぎりまで接近させろ。ニューギニア戦線主計本部は幕引きを連合艦隊に譲ってくれるそうだ。ありがたく乗ってやろう。通信参謀!接近後、ポートモレスビーに平文で打電!あ~、ついでに向こうのヘータイにも発光信号で知らせてやれ!本文!
「Go ahead, make my day」
だ!」
圧倒的劣勢に追い込まれ、かろうじて抗戦意欲を保っていたポートモレスビー守備隊であったが、海岸近くに接近した戦艦部隊から一斉に砲身を向けられ、降伏勧告らしからぬ脅し文句を叩きつけられてその心もへし折られた。ポートモレスビー攻略戦開始時から払続く戦艦の艦砲射撃はそれ程までに熾烈だったのだ。




