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ポートモレスビー攻略戦(18)

「急げぇ!降ろしたらすぐ戻るぞ!荷物はまだまだあるんだ!」



 連合軍の海岸陣地放棄により上陸地点に橋頭堡を築くことに成功した日本軍は物資の揚陸作業を始めた。そう、戦争は人間だけを相手に行うものではない。

 沖合から恐る恐る戦況を見守っていた輸送船船団から物資が大発艇に降ろされ、まばらではあるが敵の攻撃を受けながらも物資の陸揚げを開始する。

 派手に撃ち合って消耗した各種弾薬に加え食料、医薬品、衣料などが次々に陸揚げされる。事は緊急を要する。上陸部隊の胃袋を満たすには、米だけでも1日最低20トンが必要だ。

 ポートモレスビー攻略部隊の装備は迅速な上陸作戦遂行のため、極力減らされている。

 通常の陸軍歩兵の完全装備は、

 ・小銃

 ・弾薬120発

 ・ガスマスク

 ・水筒

 ・手榴弾2個

 ・鉄帽

 ・擬装用網

 ・軍服上下

 ・予備の靴一足

 ・配給鉄剤が4袋

 ・米6キロ

 であるが、ポートモレスビー攻略部隊は携行弾薬を240発、手榴弾を4発に増やす反面、ガスマスクは省略、携行食糧は乾パン2日分と、少量の缶詰しか携行していなかった。

 そう、生命維持にかかる重量を打撃力に振り分けたのだ。

 72時間以内にポートモレスビー攻略を成功させるという日本軍の不退転の決意の表れだ。つまり、72時間以内にポートモレスビーを占領しなければ、日本軍は連合軍に加え飢えとも闘わなければならなくなる。

 揚陸物資は、予想を上回りそうな勢いで消費されている武器弾薬類の補給、ポートモレスビー攻略後の残敵掃討と駐留部隊に必須の者であると同時に、攻略戦が72時間を越えた場合の保険(おかわり)でもあるのだ。


 港湾設備を未だ奪取していないため、揚陸は大発艇に頼るしかない。輸送船からクレーンで大発艇に貨物を移し、艇からは人力または輜重車で運搬する。お世辞にも効率が良いとは言えない方法である。連合軍であれば、運荷艇にトラックなどを載せて一気に荷揚げをするのだろうが、ここは帝国陸軍。兵は一流だが、装備はなかなか一流とは言いがたい。そもそも、帝国陸軍にはそのような贅沢な装備は許されていないのだ。

 これに対し、「土佐丸」積載の「別製運荷艇」は水際を越えて橋頭堡まで直接乗り入れるため、戦闘の第二段階への移行前、つまり重篤な負傷者を病院船に移す作業が終了した後は、輸送船の間を渡り歩き、ありとあらゆる物資の輸送に重宝されることになる。(豪快に水煙、砂煙を巻き上げることに若干文句がでたそうな。ちなみに、最初に「別製運荷艇」が揚陸した物資は、小銃弾と九七式炊事自動車と糧食であった)


 これらの揚陸を一手に引き受ける羽目になった「ニューギニア主計本部」は「土佐丸」に臨時出張所を設置。沖合の輸送船から上陸部隊への物資揚陸の管制を行っていた。

 海岸の「通信本部」からの情報を整理し、あらゆる物資揚陸計画を練り実施したのだ。これにより支援射撃などの直接戦闘行為は「通信本部」が統制し、物資の揚陸に関する統制は主計本部が引き受けるという図式になった。

 物資の揚陸は様々な因子が複雑に絡み合う。まず、揚陸する海岸線は全てが戦場となりえる。安全な場所にある物資揚陸点から物資の補給、あるいは前線から受領に来るのが理想だが、これは理想論にしか過ぎない。武器弾薬の安全な受領なぞ絶対に無理。目の前は戦闘の真っ最中で、武器弾薬の受領に割く人的資源はない。つまり、受領側、補給側も無茶をする必要がある。

 「土佐丸」の指揮した揚陸作業はここでその威力を発揮する。海岸線に薄く、長く揚陸点を設定。攻撃された場合の被害規模の拡大を防止し、なおかつ戦場から最短距離に必要な物資が揚陸されるという奇跡を実現した。物資集積所の小銃弾のすぐ隣には炊事用の大鍋。土嚢用の麻袋の横に米袋など混沌とした集積状況だったのだが、必要な物資は、物資とともに上陸した輜重兵や、前線から補給のために後退してきた兵に迅速に配給された。膨大な数の物資を高効率で前線に「出前」することに成功したのだ。この奇跡を目の当たりにした兵はニューギニア主計本部の様子をこう述べている。



「地図と色分けされた荷札で揚陸する海岸が明示されていた。海岸には荷札と同じ色の旗まで立てられていたので、非常に助かった」

「揚陸先を指示する担当者は「土佐丸」の船倉に地図を広げ、状況を把握しながら数学の方程式で物資の荷揚げ先を決めていた」



 ニューギニア主計本部は今で言う、初歩的なオペレーションズ・リサーチの概念を用いて揚陸を計画、実行していたと考えられている。



 橋頭堡の確保、順調な揚陸も相まって、ポートモレスビー侵攻作戦の障害は時間だけになった。

 十分な補給と今までの戦闘では考えられないレベルの海、空からの支援で攻略が捗るかと思われたのだが、どっこい、そうはいかなかった。簡単に言うと、勝利が見えたため、上陸部隊の攻撃が慎重になってしまったのだ。(誰しも命は惜しい)

 手厚い航空支援と艦砲射撃で、敵の戦力は確実に削られている。そうなるとじっとして勝利が転がり込んでくるのを待った方がいい。敵戦力は皆無というわけではない。特に海岸に陣取る戦車群は脅威だ。長い海岸線沿いに展開しているので、ほぼ、個別戦闘となっており、戦車は自由意志で攻撃をかけてくる。歩兵に対して脅威であることに間違いない。重砲(艦砲)射撃を警戒して上陸部隊に対し、ヒット&アウエイ戦略を採る敵戦車に対する策はない。ここまで肉薄されると支援砲撃も難しい。何せ戦艦の主砲の殺傷半径は確実に友軍の将兵を巻き添えにするからだ。


 ニューギニア鉄路を経由し、陸側でポートモレスビーからの「侵攻」を迎撃していた辻参謀はこの様子を耳にし、地団駄を踏む。


「なんということだ!負けてはいけない!勝ちすぎてもいけない!戦争とは一体なんなのだ!馬鹿げている!ふざけてる!やってられるかぁ!糞!連絡だ!宛て!主計本部!本文!「なんとかしろ!督戦効果ナシ」だ」



 悲鳴のような辻参謀の電文にニューギニア主計本部は律儀に対応。連合艦隊に小口径の砲で、海岸の戦車の狙い撃ちを要請する。

 しかしながら、(小口径砲を有する)駆逐艦、巡洋艦の装甲は戦車と比較にならない程薄い。おまけにあの図体だ。撃ち合いになったら確実に大きな被害を受ける。上陸戦序盤で海岸陣地に支援射撃を行った駆逐艦は報復攻撃に遭っているのだ。

 怪我せず勝ちたいのは海軍も同じである。で、海軍も及び腰だったのだが、主計本部「土佐丸」出張所から艦隊内通信電話機経由でもたらされた要請は具体的で、なおかつ連合艦隊司令部の予想を裏切るものだった。「土佐丸」に文字どおり「飛んでいった」主計本部大尉の要請、


「駆逐艦や巡洋艦に応援を頼んでいるのではありません。戦艦です!戦艦!戦艦の副砲で海岸部に展開する戦車を狙い撃ちしていただきたい。あれ(戦艦)なら戦車程度の砲弾、屁でもないでしょう。戦艦はミルン湾から職務放棄で推参した2隻(扶桑・山城)を充ててください。とにかく時間がない。あと1日が我々の戦闘活動限界です。ここで戦車を潰さないと我々の侵攻作戦は失敗する。かまわないのですか?多数の戦力を投じた作戦が失敗に終わっても?我が陸軍は作戦失敗の際の責任所在を「必ず」海軍にしますよ?」


 に連合艦隊首脳は驚くばかりであった。

 確かに ツラギ、ラビと長期間作戦行動をとっていた「扶桑」「山城」は、帰国して整備しなければならないまでに損耗している(損耗度と士気は必ずしも一致しない。恐らく両艦の士気は連合艦隊のトップクラスだ)。

 加えて、ミルン湾周辺の警戒という命令を拡大解釈してのポートモレスビー攻略戦への「推参」。本来なら懲罰事例だ。それを加味しての「指名」だ。ニューギニア主計本部の情報収集能力は海軍にまで浸透しているのかと、連合艦隊司令部(除く宇垣参謀長)は味方であるはずの陸軍の実力に背筋が寒くなった。戦術的な利点と海軍の得点、リスクの軽減と十分に考えられた策だったからである。

 加えて、陸軍がヘソを曲げれば艦隊運用に必須の燃料供給が止まる可能性がある。今回の作戦に必須の燃料も海軍からではなく、ボルネオ(ブルネイ)から「陸軍の好意」で連合艦隊に供給されたからだ。そうなると、連合艦隊は鋼鉄製のイカダの集団にしかならない。

 いろいろと思うことはあったのが、陸軍に貸しを作るのも悪くはないと、「扶桑」「山城」を上陸部隊支援に分遣することになったのだが、これに第一艦隊の戦艦部隊、特にケースメイト副砲を有する戦艦からから異論が出た。曰く、「(扶桑・山城にとっては)全然懲罰じゃねぇ~」だ。

 各艦の艦長も砲術部門。特に副砲長からの文句を扱いかねているようで、司令部への具申は字面から「何とかしてください!お願いします!このままではヤバイです!」という懇願が見受けられた。無理もない。主砲要員は上機嫌だろうが、副砲要員なんぞは蚊帳の外。PTボートを片付けたら(それも大半は駆逐艦、巡洋艦の手柄だ)主砲の砲撃を指をくわえて見ているしかないのだ。不満も溜まろうというものである。

 陸軍の要請と連合艦隊内の意見具申に司令部は「扶桑」「山城」に加え、「長門」「伊勢」の2隻が対戦車攻撃に従事することになった。

 海岸に迫った4隻の戦艦から、ありとあらゆる戦車の砲を凌駕する副砲群(片舷50門近く)が狙いを定め、個々に砲撃を開始する。

 戦艦の接近に、主砲からの艦砲射撃を警戒していたのだが、まさかの副砲射撃。数で言うと沖合にいきなり50両の戦車。それも一撃でM4の装甲を貫通できる砲を搭載したものが現れたのに等しい。喜び勇んで射撃を行う戦艦の副砲要員にとっては至福の時間だろうが、標的(戦車)はたまったものではない。撃破される仲間の戦車を横目に「一矢報いる」べく徹甲弾を戦艦に放つが、戦車の砲弾は戦艦の装甲に簡単に跳ね返される。戦車の主砲なんぞ戦艦にとっては豆鉄砲なのだ。

 戦艦4隻の副砲群の攻撃により、ポートモレスビー守備隊は組織だった防衛戦を継続する手段を喪失。ポートモレスビー陥落はほぼ確実となった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「扶桑」「山城」「長門」「伊勢」戦艦四隻の50門副砲群の鶴瓶撃ち。陸では重砲で師団クラスの砲数は一溜りないです。
[一言] 戦車相手には、副砲の他に高角砲の乱れ撃ちも有効ですな。
[一言] いわゆる、歴史年表的な小説ではなく、主計局に登場する様に 人物を入れることで話に膨らみが付いて、毎回楽しみにしています。
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