表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

18話 早春アニソンフェス

 テープオーディション用の音源を提出し終わってすぐ、フェス当日を迎えた。金、土、日と三日間にわたる「早春アニソンフェス」は今日が最終日だ。


 開催地は横浜。大きな楕円を描くアリーナ会場。スタンドの傾斜がゆるやかで横に開けている。キャパは約一万七千。ファイナルライブが迫った今、これだけの人にパフォーマンスを見てもらえるんだ。全ての人を魅了するつもりで挑む。


 ただひとつ心配事が。私たちの出演順はあのシャインブーケの直前だった。今日通してのトリを飾るのはベテラン歌手の人だけど、休憩を挟む前、前半戦のトリはシャインブーケ。ここは彼女たちのファーストライブの場所でもあり、なおさら注目されている。おかげでチケットの抽選倍率が跳ね上がった。

 この高倍率で私たちのファンがどれだけ当選できたかわからない。ファンを増やすチャンスだと前向きに考えているけど……。彼女たちに塗り替えられてしまうんじゃないか——という不安がないとは言えなかった。


 夕方の開演に向けて朝からずっと慌ただしい。共演者の他、ステージを整えてくれる様々なスタッフさんに挨拶した。生バンドの公演だからバンド隊の人たちにもお世話になる。単独ライブよりさらに大勢の人が関わり、長丁場のライブを成功させるため一丸となって動いていた。


 広いステージで行う当日リハ。音声チェックから始まり、お客さんのいない空間で歌い踊る。私たちに与えられた曲数は二曲だ。まずは未熟シンデレラ。短い挨拶をして次の「星空はダイヤモンド」に移る。これは結成五周年の記念曲で、ファンのみんなから歌詞のアイディアを募集して作られた。ファイナルライブではラストの曲。みんなで歌う生涯で最後の曲。それを外向きの舞台で発表する。ここで聴くのとファイナルライブで聴くのとでは、見え方も変わってくるはず。どっちも楽しんでほしい。


 一曲目はメインステージで、二曲目はセンターステージまで移動しながら歌う。メインステージから伸びる花道。今度は単独ライブでも使うんだ。目の前の出番だけじゃなく、その先にあるファイナルライブにも意識がいく。


「それでは、ジュエリーピースさん以上になります。本番もよろしくお願いします」

「ありがとうございました! よろしくお願いします!」


 楽屋に戻ってイメージトレーニングをするのもいいけど、ステージの様子を探るためモニターのある場所に向かった。次のシャインブーケのリハを見なくては。


 そこにお客さんがいるかのようなパフォーマンスだった。五曲も与えられ、MCの時間をたっぷり取ってもらえているのにも……納得してしまう。

 自己紹介の後、リーダーの坂田さんを中心に輝かしい歴史が語られる。昨年は日本一のドームに立つ夢が叶った躍進の年だったこと。今年は新年からテレビシリーズの続編である劇場版が公開され、絶賛放映中だということ。ここが始まりの場所であること。


『ここに立つと、初心にかえる気持ちを忘れてはいけないなと思います。あの日の私たちに胸を張りながら、あのとき抱いていた思いも大切に、これからも走り続けてまいります』

 宣言する坂田さんに、割れるような拍手を聴いた気がした。

 ここでファーストライブを迎えたユニット。その前にお披露目イベントやミニライブがあったとはいえ。なんならそれらの会場も普段の私たちより大きい。結成三年目に入った頃の私たちの前に、突如現れたスターが彼女たちだった。


「ここが初心を思い出す場所なんだ」

 比べたって仕方がないけど口に出してしまう。

「きっと相当なプレッシャーだっただろうね」

 紗英の言うことはもっともだ。広い会場が用意された今だからわかる。迎えてくれる人がこんなにいるのだろうかという不安。彼女たちはそれを乗り越えて成功させた。

「ほんとすごい……」

 モニターをじっと見つめたまま芽衣がこぼす。

「私たちだってすごいよ。ファイナルライブ、成功させて永遠になるんだもん」

 ちょっとだけムキになって、唯夏は声を大きくした。

「私たちにしかできなかった経験がたくさんあるしね」

 ……そう。亜希の言うようにどんな経験だって私たちだけのもの。多くの人に叩かれて苦しい思いもたくさんしてきた私たちが、最後の最後に起こす奇跡。たった三年で日本一のドームにたどり着いた奇跡と同じくらいの価値がある。そう信じて、シャインブーケのリハを見届けた。


 午後四時。フェスは定刻通り開演できた。タイムスケジュールに沿って、出演者が入れ替わり立ち代わり登場する。舞台裏もバタバタとしていて、私たちの順番も急かされているような雰囲気の中で回ってきた。次の出演者なんて関係ない。自分たちのパフォーマンスに全力を尽くす。爪痕を残す。ひとりでも多くの人がファイナルライブに来てくれるように。


 暗転中に階段上のステージでスタンバイする。ロング丈のワンピース衣装はすっかり未熟シンデレラでおなじみ。単独ライブだと中に別の衣装を着ているけど、今日見せられるのはこの衣装だけ。濃いめの色で存在をアピールする。


 階段下の奥の方にはバンドさんたちがいる。照明がつき、ドラムの音を合図に始まった。

 入りのフォーメーションは横一列。下手側から紗英、芽衣、亜希、唯夏、私の並び。歌い出しの紗英と亜希、私は正面を向き、芽衣と唯夏はお客さんに背を向けている。交互に並ぶ前姿と後ろ姿。唯夏と芽衣のパートに移ると、入れ替わりで私たち三人が後ろを向く——そのとき唯夏と目を合わせた。この会場の全員を夢中にさせようね。そう確かめ合うように。

 唯夏たちのパートの後に振り返り、歌い踊りながら少しずつ階段を下りる。ただ下りるだけじゃなく途中でポーズを決めたり、座ってみせたり。心なしかいつものフェスより受け入れられている? 歓声の大きさもペンライトの揺れ方も。白いペンライトが多かった。前の出演者が白だったからそのままにしただけかもしれないけど……それでも。


 お芝居が大好き。いつか大きな晴れ舞台で私の演技を観てほしい。歌とダンスだけでストーリーを紡いでいく。パフォーマンスで伝えるんだ。階段を下りてからはより広い空間で伸び伸びと踊りながら、二番に向けて椅子の準備をする。二番頭で横一列に並べて座り、歌うメンバーが立ち上がっていき……サビのために椅子の配置を組み替えて——

「『私を見てよ 夢中にさせたい 未熟なまま描き続ける 台本のないシンデレラストーリー』」

 中央の椅子の上に立つ私と、囲んで踊るみんな。椅子の上にいて踊れない私は、歌声と手振りでお客さんを楽しませなくては。


 オーディションに受かりたい。役をつかみたい。それがこの曲のテーマ。今まさにテープオーディションの結果を待っている私が叫びたいこと。紗英にも唯夏にも負けない声優になりたい、なってみせるという決意。今はそれ以上に伝えたい思いがあった。どうか……どうか私たちを選んで。ファイナルライブに来て。


 みんなぐるぐると私の周りを回って椅子に座る。みんなが立ち上がって椅子を動かすのに合わせて、私も椅子から降りた。踊りながら椅子を一列に戻した後、椅子の数歩前で一番激しいダンスを披露する。間奏部分だから振りに集中し、でも視線や表情で楽しませることも忘れない。

 ギターとトランペットを主とした軽やかで愉快な演奏が、私たちのダンスを鮮やかにしてくれる。明るく前向きでありながら切実な思いを叫ぶ。選ばれたいと必死でもがくのに、楽しくて華がある。相反する感情や要素を溶かしてひとつにする。ファンのみんなも一緒になって。……そこにいるファンじゃないあなたもその一部になってよ。


「『絶対に後悔させないから』」

 落ちサビのソロパートで、「だから絶対に来て」と伝えた。私を選んで。後悔させない。むしろ「選ばないと後悔する」くらいの熱を含ませて。


 代わる代わるセンターに立ち、繋いで迎えたラスサビ。芽衣が中心になってより曲中に引き込んでいく。

「『いつか世界から見つけられる日まで』」

 みんなで歌声と想いを重ねた。その日はもうすぐ来るから。私たちとその瞬間をともにして……お願い。


 最後、椅子に座ってポーズを決めた。座る位置はその後の曲によって変わる。次の初期フォーメーションに近い形にするために。この後は軽いMCを挟むため、いつもの自己紹介の並びで。といってもひとりずつ自己紹介する時間は与えられていない。曲間を繋ぐ挨拶だけ。限られた時間で残せるものを残していく。


「みなさん、こんばんは! 私たち——」

「ジュエリーピースです!」

 紗英が先導して全員で名前を響かせた。亜希の「盛り上がってますかー?」という呼びかけに応える声が伝わってくる。だけどまだまだ会場中が味方というわけではない。あと一曲で味方にさせたい。


「私たちジュエリーピースは約三週間後に解散を控えております。最後にも貴重な機会をいただけて大変嬉しく思います。本日のステージで、少しでも私たちに興味を持ってくださったなら。是非ファイナルライブに遊びに来てください! お願いします!」

 紗英に続き、みんなで「お願いします!」と声を合わせる。拍手を受け取り、

「これまでの感謝の気持ちを込めて、最後の曲を歌います」

 紗英の声で次の位置につく。曲振りは全員で。

「聴いてください。星空はダイヤモンド」


 ファンのみんなの案も取り込んだ記念の曲だから、宝物を見せるように表現したい。「いいでしょ、この中に入りたいでしょ?」と夢中になれていない人にも伝える。ここにいるファンのみんなには誇らしい気持ちで聴いてほしい。自分は前からこの中にいるんだって。


 サビで唯夏とのハモリパートがある。一番は向き合って踊りながら上ハモを歌った。二番サビでは、私と唯夏を先頭にセンターステージまで練り歩く。ハモリの入りで手を繋ぎ、花道の真ん中に差し掛かるところで手を離す——はずだった。

 私が下ハモを歌い、全員パートに入るときに離すつもりだった手。いざそのときが来たら、どちらともなく握る力を強めて……お互いに離せなかった。左手にマイク、右手に唯夏の手。マイクを持ち替えて両脇のお客さんに手を振るつもりだったのに、両手が塞がってしまった。代わりに歌声と視線で想いを届ける。

 センターステージでダンスに入るまでずっと繋いでいた。私たちの分まで手を振る三人を背後に感じながら。ダンスに入って目が合うと、芽衣は「離せないよね。わかるよ」と、亜希は「もう仕方ないな」と、紗英は「次は離さないとだよ」と伝えるような目線をくれた。唯夏とは「ファイナルライブでは手を振ろうね」と目で語り合った。

 丸いセンターステージで歌って踊る。もっと見たい、最後を見届けたいと思わせたい。お客さんを見渡して、ときにカメラ目線で。最後のフェスだから映像にも美しく残りたい。



 出番が終わり、スタッフさんや色々な人に声をかけられる。遮るように今日で一番大きな歓声が鳴り響いた。シャインブーケの出番。まだキャラクターの紹介映像が流れているところで、ステージには上がっていないのに。心のざわつきを吹き飛ばすようにみんなで笑ってみせた。大丈夫。私たちは私たちで感動を与えられた。


 モニターから見るステージはどうしようもなく輝いていた。悔しいけどやっぱり、六万人の前に立つだけのことはある。それほど圧巻の景色。仮にアニメのヒットがなくても、彼女たちならきっと……。


 アニメが人気でキャラとしてのパフォーマンスが最大のセールスポイント。事務所や芸歴がバラバラ。ファーストライブでこの会場を満員にした、今日の主役。どれひとつとして私たちと重なる部分がない。ステージもそこに立つまでの背景もなにもかも。

 ヘッドセットマイクでの両手を使ったダンスは、九人と大人数なのにぴったり揃っている。紛れもなく「世界から見つけられた」ユニット。それも結成間もない頃に。だとしても私たちにしかない武器だってある。「綺麗な感傷」はシャインブーケには出せない味だから。


 二曲を歌い終わると自己紹介に入った。キャラとしてのコール&レスポンスで、お客さんと声を交わしながらさらに盛り上げていく。

『ここは私たちのファーストライブの会場でもあります。こんなに大きくなって戻ってこれたよ、と胸を張り、初心にかえる気持ちも忘れずに、これからも皆様の期待に応えられるよう頑張ります。……そして、私たちはジュエリーピースさんからバトンを受け取りました』

 坂田さんの口から私たちの名が出てきた。みんなして反応する。

「リハになかったよね?」

「なかった。コーレスの後の流れ、どうだったっけ……」

 確かめる亜希に、紗英が思い出すように返した。

「躍進の一年だったという話と……」

「劇場版の宣伝もしてた」

 芽衣の言葉を引き継いで私も流れを追う。初心にかえるという表現は印象に残っているから、それまでは予定通りのはず。

「しっ、喋ってるよ」

 唯夏の注意で再びモニターに注目した。


『特に千波が激推ししてるユニットさんなんですよ』

 坂田さんの隣に立つメンバーが信じられない舞台裏事情を明かす。

『初めて言うんですけど……本当に大好きな方々です。解散は寂しいですが、解散される前にまたご一緒できました。様々なユニットさんやアーティストさんの節目に立ち会えるのもフェスの良さですね』

『たくさんの出演者さんと一緒に作り上げるのがフェスだもんね』

『そう。……ということで。私たちは前半戦のトリとして、もっと熱を高めて後半戦に繋ぎます。ついてきてくれますか?』


 上手くまとめてくれたけど、モニター越しでも客席のざわざわした様子が伝わった。それより私たちが戸惑っている。私たちのことが大好きだとステージ上で口にした……?


 マネージャーは数名のスタッフさんとともに、彼女たちの関係者と話をしていた。驚かせて申し訳ない、みたいな内容が漏れ聞こえる。向こうのスタッフさんは知っていたようだけど、こちらには何も知らされていない。


「聞き間違えじゃないよね」

「激推ししてるって、大好きな方たちって言ってた……」

 呟く私に、唯夏がステージ上で放たれた愛を繰り返す。とんでもないことが起きた。もう三曲歌う姿は変わらず眩しいけど……驚きと嬉しさでモニターに集中できない。


「お疲れさまでした!」

「ありがとうございましたー!」

 シャインブーケのメンバーが舞台裏に戻ってきた。遠くに見えていたその姿は徐々に、というか一目散に私たちへと向かってきた。


「ジュエリーピースのみなさん、驚かせてすみません。あの……」

 言葉に詰まった坂田さんに代わり、他のメンバーが繋ぐ。

「私たち、千波をきっかけにみなさんのファンになったんですよ。今までは隠れファンでしたけど、三月までにお伝えしなくてはと思いまして」

 まさか「表に出すのをためらっているけど、好きでいてくれる人」がこんなところにもいるなんて。しかもステージ上で宣言した。なんだか夢みたい。

 坂田さんはメンバーに対して「私に言わせて」と一言。真っ直ぐに私たちを見つめた。


「今まで言えませんでしたが、ずっと前から好きでした。最後まで応援しています。私たちに何かお手伝いできたらと思い、MCで触れさせていただきました。秘密にしていてごめんなさい」

 唯夏はもう泣きそうだった。誰よりも私たちのことが好きだから、私たちを愛してくれる人に弱い。


 紗英が代表して一歩前に出た。

「ありがとうございます。尊敬しているみなさんに名前を出していただけて光栄です。なんとお礼をしたらいいか」

 揃ってお辞儀をする。胸がいっぱいだ。坂田さんは「お礼なんて」と言うが、遠慮がちに写真を撮りたいと切り出した。


 集合写真から数人ずつに分かれての写真まで何枚も撮った。

 坂田さんは紗英推しらしい。紗英とのツーショットを私が撮った。最年少ながらメンバーを引っ張る坂田さんと、最年長の紗英。ユニットの違いを表しつつも素敵な一枚になった。


 私たちの交流を見ていた他の出演者も、「言えなかったけど好きでいた」「実はライブに参加していた」と打ち明けてくれた。私たちを縛っていたものが優しくほどけていくようで。今日ここに来たお客さんにも影響を与えただろう。


 後半戦に突入したフェスはクライマックスを迎え、フィナーレの時間となった。

フェスTシャツとスカートでもう一度ステージへ。「ありがとうございました!」と一礼して、中央の階段を下った。再登場した出演者は広い舞台を埋め尽くすように並ぶ。


 ここからは最後のプログラム。全出演者、バンド隊、お客さんも一緒にテーマソングで心をひとつにする。ステージを映す大きなスクリーンには、お客さんも歌えるように歌詞が表示された。

 出演組ごとに担当のパートが振られ、その他の部分は全員で歌う。五人で一本のマイクを回しながら全員パートを楽しんだ。


 マイクを紗英に回すのに合わせて、私たちのパート。

「『泣いた日々は今日を開くための鍵』」

 本当にそうなんだよって伝えたい。きっと伝えられたはず。

「『扉の先に広がる光 ここにいる僕らは最強だ!』」

 次はシャインブーケのパート。私たちまで元気づける歌声だった。


 このフェスの今年のタイトルは「Road」。ともに出演した人、裏で支えてくれた全ての人。そしてお客さんひとりひとりの道。最後へと続く道の途中にこのステージがあったこと、絶対に忘れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ