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16話 綺麗な感傷

 神奈川公演は身近で来てくれる人が多かった。業界人だけじゃなくバイト先の人たちも。


「宮井さん、ライブ最高だった!」

「久しぶりに参加したけど良かったよ」

 朝のロッカールームで話しかけられた。ともに働いているけど本業の私とは関わりのない人たち。この立場だからこその意見もある。例えば普段デスクに座る私とのギャップだとか。

「改めて宮井さんの声に惹かれたわ」

 解散発表直後に私の心配をしていた中年女性だ。

「ありがとうございます。声を褒められることがなにより嬉しいです。解散後も声優を続けますので」

 流れでつい言ってしまう。彼女は意外そうな反応をしながら、私の表情で納得したようだった。

「頑張ってね。上手くいくことを願っているわ」


 それを聞いて他の人も応援してくれた。初めてだ。ここの人たちが声優としての私にエールを送ってくれるのは。「この仕事を辞められるくらいになるといいね」「おめでたいけど辞められたら困る」という声も。

 晴れやかな気持ちでロッカーに鍵をかけた。電話音の鳴り響くブースへ向かう。電話を受ける声がいつもより弾んだ。


 二月に入り、亜希の就職先が決まった。舞台やステージ衣装の製作会社。職種は経理。亜希は「デザインや製作をするでも売り込むでもない仕事」と言うが、なくてはならない職だ。ステージを支える裏方さんのさらに裏方の仕事とも呼べる。


 亜希の就職と芽衣の婚約も改めて祝うため、レッスンのあと食事にいくことに。さらに今夜はラジオで私たちが紹介される。放送時間はちょうど夕食どきだ。リアルタイムで聴くためにも完全貸し切りのお店にした。向かったのはハイティーのお店。テーブルには存在感のあるティースタンドが置かれ、ご飯やデザートが並ぶ。亜希の好きなお酒も芽衣の好きなスイーツもあるこのお店は、前から行ってみたかった。


「改めて就職、婚約おめでとう!」

 白ワインで乾杯し、三人で祝福する。

「ありがとう。なんとか決まって安心だよ。芽衣もおめでとう」

「ありがとね。みんながお祝いしてくれるのも亜希を祝えるのも幸せ。おめでとう」

 亜希と芽衣は二人でもグラスを合わせた。ちりんと軽い音が鳴る。


 こうしてきちんと祝うとちょっぴり切なくもなる。就職おめでとう。婚約おめでとう。そうは言っても、引退おめでとうとは言わないから。


 ティースタンドのお皿の中身が減ってきた頃、唯夏のスマホでラジオアプリを開いた。ラジオはネットでも生で聴ける。しばらくCMが流れて始まった。詩織さんの声が穏やかな時間を作っていく。オープニングトークとメール紹介を経て、ついにコーナーがやってきた。


『今回ご紹介するのはジュエリーピースさんです。テレビアニメ・宝石のカケラから始まった五人組の声優ユニットさん。宝石のカケラの放送が終わっても精力的に活動されてきました。来月に解散を控えていますが、今から好きになっても間に合わないことはありません。この機会に興味を持った方はラッキーですよ』

 唯夏が少し音量を上げる。

『ユニットのお名前にジュエリーとあるように、メンバーのみなさんには担当の宝石があります。そちらも交えておひとりずつご紹介していきますね。今、私の手元には最新のアーティスト写真があります。これと同じものを番組公式アカウントに上げますので、ご存じでない方は見ながら聴いていただくとわかりやすいですよ』

 私のスマホでSNSを開くと、数秒前にアーティスト写真が投稿されていた。

『向かって左のメンバーさんから順番にいきます。まずはトパーズ担当、メンバーカラーはオレンジ色の長浜亜希さん。立ち居振る舞いがさっぱりとした方なのに、歌って踊った途端に色っぽくなるんです。とてもダンスが上手な方なので、きめ細やかな動きがそうさせるのかなと思います』

 いきなり目のつけどころが鋭い。指先や吐息からさりげなく色っぽさが出るギャップは、まさに亜希の隠し味と言える。


『続いてモルガナイト担当、メンバーカラーピンクの宮瀬唯夏さん。本当に感情表現が豊かで、ライブを明るく盛り上げてくれる方。感情を込めた歌い方やストレートな言葉選びが個性的です。ユニットの一員でありながら、他のメンバーさんのファンのような一面もあり。それがまた魅力的なんです』

 唯夏は嬉しそうに両手を頬にくっつけた。唯夏の素直な感情表現と私たちへの愛は、全体的なパフォーマンスの質も高めている。


『お次はガーネット担当、メンバーカラー赤でリーダーの内村紗英さん。歌唱力が高く、よく通る歌声で耳を楽しませてくれます。ユニットのハーモニーや表現の幅を広げている方。頼もしいお姿を見せる一方で、ユニットを見守るような包容力もある素敵なリーダーさんです』

 引っ張ってくれながら包み込む紗英にいつだって支えられてきた。つい頼りすぎてしまうくらいに。詩織さんにも自慢できるリーダーだ。


『続いてはアクアマリン担当、メンバーカラー水色の宮井優香さん。器用さと安定感のあるパフォーマンスで全体のバランスを取っている方。歌声や踊りから切なさを感じる瞬間があるのですが、それがユニットの深みに繋がっています。宮瀬さんとはコンビであり二人で合わせる場面が多く、そこでも器用さを見せてくれます』

 切なさを感じるとは、みんなや先生からはたまに言われる。外から言われることは滅多にない。想像以上に私を見てくれているようで恥ずかしくなる。


『最後はペリドット担当、メンバーカラー緑の牧原芽衣さん。かわいらしく清楚な理想の女の子という印象を受けます。楽曲の世界に浸らせてくれるような表情から目が離せません。甘い曲だけでなくクール目な曲でも存分に発揮されていますので、そちらも注目ポイントです』

 芽衣のかわいさは私たち随一だ。でもそれだけじゃない。クール系も得意だからこそ可憐な面がより引き立つ。


『宝石はもうひとつありまして。ユニット全体をイメージしたダイヤモンドです。カラーは白。みんな大好きで選べないというそこのあなた。ライブでは白のペンライトを振れば間違いなしです』

 詩織さんはダイヤモンドにもしっかり触れて、流れるように曲の話を始めた。


『私が最もおすすめしたい曲、未熟シンデレラについて語らせてください。こちらは物語仕立てになっておりまして。理想の女優になるために頑張る女の子のお話です。小劇団で演技力を磨きながら、大きな舞台で活躍する女優さんを目指しているんですね。チャンスをつかむべくオーディションを受け続けて、落ち続けて……。挫けそうになりながら、諦めないと立ち上がる姿を歌っています』


「かなり説明してくれるね」

 唯夏が感動と感心が混ざった声を上げる。元から明確な物語性のある曲ではあるけど、まるで映画の紹介をしているみたい。

『そしてこの曲はミュージカル調でテンポが良く、ものすごくおしゃれです。迷ったり悩んだりする歌詞でもさわやかに歌い上げられていて、でも必死な思いや切なさもしっかりと出ています。私は〝いつか世界から見つけられる日まで〟という歌詞が一番好きなんですけど。ここは特に明暗のバランスが素晴らしい箇所でして』

 私も一番好きな歌詞だ。ここの歌い方、感情のバランスはレコーディング時からの課題だった。パフォーマンスに向けてはもっと。


『明るく前向きなのに感傷的な要素があり、それがまた、胸の奥から熱いものが込み上げるような綺麗な感傷なんです。ジュエリーピースさんの楽曲は、一曲の中に複数の……矛盾する感情までも内包しています。未熟シンデレラはそのような側面が強いので今回選ばせていただきました。もちろん他の楽曲にも当てはまります。盛り上がる曲に影や儚さが見え隠れしたり、クールやダークな曲に温かさや希望が残されていたり。しっとりとしたバラードに底知れないわくわく感があることも』


「他の曲についても詳しく語ってくれそう」

 芽衣の声に私もいくつか曲を思い浮かべた。他の曲名は出していないのに、何を指しているのかなんとなくわかる。

「よく聴き込んでくれているんだろうね」

「それに、私たちが表現するときに気をつけていることばかり」

 亜希はファンのみんなの視点に経ち、紗英は私たち側から見ていた。


 「綺麗な感傷」は言い得て妙だ。私たちの盛り上がり系でアップテンポな曲は、どこか影のある部分も感じさせる。ただ明るいだけじゃなくてほろ苦いエッセンスが隠されているような。その逆も然り。ただ暗いだけじゃなくて、その中にまろやかさや甘酸っぱさすらも共存する。対立してもおかしくはない要素を両立させる。作曲家さんと作詞家さんのこだわりが詰まった曲を歌う。私たちだから歌える曲。逆境続きだったからこそ表現できるもの。その傾向は年々強まっていた。


『このあと一曲流しますので、みなさんにも感じてもらえると嬉しいです。私もオーディション前や仕事前に聴いてやる気をもらったり、落ちたとき、落ち込んだときに励まされたりしています。これから頑張ろうとしている方、頑張ってダメだった方にもまた立ち上がるために聴いていただきたいです。五人の織り成すハーモニーと世界観に耳を傾けてみてください。一度聴いたら、絶対にライブでも聴きたくなりますよ』


 詩織さんの伝える魅力が今から届けられる。そう思うとフォークを持つ手が止まった。ディナーはもう終盤で、デザートを食べようかという頃だった。

『それでは、今週のコーナーはここまで。最後に一曲お聴きください。ジュエリーピースで未熟シンデレラ』

 楽しげなイントロが流れ出す。私たちの要望に全て応えて締めてくれた。


「詩織さんって、こんなに私たちのこと好きだったんだ」

 曲を聴きながら苺タルトを味わい、詩織さんからの愛も噛み締める。意外と言うと失礼だけど、これほどまでとは知らなかった。

「結構昔からのファンなんじゃないかな。もしかしたら優香と出会う前から」

 紗英が私も考えていた可能性を口にした。唯夏は深く頷きながらスマホを取る。


 私と詩織さんの付き合いは二年くらい。私がいるから興味を持ってくれたと思っていたが、違うのかもしれない。

「メンバー紹介のときからそんな気はしてた」

 亜希は「歌って踊った途端に色っぽい」と言われたことに驚いているようだった。あれはよく知ってないと挙げられない。


「溜めていた想いを発信してくれたんだね」

 芽衣が核心を突く。今まで言えなかったこと。今になってしか言えなかったことだったのかもしれない。私たちへの想いを電波に乗せる行為の意味。世間の矛先が向けられるおそれ。それでも声を上げてくれた。

「その想いに応えないとだね。表に出すのをためらっているけど、好きでいてくれる人はきっともっといるはず」

 紗英は詩織さんの勇気を受け取り、生かすと宣言するように私たちを見る。


「そういう人たちにも後悔しないように私たちを見てほしい。私たちのことちゃんと好きって言ってほしいよ」

 それを唯夏が膨らませた。私たちは泣いても笑ってもあと一ヶ月と少しで解散する。もしも迷っている人がいるなら踏み出してほしい。本当は好きだったのにと悔やまないように。

「これがいいきっかけになってくれるといいね」

 願いを込めて言う。ティースタンドに乗る宝石のようなスイーツ。それよりも美しい宝石がここにいるのだと——かっこつけた台詞も飛び出しそうになる。それはもう強がりじゃない。


 放送後、詩織さんは色々と言われていた。「趣味悪いですね」「好きだったのにがっかりです」という意見。普段聴いてなさそうなのに、私たちを話題に出したから叩きに飛んでくる人もいた。


 だけど酷い人たちばかりじゃない。「本当に好きなんだな。これを機に触れてみようかな」「紹介された曲は好きかも」という声もあり。詩織さんは感謝を伝えながら、批判を続ける人に「私は好きなものを好きと言っただけです。批評されるいわれはありません」と発信し、それ以降は何か言われても反応しなかった。毅然とした態度に、完全にではないが炎上は落ち着きつつある。


 この一件は他の声優や業界関係者にも影響を与えた。「好きだと公言してもいいのかもしれない」という意識に繋がっていった……ような気がする。

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