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14話 永遠になるために

 ここは唯夏の家。お風呂上がりに畳の寝室でゴロゴロしているうちに、いつの間にか眠っていて。夜中に目が覚めた。大きめの布団とはいえ、二枚に五人で寝ていたからぎゅうぎゅう詰め。……のはずが少し余裕を感じる。右隣にいた唯夏がいない。トイレだろうか。


 喉も渇いたし、お水をもらおうと布団を抜けた。唯夏はキッチンにいた。小さな電球だけをつけて椅子に座っている。手にはアクアマリンのネックレス。


「起こしちゃった?」

 唯夏は振り向き、ネックレスをテーブルに置いた。

「ううん。喉が渇いて目が覚めた。何してたの?」

「願い事のこと考えてた。アクアマリンへの願い、変えてもいいかなと思って。変更ありってどうなのって感じだけど……」

 唯夏はお水を二人分用意してまた座る。私も向かいに座った。

「何を願ってた?」

「バラし合ったから交換したのに、それ聞く?」

「変えるんだったら、前の願いは話してもいいんじゃない?」

「……」

 お水を飲みながら待つ。唯夏はまたネックレスを両手に包み込んだ。

「多分長くなるけど、聞いてくれる?」

「もちろん」

「私の願いはね……。契約更新のときにみんなでこう言うの。『更新しなくて結構です。解散させてください』って」

 贅沢すぎるほどに贅沢な台詞。私たちは二度目の更新をしてもらえず、向こうから打ち切られた。その関係が逆では、結果は同じでも意味が変わってくる。

「みんなそれぞれ有名になって、作品、ユニットとしてもやりたいことやり尽くして。だから解散してもいいよね。マネージャーもスタッフさんも、寂しいけどここがベストだねと笑って」


 事務所の掲げた理想と同じ。五人全員が活躍してスケジュールが合わなくなり。個々の人気はユニットに還元されて大人気になる。そして人気絶頂の、最も多くの人に惜しまれる時期に解散する。大人たちから何度も聞かされてきたはずだ。それなのに初めて聞くかのように心を打たれた。


「そして解散後。私たちの名前を見るたびに誰もがジュエリーピースを思い出す。こんなすごいユニットがあったんだ、そのメンバーがここにいるんだと、多くの人に思われるの。だからずっとずっと消えない。たくさんの人の記憶の中で生き続ける。永遠になれる」


 この願いはあの約束の前身とも呼べるもの。解散しても誰も引退しない。全員が第一線で活躍し続け、解散後もユニットの人気を上昇させる。「あの人気声優たちのいた大人気ユニット」として次世代に語り継がれる。決して「人気声優の足枷」じゃなくて。


「解散から十年の節目には、一夜限りの復活をしたりして。これが、私がアクアマリンに込めた願い」

 なんて大きくて夢のような願いなんだろう。唯夏が最初、モルガナイトに込めた願いは具体的じゃなかった。交換した後にここまで詳しく考えていたんだ。唯夏はこの願いを叶えるために、まずは自分が成功しなくてはと努力し続けたから、今のような声優になれた。

 もう叶わない願い。亜希と芽衣の引退がなかったとしても、解散の決まり方、決まるまでの状況からして違いすぎる。それでも。


「聞かせてくれてありがとう。『永遠になれる』は今からでも叶えられるんじゃないかな」

 唯夏の合わされていた手のひらがぱっと開く。ネックレスが顔を出した。

「解散は私たちの意志に関係なく決められた。二人引退してしまうし復活も叶わない。だけどね。『たくさんの人の記憶の中で生き続ける』はファイナルライブ成功で叶う」

 全員が表舞台に立たなくなっても覚えていてもらう方法。前からちゃんと用意されていた。


「私たちは何かと叩かれ笑われてきた。そんなユニットが、最後の最後でアリーナライブを形にできたなら……。多くの人の心に強い感動を残すことができる」

「……そうだよね。うん、新しい願いはこれにする。って、結局優香に知られてるし」

「私と決めたようなものだからセーフにしておいて?」

「そうしておく。優香の願いはどう?」

「私は……交換してもいいよ」

 多少違う形でも半分は叶ったと言えるから。もう半分は、モルガナイトがなくても自分の力で実現させたい。

「おめでとう。それならもうすぐ交換できるね。私のは三月八日に叶うはずだから」

 お互いの願いが叶ったら交換。あの夏から五年七ヶ月の時を経て、ネックレスは本来の持ち主へと返される。だけどその日は——私たちの最後の日。


「アクアマリンとモルガナイトは、どっちも三月の宝石なんだよね」

 解散する日を想ったら声に出ていた。アクアマリンは三月の誕生石で、モルガナイトは三月三日の誕生日石。二つ並べたときの色合いは空に舞う桜のよう。心愛と天音が二人で踊っていた季節も春の初めだった。

「同じこと考えてた。寂しくなるから言わなかったのに」

「……私、自分で言ってちょっとやられてるかも」

「もう優香ったら……」

 寂しさからいっそう寒さを感じた。早く布団に入ろう。


 寝室からは電気の灯りが漏れていた。

「ほら、戻ってきた」

 亜希が私たちの足音に反応する。二つの布団の真ん中で、紗英の背中を亜希と芽衣が撫でていた。

「何があったの?」

「紗英が怖い夢見たって……」

 唯夏と口を揃えて尋ねると、芽衣が説明した。


「……空席の目立つアリーナで歌っていると、マイクに声が乗らなくて焦る。だんだんお客さんが消えていって、みんなもいなくなって……ひとりになる夢を見た」

 まだ悪夢の中にいるように背中を丸めている紗英。こんな姿は滅多に見ない。

「目覚めたら二人がいないもんだから、私と芽衣を起こして『どうしよう』と慌てて」

「探しにいくところだったんだよ」

 亜希と芽衣は言いながら紗英に毛布をかけ直す。唯夏と私も布団に入った。

「眠れなくて向こうで考え事してた。あんな話を聞かせておいて、抜けてごめんね」

「で、私がやってきて話し込んじゃった。大丈夫。どこにも行かないよ」


 ファイナルライブに対するプレッシャーはみんな感じているけど、紗英はリーダーだから。唯夏の親友が「いなくなった」話を聞いたばかりなのもあって、責任感と混ざり合い、そんな夢を見てしまったのかもしれない。

 「マイクに声が乗らない」は実体験だ。あの会場で夏のフェスに初出演したとき。当時の私たちはヘッドセットマイクを使っていて、トラブルで紗英のマイクだけ死んでしまい。一曲のうちの半分は紗英の歌声を届けられずに終わった。四人でカバーしたけれど完璧にはできなかった。以降のライブスタイルをハンドマイクに変えた出来事でもある。この日から紗英はより強く頼もしくなった。


「ありがとう。情けないとこ見せてごめん」

「むしろ見せてよ。無理しないで」

 私がそう言うと、紗英はようやく悪夢から抜け出したような顔を見せてくれた。

「不安もあるけど、ファイナルまで頑張ろうね。力になってくれる人たちにも恩返しができるように」

 紗英は真ん中から私たちに視線を配る。大丈夫、ひとりじゃない。私たちは五人だ。舞台裏で支えてくれる人もたくさんいる。


「続けられなかった年数分の思い出を、ファンのみんなに作ってあげたいよね」

 静かに語る亜希。今さっきの話と繋がった。

「何年分じゃなくて、あげるのは一生分だよ」

「さっき唯夏と話してたんだ。ファイナルライブを成功させたら、多くの人の記憶に残る永遠のユニットになれるって」

 唯夏の言葉に付け足した。ファンのみんなに寂しい思いをさせるのだから、この先ずっと心の支えになれる思い出を。初めてライブに参加する人たちには、最初で最後の忘れられない思い出を。

「……うん。届けよう。一生分」

「今まで応援してくれた人にも初めましての人にも、最高の景色を見せたいね」

 亜希に芽衣も続く。詰め詰めの布団の中でさらにくっついて、その光景を思い描いた。


「私たちは……綺麗に終わることで永遠になろう。宝石のカケラや関わらせてもらった作品たちも連れて、有終の美を迎えよう」

 紗英の声に頷き合った。「終わる」と聞いたり言ったりすると、まだ胸が締めつけられる。それを乗り越えた先にあるのは、悲しいだけの物語じゃない。残された時間は長くはないけれど、感謝を伝える機会はまだある。最高の最後の日を迎えるための軌跡。その真っ只中にいる。


 いい夢を見るためにみんなで手を繋いで寝た。隣り合う紗英と唯夏の手を握る。唯夏と二人で眠るときにはない圧迫感がすごく気持ちいい。

 もし二度目の更新がされていたら九年目まで活動できた。次も許されるなら十二年目まで。契約の続く未来があったなら、私たちは何度目の更新で解散を選ぶのだろう。やりきって「解散させてください」と言えるのはいつだろう。望んだ解散方法じゃなくても、理想に劣らない最後を届けよう。私たちならできる。


「優香、起きて」

 日の光とともに降り注ぐ声。目を開けて視界に入るのは唯夏。夢の中の声でも幻聴でもない。ここにいてくれる。

「おはよう」

「うん。おはよう」

 にこにこと返す唯夏は、私と眠る三人をじっと見つめていた。

「どうかした?」

「私はね、優香。みんなとずっと一緒にいられる保証が欲しかった。安心感を得るためにみんなをぎゅーってしていたところがあった。でも本当はそんなものなくても……触れて確かめなくても、物や約束がなくたって、私たちは繋がっているって気づけたんだ。今更ながら」

「ほんと今更だよ。だけど大事なことだね」

「まあ、それとは別にぎゅってすることは好きだけどね?」

 私に寄りかかる唯夏は湯たんぽのように温かい。

「私も唯夏がくっついてくるの嫌いじゃないよ」

 唯夏は応えるように体重を預け、

「ね、朝ご飯は優香のオムライスがいい。作って~」

 なんて甘えてみせる。

「みんなを起こしたらね」

 幸せな朝の空気は、みんなが起きるとさらに濃くなった。

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