097話 因縁の舞踏会
後期の授業から、ロザリーは剣術や体術などの体を動かす授業に参加するなど、これまで考えられなかったくらいよく動くようになった。
球技大会においても、昨年は立っているだけだったのに、今年は積極的にボールに関わろうとしていた。
もちろん、長年激しく動くような運動をしていなかったため、体力的にも、動作的にも目立つような活躍とはならなかったが、それでも、ロザリーは体を動かすことを心から楽しんでいた。
そんなロザリーの目覚ましい変貌の陰に隠れるように、運命の舞踏会の日が刻々と迫っていた。
ベシーク城に集まって、対策を進めるユリィたち。
「ミーサの両親には、あれから、変化はないわよね?」
前の世界線では、ミーサの両親が刺客を会場に連れ込んだ。だから、ミーサの両親に不審な動きがなければ、可能性の一つを排除できることになる。
「ああ。変化はないぞ。ドレスも用意してないから、舞踏会には参加しないと思うぞ」
舞踏会には参加しない。これが、普段通りのミーサの両親の姿だ。
「参加者リストを確認しているけど、新しく増えている者はいないわね」
前回、普段参加することのないミーサの家が参加していたのを見過ごしたのは、ミーサが皇女近衛騎士だから、挨拶のために参加したのだと思い込んでいた。
そういう苦い経験もあって、今回は、昨年および一昨年と比較して新たに参加する者が増えていないかを重点的にチェックしている。
「私が言うのもなんだけど、ウチの両親ほどチョロい貴族は、いないんじゃないのか? だから、もう刺客を呼び込む貴族はいないと思うぞ」
「そうならいいのだけど……」
刺客を会場に呼び込む手段を一つ消すことに成功した。それでも、舞踏会を開催する以上は事件が起きる可能性はゼロにはなっていない。
ユリィは二度、体験してきたのだ。心の奥底に潜む得体のしれない不安が、胸を締め付けるように苦しくさせる。
「姫様~。顔色が優れませんよ~。お休みになられてはいかがですか~?」
「ユリィ。刺客なんて私が消し炭にしてやるんだから、心配することなんて全然ないんだからね!」
皆がユリィを優しく思いやる。
でも、ユリィにはもう一つ、気にかかることがあった。
それはトモリンのことだった。トモリンを信じることに決めたのだが……。
ファサラン大聖堂の病人の治療が優先で、トモリンは一度も城には顔を出していない。ロザリーのことを気遣い、前の世界線よりも学園に顔を出す回数は増えてはいる。でも、事件の対策に関わろうとはしていない。
『うんとね。私の魔法だとね、病気を治せても怪我は治せないよ。だから、病気の人を治すのが先かな』
トモリンの言葉を思い出し、椅子に腰を下ろして考え込むユリィ。
テイン皇帝やユリィが命を落としたのは、いずれも外傷によるものだ。それでトモリンは、あまり役に立てないと思っているようだった。
(トモリンには、トモリンにしかできないことがあるわ。「世界」という広い視点で見れば、たしかにトモリンはここにいるべきではないのかもしれない……)
それでも、本当はここにいて欲しい。山の民の村から帝都までともに過ごし、一部の者の記憶にしか残っていないことではあるが、トモリンとは義理の姉妹の関係でもあった。
一抹の寂しさを感じる。
「姫様~。物理障壁の設置が完了しましたよ~」
「ええ、ありがとう。今日はここまでにしましょうか」
準備はほぼ整っている。慌てることはない。
なお、ミーサなど一部のメンバーは、これから期末試験の対応に追われることになる。
帝国歴301年12月末。
懸案された後期末試験の結果については、全員赤点はなかった。
以前の体験と同じように、授業をサボリまくっているトモリンも、アリシア効果で苦手な歴史の試験で赤点をとることはなかった。
それからユリィたちは、城に泊まり込んで最後の準備をした。
そしてやってきた舞踏会当日。
会場となる大ホールの入り口で。
「不審者はいないな」
ゲルダが来賓を見張っている。
ミーサの両親が事件に関与しなくなったため、以前の体験とは異なる手段で入場してくるかもしれない。そのため、入念にチェックすることにしていた。
来賓の貴族たちがすべて入場すると、高座に皇族が登場する。
「昨年は建国300年の節目を迎え、初代皇帝の偉業を称えた。今年は、新たなる仲間を得て……」
以前の体験と同じ開会の挨拶をするテイン皇帝。そして、ビノラ王国のベルナール王が、続けてやはり同様の挨拶をした。
「両国の繁栄を願って、乾杯じゃ!」
開会の挨拶と乾杯があり、歓談タイムとなる。
貴族同士が挨拶し合ったり、皇族に挨拶に行ったりと、大勢の者が動き出す。
ユリィを始め、皇女近衛騎士たちは、その流れを注視する。
(怪しい動きをする者は、いないわね……)
その背後で、曲が流れ始める。
一曲目は、既婚者のように決まったパートナーがいる者のために奏でられる。その間に、独身者などは踊りの相手を見つけることになる。
「ふんっ! 私の可憐さが目に入らないなんて、ここにはクズしかいないのかしら!」
誰からも踊りの誘いがかからないクリスは、いつにも増してイライラしていた。それが、余計に人を寄せつけなくしていることに、当の本人は気づいてはいない。
「まあ、私にはユリィがいるから、当然のことよね! ユリィでも誘いに行こうかしら」
当初の目的である、不審者の見張りのことなど、頭から抜けていた。
高座の前では。
「テイン皇帝陛下。お久しゅうございます。舞踏会に顔を出すのは五年ぶりでしょうか……。病弱だった娘の病気が女神の使徒様の奇跡の力によって癒され、今ではこのように、元気な姿に……」
ロザリーの父は感極まって、目頭を押さえる。
弱って行く娘を気遣って、これまでずっと舞踏会には出ていなかった。そんな娘と一緒に舞踏会に参加できる日が来るとは、まるで夢のようだった。
「ロザリーですわ。皇帝陛下におかれましては、日々ご壮健でなによりですわ」
スプリンター家の財力をもって、病気が治ってから急ぎで作らせたのだろう、ロザリーは豪華で可憐なドレスを身に着けている。そのスカートをちょこんとつまんで挨拶したロザリー。
「うむ。スプリンター家のロザリー。病気だったとは知らなんだが、快復したようでなによりじゃ。学園では、我が娘の相手をしてくれていると聞く。これからもよろしく頼むぞ」
「こちらこそ、仲良くして頂いて、そして、命を救って頂いて感謝しております。これからも仲良くして頂けるよう、お願いしますわ」
序列上位の者が優先的に皇帝に挨拶ができるため、一番最初にロザリーのスプリンター家が挨拶に来ていた。
なお、序列二位のマギアード家は、クリスが会場内をうろうろしていることもあり、まだ皇帝に挨拶には来ていない。あとで割り込むのかもしれない。
ユリィの隣の席では。
「サンテン皇子殿下。我が娘を紹介します」
「ヤスミンです。皇子殿下の凛々しいお姿を拝見できて幸せです。よろしければ、私と一曲踊って頂けませんか?」
とある貴族が、まだ幼い娘をサンテン皇子に紹介していた。
「そ、そうか……。ヤスミン、すまないが、今日は……」
サンテン皇子は、ちらりと右後ろに立つエルフリーデ将軍の顔を窺う。すると、むすっとした顔でエルフリーデ将軍が肩を押した。
「ああ! 皇子殿下! そのように積極的に参られますと……」
ヤスミンは嫌がる素振りをしつつも喜んでいる。
皇子の後ろに立つのは近衛騎士という決まりはない。サンテン皇子は、後ろに想い人を立たせていた。
「ふんっ! 皇子の幼女趣味にも困ったものだな!」
エルフリーデ将軍は盛大に勘違いをしていた。
サンテン皇子は、第二皇子派の策略に嵌まって以来、幼女趣味との噂が立ち、今もこうして貴族がうら若き娘を嫁にと、紹介しに来ているのだ。
その隣の席、ナーティ第二皇子は、開会の挨拶が終わるとすぐに席を立ち、会場中の女性に声をかけまくっている。なお、クリスは、ナーティ皇子が生まれ持つ危険察知能力によって避けられている。
ユリィの周りには、「全知の皇女」と親しくなろうとしてたくさんの貴族が集まっている。笑顔でそれを軽くあしらい続けるユリィ。
「ユリィ皇女殿下。僕と一曲、踊って頂けませんか?」
(以前の体験と同じね……)
群がる貴族たちを押しのけ、アルフォンス王子がユリィの前に入り込み、跪いて踊りに誘いに来た。しかし、ユリィはやんわりとそれを断った。
いろいろなドラマが展開される中、楽曲は運命の三曲目に突入した。
(群がる貴族が邪魔でよく見えないけど、ミーサの両親は、やはり、いないようね)
会場内を見張る皇女近衛騎士たちも、緊張の面持ちでテイン皇帝の付近を見つめている。
「ここが正念場。曲者が現れたら、アタシのムチで打ちつけてやる!」
(この曲を乗り越えれば、きっと、未来が変わるわ)
時の流れがとても遅く感じられる。
群がる貴族たちが何を言っているのか、まったく耳に入らない。
曲に合わせて、踊る貴族たちの位置が入れ替わる。それでも、不自然に皇帝の前に行く者は現れない。
「この曲を、私の両親が踊れたとは思えないぞ……」
剣の練習しかしない父。時々その相手をする母。ミーサの家は、根っからの武闘派だ。だから、優雅な曲に合わせて踊ることなど学園を卒業してから一度もしていないので、できるはずがない。踊りがぎこちなくなって当然だ。
(終わったわ……)
運命の三曲目が、終わった。
肩の力が抜けるユリィ。
舞踏会は立食形式であり、ユリィは間奏の間にワインと、少々の料理を堪能しに席を立った。これまでずっと席に座って睨みを利かせていたため、何も飲食はしていない。
(このまま、何も起こらなければいいのだけど……)
その隣には、会場内警戒担当の皇女護衛騎士という立場を最大限利用するミーサがいて、取り皿に料理をテンコ盛りにしてがっついている。
「はむはむ……。ユリィ、もう行くのか?」
ユリィが席に戻れば、せっかくやってきた食事タイムが終わってしまう。
「ええ。まだ舞踏会は終わっていないわ。ミーサはこのまま、会場内を巡回して怪しい者がいないか調べてくれないかしら」
「ガツガツ……。しょうがないなあ」
ユリィが席に戻ると、四曲目が始まった。
今まで聞いたことのない、四曲目。これまでの体験では、舞踏会は三曲目で中断されていた。
優雅に踊る貴族たち。ユリィの周囲にはこれまで通り、貴族たちが群がっている。
曲に合わせて、踊る貴族たちの位置が入れ替わった。
その瞬間。
「刺客!」
エマが叫んだ。
バシュッ!
テイン皇帝の前に位置取りをした貴族の影から刺客が生えるように出てきて、鉄砲のような物を撃った。
「キャー!」
「皇帝陛下が!」
刺客はすぐに後ろを向き、ベランダめがけて猛突進をかける。
「チッ。帽子が落ちたか! 頭に吸着する魔道具ではなかったのか? 邪魔だ! オラッ!」
進路上にいる貴族に容赦なく体当たりし、真っ直ぐに突き進む刺客、獣王バルバス。
「耳!? 獣人だ! 獣人だぞ!」
「おい、あの耳元の模様! あれは、シレッド獣国の獣王一族の証では!?」
獣王の一族には、耳元の毛並みに「★」の模様があることで有名だ。刺客の耳に、それらしき模様が見えた。
「曲者め! 逃がすか!」
追う者、悲鳴をあげる者、たじろぐ者、呆然とする者……。
会場内はパニック状態となる。
前方に邪魔が入っても、突進する獣王バルバスの勢いは衰えない。
「消し炭にしてあげるわ! キャッ!」
ベランダのガラス扉の前に立ち塞がるクリスを、その背後の扉ごと体当たりで突き飛ばし、獣王バルバスはベランダから闇夜へと飛び降りた。
「クリス!」
ミーサが駆け寄って揺さぶる。クリスは意識を失っていた。
「くっ……。ハッ!? 刺客はどこ!?」
「済まない。取り逃がした」
上半身を起こし、左右を見回すクリスに、残念そうにミーサが答えた。
「あんたが謝ることなんてないのよ……。私の魔法が間に合わなかっただけなんだから……」
ぷいっと横を向くクリス。突進してくる者に正面から魔法を合わせようとすること自体、無謀な行為だった……。
一方、高座では。
「お父様!」
「ユ、ユリィよ……。忠告を、受けて……、いたのに、この、ザマだ……」
胸を負傷し、椅子からずり落ちて床に蹲るテイン皇帝。物理障壁の効果で、致命傷には至っていないようだった。
「父上!」
「父さん!」
幼女と踊っていたサンテン皇子と、ナンパしていたナーティ皇子が遅れて駆けつけた。一応、サンテン皇子は踊りを中断して刺客を追い駆け、それを断念して高座に来た。
「回復魔法士殿、早く!」
会場の裏に控えさせていた回復魔法士の手を引いて、マルティナが駆けつける。
「こ、これは長期の治癒が必要です」
「どうでもいいから、早くして!」
回復魔法士の診断なんてどうでもよかった。ユリィは、少しでも早く回復して欲しかった。
回復魔法士はスティックを手にして目を閉じ、魔法の詠唱を始めた。そして、魔法を発動すると、そのままスティックから光を放出し続ける。
しばらくの間、テイン皇帝の体が輝きを維持する。
「はぁ、はぁ。今日は、これで、限界、です……」
回復魔法士が疲れ果てて床に座り込んだ。
テイン皇帝の傷はまだ塞がってはいない。
「お父様。このようなときに不謹慎だけど、後継者を公言して欲しいの……。そうしないと、帝国が……」
「ユリィ。それはここで言うことではないだろう?」
サンテン皇子がユリィを諫める。もちろん、自身が後継者になると思っているから、聞く必要などないと考えているのだ。
「ユリィ……よ……。全知の、お前が、帝国を心配……。そうか……」
担架が用意された。テイン皇帝はそれに乗せられる。
「余の、後継者は……。全知の、皇女、ユリィだ」
「お父様!?」
予想外の展開に、目を見張るユリィ。
「父上、それは真のことですか!?」
「父さん!? ユリィが、ですか!?」
担架が持ち上げられ、テイン皇帝の手がユリィの頭にのせられる。
「任せたぞ……」
そして、医務室へと運ばれて行った。
(私が、お父様の後を継ぐ……? そんなこと、できるのかしら? いいえ、刺客の侵入を防げなかった以上は、やるしかないわ。お父様が元気になって復帰するまでの間だけでも、私の力で、帝国が傾かないようにしないといけない)
ユリィは決意を固めた。




