098話 審判の時
事件が起きた直後。
手筈通りに、ベシーク城の城門と帝都の門は固く閉ざされ、刺客が外部へ逃走できないようにした。
そしてすぐに、衛兵や守兵による刺客の一斉捜索が開始された。
これは、ユリィによって事前に用意されていたものであり、絶対に刺客を捕まえてやるという意思が感じられた。
「予期せぬ事態となりましたゆえ、本年の舞踏会はここで中止と致しまする」
事件の発生により、結局、舞踏会は中止となった。
そして、医務室からテイン皇帝の命に別条がないことが知らされると、急遽大会議室で緊急会議が開かれることになった。
舞踏会に参加するため、大ホールに国中の主だった面々が集まっていたこともあり、それは自然の流れだった。
ビノラ王国の王族には客室に戻ってもらい、エイクス帝国の者だけが大会議室に続々と入って行く。
大ホールには貴族たちの妻や子供が残っていて、城のメイドが総出でその面倒を見ている。
大会議室には将軍や貴族たちが所狭しと並んだ。
後継者に指名されたため、皇帝が不在のこの場において、ユリィは皇帝がいつも座る位置、U字を二つ重ねた状態に並んだ会議テーブルの開口部右端に座っている。
そして全員が揃うと席を立って開口部前方中央のテーブルに行き、ユリィは自ら議事進行を務める。補佐はオイゲン宰相が行う。
「ベッカー夫妻をここへ」
最後に皇帝の前で踊っていた上級貴族だ。
ジーモン・ベッカーと、その妻が、両手を後ろに縛られた状態で大会議室に連れ込まれた。
「濡れ衣です! 私たちは、何もしていません!」
「そうです! 刺客は逃げたでしょう? 私たちはただ踊っていただけです! それなのに、なぜこのような目に遭わないといけないのですか!?」
二人は、必死になって無罪を主張する。
「それなら尋ねるわ。私のことはご存知かしら?」
「ユリィ皇女殿下です」
「もちろん、ユリィ・エイクス皇女殿下です」
当たり前のような顔で首肯しながら答える二人。
「そう? それなら、周りの者から、どう呼ばれているか知っているかしら?」
「周りの者……? ぜ、全知の、皇女様!?」
「ま、まさか……」
ユリィはただ尋ねただけなのに、ジーモンの顔色が真っ青になる。
「あなた、仮面の男と会ったでしょう?」
「ひっ! どうしてそれを!?」
あまりの衝撃に、つい、口を滑らせてしまったジーモン。もちろん、ユリィはカマをかけただけだ。
「拷問がお望みかしら? それでも、その間に私がこの場で、ここにいる全員に真相を話すけど。それとも、自らの口で話してくれるかしら? そうすれば、痛い目には遭わなくて済むわ……。さあ、選んで!」
強い視線でジーモンを見つめるユリィ。
「ユリィ、怖い!」
「ああ。絶対にユリィに逆らったら駄目だ……」
全身を震わせる皇子たち。デジャブ感が強い。
ジーモンは目を白黒させ、汗だくになって床に膝をついた。
「は、話します! ご、拷問だけは、お止めください!」
ジーモンは額に汗を浮かべて真実を語りだした。
壺マニアのジーモンは、ある日、行商人からとても珍しい、古代文明時代の壺を高値で購入した。
しかし、それは三回払いであって、到底支払える金額ではなかった。
困っていたところに、ある団体の者が現れて肩代わりしてくれると言ってきた。その対価として、依頼を一つこなして欲しいと。
依頼は、とある獣人の夢を叶えるという内容で、その夢が、帝国の舞踏会に参加したい、というものだった。
一切、ジーモンには迷惑が掛からない方法で会場に入るから安心してくれ、とも。
(同じ手口ね……。大元の犯人は同じなのでしょう)
そしてこれは当日まで知らなかったことで、その獣人は影に入り込む魔道具を持っていた。獣人はそれを使ってジーモンの影に入り込み、舞踏会の会場に入った。
ジーモン自身は、これで依頼は達成したと思い、料理を前に歓談していた。
三曲目が終わったところで、影の中から皇帝を見たい、踊ってくれとの指示があり、それに従って四曲目から踊りだした。
もちろん、その獣人がテイン皇帝の命を狙っていることなど、まったく知らなかった。
「嘘は言っていないわね?」
「もちろん、全知の皇女殿下に誓って、すべて真実です!」
ぶんぶんと首を縦に振るジーモン。
(影に潜んで……。そういうことだったのね。三曲目が終わって、気が緩んでいたわ……)
犯行の詳細を聞いて、納得するユリィ。
なお、ユリィの知るところではないのだが、影に入り込む魔道具は次元転送型なので、姿を隠す魔道具のような持続時間の制限はない。一度影に入ってしまえば、本人が出ようとするまで潜み続けることができる。
「二人を牢屋へ。処分は後日決めるわ。自供した勇気を考慮することになるでしょう」
テイン皇帝が職務に携われない場合は、宰相か、実子がその代理を行う。
今回、テイン皇帝から直接「任せたぞ」と言われた以上、ユリィに職務上の優先権があった。
「皇女殿下の温情、痛み入ります……」
ベッカー夫妻は衛兵によって連れ出された。
「おお、全知の皇女殿下!」
「やはり救世主様だ!」
「ベッカー卿が刺客を連れ込んだことを、見事に見破られましたぞ!」
大会議室が騒然となった。
「静粛に!」
ユリィの一言で、場は静まり返る。
「お父様、皇帝陛下を狙った刺客は、シレッド獣国の獣王の一族。シレッド獣国には、どのような賠償を持ち掛ければいいかしら?」
「シレッド獣国には、その全国土をもって、賠償してもらうのが筋でしょう!」
「そうだ! 皇帝陛下が狙われたんだ! 武には武を!」
「獣王の首をとりましょう!」
「シレッド獣国へ攻め込みましょうぞ!」
好戦的な帝国の貴族や将軍たちは、こぞって開戦を訴える。酒の勢いが若干混ざっている者もいるが、いずれにしても本音を言っている。
ユリィとしては、穏便に進めたいのが本心だ。
それでも、トップであるテイン皇帝が狙われた以上、配下の貴族たちの意見を無下にはできない。不満が溜まって個人的にシレッド獣国に侵攻する可能性すらある。
しばらくの間、将軍や貴族たちから上がる意見を黙って聞き続けた。が、そのいずれもが、開戦を望むものだった。
「開戦に反対する者は、いないの?」
たまりかねて、ユリィが問いかけた。
「反対する者などおりましょうか!」
「獣人は誅殺すべきだ!」
「建国以来の宿年の敵、シレッド獣国が先に仕掛けてきたのですぞ。反対などしようはずがあるまい」
貴族や将軍たちが騒ぎ出す。
「ユリィ。ここでシレッド獣国に武を示さなければ、父上の名が汚れてしまう」
「そうですよ。ユリィ、シレッド獣国に侵攻しましょう」
「そうだ! 出陣だ!」
「「「「オーッ!!」」」」
両皇子の言葉が、会議の結論となった。
「わかったわ……。それでは準備が整い次第、シレッド獣国に侵攻しましょう」
「「「「オーッ!!!」」」」
「静粛に!」
興奮冷めやまない貴族たちが落ち着くのをしばらく待つ。
静かになったところで、ユリィは言葉を続ける。
「でも、それには条件があるわ。今回の遠征は、帝国東部の者を主体として行います。帝国西部の者には、守りを固めてもらうことになるわ」
「皇女殿下! それはあんまりです! 我々にも獣人を討ち果たす機会をお与えください!」
「東部の者にだけに手柄を与えるのは不公平である! 我らはただ、皇帝陛下に怪我を負わせた獣人が憎いのである! 誰が止めようとも、吾輩は行くのである!」
「俺も行くぞ!」
帝国西部出身の者たちが、こぞって不平を言い始める。
「それは、私の命令でも?」
ジロリ、と騒いでいる者どもに睨みを利かせるユリィ。
以前の体験で、ビノラ王国と聖ファサラン国に虚を突かれたこともあり、ユリィは帝都を、帝国西部を手薄にはしたくなかった。
そもそも、どうして帝国に攻め込んできたのか。その理由を知るに至らずに、帝都は陥落した。
現在はビノラ王国と同盟条約を結んでいる。それでも理由がわからない限りは、帝国内を手薄にすると、ビノラ王国が反旗を翻す可能性がないとも言いきれないと考えていた。
「ぎょっ!」
「ひえっ!」
突然静まり返る貴族たち。
貴族であれば、大なり小なり、悪事を働いているものだ。
全知のユリィに逆らうと、ここでそれを暴かれて裁かれるかもしれない。そう思って、一斉に黙り込んで背筋を伸ばした。
「では、改めて命じるわ。帝国西部の者は、守りを固めること。帝国東部の者は、シレッド獣国への侵攻に向け大至急で軍備を整えること。以上よ」
締めの言葉を聞いて、一斉に立ち上がる場内の面々。それを見てオイゲン宰相が大声を出す。
「ああ皆様、待って下され! オイゲンから連絡があります。皆様が城から出るのは、一日待って下され」
「どうしてだ! すぐに軍備を整えねばなるまい!」
「そうだ! 走ってでも帰って準備をするぞ!」
いろいろ文句が上がる。でもそれには慣れたもので、冷静さを保ったまま説明を続ける。
「刺客は影に潜むとの証言がありましたゆえ、一晩、皆様には城にて待機して頂き、影から刺客が出てこぬことを確認した時点で、帝都から出ることを許可致します」
「軍備が優先だろうが!」
血気盛んな者が怒鳴りつける。
「私は、オイゲンの考えに賛成よ。今、帝都の門は閉じられているわ。オイゲンの許可なく帝都から出ることは認めません」
「領地への軍備の連絡については、ささやき鳥で連絡をつけてくだされ。持っていない者は、帝国の物を貸しますゆえ、オイゲンに申し付けくだされ」
大会議室からゾロゾロと退室する貴族や将軍たち。
会議をしている間に、夫人や子供たちには小ホールあるいは、大ホール階下の客室に移動してもらっていて、そこで休んでもらっている。
舞踏会は、最初から夜を徹して行う前提で企画されている。だから休憩所などの準備は万全だ。
貴族たちが休んでいる間も、帝都内では、衛兵や守兵によって夜を徹しての捜索が行われていた。
城下を見渡せるバルコニーで。
「刺客の侵入を防げなかったわ……」
月を見上げ、長い息を吐くユリィ。
大会議室で血気盛んな貴族たちを前にして気丈な振る舞いをした反動が出ていた。
人間誰もが強い心を持っているわけではない。ユリィにも弱さがある。立場が上だったとしても、それはそれで心労はするものだ。
「姫様のせいではありませんよ。姫様は最善を尽くされました」
ユリィの護衛として残っているマルティナ。他の皇女近衛騎士たちは、刺客の捜索に行っている。
「これから戦争になる。それすら、防ぐことができなかったわ」
目を閉じて俯き気味になるユリィを、マルティナが抱き寄せ、互いの温もりを感じ合う。
「私がいます……。戦場でも、私がこの体を張って姫様を守り抜きます。姫様は帝国の滅亡を防ごうとして動かれていたのです。姫様も帝国も、私が、そして皇女近衛騎士の仲間たちが守り抜いて見せます」
空に流れ星が走った。
ユリィは、そしてマルティナは、帝国の明るい未来を願った。
「ええ……。少し元気になれたわ。ありがとう、マルティナ」
それから、二人はしばらく無言のまま、夜空を眺め続けた。
「姫様~。刺客は見つかりませんでしたよ~」
「くそっ。アタシが会場にいたというのに、みすみす取り逃がすとは……」
「これだけ探して見つからないのです。逃走の準備も入念にされていたのでしょう」
「そうだよな。絶対に追いつくと思ったのにな」
夜が明け、捜索に出ていた皇女近衛騎士たちが戻ってきた。
さらに時が流れ、日が高くなった頃。大ホールに待機してもらっていた貴族たちは順次解放された。
「ユリィ、教えてくれ。どうして俺は帝都に居残りなのだ? 俺は西部の貴族ではないだろう?」
サンテン皇子が、口をとがらせて不満を言う。ユリィは朝になって改めて、居残りを頼んだのだ。
「帝都を手薄にすることはできないわ。帝国西部が安心できる状態ではないの」
サンテン皇子の目を見据え、それから西の窓を見る。
「安心できないのか……。ユリィが言うのなら、そうなのか……。では、具体的にどう、安心できないのだ? 教えてくれ!」
「詳しいことはわからない。でも、帝都を空にはできないし、西部の者に残ってもらっても、それを指揮する者がいないと守りが機能しない。だから、サンテン兄様には、守りの総指揮権を与えるわ。有事の際に、帝都を守り抜いて欲しいの」
ユリィの心の隅にある不安。
帝都を守り切らなければ、以前の体験と同じになってしまう。
だから、シレッド獣国に侵攻するのは全兵力の半分だけ。残りの半分をサンテン皇子に任せる形にしたのだ。
以前の体験では、ビノラ王国が侵攻してきた際にサンテン皇子が扱える兵は、ほとんど残っていなかった。今回はその状況を打破したいという思いもあった。
「ユリィは、西部で何かが起きると予見しているのだな。わかった。ここは俺がなんとかしてやる。俺の分まで、シレッド獣国で暴れてきてくれ!」
懸念された帝都の守りの任務については、サンテン皇子とその麾下の将軍たちに就いてもらうことで、話はまとまった。
今ではドリス第二皇妃によって解体されてはいるけれど、もともとサンテン皇子を推す派閥は帝国西部にあり、それを従えるのはサンテン皇子が適任だったのだ。
帝国内では、至る所で急ピッチに軍備が進められた。




