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008話 軍学の授業、摸擬戦

 軍学の授業。それは戦争における兵法を学ぶことを目的としている。

 座学と実技で構成されており、先日講義室で座学を行っていて、今日は、座学で習ったことを体を使って実践する実技であり、グランドで行われる。


 今回の実技は、赤と青の二つのチームに分かれ、相手チームの旗を奪った者が勝ちとなる摸擬戦だ。

 ルール上、用意されている武器のどれを使っても良いが、魔法の使用や個人的な魔道具の持ち込みは禁止となっている。


 生徒たちは、渡された赤または青の鉢巻を頭に巻きながら、各々のチームの本陣となる、グランドの端へと向かう。


 グランドは戦場として機能するよう、魔法で盛り土や石の壁を設置してあり、見通しがきかないようになっている。


「ユリィちゃん、ミーサちゃん、エマちゃん。みんな一緒だね!」


「奇遇だな。小隊も四人で一緒に組もうか!」


「ええ。そうしましょう」


「うん。それがいい」


 四人は同じく青い鉢巻をしていた。

 今回の摸擬戦のルールでは、出撃する者は四人で小隊を組むことになっていて、ちょうど指定人数であり、そのまま小隊を組むことになった。


 グランドの端の本陣。そこには青い旗が立ててあり、その隣にテーブルがある。

 テーブルの上には一枚の地図と、時々光を放つ三本の棒が生えた四角い魔道具が置いてある。摸擬戦用に用意された物だ。


「あ! なんだか魔道具っぽい物が置いてあるよ!?」


「あれは軍遠視の魔道具ね」


「高価な魔道具」


「へえ。実際の戦争で使うような本格的な魔道具を使うんだな」


 テーブルの上の魔道具は、各小隊の位置を地図上に自動的に表示するものだ。

 これは、発信器を持つ味方の小隊の位置のみを表示するものであって、敵の小隊は表示されない。敵については、発見報告を受けて、地図上に自分でコマを置くことになる。

 そして、指揮官は地図上の状況を見ながら各小隊に指示を出す。

 今、摸擬戦はその指揮官の立候補から始まる。


「青チームの指揮官は、俺がやろう」


 顔をやや上向きにし、周囲の者を見下ろすかのような表情で手を上げる男。


「げげっ、チャラ男だ!」


 聞き覚えのある声に、つい、トモリンが本音を漏らす。これが本人に聞こえなかったのは幸いだった。

 既に同じ青チームに配属されていて、今さらチーム替えを行える状況ではない。


「指揮官役に相応ふさわしい者は、ダミアン様をおいて、他にはおりませんですぜ!」


「そうだ、そうだ!」


 取り巻きたちがおだてあげることで、他の立候補者が現れず、青チームの指揮官はチャラ男ダミアンに決まった。


「俺は、お前らを勝利に導いてやる。感謝するんだな」


 おだてに乗ったまま、偉そうに言い放った。


 模擬戦では各チームは五つの小隊を出撃させることとなる。

 指揮官が決まった後は、小隊を組みあげることになるのだが、ユリィたちは既に四人で固まっており、第一小隊となった。残りの四つの小隊もすんなり決まり、


(チャラ男のくせに、仕切り能力が高いよ!)


 トモリンはちょっとだけ、チャラ男ダミアンを見直した。ほんのちょっとだけ。

 なお、出撃しない者は、本陣で指揮官の補佐として連絡役などを行う。


「ふ。勝利への作戦。それはこうだ!」


 作戦タイムが始まった。

 各小隊は開戦前に指揮官により定められた位置に配置、開戦後は作戦通りの行動をすることになる。そして、指揮官が地図上の小隊の動きを見ながら指示を「飛ばし」行動を修正していく。


 指示は、音声を録音した鳥の形の魔道具「ささやき鳥」を各小隊へと飛ばすことで行われる。人や馬が走るわけではない。


「第一小隊が中央から敵陣に深く入り込み、敵本陣まで突破することを基軸とする」


 テーブルの上の摸擬戦用の地図を使って、各小隊に作戦指示を出す。チャラくても、ランキング一位というだけあって、皆、異論を唱えることなく作戦を受け入れる。


 大局的な作戦としては、ユリィの小隊のワントップであり、中央突破を試みる。

 各小隊の配置は、敵陣に近い方から1、3、1で、自陣の中ほどに小隊を集中させて本陣へ攻め込ませないことを目的としている。


 一方、敵方の小隊の配置は2、2、1で、両サイドに小隊を寄せ、サイドアタックを主眼としている。もちろん、ダミアンもユリィたちも、敵方の作戦を知らないし、石壁や盛り土などで見通しは悪く、敵の小隊は目視できていない。


「作戦タイムは終了だ。はやく配置につけ。模擬戦を始めるぞ」


 先生が声を上げると、両チームの各小隊は、石壁などに隠れるようにして、作戦の位置に移動する。

 全小隊が配置についたところで、摸擬戦が開始となった。


「いよいよだね!」


「どんな相手だって切り伏せてやるさ!」


「すべて、任せた。ボクはミーサの後ろに隠れている」


「最初から全力で行くと、体力が尽きるわ。慎重に行きましょう」


 ユリィの小隊が前進を始めた。


「石壁が続いて、まるで迷路」


「そだねー。エマちゃん、隠れんぼしよっか。私たち、戦えないし」


 トモリンには、戦う前から戦意はなかった!


 石壁迷路の領域を抜けると、視界の左右には小高い盛り土が連続していた。

 盛り土のあちこちに独立した石壁があり、隠れることができるようになっている。


「左! 何かが動いたわ!」


「ユリィ、行こう! 作戦通りだ!」


 作戦では敵を発見次第、殲滅することになっている。

 敵と思われる者がいる場所に向かい、ミーサ、そしてユリィが走り出す。

 敵方もこちらに気づいたらしく、姿を現して、構えをとる。

 剣と剣が交差したのも一度切り。ミーサとユリィが交互に攻め立てると、敵の小隊はたちまち隊列が崩れ、次々と討ち取られていく。


「小隊を撃破したぞ!」


 向こうも近接戦闘で腕に覚えのある者のようだったが、ミーサとユリィの連携の前では、まったく相手にならなかった。

 摸擬戦では、一撃くらったら退場となる。敵小隊は瞬時に消えることになった。


「待ってー」


 敵小隊を殲滅した後、エマが遅れて合流する。

 なお、トモリンは小高い盛り土を登ることなんてへっちゃらであり、ミーサとユリィの後ろを追いかけて走っていたため、遅れはなかった。


「エマちゃん、大丈夫? 少し休もうか?」


「はぁ、はぁ。そうしてくれると、うれしい」


 盛り土の上の石壁に隠れて少し休憩をとることにした。


 しばらくすると、後方で声があがるのが聞こえた。広大とはいえないグランドだから、後方での戦いの音が聞こえてくるのだ。


「後方で戦っているようだな。あの声は聞き覚えがあるぞ。味方の小隊がやられているみたいだ」


「私たちは今、中央ではなく左寄りにいるわ。きっと敵の小隊が右側から侵入したのね」


 敵のサイドアタックが味方を苦しめているようだ。


「どうする? 中央に戻る?」


「えっと、作戦は中央突破だったよね? 戻ればいいのかな?」


 人差し指を頬に当てて小首をかしげるトモリン。


「そうね……。でも、中央突破は開始時の侵攻作戦であって、私たちの小隊には、とにかく前進することが求められていたわ。だから、少しずつ中央に近寄りながら前進しましょう」


「一旦中央に戻るより、前進を優先するってことだな! 間違っていたら、指揮官には私たちの位置が見えているから、指示が来るはずさ」


 ユリィたちは進軍を再開した。


「休憩までしていたのに、後続の小隊が来ないわね」


「きっと、迷路で迷子になったんだよ」


「あはは。後続なんて来なくっても、私たちだけでも戦えるさ」


「ミーサ無双。敵が気の毒」


 実は、後続が来ないのは、各小隊へのダミアンからの個別指示であり、ユリィの小隊が単独先行することで、敵軍に包囲され、ボコられるようにと目論んでいた。


 ユリィの小隊が敵軍にボコられれば、腹の虫がおさまるし、それが失敗してユリィの小隊が突破に成功しても、ダミアンの指揮のおかげということになる。どちらにしてもダミアンが損をしない作戦だった。


 いくつかの盛り上がりを越え、最後に少し高めの盛り上がりの頂上に差し掛かった所で、下方にある石壁の陰から、一斉に矢が飛んできた。敵小隊が潜んでいたようだ。

 なお、矢といっても、先に布を巻いた練習用のもので、当たっても怪我をするような物ではない。


「きゃっ!」


「甘い!」


 ユリィは咄嗟に身をかわし、ミーサは剣で矢を叩き落とす。

 トモリンは夢中で体を動かして偶然避けることができ、エマは避けたつもりが流れ矢に当たった。


「う。ボクは先に逝く。さらば」


「エマちゃーん!」


「エマ。お前の死は無駄にしない」


「まだ敵がいるわ。気をつけて!」


 白い布を高く掲げて、エマが退場していった。


 まだまだ降り注ぐ矢の雨。ユリィとミーサは、盾を前に出し、一気に坂を下る。

 そして、石壁の裏側へと辿り着き、敵には弓を剣に持ち替える暇も与えずに、切り伏せる。


「弓の練度が低くって助かったぞ。熟練者が相手だとこうはいかないだろうな」


「ええ。私たちは騎兵ではないから、正面から突っ込むのは危険だったわ」


「ミーサちゃんもユリィちゃんも、詳しいんだね!」


 まるで他人事のように話を聞いているトモリン。座学では何を習っていたのか……。


「それにしても、まるでここを通ることがバレていた感じだったな」


 最初からここに潜んでいたとするには、本陣よりも左寄りだし、出来過ぎている、とミーサは思っていた。


「いろいろ考えられるけど、可能性が高いのは、敵の指揮官がすぐに対応したってことかしら」


「と言うと?」


 ミーサは剣を一度鞘に収め、ユリィの言葉を待つ。


「私たちが最初に敵小隊を倒したあと、敵の指揮官は、地図上から小隊が消えたことをすぐに知ったはずよ。そして、そのまま私たちが本陣に向かってくることも予想できたはずだわ」


「なるほど。地図上で、小隊が消えた位置から本陣まで線を引いて、この辺りに来るだろうって予想したんだな」


「ええ。私たちが休憩している間に、後方の小隊の装備を弓に切り替えて、潜ませたのでしょうね」


 本陣に戻って武器を換装することはルールの範囲内だ。


「ねえ、まだ敵の小隊がいるかもしれないってことなの?」


 トモリンが尋ねた。


「本陣を守る小隊が一ついるはずよ。おそらくそれが最後ね」


「え? え? 小隊は全部で五つあって、二つしか倒してないよ? 本陣に一ついるとして、あとの二つがまだいるんじゃないの?」


 数字を出して、少し自称リケジョらしさをアピールしてみたトモリン。


「少し前になるけど、さっき、私たちの陣のほうで戦闘の音が聞こえたでしょ?」


「うん」


 後方を指差して説明するユリィに、トモリンはそちらを向いてから素直に頷いた。


「通常は、単独で敵陣へ攻める作戦なんて立てないわ。必ず、支援する小隊がいる。つまり、二つ以上の小隊が、味方の陣内に入っているはずなの。そうなると、残るのは、本陣前を守る小隊だけになるわ。これで五つになるでしょ?」


 トモリンの考えはあっさりと論破された。自称リケジョの才能は開花することはなかった。


「孤軍奮闘の私たちが、軍学の授業的には、普通じゃないってことさ」


「そーなんだ」


 残る敵小隊が一つだけだとわかって安堵の息を漏らす。


「敵の本陣はすぐ近くだ! 気合を入れて行こう!」


 剣を鞘から出し、高く掲げるミーサとユリィ。


「おー!」


 剣を鞘にしまったままのトモリンは腕だけを掲げる。


「伏兵だった小隊が地図上から消えて、敵はますます防御を固めようとしているはずよ。石壁に隠れて、相手の守備の状況を観察しながら進みましょう」


「そうだよな。私だったら大盾を用意するな。そいつでガッツリ守備を固められると、近寄ることも困難になるぞ」


 果たして、敵チームはどのような守備陣を敷いているのか。


 四つほど石壁を越えると、敵の本陣が見えた。もちろん、石壁の陰からこっそりと覗いて様子を確認している。


「旗の前に大盾兵が一人。その前に槍兵が三人か。守り切るというより、近づけさせないようにしたんだな」


「そうね。旗に近づくのは苦労しそうね」


 小声で確認しあう。


「どうする?」


「私が左に出て囮になるわ。ミーサは遅れて右に出て」


 もう一度石壁から顔を出して敵小隊を見直し、それから「わかった」と答えたミーサ。


「行きましょう!」


「ああ!」


 二人で取り決めた通り、ユリィが中央から左へと逸れて行く。それにつられる形で、敵の槍は三本ともユリィに向く。

 それを見て、ミーサが右へと走る。


「あれれ? 私は?」


(えーっと……。二人が敵を引きつけてくれているんだね。わかったよ! 私が旗を取ればいいんだね!)


 ここでトモリンは思った。「私がこの戦いの主役だ」と。


「とーりゃー!」


 トモリンが真っ直ぐに走り出す。

 槍兵はユリィとミーサの相手で手いっぱいだ。


「うん! 私、行ける!」


 真正面にショートソードを手にした大盾兵がいるのだが、既にトモリンの眼中にはない。

 接近するトモリンに対し、大盾兵はドシンと大盾を前に立てて、ショートソードをその陰から振るおうとする。


「えい!」


 トモリンは大盾の上部に両手をかけ、大きくジャンプ!

 大盾兵の頭を越え、くるりと空中で一回転してから、しゅたっと着地し、敵の赤い旗を抜き取る。


「取ったどー!」


 どこで覚えた言葉か知らないけれど、トモリンは大きな声で旗を取ったことをアピールする。

 その瞬間、ピーッとホイッスルが鳴り、摸擬戦が終了となった。


「やったわ」


「トモリン、偉いぞ」


「えへへ」


 トモリンの頭をぐしゃぐしゃになるまで撫でまわすミーサ。


 全員グランドの縁に集合となり、先生による結果確認が始まる。


「まずは、青チームの指揮官。言いたいことは?」


 ダミアンが全員の前に出てきて、ふんっと鼻を鳴らす。


「もちろん、すべては俺の作戦通り。優秀な指揮官ダミアン様に不可能はない!」


(チャラ男、自分で自分のこと優秀って言ってるよ……)


 半眼でダミアンを見るトモリン。


「ダミアン様の作戦立案はまさに神業!」


 取り巻きがはやし立てると、ダミアンは仰け反り、ふふんと、鼻で笑った。


「では、赤チームの指揮官。言いたいことは?」


 赤チームの指揮官が前に出る。


「最後に旗を取ったのは、ルールを逸脱する行動でした」


 赤チームの指揮官は、何か言いたいことがあるようだ。ダミアンの耳がぴくっと動く。


「詳しく説明してみろ」


「はい。青チームの兵は大盾を踏み台にして、高らかと舞い上がりました。あれは、危険行為に当たり、ルール違反だと申請します」


 摸擬戦のルールとして、危険行為は禁止であり、それは相手に対してのみならず、自分自身にも適用される。

 高く舞い上がることが、着地ミスの恐れのある危険行為と考えられた。模擬戦は、あくまでも授業であり、危険なことは駄目なのだ。


「青チームの指揮官。申し開きはあるか?」


「ぐぬぬ……」


 しかめっつらになって唸るダミアン。


「ないようだな。では、試合結果を言い渡す。青チームの反則負けだ!」


 そして、がっくりと肩を落とし、こそこそと生徒の中に紛れ込んでいった。

 どう転んでもダミアンに利となる作戦のはずだったのに、結果は、とんだ赤っ恥をさらすことになった。


「戦いとは、ままならぬものさ」


「ええ……」


 ちょっとだけ、小隊の隊長として責任を感じるユリィであった。

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