009話 学園の七不思議
ユリィたち四人は、毎日のように学園内を探索していた。
まずは、禁断の間の二階から四階にあたる部分から。当初そこは吹き抜けの壁であり調査の対象外としていたのだが、一階部分で不思議な紋様を発見したため、改めて調査対象に含めていた。
それから、正面庭園にある境界の壁や、裏庭にある境界の壁。あらゆる境界を調査したが、今のところ、新しい発見はない。
とある日の夜。
四人は、学園寮のユリィの部屋に集まった。いわゆる、パジャマパーティというやつだ。
闇雲に調査していても進展が見られず、学園に伝わる不思議な話から何かヒントがないだろうかと思い、各人が情報を集めて、このように報告会を開くことにしたのだ。
ベッドの上に四人で座ると、肩が触れ合っていて、小声で話しても全員に十分に伝わる。不思議な話をするにはもってこいだ。
部屋の明かりを消し、ベッドの上に明かりの魔道具を置いて、準備も万端だ。
「私聞いたんだけど。夜に校舎の窓を眺めると、廊下をふわふわ~と光の球が漂っているんだって~。ふふふ……」
低く絞った小声で話すトモリン。自分なりに怖そうな雰囲気を演出したつもりなのだが、実は、言った本人が一番怖がっていたりもする。
これは廊下で誰かが噂話をしているのを偶然聞いたものだったのだけれども、それ以来、校舎の廊下が怖くて一人で歩けなくなったのは、内緒の話だ。
「廊下を漂う光球」
エマは至って事務的に、聞き取った内容をメモする。
「次は私だ。深夜に正面庭園に行くと、初代皇帝像が歩き出すって話だ! ガターン、ガターンと追いかけて来るらしいぞお」
「ど、銅像が歩くの!? きゃー!」
トモリン、怖がり過ぎ。
「正面庭園を歩く初代皇帝像」
エマはやはり事務的に書き記す。
「初代皇帝像って、鎧姿に兜までかぶっているだろ? だから実は、中身が二代目皇帝で、目立った功績を残せなくて初代皇帝を妬んでいて、なりすましで嫌がらせをしているらしいんだ」
二代目というのは、どの世界でも初代と比べられるものだ。初代の功績が大きければ大きいほど、二代目はかすんでしまう。二代目の妬み論は、皇帝に限った話ではない……。
「それなら、私からも。夜、校舎のトイレに行くと、パチャパチャと水が跳ねる音がするらしいわ」
「誰もいないのに、水が、跳ねるの!?」
「トイレで水が跳ねる音」
エマはさらりとメモを取り、ここでペンを置く。
そして、三人の顔を見回し、たっぷり時間をおいてから話しだす。
「最後はボク。実は、深夜に校舎の中から、ピアノの音や、打楽器の音が聞こえてくる。まるで、誰かを呪うような、不協和音が」
「ピピピ、ピアノが~!? 誰もいないのに~!?」
トモリンの想像力は絶大だ。頭の中では、ピアノがギロリと睨み、口を開いて音を奏でている。
「ぷしゅ~」
そして目を回してふらつきだした。
「あ! トモリン。七不思議だから、まだある」
「トモリンが先に寝ちゃったから、お話はここまでね。明日、実際に調べに行きましょう」
「そうだな。明日実際に行って何もないのを見れば、トモリンの怖がりも、きっとなくなるだろう!」
脱落者が出たため、パジャマパーティはここでお開きとなった。
翌日の夜。
四人は、再び学園寮のユリィの部屋に集まり、それから寮母に見つからないよう、こっそりと寮から出た。
「うまく外に出られたぞ」
「ええ。校舎の中には入れるかしら?」
寮から校舎へと向かう道を、コソコソと歩く四人。
寮の前は明かりの魔道具で明るかったけど、道を進むにつれて暗くなり、今は月明かりだけが辺りを照らしている。
全員、夜間に校舎に行くのは初めてだ。
まずは、いつも校舎に入る玄関口へと向かう。
「開かないよ?」
「間違いなく、鍵が掛かっている」
寮の扉は、中から鍵を開けられた。でも、校舎の扉は鍵がないと外からでは開けられない。
「仕方ない。校舎の中に入るのは諦めて、校舎の外壁沿いを行こう」
「そうね。校舎の外壁にも何かあるかかもしれないわ」
「その前に、ここで確かめる物がある」
踵を返そうとするユリィを引き留めるように、エマが声をあげた。
「エマちゃん、何かあったっけ?」
「ここで……。あ! 初代皇帝像か!」
「初代皇帝像なら、多分、あれね。とくに動いている様子はないわ」
その場で正面庭園の方へと顔を向け、いつも初代皇帝像が立っている場所を眺める。
そこには月明かりだけでは暗くてわかりにくいが、初代皇帝像らしき物が立っていた。
「一つ、クリアしたな!」
「動いてなくても、不気味だったよ~」
四人は校舎の玄関口を背にし、来た道をしばらく戻ってから南へと向き直り、道から外れて、講義室の横の植え込みの中を行く。
一応、普段と変わった所がないか、調査をしながら。
少し歩いた所で、パシャリと、水が跳ねる音が聞こえたような気がした。
「ん? 今、何か聞こえた」
「うん。水が落ちるような音じゃなかった?」
「そうか? 私には聞こえなかったぞ」
エマとトモリンは何かに気づいたようだが、足元には小石を敷き詰めた部分もあって、自らが出す音で、ミーサは怪音を聞き逃していた。
「ほら、講義室の先にはトイレがあるよね? ね? 水の音って……」
早速怖がり出すトモリン。
一度立ち止まって耳を澄ますが、それからは何も聞こえてはこなかった。
「空耳かしら」
「きっとそうだ。噂の不思議現象で、みんな神経質になっているだけさ。ほら、なーんにもない」
両手をひろげて何もないことをアピールするミーサ。
しばらく経っても何も起こらないため、先に進むことにした。
問題のトイレの隣を通り過ぎると、そこは廊下の突き当りとなる場所で、非常扉がある。そして、その窓部分から、校舎の中を見ることができる。
「今、何か光る物が動いていたわ!」
「私も見たけど、向こうの窓に月の光でも反射してたんじゃないか?」
今度はユリィとミーサが何かに気づいた。
「確かに、月が出ていて、向こうの窓も見えるわ。でも、フワフワと浮かぶように動いていたんだけど……」
「フワフワと漂う光球!?」
実際に見た本人たちよりも、見ていないトモリンが怖がりだす。
「ん? 月の光の反射なら、もう一度下がって見直せば、再現するはず」
エマの提案に、一同、三歩ほど後退して再び非常扉の窓を覗く。
「何も見えないな。大丈夫だ。きっと見間違えだ」
「そうね。何も見えないわ」
本当であれば、何も見えないこと、つまり、月の光の反射を再現できないことこそが問題だ。それでも四人の頭の中は、「現在不思議現象が起こっていない」ことで安心しきっており、正しい判断ができていなかった。
「なんだー。やっぱり、何もないよね! うん、怖くなんてないから!」
約一名、強がる娘がいた。
そのまま進み、校舎の角を建物に沿うように東へと曲がる。
「この辺りは選択授業用の講義室ね」
「まだ、選択授業はないから、使ってない」
「選択授業も、四人で受けられるといいな!」
「うん。四人で受けようね!」
講義室の窓を覗き込んでみたけど、何も発見はない。
「この先は職員室かしら」
校舎の一階にある職員室と呼ばれる領域は、教員の集まる大部屋の他に、応接室や運営長室、事務員の部屋など、小部屋が集中している場所でもある。
それぞれの部屋の窓をのぞき込み、何か変わったことがないか調べる。
すると、上の方から、ピアノの音と思われる、乱雑な音が聞こえだした。
音色を無視した、鍵盤三つぐらいを同時に押し下げる不協和音。まるで、鍵盤の上を何かが飛び跳ねているように連続して聞こえてくる。
「キャー!!!」
「う、うわ!!」
「ピ、ピアノの音!?」
「職員室の上は、社交訓練室。ピアノがある」
音に驚き、真っ先に来た道を逃げ出したトモリン。
そして、今まで動じなかったミーサも大きな声を上げて驚愕の表情で逃げ始める。
ユリィは音の発生源がピアノだと特定するや否や、トモリンを追いかけて走り出す。
ただ一人、音の出所を冷静に分析していたエマだけが逃げ遅れた。
「みんな、薄情」
二階にある社交訓練室は、その名の通り、生徒たちが貴族として社交デビューできるように振る舞いを練習する部屋だ。
そこには茶会用のテーブルがいくつも備えてあり、また、音楽を嗜んだり、社交ダンスの訓練を行うために、ピアノやバイオリンなどといった楽器も置いてある。
なお、楽器は生徒自らが演奏技術を学ぶのではなく、招かれた演奏家が奏でる音色を聞いて教養を養うために用意されている物ではあるが、休憩時間などに、趣味として奏でる者も多くいる。
とくに、一部の生徒は演奏の専門家に劣らないくらいの腕前を持っている。
そんな、趣味で奏でているのであれば、もっとましな音が響くはずであろう。が、さきほど響いたのは、鍵盤の上を猫が飛び跳ねるような酷い音だった。
とぼとぼ歩いて逃げ出すエマ。
不思議な(不快な)音はとっくに止んでいて、今さら急いで逃げても、今度は前方で何か起こるかもしれない、と半ば諦めていた。
不思議現象の噂は、たくさんあるのだから……。
外壁に沿うように右に曲がると、大分先に、三人が腰を折り、肩で息をする姿が見えた。
「はぁ、はぁ。エマちゃーん! 早く逃げよ!」
「あの音には驚いたな。まさか本当に不思議現象が起こるなんて……」
「ごめんなさい、エマ。突然のことだったから、夢中で逃げ出してしまって」
「大丈夫。逃げた先が安全とは、限らないから」
意趣返しのように平然と答えるエマ。
「そそそ、それは、こ、ここも、あ、危ないってこと!?」
案の定、一名がドギマギしだす。
「トモリン、落ち着いて。エマが言っているのは、どこで何が起こるかわからないってことよ」
「そ、そうだよな。寮に戻るまでは、周囲を見回しながら、慎重に進むとするか」
慎重にと言いながらも、早歩きで歩き出すミーサ。本心は、すぐにでも寮に戻りたいのだが、前方も気になって走る勇気が出ない。
講義室の傍を通り、もうすぐ寮へと通じる道に到達しようとした頃。
ガキーン、ガキーン、ガキーン……。
右手の方向で何かが規則的な音を立てていて、徐々にそれが大きくなっている。何者かが近づいてきているようだ。
ぎこちなく顔を右へと向けるミーサ。
トモリンはユリィの腕にしがみついている。
「あ、あれは!」
「「「初代皇帝像!」」」
「ミーサちゃん、剣で倒してよ!」
「いや、それは無理な話だ! というか、私をおいて逃げるなー!」
話を振ると同時に、トモリンは真っ先に逃げ出していた。
一目散に寮へと走り出す四人。
今度は忘れなかった。ミーサはエマの手を握って遅れないようにしていた。
寮へと戻り、扉の鍵を閉め、慌ててユリィの部屋に逃げ込んだ。
そして四人でベッドの中に入り込み、肩を寄せ合い、毛布をかぶって震えだす。
「超怖かったよ!」
「恐ろしい体験をしたわ……」
「わなわな。まさか、銅像が動くなんて……」
目を白黒させるミーサ。
「学園の不思議現象は、まだある。聞きたい?」
「「「ひえー!!」」」
四人は、今後、夜には出歩かないように誓い合った。
実は、学園における不思議現象には、発生源となる原因があるのだが、それが明らかになるのは、もう少し先のこととなる……。




