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069話 図書室で

 翌日。


「ユリィ、うまくいきましてよ。お父様に依頼状をお渡ししましたら、目の色をお変えになって、方々にささやき鳥をお飛ばしになられていましたわ」


「ロザリー、ありがとう」


「全知の皇女殿下のお名前をお借りして、ドラゴンは人族に危害を加えない、そして、山から出てくる魔物は、全知の皇女殿下があらかじめ派遣なされた部隊と冒険者たちによってお仕留めになる、と触れておりましたわ」


「姫様の名前を聞けば、現地の混乱も、一瞬で収まることでしょう」


「全知の皇女殿下かあ。格好いいなあ!」


「導師様とも呼ばれていた」


 二人のユリィが同化する前は、ダミアンから「導師様」と呼ばれていた。


「全知とか導師とかは、私が少し先の未来のことを知っているだけで、特別な能力でもないし、大したことではないわ」


「知っていることが、特別なんだって!」


「未来の私は、どうだったのかしら? もちろん、帝国一の魔法使いよね?」


 クリスが、とても答えにくいことを尋ねてきた。


「え、ええ……。その素質はあったと思うわ」


 前の世界線では塞ぎこんでいて魔法の能力を開花させなかったクリス。

 さらにクリスのマギアード家は没落していた。とても正直には答えられない。


「ふんっ! そうよね! それでも滅亡するんだから、よっぽど獣国軍の数が多かったのよね!」


「そうならないよう、クリスには頑張って欲しと思っているわ」


 上級貴族らしからぬ、鼻息を荒くして声にするクリスは、以前の体験におけるクリスとは違う。今では自信を持って魔法を撃てる、頼りになる存在だ。


「もちろんよ! 私に任せれば、獣国軍なんて、ぜーんぶ跡形もなく燃やし尽くしてやるんだから!」


 こんな話をしているうちに授業が始まった。



 昼食後の団らんの時間。


「今日からしばらく、図書室で調べ物をしましょう」


「図書室、いいですわね! 是非行ってみたいですわ」


「げっ! 休み時間にも本を読むのか……」


「ミーサはすぐ寝てしまう」


 数字恐怖症のミーサは、最近では教科書に数字が記載されていなくても、読んでいるだけで眠れる特技を習得していた。


「図書室って初めてだよね? 面白い本がいっぱいあるのかな?」


 夢(前世の記憶)の中で、いつもマンガを読んでいたことから、本といえばマンガだと思い込んでいるトモリン。今世も前世も、読書家ではなかった!


 四階の図書室に行く。

 そこは講義室の上に位置しており、広い講義室と同じ面積ながら、さらに空間を高さ方向に二段に仕切っており、全床面積は広大なものとなっている。


「めっちゃ広いねー」


「素晴らしいですわ。ここは学園における楽園に違いありませんわ!」


 この世界では本は貴重で高価だ。もちろん、授業で使っている教科書も高価な品であり、学園に貴族しか通えない理由の一つはそこにある。


 ロザリーは読書が趣味であり、屋敷には先祖代々集めてきた蔵書がある他、ロザリー自身も屋敷に売り込みに来る商人からたくさん本を買い込んでいた。なお、その支払いは父親まかせだ。

 だから、ロザリーの屋敷には本がたくさんある。それでも、この図書室の蔵書の数の足元にも及ばない。


 以前から入ってみたいとは思っていたものの、貴重品を揃える図書室には、学園長または運営長の許可がないと入れない。研究目的等の、明確な理由がなければ立ち入ることができないのだ。

 だから、ロザリーは図書室に立ち入ったことはない。


 しかし、今回はユリィがいるので、特別な理由もなく入室できた。皇族は図書室への入室の許可は不要だから。


「夢の世界ですわ!」


 ロザリーは蝶のように舞い、本棚の中へと消えて行った。


「待ってくださいよ! 私も見たいです!」


「ボクも読みたい本が、たくさんある!」


 マルティナもエマも、本が大好きだ。


「ちょ、ちょっと! 遊びに来たのではないわ。みんなに調べ物を手伝って欲しいの」


 手を伸ばし、走り出しそうな二人に待ったをかけるユリィ。ロザリーは、もう手遅れだ。


「姫様は、何を調べられるのですか?」


「虫についてよ。近い将来、イナーゴが大量発生するわ。どうしてそのようなことが起きるのか、それと、それを防ぐにはどうしたらいいのか、を知りたいの」


「虫の絵の描いてある本ですね! それなら私の得意とする分野です。それにイナーゴなら、屋敷の庭で見たことがあります。本棚を片っ端から調べ上げてみせましょう!」


 マルティナはいろいろな絵の描いてある「図鑑」を眺めるのが好きだ。そして、「虫の絵の描いてある本」といえば、図鑑に違いない。目を輝かせて本棚へと消えて行った。


「ボクは、歴史関係の本が読みたかった……」


「それなら、過去に虫の被害にあった記録がないか調べてくれないかしら?」


 エマは歴史系、伝記系、とくに初代皇帝関係の本が好きだ。もちろんそれが創作であっても。


「過去の出来事を探す。それならボクも楽しい」


 エマも本棚の中へと消えて行った。


「さて、あの窓辺で昼寝でも……」


「マンガ、マンガ……」


「ミーサとトモリンはイナーゴを見たことはあるかしら?」


 逃げ出そうとするミーサの袖を掴んで引き留め、ユリィは二人に何をしてもらうかの探りを入れた。


「ぴょんぴょん跳ねる虫だよね?」


「あまりよくは知らないな」


 山育ちのトモリンは虫のことをよく知っているけど、その生態までは知らない。

 貧乏貴族のミーサは、屋敷の庭が狭く、虫が寄ってくるほどの植物は植えられていないため、子供の頃の記憶にはイナーゴの姿はない。

 ただ、魔法学園に入学してからは、早朝に剣の練習をしているときに、それらしき虫を見たことがある。


「姿を知っているのなら、絵のある本を調べているマルティナを手伝ってもらえるかしら」


「「はーい」」


「ふんっ! 本なんて面倒な物を調べなくても、知っている人を連れてこればいいじゃない!」


 両手を腰に当て、誇らしげに語るクリス。


「クリスには、虫に詳しい知人がいるのかしら?」


「そんな知人いるわけないでしょ! 大々的に募集をかければ、絶対に見つかるんだから!」


「募集をかけるのはいいことね。でも、募集をかけて人が集まりだすのは早くてもひと月。遅ければ半年はかかるでしょ? それだけかけても確実に欲しい情報が得られるとは限らないわ。だから、まずは自分たちの手で調べましょう」


 資金の多くをハイラントの町の開拓に回しているため、なるべく出費を増やしたくはなかった。

 それに、他国、しかも敵国の被害を抑えることが目的になっているため、帝国の資金を使うこと自体がはばかられた。

 そのため、まずは手掛かりだけでも自分たちで調べようと考えたのだ。


「もう、面倒臭いわね!」


 半分ヤケクソで本棚の方へと消えて行った。


(私も、調べましょう。絵のある本の方には三人が行っていることだし、私はエマの見ている歴史関係の本をあたってみましょうか)


 歴史関係の本棚の所に行くと。


「うーん。初代皇帝の息子が、こんな事件を起こしていたとは……」


 帝国についての歴史書に釘付けのエマの姿があった。


(あまり期待できないかしら?)


 ユリィは、歴史書を片っ端から斜め読みして虫の被害らしき事柄が書いてないかを調べる。


「あったわ」


 歴史書の中頃に、虫の被害としての記載を見つけた。


「多くの作物が枯れ、野菜の値段が高騰した。原因はアブラムシが大量発生したこと……。少し違ったわね」


 詳しく読むと、違う虫による被害だった。

 歴史書の多くは、好戦的な帝国の歴史を反映して戦争についてばかり書かれており、農業被害など、内政面での出来事を記載している物は少ない。稀に書いてあっても、それは欲しい情報ではなかった。


「初代皇帝の息子のお抱え画家が、歴史的画家のピカリの絵を偽造して貴族たちに高額で売りさばいた。帝国として売りに出した物だったため、当時は贋作とは認められず、その結果、贋作と本物との区別がつけられなくなり、現代に残るピカリの絵についてはどれが本物か鑑定が困難となっている」


 エマは、初代皇帝の息子がらみのスキャンダル話に夢中だ。

 初代皇帝関係の書物はたくさん存在する。


「偽造で得た金は、帝城の外で秘密裏に女性を養うために使われていた……。初代皇帝の息子は不貞」


 絵画に多大な興味を示し、さらに、パーティでは女性に声をかけまくっているナーティ第二皇子は、初代皇帝の息子の遺伝子を色濃く引き継いでいるのかもしれない。


「エマも、イナーゴについて調べてくれないかしら?」


「初代皇帝は英雄。きっと、イナーゴも退治しているはず!」


 珍しく興奮しているエマに、ユリィはもう、任せるしかない、と思うのだった。


 その頃。一階層上の本棚では。


「幼馴染でいつも傍にいるヒロインの好意に気づかない、冒険者の男。ある日、報奨金に目がくらみ、身の丈に合わない魔物討伐の依頼を受けた」


 ロザリーが恋愛小説に没頭していた。


「結局魔物は倒せず、大怪我をして逃げ帰る。ヒロインに支えられながら。そして怪我が原因で冒険者として働けなくなった男は人生を転落していく。そんな男をヒロインは毎日献身的に支え、男はようやく気がついた。ヒロインを危険な目に遭わせたことに。そしてそんな目に遭わせても尽くしてくれるヒロインこそが、どんな依頼の報奨金よりも価値のあるものだと」


 ペラリ、ペラリとページを進める手が止まらない。


「しかしそのとき、ヒロインは貴族に求婚されて断ることができず、男との関係は断たれる……。生まれ変わったら、きっとまた会える……。ああ、伝説の木の下で繰り広げられる二人のお別れのシーンが、感動的で涙が止まりませんわ。とても切なくて物悲しい物語でしてよ」


 ここで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


「昼休みの調査はここまでね。みんな、講義室に戻りましょう」


 ユリィの呼びかけに、ミーサとトモリンはすぐに集まったが、本に夢中になっている残りのメンバーは予鈴すら耳に入っていない。


「ミーサ、トモリン。悪いけど下の階層のみんなを集めてきて。私は上の階層のロザリーを呼びに行くわ」


「ああ任せろ。みんな、何やってんだ?」


「マンガが見つかったのかな?」


 二人は本棚へと走って行った。


 上の階層で。


「ロザリー、時間よ。講義室に行きましょう」


「ええ? もうそんなお時間ですの?」


 時間を忘れて没頭していたロザリーは、目を丸くして驚く。


「続きは放課後、いいえ、また、明日にしましょう」


「放課後……。皆様は放課後にもここにお集まりになりまして? 羨ましいですわ。わたくしもお父様にお許しを頂いて、明日からは夕方のお迎えを少し遅らせることにしますわ」


 今日は無理だが、明日からなら、放課後に図書室に来ることが出来そうだと考えたロザリー。彼女にとって、ここにいることが至福の時間だったようだ。


 もう一人。クリスも上の階層で恋愛小説に夢中になっていた。題目は「悪役令嬢は、世界一美しい娘を虜にする」だ。


「クリスも、講義室に行くわよ」


「今、いいところなのに~。はっ! か、勘違いしないでよね! 調査に関係がありそうだったから、読んでみただけなんだから!」


 ユリィを見て現実世界に戻るなり、頬を染めて弁解を始めるクリス。


「ええ。クリスの調査には期待しているわ」


「私に任せれば、すぐよ、すぐ!」



 この日以降、図書室での調査が続いた。

 十日程度過ぎた頃。


「帝国歴150年。帝国南部でイナーゴが大量発生。あった。ユリィの所へ持って行こう」


 エマが歴史書の中から、イナーゴの被害の記載を発見した。


「ユリィ! あった! これ」


 歴史書を開いたままユリィに見せる。


「……イナーゴが大量発生! これだわ! エマ、よくやったわ」


 読み進めるユリィ。しかし、原因や対処などの詳細があまり書かれていない。


「エマ。帝国歴150年近辺に帝国で起きたことを全部調べてくれるかしら?」


「わかった。でも、その頃には初代皇帝はもういない。少し退屈」


 初代皇帝関係の話がないとやる気が萎えるエマだった。


「初代皇帝が作った国が150年後にどうなったのか、興味はないかしら?」


「そう考えると、興味がわいてきた。調べてくる」


 エマは本棚の元へと戻って行った。


 一番早く情報を見つけると思っていた図鑑組は、いまだに何も発見してこない。それは……。


「おお! これがカブトムシなのですね! ツノが生えていて闘う意思を感じさせます。虫ながら、あっぱれです」


「こっちのクワガタムシのほうが強そうじゃないか?」


 全然違う虫に夢中だった。


「どっちもカラスが食べちゃうよ? ほらー。虫も食べるって書いてあるよ」


 本棚から鳥の図鑑を取り出すトモリン。

 昆虫に鳥の話が混ざって、収集のつかない状態になっている。イナーゴに辿り着くのはいつのことやら……。


「帝国歴150年近辺に起きたことは、こんな感じ」


 エマが本を抱えて戻ってきた。


「帝国歴149年末から、雨が降らなくなった。帝国歴150年春、水が枯渇し、大地は枯れ野原となる。その結果作物は育たず、大飢饉となる。その夏。久しぶりに雨が降った。枯れた大地から緑が芽吹き始める。人々はこれで作物が育つと安堵した」


(聞いているビノラ王国の状況と似ているわね) 


「しかし、ひと月ほど経つと、どこからともなくイナーゴが大量発生し、育ち始めた作物をすべて食い荒らした。イナーゴは空を埋め尽くすほど飛び交っていた」


 長期にわたる日照り、突然の雨、そしてイナーゴが大量に発生するというサイクルは、ビノラ王国でこれから起こることと一致している。今は日照りの状態だ。


(ビノラ王国で起きたのと同じ現象のようだけど、原因が書いてないわ。どうしてイナーゴが大量発生したのかしら?)


 何冊かその近辺の歴史の本に目を通したが、やはり原因は書いてない。


「姫様、ありましたよ! バッタのイナーゴですよね? ほら、こちらです」


 図鑑組がようやくバッタの生態のページに辿り着いた。いろいろ寄り道したようで、帝国昆虫博士の称号を得られるぐらいに無駄に多くの知識をつけていた。


「バッタ属イナーゴは、主に草原に生息する。クズの葉を好んで食し、草原に生える草ならほぼなんでも食する。小麦の葉を食べて枯らすこともあり、害虫とされている」


 マルティナが説明文を読み上げる。


「産卵期は秋。枯れ草の根元や、刈り取り後の小麦の株の中に、大量の卵を産み付ける」


(大量発生なのだから、卵から孵化したのよね? 卵の場所がわかっただけでも大収穫ね)


 何冊かの昆虫図鑑に目を通すと、そのうちの一冊に興味深い記述があった。


「イナーゴの生態を調べるため、卵の孵化実験を行った。どうやら、単純に季節的に孵化するものではないようだ。卵に水をかけると、数日して孵化する。これはエサとなる植物が雨によって成長することに合わせているのではないかと考察される」


「それよ! それは大きな発見だわ! マルティナ、素晴らしい成果よ!」


 ユリィは机に両手をバーンと突いて立ち上がる。よほど興奮したのだろう。


「姫様のお役に立てることこそが、私の生きがいです!」


「イナーゴは、雨が降れば一斉に孵化する……。それなら、やることは一つね」


 今後の目標が決まった。あとはそれに向けて準備するだけだ。


「ええ? もう終わりですの? 重要な文献は、まだまだたくさんございましてよ?」


「ま、まだ愛する二人の結末まで至っていないんだから! あ、これは調査よ、調査! きっと二人の愛のパワーによって世界が滅亡から救われるに違いないんだから!」


「……。もうしばらく、図書室を利用できるように手配しておくわ」


 二人の熱意に折れたユリィだった。

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