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068話 トモリンの裏技

 ドラゴン連山から帰還し、通常の学園生活に戻ったユリィたち。

 講義室の中では、生徒たちがいろいろな噂話や憶測で盛り上がっている。


「おいおい、聞いたか? ドラゴンの群れが、ドラゴン連山から北へ向かって飛び立つ姿を目撃した奴がいるって話だ」


「ドラゴンの大移動って、聖典にある、人類滅亡の予兆じゃないかしら?」


「恐ろしいわ! 帝都に襲ってきたらどうしましょう?」


「降り立った先は、エムゼト山らしいぞ。帝都からは遠い。帝都を狙うなら、帝都の北のガーゼ山脈に行くのじゃないのか?」


「何のために移動したのかしら? エムゼト山って、イーネグル公国との国境に近い所でしょ?」


「エルフを食べたくなったのではありませんか?」


「ドワーフが採掘した宝石をぶん捕りに行くんだろ?」


 少しの事実をもとに誇大に推測した、根も葉もない噂話が飛び交っている。


「姫様。学園内はドラゴンの話で持ちきりですね」


「ドラゴンは金銀財宝を奪うこともある悪者にして、絶対的強者。恐れるのも無理はないわ」


 そのように言い伝えられているだけで、実は、知っている範囲では、ドラゴンに金銀財宝を奪われたという話は聞かない。


「財宝をしこたま持っていたのは、まあ、そうなんだけど、それほど悪い奴らでもなかったよな?」


「ふん! ドラゴンなんか、私の魔法で焼き尽くしてやるんだから!」


「ドラゴンさん、格好良かったよね!」


 ユリィたちがドラゴン話で盛り上がっていると、遅れてロザリーが講義室に入ってきた。

 互いに挨拶を交わすと、ロザリーが切り出した。


「あら? 皆様もドラゴンの移動とやらを、実際に見られたのですか?」


 アイボリー縦ロールは毎朝セットするのだろうか? 今日もバッチリくるくると巻いている。そして、それをいじいじするトモリン。ロザリーは怒ることはなく、逆に、嬉しそうな顔で微笑んでいる。


 ロザリーは寮生活ではなく、屋敷からの通いだ。

 今回、ユリィたちは休日にドラゴン連山に行ったため、ロザリーはその事実を知らない。なお、ロザリーを誘っていないのは、ロザリーは家庭の方針で休日の外出を禁止されているからだ。


「ドラゴンには、棲み処を移してもらったわ」


「どういうことですの?」


 事実だけを端的に話しても、当然、的を得ないロザリー。


「ドラゴン連山がね、噴火しちゃうんだよ!?」


「噴火? まだそのようなお話は耳にしていませんわ……。流星を予言された全知の皇女殿下でしたわね。噴火は、将来起きることでよろしくて?」


 流星の飛来を予知し、建国300周年記念の舞踏会の日に実際に流星が現れたことで、ユリィのことは「全知の皇女」として帝国中に広まっている。


「ええ。近いうちに起きるわ。噴火によって棲み処を焼かれたドラゴンが、暴れて町を壊すことになるの。それを防ぐために棲み処を移してもらったのよ」


「それは、ドラゴンに会ってお話をされたってことですの? ドラゴンってどのような生物でしたの?」


 見たくても見ることなどできない、ドラゴン。とくに、ロザリーは外出を禁止されていることもあって、外のことに多大な興味を示す。


「おっきくてねー、頑丈なんだよ! それでね、口からぶわああっと炎を吐いたり、空を飛んだりするんだよ!」


 身振り手振りを交えて説明するトモリン。外観的な特徴を抜きにして話したが、ロザリーは楽しそうに聞き入っている。


「戦闘能力は私たち人間の遥か上の存在。それでいて、人とコミュニケーションをとれる知能を持っているわ」


「戦闘能力はって、ドラゴン同士が戦っているのを見たということでして?」


 ユリィがドラゴンと戦う姿なんて想像すらしていない。


「みんなでね! 魔法をぶつけてね、倒したんだよ!」


「はい?」


「建国の四天王の逸話。あれを再現した」


 話の状況を理解できず、きょとんとするロザリーに、エマが捕足した。


「ドラゴンがブレスを吐くと魔法の障壁が弱まり、そのときに四天王が同時に魔法を放ったってお話だったかしら?」


 普段家の中に閉じこもっているロザリーは、よく本を読むので、逸話や伝説などにも詳しい。

 少し思案して、建国の四天王の姿にユリィたちを重ねてみる。


「ちょっと待ってくださいまし! それは、あなたたちがドラゴンと戦ったということではありませんの?」


「私が盾でブレスをしのいでいる間に、みなさんが魔法で仕留めたのですよ」


「私の魔法で、ドラゴンなんて、イチコロだったんだからね!」


「いやあ、ドラゴンの皮膚はとんでもなく硬かったぞ! 大剣を深くまで突き刺した初代皇帝はただ者ではなかったと実感できたな!」


 晴れ晴れしい顔で思い出を語るミーサの肩を、ロザリーが揺さぶる。


「それは歴史に残る大事件でしてよ! もっと詳しくお聞かせくださいまし」


 乞われるまま、戦闘の詳細や長老の棲み処など、いろいろ針小棒大に話が進む。残念ながらすべてを話しきる前に授業が始まり、続きは昼休みへと持ち越しとなった。



 昼休み。


「ドラゴンを屈服させ、エムゼト山に、ドラゴンを移住させたってことですのね?」


「ドラゴンの長老を始めとして、ドラゴン族がまとめてトモリンに服従したことは確かだったな」


「ちゃんと引っ越してくれたよ?」


 ロザリーは、縦ロールをいじいじするトモリンを冷淡にあしらわなくて良かった、と思い直す。トモリンの機嫌を損ねたら、ドラゴンの群れが襲ってくるかもしれない。


「合点がいきましたわ。エムゼト山の周辺はわたくしの家の領地でしてよ。そこで、数か月前から急に、冒険者ギルドが魔物狩りを重点的に行い始めたと聞いたのですが、このためだったのですわね」


 東にクリスのマギアード家があれば、西にロザリーのスプリンター家がある。両家が国境近くを治めることで、帝国は安定している。


 ユリィは以前からドラゴンをエムゼト山に移住させる計画をもっていて、エムゼト山周辺への軍隊の派遣や冒険者による魔物狩りを進めていた。


「ロザリーの家にはなるべく負担がかからないように手配したけど、それでも周辺の住民が混乱しているかもしれないわ」


「大丈夫だよ! ドラゴンさん、暴れないって約束してくれたから!」


「ドラゴンが約束……。全知の皇女殿下のお名前をお借りすれば、住民は納得し、混乱はすぐに収まることでしてよ。今夜にでも、領地にご連絡するよう、お父様にお頼みしてみますわ」


 エムゼト山は帝国の北西部にあるのだが、そんな遠くにまで、「流星の飛来を予言した全知の皇女」の話が広まっているらしい。

 ロザリーの父は基本的に帝都の屋敷に住んでおり、親族がエムゼト山に近い町や村の代官をしている。そこにユリィの名を借りて連絡を入れるのだ。


「ええ。うまく取り計らってくれると助かるわ」


 もう、「全知の皇女」と呼ばれることに慣れてしまったユリィ。否定するのを諦めたと言うほうが正しいのかもしれないが。



 放課後。

 ロザリーはユリィからの依頼状を持って馬車で帰宅して行く。


「今日は、何を作るんだ?」


 ミーサたちは、三階にある実験室に集まっていた。


「ドラゴンの素材を手に入れたから、錬金して新しい魔道具を作る」


 ドラゴン連山では、その道中の森も含め、いろいろ素材を採取できた。


「ま、まさか、ドラゴンの涙を使ってしまうのか!?」


(得体のしれない魔道具にするくらいなら、私にくれ!)


 力の入ったその形相に、心の声が、なぜか沁み出ているミーサ。


「ん? ドラゴンの涙を使うレシピは、トモリンが暗い部屋で聖杯を手にしたときに突然頭の中に入ってきたもの。まだ素材が全然揃ってない。だから今日は使わない」


「今日は使わない……。いずれ使うのか……」


(くれ! 私にくれ!)


「ドラゴンの涙は、世界に数個しか流通していない幻の宝石よ? 錬金に使うなんて、あんた、アホなの?」


「ウイングブーツは、至高の一品でした。私は新しい魔道具に期待しますよ!」


「そうね。ウイングブーツは画期的だったわ。私たちの戦闘能力が何倍にもなったのだから」


「跳ねたり、滑ったりできて、楽しいよね!」


 新しい魔道具に期待を寄せる三人。

 ミーサだけが、何かを念じるような顔になっている。実際、両手を動かして呪術を発動しているようにも見える。


「錬金開始。森で採取したジレンの実、スイの葉を最初に入れて、一度混ぜる」


 エマはトレイに素材を並べ、錬金皿に入れ始めた。

 順次、錬金棒をクルクルと捏ねるように回す。


「次に南ドラゴン山で拾った磁鉄鉱と黒っぽい石を入れる」


 素材の分量は、あらかじめ調整済みだ。


「最後に、ドラゴンのまつ毛を入れる。これが鼻毛だったら、失敗する」


「まじか! まつ毛か鼻毛かなんて、わかんないぞ?」


 やや湾曲した、しなる黒い物体を錬金皿に入れ、混ぜ合わせる。

 すると。


 ぽんっ!


「できた。硬めの物体は、まつ毛で間違いない」


 硬めの黒い毛を残し、テーブルの上に同時に並べてあった柔らかめの黒い毛をポーチに仕舞うエマ。


「それで、何ができたのかしら?」


 錬金皿の上に浮かぶ物体。白い台座に四本のアンテナのような物が立っている。


「これは、遮音の魔道具。これを起動すると、話し声が外に漏れなくなる」


「話し声だけですか? まさか、足音も消せるようになったりはしないでしょうね?」


 マルティナがその汎用性に関心を向ける。


「持って歩くか、指定した場所であれば、できる。音だけが消える。姿は消えない」


「それはトンデモ効果ですね。この魔道具を使って背後から忍び寄られたら、不意打ちを防げません。私は、どうやって姫様を守れば……」


「あんたたち、アホなの? 接近しなくても、離れた位置でそれを使って魔法を詠唱すれば、気づかれずに魔法を発動できるんだから!」


「どっちも、背後限定だけどな!」


 ただす、魔法の場合は詠唱を隠しても、発動後に飛翔音があるから、気づかれる可能性は排除できない。


「今回も素晴らしい魔道具を錬金できたようね」


 上級錬金だ。そこらの魔道具屋では扱っていない非常に貴重な品が出来たのだ。


「でも、これには裏技がある」


「裏技!? まだ何かできるのか?」


「まだ機能があるなんて、恐ろしいですね」


「ん? 遮音の魔道具そのものじゃない。もう一個作るときの裏技」


「作成方法にまで秘密があるのですね!」


 マルティナは目を輝かせ、興味を掻き立てられている。


「もう一個作る。トモリン、手伝って!」


「エマちゃん、もう疲れたんだね! わかったよ! 私が混ぜてあげるよ!」


 ここで、ピーンときたミーサだったが、あえて黙って様子を見ている。


「ジレンの実、スイの葉を入れて……」

「まーぜ、まーぜ」


「磁鉄鉱と黒っぽい石を入れて……」

「まーぜ、まーぜ」


「最後にドラゴンのまつ毛を入れて」

「まーぜ、まーぜ」


 二人で錬金棒を握って混ぜ合わせる。

 すると。


 ポン!

 黒い台座に四本のアンテナが立っている魔道具が生成された。


「何かできたよ?」


「色が違うわ」


 先ほどの遮音の魔道具は白かったが、姿形はそっくりで、色だけが違う。


「うん。これは盗聴の魔道具。離れた位置の声を拾ってくる」


「今度は音が集まるのですね」


「トモリンが作ると、真逆の魔道具が出来るからな……」


 以前、ポーションを生成しようとしてポイズン(毒)を生成し、また、穴を掘るディグショットを生成しようとして土を盛るランドショットを生成している。

 もう、トモリンにしかできない裏技だ!


 物理現象的には、盗聴は拡声の反対の作用のように思えるけれど、魔道具的には、盗聴は遮音の反対の作用となるらしい。

 もしかしたら、拡声の魔道具の素材をトモリンがまぜまぜしたら、もう少し機能の劣る盗聴の魔道具ができるのかもしれない。それは集音の魔道具とも言える。

 今回生成したのはエリア指定のできる「高性能な」盗聴の魔道具だ。集音とは根本的に構成が違うのだろう。


「画期的な魔道具で今は使い道が思いつかないけれど、帝国の滅亡を防ぐため、きっと役に立つ時が来るでしょう」


「備えあれば憂いなし。持っているだけで、できることが増える」


「そうですよね。行動の選択肢が増えれば、未来もそれだけ明るくできるのです! みんなで使い道を考えましょう」


 皆で頷きあう。


「で、ドラゴンのウロコは使わないのか?」


「ウロコを使うには、まだ他の素材が揃っていない」


「ウロコは武具にしませんか?」


 マルティナが、ここぞとばかりに声を挟む。


「たくさん拾ったから、それもいい」


「わーい!」


 ポーチから取り出したドラゴンのウロコを、フライングディスクのように投げて遊ぶトモリン。


「うわっ! こんな所で投げるな!」


 体をひねって跳び上がり、難しい姿勢でキャッチするミーサ。

 この部屋に並んでいる錬金皿などが、とんでもない惨事になるところだった。


「ドラゴンのウロコを武具にできるような職人は帝国にはいないわ。帝国の滅亡を防いだあとで、イーネグル公国に行く機会があれば、そこで一流の職人を探して頼んでみましょう」


 人族では、まずまともに鍛錬できない。そのためイーネグル公国のドワーフに頼ることになるが、とくに伝手はない。

 ドワーフであっても誰でもが扱えるわけではなく、ドワーフの中でも一流の鍛冶の腕を持つ者だけが、ドラゴンの素材を武具にできる。

 だから、そのような者と知己になるには時間が必要となる。


「そうですね。まずは帝国の滅亡を阻止しないといけませんよね!」


 帝国の滅亡を阻止しようと心を新たにする一行。決して武具に釣られたわけではない。決して。

なっしんぐ☆です。

「フリス○ー」を「フライングディスク」に書き換えました。

「フ○スビー」は商標名だったとは知りませんでした……。

本作では出てくる予定はありませんが、

「オセ○」=「リバーシ」のようなものですね。

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