067話 ドラゴンを統べる者
トモリンは杯を手に、真っ暗な空間から出た。
『おおお! それは! 聖なる杯では!?』
あまりの衝撃でしばらく意識が飛んでいた長老が、再び大きく驚く。
「聖なる杯って、何なの?」
純朴な顔で尋ねるトモリン。
電波を受けたり飛ばしたりする物体にしか見えないからだ。
『それはドラゴン族を統べる者だけが使用できる物。我らドラゴン族は、聖杯を持つ者を守り、その命令に従い、手助けをすることが使命とされておるのじゃ』
「へー、そうなんだ。ドラゴンさんに命令できるの? それじゃあ試してみてもいいよね? この部屋めっちゃ広いから、ここで話をしても、みんなちょっと遠いんだよね。だから、ドラゴンさん、こっちに来て!」
すると、この部屋にいたドラゴンが一斉にトモリンの前に集まりだした。
そして少しの時間をおいて、外から次々とドラゴンが洞窟に入ってきて、ぎゅうぎゅう詰め状態でトモリンの前に並んだ。
「この部屋にいたドラゴンさんに言ったつもりだったけど……」
あまりにもたくさんのドラゴンが集まったので、ビックリして座り込むトモリン。
『ドラゴンさん、と命令を出したからじゃろう。命令の届く範囲にいたドラゴン族が全員集まったという訳じゃ。強く発しておれば、もっとたくさん集まったことじゃろうなあ』
今回、軽い気持ちで試しに命令を発したので、遠くまでは飛ばなかったようだ。意識を込めると、遠くまで届くらしい。
「それは困るぞ? 頼み事があっても、こんなにたくさんで来てもらったら、えらいことになる」
『うーむ。それなら、名前で呼ぶのがよいじゃろう。ワシのことは長老でもゴルビーでもどっちでも大丈夫じゃろうて。我らの戦士を紹介しよう。ゲーワイト、グレッド、ガンデルじゃ』
白いドラゴンのゲーワイト、赤いドラゴンのグレッド、青いドラゴンのガンデル。最初から洞窟の中にいたメンバーだ。
「うーんと……。最初からこの部屋にいたドラゴンさん以外は、元の場所に戻って!」
トモリンが指示を出すと、ぎゅうぎゅう状態のドラゴンたちが洞窟から外に出始める。
(ドラゴンを統べる者……。まさか、トモリンが……。帝国を滅亡させるのは、あなた!?)
あれだけの数のドラゴンに命令を出せるトモリン。
実際は帝都を襲ったのは三体だけだったが、帝都を落とすにはそれで十分だった。しかも、体色まで一致している。
前の世界線における、帝国滅亡の実行犯がここにいる。
(それにしても、トモリンはどうやってここに来たのかしら? それとも、別人だったのかしら? でも、そうするとドラゴンを統べる者が二人いることになるし……)
トモリンは山の民として狩猟生活をしていた。それがドラゴン連山に出向き、さらに聖ファサラン国の軍に紛れ込むなど、ユリィの考えの範疇を超えていた。
(もし、以前の体験でトモリンが帝国と敵対していたのだとしても、この世界では私の友達であり、帝国の味方。これ以上心強い仲間はいないわ)
若干心配なことは否めないが、トモリンは味方だと割り切るユリィ。
『ドラゴン族に伝わる言い伝え。それはドラゴンを統べる者、聖杯を手にする者が現れるのを待つことじゃった。聖杯を持つ者が現れた今、我々ドラゴン族は全力でお主をサポートするであろう。……ところで、お主の名前は?』
「私? 私はトモリンだよ!」
『トモリン殿。言い伝えは満たされた。山を下り、有事の際にはここにいる戦士たちを呼び寄せるがよかろう』
「ありがとー! 頼りにしちゃうよ!」
「長老、ちょっと待って。大事な話の途中よ」
『はて……。大事な話?』
「ドラゴン連山が噴火する話よ。もうそれほど時間がないわ。すぐにでも移住をして欲しいの」
『ああ、そうじゃったそうじゃった。地震など、我らにしてみれば木の葉が揺れるようなものじゃてのお。あまり気にしておらぬが』
「ユリィちゃんの言う通りなんだよ! ここは噴火するの! だから、避難しないといけないんだよ!」
『ドラゴンを統べる者の命であれば、従うしかあるまいのお』
「移住してくれるのね?」
「移住だよ、移住!」
『もちろん、従う。だが、我らは巨体ゆえに、新たな棲み処を作るにしても、下界では大ごとになろう。それでも良いのだな?』
長老はそれまで低くしていた鎌首を上げ、その大きさをわかりやすく体現して見せる。
「それは、もう準備してあるから大丈夫よ。北にあるエムゼト山をドラゴン族の避難場所として確保してあるわ」
オイゲン宰相を動かして、エムゼト山周辺には治安確保のため部隊を派遣してある。突然ドラゴンが大挙して移住するのだ。事前にいろいろ根回ししておかないと、大変なことになる。
例えば、冒険者ギルドには、エムゼト山やその周囲の森から出てくる魔物を重点的に退治するよう依頼を入れてある。これは、ドラゴンという強者が棲み着くことで、これまでそこに君臨していた魔物が恐れて周辺に逃げ出すことが予想されるからだ。
『なぜ、そこまでして我らに取り計らうのじゃ?』
長老の頭が傾いた。
「それは、噴火で棲み処を焼かれると、ドラゴンは怒り狂い、理性を失って人族の町を破壊するからよ」
前の世界線では、町が瓦礫と化したと聞いている。
『納得がいった。移住を始めるとするかのお』
「噴火するのは南ドラゴン山。そこに棲む者を中心として指示を出すといいわ」
噴火するのは南ドラゴン山であり、火砕流は南東に向かって流れ出る。噴石は周辺に飛び交うことになるが、北ドラゴン山の北西側の斜面は、おそらく、噴火の影響はそれほど受けないだろう。
『この山じゃな。ここも崩れるかもしれぬな。人族よ、そしてドラゴンを統べる者よ。我らはエムゼト山で新たな棲み処を作る。人族の町は破壊しないことを約束しよう』
「ありがとう。速やかな移住を期待するわ」
交渉が成立したことで、ユリィは一礼し、踵を返す。
「ユリィちゃん、用事は済んだの?」
「ええ。目的は達成したわ」
「ウロコも謎の毛もたくさん拾った。もう、ここに用はない」
「姫様。早く安全な帝都に帰りましょう」
ずっとユリィの隣に立って盾を手にしていたマルティナ。洞窟の外には数えきれない数のドラゴンがいる。本当にドラゴン全員が好意的に接してくれるのかと疑問を持っている。
「少し、この辺りを観光していきたい気分でもあるけど、引っ越し準備で忙しくなるだろうしな」
今、ドラゴンの領域の奥深くにいる。こんなことは、もう二度とできない経験だろう。
「え! 見たい見たい! ドラゴンさんの棲み処を見学したい!」
『ドラゴンを統べる者が見たいのであれば、好きにするがよかろう。聖杯を持つ者に、誰も危害を加えたりはせぬ』
「それなら、少し、見学していきましょうか」
「姫様が見学されるのでしたら、私がお守りします」
洞窟を出る一行。
『オレがついていってやる』
青いドラゴンのガンデルが、後ろについてきた。
「あの洞窟から!」
少しゴツゴツした山肌を歩いて行くと、トモリンは洞窟を発見し、指差した。
『洞窟じゃなくて、オレたちドラゴンが自力で掘ったねぐらだぞ? 長老の所だけ、特別だがな!』
一行は斜面を駆け上がる。ガンデルは羽ばたいて洞窟の高さまで浮遊する。
「真っ暗。何も見えない」
「姫様、私の後ろへ。これでは何が出てくるかわかりません」
ドラゴンのねぐらに入って行くと、中は真っ暗で、何も見えない。
「ドラゴンは夜目が利くのかしら?」
『夜目が利くんじゃなくて、魔法で見ているんだぜ。魔法を発動させなきゃ真っ暗さ』
「ガンデルさんだけ、見えてるの?」
『おっと。明るくしてやるよ』
ガンデルが右腕を払うように振ると、前方が明るくなった。
「わあ! 明るくなった!」
『どうだ? 少しは見直しただろ? オレは弱いドラゴンじゃないんだぜ?』
明かりを発動できることはドラゴンの強い弱いとは直接関係のないことではあるが、ガンデルが自己満足しているようだから、ミーサはあえて黙っていた。
ねぐらの奥には、一体ドラゴンがいて、引っ越し作業をしているように見える。
「長老の棲み処から真っ直ぐに来たけど、もう、移転の指示が伝わっているのね?」
「きっと姫様の透き通るお声が、ここまで届いたのでしょう」
「あー、やだやだ、地獄耳よね! 盗み聞きとか、趣味が悪いわね!」
両腕を抱くようにして嫌悪感を露わにするクリス。
『おい、そこの人族! 黙って聞いてりゃ、ひでーな、おい』
ガンデルはギロリとクリスを睨んだ。
「ひえ! だ、だ、だ、ダメだからね! 私なんか食べてもおいしくないんだから!」
ビビリのクリスだった。
『骨と皮しかねーヤツなんか、食わねえよ!』
いろいろ痩せているクリスは、ドラゴン的にはおいしくないらしい。
『それよりも、だ。指示が伝わっているのは、この念話のおかげさ。今も念話で話しているだろ? これは対象を指定できるんだぜ』
「これは念話だったのですね」
『ココナも、いつも念話で話しているコン』
しみじみと感じ取っているマルティナに、ココナが寂しそうに付け加えた。
「そうでした。ココナ。あなたも念話でしたね」
『思い出してくれれば、いいんだコン』
ちょっと機嫌が戻ったココナだった。
「それで、その念話で、長老が指示を出したのかしら?」
『そうさ。少し前、ドラゴン族全体を対象にして長老から指示があった。移転の対象者は、南ドラゴン山に棲む者は全員で、北ドラゴン山に棲む者は南側の斜面に棲み処がある者、だったな』
「おい、あれは、お宝の山じゃないのか?」
「宝石が、いっぱいある」
「宝石!? どこよ!? あ、あった! ここに置いていくのなら、全部私がもらってあげるわ!」
歩いて進んで行くと、最奥部には、キラキラ輝く金貨や宝石が山積みになっていた。
それに少しだけ興味を持ったエマと、多大な興味を示したクリス。そして、財宝の山の中に宝剣がないかとキョロキョロ首を動かして探すミーサ。
『安心しろ。オレたちドラゴンは光り輝く物を集めるのが趣味なのだ。だから、残さず全部持って行く』
「あんたみたいな大きな手で握っても、その辺に落とすでしょ? それなら、私がもらってあげるわ! 早く渡しなさい!」
クリスは左手を腰に当て、右手を差し出している。
『ドラゴンの魔法の力を、舐めてもらっては困るな。この大きな手や足でも、吸引して落とさず掴むことができるんだぜ』
「それなら、長老の部屋の隅にウロコが落ちていたことと、つじつまが合わない。吸引して拾えば掃除できる」
「そうだぞ。火炎で燃やし、風で飛ばすとか言っていたけど、掴めばいいじゃん」
『ゴミと宝石は別物さ。いちいちゴミなんて拾わないぜ? ブレスや火炎で燃やせばすぐ消せるからな』
根本的な考え方が、人間と異なっている。
「ダメだよ! ゴミは分別して捨てないと。なんでも燃やしたらいけないんだよ?」
「なんでも燃えるのなら、それでいいじゃん?」
ここは環境汚染とか、そういう知識のない世界ではあるが、ドラゴンが燃やすゴミの量などたかがしれている。環境負荷になるほどの量ではない。それに、有害な化学物質が発生するわけでもない。
「生ゴミとか、鉄製品とか、ちゃんと分別しないと、だよ!」
『食い残した魔物の死体か? それは残しておくとへんな病気になるからすぐに燃やすぞ? それと鉄くず? 鉄くずは全力の火炎を浴びせれば消えてなくなるからな』
魔法で生成する火炎は鉄を気化する温度に達するらしい。摂氏二千度以上だ……。まさに、まともに浴びれば、骨すら残らない地獄の火炎だ。
「どんだけ凄い火炎なんだよ!」
ビシッとガンデルの腹に渾身のチョップを入れ、「痛っ」と手を抱え込むミーサ。ドラゴンの腹は硬かった!
『今、引っ越し作業している奴が、物乞いの人族に、なんかくれてやるって言っているぜ? もらってきたらどうだ?』
「も、物乞いですって!? このクリスティーネ様を侮辱するにも……」
『いらねえのか?』
「い、いるに決まっているでしょ! もらってあげるんだから、早く渡しなさいよ!」
サササっと、作業しているドラゴンの元に速足で行くクリスとエマ。それと、もしかしたら宝剣をくれるかもと、淡い期待をもったミーサがその後を追う。
ドラゴンはその大きな手の先に、小さな雫状の宝石を摘まんでいる。これが、吸引の効果だろうか?
それを器用に、クリスとエマに一個ずつ渡す。
『それは卵を産む際に目から出たマナが固まった物だ。人族はドラゴンの涙と呼んでいるらしいな。人族にとっては宝石なんだろ? オレたちから見ればゴミだけどな』
「頂くわ! 捨てるのもったいないでしょ? だからもらってあげるだけなんだから! 勘違いしないでよね!」
「ボクも凄くうれしい。上級錬金の素材になる」
クリスの手の中では、透き通るような透明感があり、それでいて虹色の光を放つ宝石が輝いている。
(あれを売れば、ミスリルの剣、いや、国宝級の剣を買えるぞ!)
正確な価値は知らないけれど、珍しい宝石だ。きっと高く売れるに違いないと踏んだミーサ。
「わ、私にはくれないのか?」
手を伸ばして待っている。
『ドラゴンの目は二つだけだ。だから二個しかできない。それが今回、たまたま残っていただけで、通常はすぐに燃やしてしまう物だからな。探しても、もうないぞ』
「ガビーン」
どこぞのオッサンのような声を上げて石化するミーサ。
一行は思わぬ手土産を得た。




