061話 【前の世界線】運命の舞踏会
帝国歴301年12月末。
今、エイクス帝国の帝都にあるベシーク城では、毎年恒例の舞踏会が開かれている。
和やかな雰囲気で立食形式の晩餐を楽しむ者。貴族同士で歓談する者。ワイングラスを片手に夜空を見上げる者。多くの貴族が会場にいる。
中央では、艶やかな衣装に身を包み、奏でられる演奏に合わせて、貴族たちが優雅に踊っている。
会場奥の、やや高くなっている場所にはテイン皇帝が座り、ひっきりなしに挨拶に来る貴族と歓談をしている。
テイン皇帝の隣には皇妃と煌びやかな衣装を着たユリィが座り、踊りを眺めている。
サンテン第一皇子とナーティ第二皇子は、それぞれどこかの令嬢とダンスを踊っていてここにはいない。
サンテン皇子とクリスティーネとの婚約は、父ローラントのマギアード家の没落により解消され、多くの貴族が娘をサンテン皇子の婚約者にしようと差し向けていた。
一方、ナーティ皇子はまだ婚約者は決まっておらず、持ち前のプレイボーイっぷりをいかんなく発揮し、自ら多くの令嬢たちに声をかけている。
「テイン皇帝陛下におかれましては、ご健勝でなによりです。我々臣下と致しましては、近年は体を動かすことも少なくなりまして、軍馬も農耕馬のようにおとなしくしております」
「軍馬がおとなしければ、さぞや調教もやりやすかろう?」
口ひげがカールしている貴族が、いやらしい顔つきで皇帝に話しかけ、軽くあしらわれている。
ここ近年は国境付近での小競り合いもなく、平和な時が続いている。
帝国は元来好戦的な国家で、隣接国はすべて敵対関係にあり、唯一、宗教国家である聖ファサラン国だけが中立関係にある。
テイン皇帝はそんな好戦的な歴代皇帝の中では珍しく、穏健派であった。
「それでですな。私の夢の中に我が家の馬が現れ、平原を駆け抜けたいと申しておりました。そして皇子殿下の馬も現れ、同じようなことを申しておりました」
「馬の夢は吉夢であろう。皇子たちの馬が現れたのであれば、馬が疾走するかのごとく帝国が目まぐるしく発展する吉兆とも言えよう」
「そうですそうです。そろそろ両皇子殿下に、何かしらの箔をお付けになられてはいかがかとの、天からのお告げに違いありません。さすれば、両皇子殿下はより一層輝かれること間違いなしでございましょう」
ニヤリと口端を上げ、遠回しに戦争がしたいと告げる。
「昨年は、女神様が流星を用意して帝国の建国300周年を祝うという目出度いサプライズがあり僥倖であった。今宵はさて、女神様は何を用意してくれるであろうか?」
テイン皇帝としては、他国に戦争を仕掛けようとは思っていない。もちろん、各地の災害で身動きがとれない者のことを考慮している。
「お父様。流星は決して目出度い物ではなかったわ。疫病が発生し、多くの民が失われたと聞いているもの」
ユリィの元には、帝国内で起きた出来事について、ある程度の情報が報告書として上がってくる。
まだ学園の生徒の身分であり、帝国の政治になじんでいないユリィにとっては、民が失われることは良いことだとは思っていなかった。
「女神様に祝福されたのだ。かの地は、いずれ繁栄を極めることであろう」
領地に流星が降るなど、奇跡に近い出来事なのだ。
テイン皇帝としては、民の損失以上の名誉が、女神によってローラントに与えられたと考えている。いや、そう考えざるを得ない状況になっている。手元に上がってくる調査報告書において、既にそのように前向きな記述がなされているのだ。
そのため、国家元首として、公の面前で後ろ向きなことは言えない。自身の考えを矯正することも、多々あるのだ。
「災い転じてなんとやらでございますな。ローラント卿は、今後、女神様から流星の祝福を頂いた伝説の人として、不死鳥のように返り咲くことでしょうなあ」
この貴族は実際に現地を見たわけでもなく、詳細な情報を掴んでいるわけでもない。
だから、単に他人の領地で起きた「珍しい出来事」であって、気の毒にさえ思っていない。
ここで「災い」とは民の損失ではなく、修復のための支出である。当然ながら、その根底には民を蔑ろにする考えがある。
「臣下のローラント卿が祝福されたということは、皇帝陛下が祝福をお受けになられたも同然……」
歓談しながらも、テイン皇帝の目には、踊る貴族たちの姿が映っている。
そのうちの一組が、踊りながら会場の中央奥、テイン皇帝の前に接近してきていた。
他に踊っている何組かと交差し、その者は見えたり隠れたりしている。
再び視界に入ったとき。
突然その背後に帽子をかぶった男が現れ、
バシュッ!
何かを構えてテイン皇帝を撃ち抜いた。
「皇帝陛下!」
「キャー!」
「お父様!?」
テイン皇帝は、血の流れ出る胸を押さえ、椅子からずり落ちる。
「皇帝陛下が狙われた! 刺客を捕らえろ!」
会場中が騒然となる。
刺客は、周囲の貴族たちを殴ったり体当たりして、ベランダめがけて突進している。
「曲者め! 逃がすか!」
サンテン皇子が刺客を追いかける。が、周囲にたくさんいる貴族が邪魔で追いつけない。
「人が多くて、魔法を撃つこともできないですね」
ナーティ皇子は状況を見て、端から追いかけることも魔法で追撃を与えることも諦めていた。
刺客が勢いよく貴族に体当たりしたとき。
その衝撃で、帽子が落ちた。
「耳!? 獣人だ! 獣人だぞ!」
「おい、あの耳元の模様! あれは、シレッド獣国の獣王の一族のものでは!?」
獣王の一族には、耳元の毛並みに「★」の模様がある。今の刺客の耳に、それらしき模様が見えた。
刺客は両腕で顔面を覆い、体を丸めて大きなガラス扉を突き破り、先にあるベランダから飛び降りて闇へと消えた。
「お父様、お気をしっかり!」
ユリィと皇妃が、口から血を流して倒れるテイン皇帝を支える。
「早く回復魔法士を呼べ!」
「この中に回復魔法を使える者はいないのか!?」
皇帝近衛騎士が大声で叫ぶ。
会場には数人、回復魔法を使える者がいて回復を試みるが、急所を狙われたようで、回復の兆しは見えない。
「……ユリィ」
テイン皇帝の手が宙を彷徨う。視点は定まっていない。
「お父様!」
その手をユリィがしっかりと握り締める。
すると、安心するかのように、テイン皇帝から全身の力が抜けた。
「お父様……」
ユリィは大粒の涙を流し、テイン皇帝の手をそっと床へと下ろす。
「父上!」
「父さん!」
両皇子がテイン皇帝の元へと駆け寄り、膝を落とす。
ユリィは、瞳から溢れる涙をハンカチで拭いながら、ゆっくりと首を左右に振る。
「そんな! 父上! 嘘だろ!」
「父さん! 目を覚ましてよ!」
悲痛な叫び声が木霊する。
それからテイン皇帝は医務室へと運ばれたが、既に息を引き取っていた。
悲痛な想いのまま、皇族、将軍、上級貴族たちが大会議室に集まる。
議題は、皇帝の葬儀と、その後についてだ。
葬儀については国葬ということですぐにまとまった。あとは文官たちに任せておけば滞りなく段取りは進む。
「皇帝陛下を討った刺客は、シレッド獣国の獣王の一族。すぐにもシレッド獣国に大軍を向かわせましょう!」
「そうだ! 今すぐ開戦だ! 天におわす皇帝陛下もそれをお望みだ!」
その後のことについては、好戦的な気質の帝国貴族たちにより、「シレッド獣国に戦争を仕掛ける」ことまではすぐに決まった。
「父上の仇討ちだ! 先陣は第一皇子であるこのサンテンが担う! 皆の者、出陣の用意だ!」
「サンテン皇子殿下、お待ちください! 弔い戦の先頭に立つということは、皇帝陛下の意思を継ぐ者でなければなりません。今一度、皆の考えをお確かめください」
上級貴族の一人が意見を述べた。
「なんだと? 異論のある者がいるのか!?」
サンテン皇子は会議室に並ぶ面々を舐めるように見回す。
「恐れながら申し上げます。亡き皇帝陛下の意思を引き継ぐのは、皇妃様の長子たるナーティ第二皇子殿下が妥当かと存じます」
「次期皇帝になられるのはナーティ皇子殿下こそ相応しい!」
「いや、古今東西、長子たる者が国家元首を継承するのが慣わし。それを覆し第二子が継承するなど、諸外国からの笑われ者になりましょうぞ! よって次期皇帝陛下はサンテン第一皇子に限りまする!」
「第一皇子だ!」
「いや、第二皇子だ!」
第一皇子が側室の子供だったことから、後継者には皇妃の子供である第二皇子が相応しいという意見があり、場は紛糾する。
もともと帝国には第一皇子派、第二皇子派の派閥があり、自らが推す皇子を皇帝にすることによって、自らの将来の利権を確保しようとしているのだ。もちろん、日和見の者もいる。
もしも、皇帝が後継者を指名していたなら、このような事態にはならなかっただろう。代々、皇帝が後継者を指名するのが慣わしだったから。
白熱した議論は夜が明けるまで続き、
「まとまらないので多数決で執り行うこととする」
オイゲン宰相が場をまとめようとした。
「宰相! これから我々が行うのは戦争だ! 帝国の力をみせる戦いなのだ! それをこのような机上の多数決で決定しようとは笑止!」
「ぶつかり合って、力のあるほうが、戦争で先頭に立つ。それこそが、帝国魂に則ったやり方ではないか!」
「力ある者こそ、帝国の皇帝陛下に相応しい!」
「フォルスタット平原で、力比べだ!」
「第一皇子派になぞ、負けてたまるか!」
「第二皇子派など、小指一本で十分ですぞ!」
結局、好戦的な帝国貴族たちは、国葬の後、互いに武をもってぶつかり合うことで後継者を決めることにした。
「ナーティよ。力を見せ合おうではないか!」
「サンテン兄さん、お手柔らかにお願いします。僕は剣術では兄さんに敵いません。だけど、用兵なら兄さんに負けないつもりです!」
互いに仲が良い兄弟なのだが、その配下の貴族たちが反目し合っていて、最終的に皇子同士も争うことで合意した。
数日後。
大々的な国葬が執り行われ、それが終わると、貴族たち、とりわけ将軍職の者たちはすぐに軍備に取り掛かった。
帝都マドーズの南に広がるフォルスタット平原に両皇子の軍が布陣を始める。
両軍は帝都の南門へと通じる街道を境として、対峙している。
東には第二皇子派。腕に青い布を巻いている。西には第一皇子派。腕に赤い布を巻いている。
東西に分かれているのは、各派閥の領地の関係でもあった。ただ、東に領地があるにも関わらず、その実力を買われて第一皇子派に引き込まれたローラントは、没落してここにはいない。少々第一皇子派には不利な状況だった。
「サンテン皇子。ローラント卿が欠けても、私がおります。兵数の差など、私がすぐに逆転してみせましょうぞ!」
「ダビデ将軍。ローラント卿は魔法に長ける将。その穴を埋めるのは難しいぞ。それに、向こうにはシディ将軍がいる。それを抑え込んで初めて勝機が訪れると言うもの」
魔法の使えない、筋骨隆々のダビデ将軍は、老練なシディ将軍の後釜として有力視されている武将だ。
「私もいる! 第二皇子軍など、蹴散らしてやる!」
緑髪のボブカットに、白いバンダナを巻くエルフリーデ将軍。こちらは槍術と騎兵突撃に優れた将軍で、若い女性だ。
「開戦の時間だ。火球を放て!」
両軍から火球が空高く打ち上げられると、それを合図に戦闘が開始となった。
開戦まもなくから、第一皇子軍が優勢に部隊を押し上げ続ける。
「第二皇子軍など、ひ弱な集団! 私と対等に戦える者はいないのか!」
エルフリーデ将軍が馬上から槍を振り回し、第二皇子軍をどんどん後退させて行く。
「押せ、押せ! ここを崩せば本陣は目の前だぞ!」
ダビデ将軍が剣を振るって攻勢を強める。
「今は耐える時です。隊列を崩さないように注意してください」
ナーティ第二皇子は隊列の維持を優先し、消極的に戦う。
第一皇子軍は真っ向勝負を挑んだ。それに対し、第二皇子軍は後退しつつ矢を射かける作戦をとっていた。
「ナーティよ! 後ろに下がるとは卑怯だぞ! 正々堂々ぶつかり合おう!」
「兄さんとまともにぶつかり合うなんて、できるわけありませんよ。それよりもいいのですか? こんなに深くまで突出して?」
ダビデ将軍とエルフリーデ将軍の突破力、それとサンテン皇子の剣技。第一皇子軍は力任せに進軍している。
「若い者が、ワシを忘れてもらっては困るのう」
「シ、シディ将軍! いつからそこに!」
エルフリーデ将軍が、白髪を後ろに縛り上げた老将シディ将軍の姿を確認したときには既に、剣が振り上げられ、そこから目にもとまらぬ速さで振り下ろされていた。
「うわあ!」
構え直す槍も間に合わず、エルフリーデ将軍が落馬する。
「安心いたせ。平打ちじゃ。まだまだ若い者には負けませぬぞ!」
「エルフリーデ将軍を討ち取ったぞ! 押し返せ!」
第二皇子軍が後退から前進へと転進する。
「……フレイムランス!」
「カルラ将軍まで! 一体どこから!? ぐはっ!」
火槍を脇腹に受け、ダビデ将軍が落馬した。
「威力は落としてある。すぐに治療すれば治るでしょう」
赤い長髪のカルラ将軍は第二皇子派の、魔法に長けた女性だ。
「ダビデ将軍がやられたぞー!」
最大の戦力を失い、浮足立つ第一皇子軍。
「誘い込んで、主力の将軍を倒す作戦だったのか!」
悔しそうな顔で、ナーティ皇子を睨みつけるサンテン皇子。
「兄さん、今さら気づいても遅いですよ。ほら、もう退路はありませんから」
サンテン皇子の後方は、腕に青い布を巻いた第二皇子軍で溢れていた。
「これが実際の戦争であれば、剣に物を言わせて突破を図るところだが……。悔しいがここは俺の負けだ。これ以上怪我人を出すわけにはいかない」
サンテン皇子が本気で突破を図れば、多数の怪我人、死人がでることだろう。
今回の皇子同士の戦いにおいて、平打ちや、急所を外して魔法を受ける芸当のできる兵卒はそれほど多くはなかった。大怪我をした者や死んだ者等、シレッド獣国に対する戦争に参加できる兵が減っていることは自明だった。
「この戦い、ナーティが勝利しました!」
「ナーティ第二皇子の勝利じゃ! 鬨の声を上げよ!」
「「「「第二皇子軍が勝ったぞー! うおーっ!」」」」
大声で勝利を宣言する第二皇子軍。
「陣容を整え、明日早朝、シレッド獣国へ向けて遠征しましょう!」
「「「シレッド獣国へ侵攻だ!」」」
翌朝。ナーティ皇子はシレッド獣国に向かって出征した。
サンテン皇子とその腹心であるダビデ将軍、エルフリーデ将軍はともに帝都に居残りとなった。回復魔法で傷は癒えているのだが、敗戦の将として、帝国において最も不名誉な留守を任命されたのだ。
帝都の守兵の数は平常時の半数程度となっていた。皇子同士の戦いにより兵が減ったことが原因で、ナーティ皇子は本来帝都を守るべき兵士までも組み込んで遠征したからだ。
しかも実質は、サンテン皇子、ダビデ将軍、エルフリーデ将軍の専属の兵が守兵の代わりを担っており、ナーティ皇子は、本来の守兵であるべき者のほとんどを遠征に連れ出していた。




