052話 【前の世界線】トモリン、素材採取に行く
後期から、剣術の授業は、得意な武器種に分かれて行われる。
剣術の腕前がもともと一流だったミーサは、ココナの能力向上の恩恵で達人レベルになっている。そのため、ミーサは剣術を選んだ。
山育ちのトモリンは、狩猟の経験から、弓の腕前が名人級だ。だから、弓術を選んだ。
そして、全部ダメダメなエマは、
(槍なら、両手で持って戦う。ボクでも、両手でなら持てる)
安易な気持ちから、槍術を選択した。
しかし、最初の授業で片手槍を使うことが判明し、さらに左手に盾を持って訓練するのが基本スタイルだと知った。
(うぅ……。これなら、どの武器を選んでも、結果は同じ……)
石突きを地面に突いたまま仁王立ちして動かないエマの姿は、立派な門衛にも見えた。動かないのではなく、動けないのだが。
立ったまま授業について行けず、顔を横に向け、他の武器種のグループの様子を眺める。
(あれはダミアン。あの動きはおかしい。何かを使っている)
普段の彼の動きからは、かけ離れた素早い挙動。
(薬を使っている? この授業は薬を使ってもいいらしい?)
新しい発見をしたまでは良かったが、その日の授業は動けずに終わった。
授業が終わり、先生のもとへと寄って行くエマ。
「先生。剣術の授業は魔道具を使用してもいい?」
その問いに、先生は若干思案し、それから今日のエマの授業内容を思い出す。
「薬を使っても訓練の足しにはならん。そいつの時間が無駄になるだけだ。だから、授業では薬の使用は禁止はしていない。使うやつはバカだ。でも、エマ、お前は……、先生は見なかったことにする。好きにしろ」
授業におけるエマのあまりの惨状に、先生が折れた。
「一つ忠告しておく。お前は武器が重くて持てないようだな。だから腕力アップの薬を使おうと思うだろう? でもな、能力アップの薬は同時に二種類は使えない。腕力がアップしても、足が動かなければ踏み出すこともできない。よく考えて使うんだぞ。先生は見てないからな!」
「先生、ありがとう」
礼を言って先生から離れ、立ち止まる。
「併用、できない……。困った……」
エマは顎に手を当てて考え込む。
「いいことを思いついた!」
ぽんっと手を叩き、笑顔になった。
★ ★ ★
「今日は、どこに買い物に行こうかな! ワクワクするね!」
「まずは、靴屋。高級な靴を作れる店を探す」
「エマの系列店にはないのか?」
休日。
トモリン、エマ、ミーサの三人は、街へ買い物に出かけた。トモリンの肩の上にはココナもいる。
「衣料や食品の店に力を入れているから、靴屋は、まだない」
何店舗か靴屋に寄り、その商品の出来栄えを厳しい目で確かめるエマ。
「このあたりの縫い目が揃っていない。革のなめしも均一になっていない」
「いやー、厳しいな! 錬金術の素材だろ? そんなに高級品じゃないとダメなのか?」
履き心地で決めるミーサは、縫い目の出来栄えなんてどうでもよかった。
しかも、今日の目的は錬金術の素材集め。
なぜ出来栄えが関係あるのかまったくもって理解できなかった。
「出来栄えは、とっても重要」
どの店に入っても納得のいく品が見つからない。
「フランツさんって、帝都で靴職人してるんじゃなかった?」
思い出したようにトモリンが言った。
「行って見よう!」
「それなら、フランツは平民だから、平民街に行かないと」
今、北にある貴族街を回っている。少し遠いが、南にある平民街へと移動した。
「どこにあるんだろうな?」
「いろいろ聞いてみようよ!」
手当たり次第に店を回り、フランツの店を知らないか尋ねる。
そして、ようやくその場所を聞き出すことに成功した。
「あの店だな」
靴の形の看板を掲げる店。そこにはフランツ靴店と書いてある。
「フランツさーん、靴を見せてー」
トモリンが真っ先に入って行く。
そして早速、店頭に並んでいる靴の品定めをするエマ。
「いらっしゃ……。おお! あのときの! ミーサさんではありませんか!」
ミーサの名前をバッチリ覚えていたフランツ。
他の二人の名前は知らないが、ミーサが三人のリーダーだろうと思っている。
「おお、なんということでしょう。再びあなたがたに会うことができるなんて! 私がこうして生きていられるのも、あなたがたのおかげです。本当にありがとうございます」
「ありがとうございます!」
奥からマルガが出てきた。やせてはいるが元気そうだ。マルガとフランツが礼を言う。
(あれれ? どうしてマルガちゃんがここに?)
二人の幸せオーラに気づかないトモリンだった。
「靴を見せて欲しい」
エマが単刀直入に言った。
そして、奥から持ってきてもらった靴の出来栄えを確認する。
「これは、良い品!」
「認めて頂き、光栄です」
微笑んで一礼するフランツ。
「お? 決まったか?」
「出来栄えは十分。あとは、条件を詰める」
「条件だなんて、そんな! 妻の命の恩人の方からお代を取ることなんてできません!」
慌てて断るフランツ。
「条件は代金の話じゃなくって、靴の革を指定したい」
「一体、どのような革をご所望で?」
エマがポーチからシカの皮を取り出す。以前の野外演習でトモリンが弓で仕留めたものだ。
「このシカの皮で作って欲しい」
「これですね……。大丈夫です。うちではなめし加工もできますので、作れますよ」
皮を観察し、使用に耐えうると判断したフランツ。
「高級品の出来栄えで、ここにいる三人の分を作りたい。できる?」
「三人ですね、大丈夫ですよ。それだと皮が余りますね」
フランツは、それぞれの足の大きさをざっと目視してから答えた。
「余った分は、ボクのサイズで作って」
「承知しました。それなら、あと二足追加ということで、五人分の靴を用意させて頂きます」
「おいおい、剣術の授業に使うのはエマだけだろ? 全員の分もいるのか?」
「必要」
即答だった。エマには何か考えがあるらしい。
それから採寸し、日程調整をした。
「妻の命の恩人ですし、皮まで持ち込んで頂いていますので、もちろん、お代はいりません」
「それは、ダメ。この出来栄えなら技術料だけで金貨八枚はくだらない。ボクも商人の端くれ。商品に見合った対価を支払わないのは、商人失格。だから、払う」
「それでも、お代は頂くわけには。これだけは、どうにか!」
「それなら、その恩を、多くの人に与えるのがいい。二人が健康で良質な靴を作り続け、それを多くの人に履いてもらうことこそが、恩返しになる」
どうしても折れないフランツに、エマは折衷案を提案することにした。一旦、店内を見回してから続きを言う。
「ここでの販売だけだと、多くの人に買ってもらうのは難しい。だから、良質な靴を、カーペングループのブランド品として卸す契約を交わそう」
フランツの店で売るだけではなく、エマのグループ店でも販売すると言うのだ。
ポーチから、何やら書面を取り出すエマ。
「カ、カーペングループ? あの、超有名ブランドの?」
「エマは、カーペン家の娘だぞ?」
「ほ、本当ですか!? カーペンブランドと言えば、超一流の証。そんなことまでして頂いたら、願ったり叶ったりで、二重の恩ができてしまいます!」
「良い靴を、多くの人に。トモリンもそう思っている」
「はへ……? うん! フランツさんの靴を、多くの人が新しく買って履けば、それはマルガちゃんの元気をみんなに分け与えているのと同じだよ! 靴を広めて元気になる、だよね!」
「帝都の市民が靴を履いて出歩けば、元気になる……。新しい靴なら、出歩きたくなる……。あなた様は、マルガに元気をくださっただけでなく、帝都の市民全員を元気にしたいのですね! わかりました。皆様に従いましょう」
契約書を交わし、エマの商人眼の見立て通りの金額を支払って店を出た。
「靴を広めて元気になる、は間違い。靴を隔てて疼きを掻く、が正しい」
「へー、そうなんだあ」
エマの指摘に、「そんなの両方とも聞いたこともないぞ」とミーサまで感心する始末。
「で、これからどうするんだ?」
「次の場所は少し遠いから、馬車を雇う」
馬車の貸し出し屋へと行き、三人が乗れる小さめの馬車を借りた。もちろん、御者付きだ。
受付担当に料金を支払い、馬車に乗り込む。
だいたいの行き先は、もう御者に伝えてある。
馬車は帝都の北門を出て、山へと続く街道を進んで行く。
「オーガかあ。あの山の周辺にいるらしいぞ」
馬車の窓から見える山を指差すミーサ。
次に調達するのは鬼のような容姿の魔物、オーガのツノだ。その他の素材は、道中手に入れる予定でいる。
ミーサは、冒険者ギルドに寄って、前もってオーガの棲息地を調べておいてくれた。
「情報によると、オーガは人型の魔物で、オークを一回り大きくして、俊敏になった感じらしいぞ」
「ミーサ、任せた」
最初から戦うつもりのないエマ。
山の麓で馬車を降り、御者には帝都に戻るように指示を出す。
帰りはココナの魔法で学園までひとっ飛びだ。
「この林を突っ切れば、目的の山だ! オークだろうがオーガだろうが、なんでもかかって来やがれ!」
この林の中にはブタ顔のオークなどの魔物が生息していると、情報を得ている。
「オークとオーガは、名前が似ているし、オーガの肉もおいしいのかな?」
「冒険者ギルドの情報だと、オーガの肉は苦くて硬いらしいぞ。だから、あまり人気がないそうだ」
「たは~。苦いの、無理~」
猪肉のような味のオーク肉が気に入っているトモリンは、オーガ肉に期待していたこともあって、とても残念そうにする。
「あの木に止まっている白い鳥。あれの羽をたくさん欲しい」
「可哀想だけど、鳥さん、肉はおいしく頂くよ!」
木の枝で木の実をつついている鳥を、トモリンが弓で射抜く。
トモリンは羽より肉派だ。
エマが落下した鳥を拾う。
「おいおい、今の矢はなんだ? 魔法っぽい感じがしたぞ?」
『トモリンの弓は、魔法の矢を撃てるコン。人間が言うところの、光属性と木属性の両方の効果があるんだコン』
こっそりそんな能力を与えていたことを暴露するココナ。
「次は、あの赤い草」
三人は林の中を素材を集めながら進んで行く。
「オークだ!」
素材集めをしていると、ブタ顔のオークが現れた。
オークなら以前、野外演習で見たことがある。
「あれぐらいなら簡単に倒せそうな気がするぞ!」
首をコキコキ鳴らしてから剣を抜き、オーク二体に向かって走り出すミーサ。
まずは上段の斜め切りを入れる。
「思ったよりも深く切り込めたぞ?」
オークからの反撃が来たが、それが最後の力だったようで、このオークは力尽きた。
「二体目!」
今度は、オークが振り下ろした斧を躱し、中段からの水平切り。
バッサリとオークを両断した。
「ココナ、すげーな! 魔物相手にここまで簡単に戦えるとは思ってもみなかったぞ!」
『それは、トモリンを守るために必要な技能だコン』
トモリンの肩の上で、平然と答えるココナ。
「は? トモリンを守るってどういうことだ?」
剣についたオークの血を振り払い、鞘へと収める。
『ココナはトモリンが気に入ったんだコン。その仲間は、トモリンを守るための者なんだコン』
「ココナって精霊だったっけ? 精霊にはよくわからない論理があるんだな。今、このメンバーで守るべきはエマだぞ」
『エマもトモリンを守るんだコン』
「なるほど、そういうことか! エマもトモリンも、私が守るんだな! 任せろ! どんな魔物でも、まっぷたつにしてやるさ!」
ちょっと勘違いしているミーサ。確かに頑張れそうなのはミーサしかいない。
それからも何体か弱い魔物が現れたが、すべて上機嫌なミーサが両断した。
「山登りは大変」
「山?」
本当に大変そうな顔をしているエマの言葉に、ミーサは足に意識を向けてみると、なんとなく傾斜を登り始めた感じがする。トモリンに至っては、これぐらい平地の内だ。
しばらく進むと、明らかに山間部に到達したとわかるくらいに傾斜がきつくなった。
そして、木々がまばらで草が生い茂るようになり、所々に獣道のような道筋がついている。
ミーサが先頭となってその草をかき分けて進む。
ときどき、それを追い越してトモリンが草の中を、ダーっ! と走り抜ける。
「トモリンは元気いっぱいだなあ」
「おっきいの、前にいるよ!」
少し先に出ていたトモリンが、魔物を発見した。
トモリン二人分ぐらいの背丈の、鬼のような、赤い筋肉質な魔物。頭には二本のツノがある。
「エマ、ここで隠れてろ!」
ミーサがトモリンに追いついて剣を構える。
「あのツノ、オーガだな! 三体もいるぞ!」
オーガもこちらに気づき、戦闘態勢で駆け寄ってくる。
ビュンッと、トモリンが弓を引き絞って輝く矢を放った。
三本同時に放たれた矢は、右のオーガの肩に刺さり、動きを鈍くさせる。
「トモリンも下がれ! まず、こいつを仕留めるぞ!」
「うん。苦いの、こっちに来ないで~!」
下がりながら再び矢を放つ。そして、既に食肉扱いにされているオーガ。
ミーサが剣を振るうと、オーガはそれを大きな剣で受け止めた。
「怪我をしているのに素早いな! でも、まだまだ!」
矢が刺さって動きが鈍くなっているオーガに、強引に切り込んで行く。
『トモリンも戦うコン』
トモリンの肩の上で戦況を見守っていたココナが、ぴょんぴょん跳ねてトモリンに言った。
「私、もう戦ってるよ?」
『トモリンは魔法を使えるコン。初めて会ったときに魔力も上げたから、大丈夫だコン』
「あ! 忘れてた! そんなのあったね!」
あくまでもトモリンの脳はクリーン設計だった。
重要であっても、すぐに使わない記憶は圧縮処理して保存されている。
今、その魔法の記憶を展開する。
ココナに初めて会ったとき、それまでは植物を大きく育てることしかできなかったのに、伝授により、攻撃できる魔法を使えるようになったのだ。
「いっくよー! そこの根っこさん。ばびゅっと伸びて、真ん中のオーガを、ずばばっと突き刺して!」
スティックを掲げて魔法を唱えると、ゴゴゴっと音を立て、突如、地面から茶色い巨大な物体が物凄い勢いで飛び出した。
それは、オーガの体を貫いて伸び続ける。あまりの勢いに、胴体を両断し、さらに絡み取るようにグイグイ巻き込んで行く。まさに、跡形もなく粉砕していた。
「うわっ! なんだ!? 魔法か!?」
戦闘中のミーサが驚いて後ろに飛び退く。
改めて何が起こったのか確認すると、木の根のような物体が、中央のオーガをミンチにしていた。
「うひゃー! 魔法って、こんなに凄いものだったのか……」
野外演習で、先輩たちが発動した魔法を見ていた。
でも、ここまで激しい物は撃っていなかった。
「おっと!」
中央の惨事に見惚れていると、たくさん切り刻まれて瀕死の右のオーガが、最後の力で大きな剣をミーサめがけて切りつけてきた。
それをなんとか右に避け、カウンターで腹部を突き刺す。
「グガアアァァ!」
断末魔を上げて右のオーガは息絶えた。
「まだまだ行くよ! そこの葉っぱさん。ばばーんと広がって最後のオーガを包み込んで!」
近くに生えている木の葉が二枚、突然大きくなり、オーガを挟み込むように包んだ。
「動きを止めたか! よし、あとは任せろ!」
ミーサが駆け出して葉の上から滅多切りにする。
「グボォォ!」
「仕留めたぞ!」
トモリンが葉っぱを開くと、中から血まみれで息絶えたオーガが転がり落ちた。
「ツノが……」
中央のオーガの惨状を見て、ここからは目的のオーガのツノが採取できそうにないと、落胆するエマ。
「あそこにあるよ」
トモリンはぴょんぴょんと、根っこの上を登って行き、絡まっているツノを探し出してエマに渡した。
「良かった。これでコンプリート」
「エマ、全部集められて良かったな」
すべてのツノを採取し、苦い肉もポーチへと仕舞った。
目的を達成した三人は、ココナの魔法で学園へと戻ることにした。
数日後。
フランツの店でエマの靴を受け取り、学園三階の実験室へと行く。
そこでエマは集めた素材を錬金皿に入れて「腕力アップの薬」と「ウイングブーツ」を生成した。
この二つの魔道具を使用し、剣術の授業では、槍を持って滑るように動くエマの姿があった。
先生は頭を抱えたが、「見なかったことにする」宣言をしていたため、不問とした。そうしないと、赤点どころか、授業にもついていけないからだ。
それから何日か経過し、トモリンとミーサもウイングブーツを作ってもらい、三人でホバリングしたりジャンプしたりして遊んでいた。
……遊ぶために作ったのではないのだが。
ミーサは、ウイングブーツを着用することで、俊足を得た。
その結果、剣聖並みの剣の腕を発揮するようになる。




