046話 クリスティーネの苦悩
クリスティーネ・マギアードが五歳のときだった。
「じょうねつ、いかりをかてに燃えさかる炎よ、熱く燃える槍となりて彼の者をつらぬきたまえ。フレイムランス!」
幼くして、第三階級の魔法を放った。
これまで、幼少期に必ず存在する活舌の問題のため、うまく魔法を詠唱できていなかったのだが、遂に、魔法を放つことに成功した。
「クリスティーネ! 素晴らしい! 父さんはな、感動したぞ! お前はマギアード一族で最高の娘だ!」
両手で顔の高さまで抱き上げて、くるくる回るローラント。
「今発動したのは、第三階級の魔法だ。一般人にはそう、撃てるものではない。きっと、父さん以上の魔法使いになるぞ!」
「大きくなったら、しこうしだいきゅう魔法使いの、お父様のお嫁さんになるんだから!」
偉大なる魔法使いの家系、マギアード家に生まれたクリスは、その例にもれず、生まれつき魔法が使えた。しかもそれが第三階級の魔法であり、親類縁者にも前例がなかった。
「ああ、クリスティーネは大きくなったら、マギアード家で一番の魔法使いになる。そして、覇王超越級の魔法使いに認定される。至高至大級魔法使いの上だ。そうしたら、父さんをお婿さんに迎えてくれ」
「まだ、水ぞくせいも、風ぞくせいも、使えるんだから!」
「なんと! さっきの火属性も合わせると、三つも使えるのか!? クリスティーネは天才だ!」
「お父様、目が回る~」
喜びの余り、抱き上げたままぐるぐる回り続けた結果、クリスはダウンした。
クリスの父、ローラントは、生まれながら使えたのは第一階級の魔法だった。
マギアード家の長男としては、それは厳しいもので、子供の頃、第二階級の魔法が使える弟たちに劣等感を抱いていた。
そして、ローラントは毎日、魔法の訓練をした。
正確に、強力に、速く、大きく……。
魔法は訓練を積むことで、魔力が上がり、階級を上げることができる。
厳しい訓練だった。
魔法の発動は、剣を振るうのと同じように疲労をもたらす。また、集中を途切らせないようにする精神力も必要だ。
ただ魔法を撃つだけではなく、体力の向上、精神力の強化も同時に行っていかなければならない。
何年も努力を続け、十歳で第三階級に到達した。
それでも、努力は止めなかった。
十五歳で第四階級に到達し、二十歳で人族で最高位と呼ばれる第五階級に到達した。
一方クリスは、幼少時から第三階級の魔法が撃てたこともあり、さらに周囲がチヤホヤしたこともあって、努力しようなどとは微塵も思っていなかった。このまま大きくなれば、第五階級の魔法が撃てるものだと信じていた。
(ふん! 私は天才なのよ。第三階級が撃てる子供なんて、他にいないんだから!)
家庭教師が付けられ、一応、練習する振りをしていたが、実際は手を抜いていた。
練習なんてしなくても人よりも凄い魔法が撃てるし、自身は天才なんだから練習などは不要、そう思い込んでいた。
その結果、魔力はほとんど伸びず、階級を上げることはできなかった。
周囲のクリスへの評価は、最初は「第三階級、凄いね」だったものが、歳を重ねるごとに「ああ、第三階級だね」から「まだ第三階級なんだ?」に変わり、今では「まだ第四階級にならないんだ?」となっていた。
このように、前向きな評価を得られないまま歳を重ね続けていった。
(どうしてよ! もっと私を評価してよ! 私は三つの属性すべてが第三階級なんだから!)
そして親類縁者などの、マギアード家のことを良く知る者からは、第一階級から始めた父ローラントと比べられ、嫌と言うほど「どうしてまだ第三階級なんだ?」と聞かされてきた。
「ローラントの娘なら、とっくに第五階級になっていてもおかしくないのだがな」
「私は、娘を戦場に出すつもりはない。今のまま、第三階級で十分だ」
ローラントはクリスを擁護するが、世間はそうはいかない。
「マギアード家の格を落とすわけには、いかないだろう?」
「これだけ時間があっても第四階級になれなかったんだ。素質がないのじゃないか?」
(皆が、お父様と比べる。そして、私を見下すような目で見る……。目線が怖い。声が怖い……)
いつも気丈に振る舞い表には出さないが、このような生活が続くことで、心に闇を持つようになっていった。
そして人目を避けるようになり、屋敷の中に籠ることが多くなった。
(見ないで……。比べないで……。嘲笑しないでよ……)
★ ★ ★
「クリスちゃーん! どこに行ったの?」
「クリス、いるなら返事をして!」
講義室に戻ったのかと思い、覗いてみたがいなかった。それで、もう一度外を探すことにしたトモリンたち。
「クリスちゃん、泣いていたよ? どうしたのかな?」
走り去る現場を目撃していたトモリンは、離れた位置から、山育ちの遠くを見通せる目によって、クリスの涙を確認していた。
「まだ知り合ってそれほど時間が経っていませんから、これは予想なのですが、クリスはマギアード家の者として、魔法に誇りを持っていたのではないでしょうか?」
「クリスよりも上の階級の魔法を撃つ者がいて、自尊心が傷ついた、ということですの?」
第四階級の魔法を撃ったロザリーが、「そのようなことぐらいで泣き出しまして?」と不思議がる。
「クリスは生まれながらに第三階級の魔法が使えたと聞くわ」
そのことはビッグニュースであり、当時、帝都の城にまで伝えられた。
「そうでしたの? それでしたら、どうして今でも第三階級のままですの?」
ロザリーは、ココナから伝授されることで、ゼロからいきなり第四階級まで使えるようになった。これはココナがロザリーをトモリンの仲間だと認めての特別なことだ。
そして、いざ、第四階級の魔法を発動してみると、体力こそ大きく消耗するが、それほど大したことはないな、と感じていた。
「魔法の階級を上げること、つまり魔力を上げることには、多大な努力が必要だと聞くわ」
魔力が一定以上になると魔法の階級が上がる。
「努力をしても、上がらなかったと言うことですの?」
ロザリーは不思議そうな顔のまま尋ねた。
「私には、わかるわ。生まれながらに高い能力を持つ者が、子供の頃に取る行動には二通りあるの。能力をさらに伸ばそうとする者と、その能力で満足する者」
ユリィは自身の育ってきた環境を思い出す。
第一皇子は生まれながら剣技に優れ、それを伸ばそうと努力してきた。
第二皇子は生まれながらどんなこともそれなりにできて、それに満足し、努力はしてこなかった。
そしてユリィは、生まれながらの能力は第二皇子よりも劣っており、剣技に勉学にと、努力を重ねてきた。
「そうすると、姫様。クリスは後者、そのままの能力で満足している者ということですか?」
「ええ。でも、その『満足している』のは子供の頃のことであって、今のクリスは、きっと満足していないと思うの」
「難しいお話になりましたわ。子供の頃には満足していて努力をしてこなかった。そして今の自分に不満がある、そういうことでよろしくて?」
ちなみに、トモリンは最初から話についていけていない。
「間違いなく、不満を持っていると思うわ。そして、クリスの父ローラントは、至高至大級魔法使い。第一階級から第五階級にまで上り詰めた努力の男。きっと、比べられて育ってきたんだわ」
第一皇子も第二皇子も、重臣たちから、事あるごとに皇帝と比較されてきた。皇帝の若い頃にはああだった、こうだった、と。
それを横目で見てきたユリィは、叱咤激励の範囲を超えた、行き過ぎた他人との比較に、無意味さを感じていた。
「至高至大級魔法使いと比べられたら、立つ瀬がありませんね」
ここでミーサの声が聞こえた。
「おー、いたいた。講義室に戻ってこないから、どこに行ったのかと思ったぞ」
剣技の授業を受けていたミーサとエマが、ユリィたちを見つけて寄ってきた。
「クリスちゃんを見なかった?」
「クリス? ボクは見てない。どうかした?」
ユリィは、授業中にクリスが抜け出したことと、その原因について考察したことを二人に説明した。
「講義室からグランドに向かう通路では見かけなかったし、正面庭園か、実技棟の裏か、それとも寮に帰ったか、だな」
「そうね。実技棟の裏を通って、寮に向かいましょうか」
庭園の中を、実技棟の建物に沿って進む。
実技棟の角を曲がった所で、庭園の中に、ツインテールおよび大きなリボンの片鱗が花々の間に見えた。
ユリィの計らいで、静かに近づいて行く。
そこにいたのは、間違いなく、クリスだ。
体育座りをし、両手で頭を抱え込んでいる。
「クリスちゃん、講義室に戻ろう?」
「……なによ! こんな所にまで……。私を、笑いに来たの?」
さらに強く頭を抱え込むクリス。
「笑うことなんてないさ。講義室に戻るだけだ」
ミーサはクリスの手を取ろうとして、強く振り払われた。
心を閉ざしたクリスには、どんな言葉も、自身を蔑んでいる言葉にしか聞えない。
ミーサの誘いも、講義室に連行して皆であざ笑うものだと、捉えていた。
「来ないで! 見ないで! どっか行ってよ!」
頭を抱えたまま声を荒げるクリス。
小刻みに肩が揺れていて、泣いているようだ。
「クリス。私に話して。一人だけで悩まないで」
クリスの隣に座り、ゆっくりと話しかけるユリィ。
「あんたなんかに、わかるわけ……、ないんだから……」
そして、クリスの肩を抱き寄せ、「落ち着いて、少しずつ話して」と優しく語りかける。
皆も、周囲に腰を下ろす。
「ぐすっ……」
花壇の花がそよ風に揺れ、涙をすする音だけが響く。
ユリィはクリスを両手で抱きしめ、頬を寄せる。
「もっと泣いてもいいのよ……」
それからどれだけ時間が経過しただろうか。頭を優しく撫でられ、落ち着きを取り戻し始めたクリス。
「マギアードの……、マギアードの娘だからって……、ぐすっ」
黙って耳を傾ける一同。
「みんな、私をバカにして……」
ユリィはクリスを抱いたまま背中をぽんぽんと叩き、
「大丈夫。あなたは、明日から変われるわ。私たちがそれを手伝ってあげる。私たちと一緒に上を目指しましょう」
「私は……、私は、変われなかったのよ……」
クリスの瞳から流れ出る涙は、輝きを放ってユリィの肩へと落ちる。
ユリィは、抱いていた手をそっと肩へと移す。そして、互いに顔を合わせる。
「安心して。過ぎたことは、もう関係ないわ。あなたの前には明るい未来が待っているから……」
見つめ合う二人。目と目で確かめ合う。
「みんなが、あなたを守ってあげるわ」
ユリィは再び強く抱きしめた。
肩越しに泣き出すクリス。今度は大きな声を出してわんわんと泣きじゃくる。
「びんなが、ぐすっ、びとめて、くれ、る、の……」
「ええ。あなたは変われる。私が、ここにいるみんなが、認めるわ」
泣き止むまで抱き続ける。
クリスの涙が止まり、肩の小刻みな震えが収まったところで。
「さあ、行きましょう。ここにいる仲間とともに」
肩を寄せ合い立ち上がる。
「クリスちゃーん!」
トモリンが二人を抱きかかえた。もらい泣きしているようだ。
「最初っから、仲間でしてよ!」
「姫様を独り占めするのは、その……。これからはみんなでともに歩みましょう!」
ちょっとモジモジしながらマルティナが歩み寄る。
「みんな、仲間」
「クリスは仲間だ!」
最後は、いつものミーサの締め付けで、幕が下ろされるのであった。




