039話 エマの野望 中編
靴の手配が済んだ一行は、帝都の北門を出て、山へと続く街道を進んでいた。
「オーガかあ。あの山の周辺にいるらしいぞ」
馬車の窓から見える山を指差すミーサ。
今回、エマが作る魔道具の素材として、鬼のような容姿の魔物、オーガのツノが必要だった。
その他にもいろいろあるが、それは、オーガ狩りに向かう途中で入手できると目論んでいる。
ミーサは、前もってオーガの棲息地を調べておいてくれた。
この世界には冒険者ギルドというものがあり、会員にならなくても、周辺の魔物の分布図ぐらいなら無料で見せてくれる。なお、希少種の情報は有料だ。
「オーガですか。戦ったことはありませんね」
「情報によると、人型の魔物で、オークを一回り大きくして、俊敏になった感じらしいぞ。もちろん、私も戦ったことはないぞ」
「結構強いと聞くわ。気をつけて行きましょう」
気合を入れる前衛三名に水を差すかのように、エマが情けない声を出す。
「あの山は結構遠い。帰りは本当に歩かなくていい?」
『ココナに任せるコン!』
まだ一歩も歩いていないのに、早くも気が重くなっているエマと、元気いっぱいのココナ。
ココナの魔法を使えば、帝都の学園まで一瞬で戻ることができる。だから、片道分の心配だけすればいい。
山の麓で馬車を降り、御者には帝都に戻るように指示を出す。
「この林を突っ切れば、目的の山だ。オークだろうがオーガだろうが、なんでもかかって来やがれ!」
この林の中にはオークなどの魔物が生息していると、情報を得ている。
「オークとオーガは、名前が似ているし、オーガの肉もおいしいのかな?」
猪肉のような味のオーク肉が気に入っているトモリンは、オーガ肉についても興味津々だ。
ブタ顔のオーク。
鬼のようにツノが生えていて、体が大きいオーガ。
名前は似ているが、両者はまったく別の魔物だ。
「冒険者ギルドの情報だと、オーガの肉は苦くて硬いらしい。だから、あまり人気がないそうだ」
「たは~。苦いの、無理~」
一般に、若者は苦い物を食べたがらないものだ。
それに対し、年寄りには苦みのある物を好んで食べる者が多数いるのだが、今度は硬さがネックになる。
その結果として人気がない、という評価になっている。
「あの木に止まっている白い鳥。あれの羽をたくさん欲しい」
肉談義を聞き流していたエマが、五本ぐらい先の木の枝で木の実をつついている鳥を指差す。
「トモリン、出番よ」
「うん。可哀想だけど、鳥さん、肉はおいしくいただくよ!」
まだ肉の妄想から離れられないトモリンが、弓を引き絞って輝く矢を放った。
「今放った矢は、光属性魔法のシャイニングアローのように見えましたね。魔法なのですか?」
マルティナの目には魔法の矢が飛んで行ったように見えた。
『魔法の矢で合ってるコン。人間が言うところの、光属性と木属性の両方の効果があるんだコン』
トモリンは詳しくは知らないだろうから、代わりに技能を与えたココナが答えた。
枝から落ちた白い鳥を拾いに行く。
鳥を貫いた魔法の矢は既に消えている。
獲物はエマのポーチに収められた。
「やっぱ、トモリンの弓の腕はとんでもないな! あの距離からでも確実に仕留めるんだからな! まるで弓の妖精だ!」
前に野外演習でその腕前を見たときも感動したが、あのときは普通の矢であり、今回は魔法の矢だ。
光る矢を放つと、どこか魔法の国からやってきた妖精のようにも見えた。
妖精と言うには大きすぎるのだが、それぐらいはミーサの表現の許容範囲内だ。
「次は、あの赤い草」
エマは次々と欲しい物を提示する。
それに合わせて林の中を右へ左へと移動して、徐々に山へと近づいて行った。
「オークがいるわ!」
「姫様、後ろへ!」
即座に隊列を組む。エマだけ、遅れ気味で定位置についた。
「肩慣らしにちょうどいいな! どれくらい剣技の腕が上がっているのか、試してみよう!」
ミーサが、接近してくるブタ顔のオーク二体に向かって走り、まずは上段の斜め切りを入れる。
「思ったよりも深く切り込めたぞ?」
右後方へ下がってオークの反撃を躱し、そこから追撃を入れようとしたところで、このオークは力尽きて倒れた。反撃は最後の力を振り絞って放ったようだった。
二体目のオークは、意識がミーサに向いていて、その隙を突いてユリィが斜め後ろに回り込み、剣の一振りで胴体を両断した。
「オークを一撃で仕留めましたか」
感心した声でマルティナが言った。
「ココナ、すげーな! 前にオークと戦ったときと比べ物にならないくらいに、剣の腕が上がっているぞ!」
一応、剣自体も銀の剣にアップグレードしているのだが、そんなことは些細な差で、剣技によって深く切れたのだと確信したミーサ。
「ええ。魔物を切るということにおいては、剣聖と呼ばれる人にも引けを取らないぐらいに感じられたわ」
もちろん、相手が弱い魔物限定のことで、速くて硬い魔物や、駆け引きが必要な対人戦においては、剣聖には及ばないことぐらいは承知の上だ。
『それは、トモリンを守るために必要な技能だコン』
トモリンの肩の上で、平然と答えるココナ。
「は? トモリンを守るってどういうことだ?」
剣についたオークの血を振り払い、剣を鞘へと収める。
『ココナはトモリンが気に入ったんだコン。その仲間は、トモリンを守るための者なんだコン』
「ココナって精霊だったっけ? 精霊にはよくわからない理論があるんだな。ここで守るべきは皇女のユリィだぞ」
『ユリィもトモリンを守るんだコン』
ココナは悪びれる様子もなく、当り前のように話した。
「ここにいるのは、みんな私の大切な仲間。誰かが誰かを守る、というのではなく、みんなで力を合わせて守り合い、難関を乗り越えて行く。そういうことを言っているのよね?」
『みんな、仲間だコン』
ユリィの言葉に対し、自分の認識と合っている部分についてのみ答えたココナだったが、皆は、これをユリィの言葉に賛同したものだと捉えた。
「私たちは仲間だ!」
「仲間、ですね」
「ココナちゃんも仲間なんだからね!」
指でココナの頭を撫で、頬を寄せるトモリン。
『ココナも守るコン』
そんな話をしながら、弱い魔物を何度か狩りながら進んで行くと、足元に傾斜がついてきて、山間部に到達した。ここから先は木々がまばらで草が生い茂り、所々に獣道のような道筋がついている。
「山登りは大変」
なだらかな山で、今のところ急峻な部分に差し掛かったわけでもないのに、登り始めた途端にエマが苦言を漏らす。
エマは最後尾だから、草をかき分ける必要もなく、転ばないように歩くことに専念していればいいだけなのだが……。
「向こうから、大きな魔物が三体、来ます!」
「あれが、オーガだな!」
「おっきいねー」
トモリンの記憶の単位を使えば、三メートルぐらいの背丈になるだろうか。
赤みを帯びた筋肉質な体に、頭には二本のツノ。大きな鉄のこん棒を持つ者が先頭で、その後ろに大剣を持つ者がいる。
もう魔物の遭遇には慣れたもので、一行はすぐに戦闘の隊列を組んだ。
「魔法を試してもいいかしら?」
大きな魔物のため、遠い位置で発見できた。魔法を詠唱する余裕は十分ある。
皆が頷いたのを確認し、ユリィはスティックを握り締め、魔法の準備を始める。
「強大な力を秘める大地よ……」
「ちっ! ユリィは剣技だけじゃなく、魔法の能力も上げてもらったんだよな!」
ジロリとココナを睨むように見るミーサ。
『魔法は、ちょっとしか上げてないコン』
「……鋭利な槍となりて彼の者を貫きたまえ。アイアンランス!」
魔法の鉄の槍が、左後方のオーガ目掛けて飛んで行く。
魔法の槍は、通常の槍とは違い、とても片手で握れる太さではなく、両手で包み込むぐらいの径がある。
オーガはそれを撃ち落とそうと大剣を振るう。
魔法の槍は大剣に当たって軌道が逸れ、オーガの足に刺さった。
「第三階級の土属性魔法ですね」
「ええ。これまで第二階級までしか使えなかったから、第三階級まで使えるようになって助かるわ」
ユリィが微笑む。
「私の記憶違いでしょうか? 姫様は生まれつき魔法を使える体質ではなかったと思っていましたが……」
そろそろ魔物の間合いに入るので、前方をしっかりと見据え、盾を強く握り締めるマルティナ。今日は右手には片手槍を装備している。
「そうね。私は魔法は使えなかったわ。でも、未来から来たもう一人の私が、禁断の間で魔法を伝授してもらっていたから、一つになったとき、私も魔法が使えるようになったの」
ガツン!
オーガの鉄のこん棒がマルティナの盾に当たる。
「たしか、来年の年末に行われる舞踏会の話をされていましたよね? 魔法の伝授は来年の3月のことですから、これで納得がいきました」
未来から来たユリィは、二年生の春に魔法を習得し、その年の舞踏会で暗殺事件に遭い、それから数か月後に帝国が滅んだ。
中央のオーガを槍で突き返して怯んだ隙に、ミーサとユリィが前に出る。
「私たちは、暗殺を阻止する! そうだよな! ぐっ!」
右のオーガと剣を合わせ、その膂力に押されて足が地面の上を滑って行くミーサ。
「苦いの苦手!」
そのオーガの体に、トモリンが弓の三連射で矢を突き立て、腕に力が入らないようにする。
「助かった!」
動きの鈍くなった右の個体。
これでミーサは形勢を逆転し、攻勢に出る。
それでもオーガは俊敏で、なかなかクリーンヒットにはならない。
「剣技が向上しても、体の動きが追いつかないな! これは修行し直しだ!」
冒険者ギルドでは、オーガと戦う依頼は中堅以上の冒険者を指定している。
初心者のミーサがここまで攻勢に出られていること自体が、既にトンデモ戦果なのだが……。
「ディグショット」
さっさと障壁を展開して戦況を見据えていたエマが、ユリィと対峙する左の個体の足元に穴を掘り、転ばせることに成功した。
「もらったわ!」
がら空きの背中めがけてユリィが切りつける。
中央では、マルティナがこん棒の垂直方向の大振りをバックステップで躱し、元いた場所の地面に大きな陥没できた。
「エマとトモリン、もう少し後ろへ下がってください」
こん棒の射程内になることから、二人に距離を取るよう指示を出す。
中央のオーガは、槍に何度も突かれて、満身創痍だ。でも、まだまだ体力が残っているようで、マルティナは決め手に欠けていた。
「真ん中のオーガに、魔法、撃っちゃうよ?」
トモリンも、状況的に中央が押され気味だと理解している。
「頼みます!」
「いっくよー! そこの根っこさん、ばびゅっと伸びて、真ん中のオーガを、ずばばっと突き刺して!」
トモリンの呼びかけに応じるように、ゴゴゴっと音を立て、突如、地面から茶色い巨大な物体が物凄い勢いで飛び出し、オーガの体を貫いた。
「うわっ。と、とんでもないですね!」
飛び出した根はオーガの体幅の二倍ぐらいの太さがあり、先端こそ細くて刺さったのだが、その後は、胴体を両断し、さらに絡み取るようにグイグイ巻き込んで、まさに、跡形もなく粉砕した。
「討ち取ったぞ!」
「こちっもよ」
ミーサとユリィが勝利宣言をする。
「力があり、素早い強敵だった。もっと修行しないとな!」
「ええ。まだまだ私たちでは力不足だったわ」
後衛の的確な支援で、なんとか勝利を収めることができた。
二人は、個人技だけでは勝てそうになかったと振り返る。
「ツノが……」
中央のオーガの惨状を見て、ここからは目的のオーガのツノが採取できそうにないと、落胆するエマ。他の二体からは問題なく採取できるのだが。
「ここにあるよ」
ぴょんぴょんと、ぶっとい木の根の上を登って行ったトモリンが、根に絡まっているツノを探し出してエマに渡す。
「良かった。これでコンプリート」
すべてのツノを採取し、苦い肉もポーチへと仕舞った。
「もういいのかしら?」
「うん。素材はすべて揃った。あとは靴の完成を待つだけ」
「やったな! 下山しよう!」
「ココナちゃん、お願い」
『学園に戻るコン!』
一行は、ココナの転移魔法で、瞬時にして学園の寮の前に戻った。




