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038話 エマの野望 前編

 剣術の授業。それはエマにとって、最難関の授業だ。


 後期に入ってからは、剣術、槍術、弓術のいずれか得意な武器種に分かれて訓練を行うことになる。それでも、多くの生徒が剣術を選ぶことから、授業名は剣術のままだ。


 ココナによる能力向上の恩恵もあって、もはや達人レベルの域にあるユリィとミーサは剣術を選んだ。マルティナは盾技能を生かすために槍術を選んだ。

 そして、剣術苦手仲間のトモリンは、実は弓術の腕前が達人レベルで、弓術を選んでいた。


(ボクだけ、何もできない……)


 ちなみにロザリーは剣術組で、やはり見学を決め込んでいる。

 試験で赤点にならないのは、幼少時から剣術を習っていて、基本ぐらいはできるからだ。


 それぞれの武器を眺めて、エマが選んだのは、槍術だった。


(槍なら、両手で持って戦う。ボクでも、両手でなら持てる)


 そんな淡い期待も、最初の授業で打ち砕かれた。

 エマが見ていた槍は片手槍で、それを両手で持つものだと思い込んでいた。しかし実際の授業では、片手で持ち、さらに盾を併用して訓練することになっていたからだ。


(うぅ……。これなら、どの武器を選んでも、結果は同じ……)


 どんよりとした空気をまとい、石突きを地面に突いたまま仁王立ちして動かないエマに、マルティナが声をかける。


「どうしたのです? その槍と相性が合いませんか? 槍にも個性がありますから、自分にあった物を選ぶといいですよ」


「ありがとう。ボクに合う物は、ない」


「そうですか? これなんて、グリップの部分に革が巻かれていて、滑らなくて良さそうですよ?」


 マルティナの勧める槍に持ち替えるエマ。


「……重い」


 木製の柄でできており、剣よりは軽いのだが、エマにとっては「重い」ものだった。


「ああなるほど! そういうことだったのですね! ちょっといいですか?」


 エマの態度を見て得心したマルティナは、エマの耳に手を当て、ヒソヒソと小声で話す。


「大きな声では言えませんが、剣術の授業は、試験も含めて、薬品や魔道具の使用は禁止されていないんですよ。少し値が張りますが、槍術の技能向上の薬を使えば、簡単にこなせますよ」


 もともと戦士を目指していないエマであれば、ドーピングして訓練をスキップしても、損失にはならない。

 これが、真面目に技術を会得しようとする若者であれば、ドーピングは自らの身を滅ぼすことになる。

 それに、なにより、技能向上の薬品は高価だ。そういうこともあって、禁止しなくても通常は誰も使わない。


「技能以前の問題。重くて持てない」


 持ち上げることはできるのだが、正しく構えて突き出すとなると、片手だけでは支えきれず、穂先を地面に擦る結果となる。


「そうですか。それなら、腕力アップの薬で筋力を上げれば、持つことはできるようになりますよ。でも、槍術の技能向上の薬は他の薬と併用できませんので、同時には使用できませんね」


 各種武器技能向上の薬は、他の能力向上系の薬と併用はできない。

 腕力アップで槍を持てるようになったら、その後の取り扱いは、エマの運動能力次第ということになる。


「併用、できない……。困った……」


 エマは顎に手を当てて考え込む。


「基本的な扱いであれば、私が教えることもできますから、そう、悩まなくてもいいですよ」


 普段のエマのヘタレっぷりを知っているマルティナは、心の中では難しいだろう、と思いつつも前向きに答えるのであった。


「いいことを思いついた!」


 ぽんっと手を叩き、笑顔になるエマ。


「何か良いアイデアでもありましたか?」


 エマの周囲にあった、どんよりした空気がなくなったので、安心して尋ねるマルティナ。


「授業に適した魔道具を作ればいい」


  ★  ★  ★


「まずは、靴屋。高級な靴を作れる店を探す」


「エマの系列店には、ないのか?」


 授業での経緯もあり、休日、町に出てエマの魔道具を作る素材を集めることになった。

 ユリィ、ミーサ、トモリン、エマ、マルティナの五人は、皇族専用の馬車で帝都を回る。


「衣料や食品の店に力を入れているから、靴屋は、まだない」


 貴族街で何店舗か靴屋に寄り、その商品の出来栄えを厳しい目で確かめるエマ。


「この辺りの縫い目が揃っていない。革のなめしも均一になっていない」


「いやー、厳しいな! 錬金術の素材だろ? そんなに高級品じゃないとダメなのか?」


 ミーサにとっては、靴なら履き心地と耐久性が重要項目であり、出来栄えなんて気にしていなかった。


「出来栄えは、とっても重要」


 どの店に入っても納得のいく品が見つからない。


「あれ? フランツさんって、帝都で靴職人してるんじゃなかった?」


 思い出したようにトモリンが声にした。


「そうねフランツは帝都にいるって話だったわ」


「フランツ? 姫様は靴職人に知り合いがいるのですね」


 あれは、まだユリィが下級貴族の頃の出来事だったので、マルティナは知らない。


「ええ。靴職人になるために帝都に移住した人よ」


「行ってみよう!」


「それなら、フランツは平民だから、平民街に行かないと」


 今、貴族街を回っている。

 馬車を南に向け、平民街へと移動した。


 平民街の大通りを、皇族専用馬車が進んだり止まったりして店舗を確認する姿は、道行く平民にとっては大事件であり、遠巻きに人が集まりだした。


「私たち、見世物になってないか?」


「普段、平民街で皇族の馬車が止まることなんてないからよ」


 現在のユリィなら、貴族も平民も分け隔てなく接することができる。

 しかし、前の世界線での、戦争体験をする前のユリィであれば、平民と接することなどあり得ないことだった。

 つまり、皇族が平民街で買い物をするなどということは、いまだかつてないことなのだ。


 聞き込みを行い、ようやくフランツの店を突き止めた。

 馬車の後ろを群衆がついてくる。


「あの店でしょうね」


 靴の形の看板を掲げる店。そこにはフランツ靴店と書いてある。


 馬車から降りる一行。

 その姿を見て、人だかりからザワザワと話声が上がる。

 ドレスでもなく、制服でもない。冒険者風の服装の者が皇族専用馬車から出てきたのだ。民衆の予想を見事に裏切った。

 庶民の一職業であるその服装に、親しみを感じる者もいたことであろう。


「フランツさーん、靴を見せてー」


 トモリンが真っ先に入って行く。

 そして早速、店頭に並んでいる靴を品定めするエマ。


「いらっしゃ……。おお! あのときの! ミーサさんではありませんか!」


 フランツの前でミーサと名乗った覚えはないのだが、街中で連呼していたため、誰かに聞かれたのが伝わったのだろう。ただ、四人の誰がミーサなのかまでは、特定できてはいないようだ。


「ああ、なんということでしょう。再びあなたがたに会うことができるなんて! 私がこうして生きていられるのも、あなたがたのおかげです。本当にありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 少し遅れて、奥からマルガが出てきた。まだ少しやせてはいるが、顔色は良好だ。マルガに合わせてフランツも礼を言う。


(あれれ? どうしてマルガちゃんがここに?)


 ちょっと鈍いトモリンだった。


「靴を見せて欲しい」


「ええ、どのような品でも、なんなりと」


 エマが単刀直入に言うと、にこやかに営業スマイルで話したフランツ。


「高級品と通常品を見せて」


 エマの要求に、奥の方から二品、持ってきた。

 靴のサイズを聞かなかったのは、受注生産するからだ。

 それを受け取ると、エマは唸る。


「これは、良い品!」


「認めて頂き、光栄です」


 フランツは微笑んで一礼する。


「エマ、この店で決まりかしら?」


「出来栄えは十分。あとは、条件を詰める」


「条件だなんて、そんな! 妻の命の恩人のかたからお代を取ることなんてできません!」


 フランツは両手を顔の前で振って慌てて断る。


「条件は代金の話じゃなくって、靴の革を指定したい」


「一体、どのような革をご所望で?」


 エマがポーチからシカの皮を取り出す。生皮であり、ちょっと匂うが腐ってはいない。以前の野外演習でトモリンが弓で仕留めたものだ。


「このシカの皮で作って欲しい」


「これですね……。大丈夫です。うちではなめし加工もできますので、立派な革に仕立てることもできますよ」


 シカの皮を観察し、使用に耐えうると判断したフランツ。


「高級品の出来栄えで、ここにいる全員の分を作りたい。できる?」


「……五人ですね。大丈夫ですよ」


 フランツは、それぞれの足の大きさをざっと目視してから答えた。


「おいおい、剣術の授業に使うのはエマだけだろ? 全員の分もいるのか?」


「必要」


 ミーサの問いに、エマは毅然と答えた。


 それから採寸に入り、日程調整となる。

 皮をなめして革にすることから始めるので日数がかかる。

 まず、最優先でエマの物を仕上げてもらうことにした。


「妻の命の恩人ですし、皮まで持ち込んで頂いていますので、もちろん、お代はいりません」


「それは、ダメ。この出来栄えなら技術料だけで金貨八枚はくだらない。ボクも商人の端くれ。商品に見合った対価を支払わないのは、商人失格。だから、払う」


「それでも、お代を頂くわけには。これだけは、どうにか!」


 どうしても折れないフランツに、エマは折衷案を持ち出した。


「それなら、その恩を、多くの人に与えるのがいい。二人が健康で良質な靴を作り続け、それを多くの人に履いてもらうことこそが、恩返しになる」


 ここでいったん話を切って店内を見回す。


「ここでの販売だけだと、多くの人に買ってもらうのは難しい。だから、良質な靴を、カーペングループのブランド品として卸す契約を交わそう」


 フランツの店で売るだけではなく、エマのグループ店でも販売すると言うのだ。

 ポーチから、何やら書面を取り出すエマ。


「カ、カーペングループ? あの、超有名ブランドの?」


「エマは、カーペン家の娘だぞ?」


「ほ、本当ですか!? カーペンブランドと言えば、超一流の証。そんなことまでして頂いたら、願ったり叶ったりで、二重の恩ができてしまいます!」


「多くの人に良い靴を履いてもらいたい。トモリン、そうでしょ?」


 突然ユリィに話を振られ、「はへ?」と変な声を出したが、後ろからミーサに無理矢理頭を頷くように下げさせられ、次の句を悟った。


「うん! フランツさんの靴を、多くの人が履けば、それはマルガちゃんの元気をみんなに分け与えているのと同じだよ! 靴のみんな! 帝都の市民に元気を分けてケレ!」


 靴に語りかけるのはどうかとも思われたが、そこが、フランツの心に響いた。


「まるで、靴が生きているかのように感じて頂けるとは……。あなた様は、マルガに元気をくれただけでなく、帝都の市民全員を元気にしたいのですね! わかりました。皆様に従いましょう」


 契約書を交わし、エマの商人眼の見立て通りの金額を支払って店を出た。

 馬車に乗り込むと、群衆がフランツの店に殺到する。


「い、今、皇女様を間近で見てどうだった? さぞかし綺麗な方だったろう? うらやましいなー」


「オラも見たかったぞ!」


「皇女様は、こんな辺鄙へんぴな店に何しに来てたんだ?」


 いきなり押し寄せて質問攻めにする市民に、戸惑うフランツ。


「え、皇女様? 何を言っているんだ? ……えええ!?」


 そして、走り去って行く馬車が、確かに皇族専用のものだと、今さらになって気づいたのであった。


 ほんの少し前の記憶の中で、髪色からユリィを特定する。


「皇女様は靴の注文に来ていたんだ。とくに偉そうにするでもなく、平民の僕にも、きさくに話してくれる良い人だったよ」


「皇女様は、私の命を救って頂いた恩人です。今、ここでは帝都の市民全員が元気になるよう、願われていましたよ」


 フランツに合わせ、マルガも感想を述べる。

 市民にとって、トモリンは皇女一行の一部であり、トモリンのしたことは皇女の命じたことになる。だから、マルガは命の恩人を皇女とした。


「皇女様は貴族街から出て、わざわざ平民の店に靴を買いに来るのか……」


「そんなことよりもだぞ、マルガは難病だったと聞いている。それを奇跡の力で治されたのが、皇女様だったと言うのか!」


 興奮する群衆。「皇女様の奇跡だ~」など、はやし立てる者が多数いる。


「私の病を治して頂いたときは、身分を隠されていたわ……。そう、今みたいに名乗ることさえされなかったわ」


 マルガは胸に手を当て、遠く天を仰ぐようにして言った。


「皇女様は身分を隠して平民の命を救い、さらに市民の元気のことまで気になされている……。なんと心の広いお方だ!」


 帝都市民の間で、ユリィの評価が変わって行く。そして噂としてどんどん広まって行くのであった。

トモリンだよ!

なんか前に「伝説の始まり」ってしてたのに、ここでやっと伝説になったんだね。


向こうにも、いろいろ事情があるのよ。そっとしておいてあげましょう。


なんかわかる気がするぞ。武器屋に並んでいる剣がいいなと思って小遣いを貯め始めても、三か月経っても買えないからな!


ミーサ、それは計算ができないだけ。ちょっと違う。


伝説は、お小遣いを貯めても買えるものではありませんことよ。皆様、わたくしに内緒で活躍していらして、羨ましいですわ。


それならさ! ロザリーちゃんの縦ロールを伝説にしちゃおうか!

縦ロールが回転して、魔物をズババッてやるんだよ!


うわっ。それは想像したくない絵面だぞ。

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