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036話 悪魔の使い、再び

 講義室で授業を受けているユリィの元に、緊急報告書が届けられた。


「緊急報告書? 何かしら?」


 早速封を開け、中身を確認する。

 緊急報告書には、ナーティ第二皇子の一行が刺客に襲われた件と、サンテン第一皇子の一行が悪魔の使いに遭遇したことについて書かれており、ユリィに注意喚起する旨で締めくくられていた。


「この内容だと、撤退した、となっているから、悪魔の使いは倒していないわね」


「ん? 悪魔の使い? また出たのか?」


 隣に座り、片肘をついて授業を聞いていたミーサが、報告書を覗き見るように尋ねた。


「ええ。帝都からそれほど離れていない場所に現れたらしいの」


「おーし! 倒しに行こう」


 ミーサは、皇女近衛騎士に叙任された際に、銀の剣を授けられた。

 これは、ユリィの計らいによる特別な措置であり、通常であれば鉄の剣が支給されるはずだった。

 以前、悪魔の使いと対峙して、鉄の剣が役に立たなかったことから、ユリィはオイゲン宰相にかけあって、皇女近衛騎士への銀の剣の導入を無理やり承認させた。


 銀の剣は鉄の剣よりも値が張り、魔物と戦う上では効果が出るが、対人戦においてはそれほどの差は出ない。だから、通常は鉄の剣なのだ。


 なお、この世界には、銀の剣の切れ味を鉄の剣よりも良くする技術がある。要するに、銀の剣は鉄の剣の上位の位置づけだ。


 ちなみに、悪魔系に効果があり、対人戦でも魔物戦でも効果がある万能のミスリルの剣は、銀の剣と比べれば非常に高価であり、今回の導入は見送られた。


「姫様。悪魔の使いって、何ですか? 名前だけを聞くと、危ないイメージがあるのですが」


 マルティナは悪魔の使いを見たことはない。


「悪魔召喚石で召喚する、悪魔の一種らしいわ」


「悪魔相手に戦うことなんて、できるんですか?」


「ばばーんと、やっつけちゃうよ?」


「トモリンの魔法は反則級」


「うわ! ばばーんとやったら、剣で切れないだろ! 頼むから自重してくれよ!」


 拝むように言うミーサだった。


 昼休み。

 いつものメンバーで食堂に向かい、食事をしながら悪魔の使い討伐の日程について話し合う。


「次の休日、朝早くに帝都を出るのはどうかしら?」


「いいな! それで行こう! 早く切れ味を試してみたいぞ!」


 悪魔は誰かが召喚しないとこの世界に現れないから、そう頻繁に遭遇するものではない。だから、まだ銀の剣で切ったことはなかった。


「ミーサ、起こして」


 低血圧なのか、エマは朝に弱い。早朝から剣の素振りをしているミーサに起こしてもらおうという魂胆だ。


「任せろ! 日が昇る前に起こしてやる。一緒に素振りだ!」


「それは、遠慮する……。出発直前で、よろしく」


 手をヒラヒラさせて時間指定をするエマ。


「わたくしは、行きませんわよ」


 ロザリーは当然のような口ぶりで断りを入れた。


「ロザリーちゃんは、エマちゃんよりも動けないもんねー。学園で待っている方がいいよ!」


 ロザリーは、体術や剣術など、体を動かす授業はすべて見学で、歩く以外の姿を見たことはなかった。


 そんな、悪魔の使い討伐の計画を話し合う傍らで、密書を受け取り、憤慨する者がいた。


「ななな、なんですって!? サンテン皇子が幼女と一夜を過ごしたですって? 皇子が幼女趣味だったなんて聞いてないわよ! 気色悪い! ふんっ! 婚約は、破談よ破談!」


 大きなリボンでまとめた金髪ツインテール。

 第一皇子派筆頭の上級貴族の娘が、自らの幼女体形のことを棚に上げて、怒り散らしている。

 親同士が決める、会ったこともない形だけの婚約ではあるが、婚約者がいるにもかかわらず幼女を連れ込んだ、彼女はそう解釈していた。


 このことがきっかけで、この上級貴族は第一皇子派から離脱することになる。第二皇子派の企てた裏工作がうまくいったのだった。


  ★  ★  ★


 休日の早朝。

 手配していた皇族専用の馬車に乗り、報告書に記されていた場所へと向かう。

 皆、先日帝都で買った冒険者風の服を着ている。マルティナも、後日一緒に買いに行った服を着ている。戦士風の服だ。


「準備運動は十分かしら?」


 まだ現地に到着するまで時間は十分にあるが、相手は動き回ることができる。だから、いつ悪魔の使いに遭遇するかわからない。いつでも戦えるように準備をしておくことは重要だ。


「バッチリだ!」


「腕をぶんぶん振り回してきたよ!」


 もう一度腕を回そうとするトモリンに対し、ミーサが止めに入る。


「トモリンは魔法担当だろ? だから腕を振る必要はないぞ。追ったり逃げたりで足を使うから、足の準備運動のほうが重要だと思うぞ?」


「はっ! そだねー。足の運動をするよ!」


 一瞬ハッとして、それから座席に座ったまま、パタパタと足を動かし始めるトモリン。


「うー。眠い……」


 エマは、ぽーっとしている。ここまでの話も、上の空だったであろう。準備運動などは、もちろん、していない。


「エマ、到着までは寝ていてもいいぞ」


「うん、そうする……」


 ミーサがエマの肩をぽんっと押すと、そのままパタリと倒れて眠ってしまった。


「平和だなあ」


 馬車の窓から外を眺めるミーサ。

 早朝の街道は人通りは少ない。それでも道行く人々を観察していると、皆、周囲を警戒することなく普段通りに歩いているように見える。


「まだ、情報が広がっていないのでしょうね」


「スマホがないと不便だよねー」


「なんだよ、スマホって!?」


 いつものツッコミを入れるミーサ。


「よくわかんない。テヘペロ」


 悪魔の使いがこの周辺で発見されたことが、まだ周知されていないのか、それとも、その知らせに気づいていないだけなのか。

 市井において情報の伝達というものは、時間がかかるものなのだ。


「この辺りかしら?」


「発見したのは街道から連なる林の中だったよな? この辺り、たしかに怪しいな」


 帝都を出て一つ町を通り越し、林の広がる街道。

 報告書ではこの辺りだと記されていた。

 ユリィは御者に馬車を道の脇に寄せ、ここで待機するよう命じた。


「降りて探しましょう」


「おい、エマ! 起きろ! 着いたぞ!」


 エマの肩を揺さぶるミーサ。


「……ドラゴンのまつ毛!?」


 エマは、ガバッと上半身を起こして大きな声で叫んだ。


「何だよ、ドラゴンのまつ毛って!? そもそも、ドラゴンにまつ毛なんてあるのか?」


「むにゃ? どうして夢の内容を?」


「いや、今、大声で口にしただろ?」


 寝ぼけているエマに、真面目に答えるミーサだった。


「……この間、ココナに新しい魔道具のレシピを伝授してもらった。でも、それには素材にドラゴンのまつ毛が必要。今、夢の中でドラゴンのまつ毛を発見したところだった」


 大声を出したのが恥ずかしかったのか、エマは赤く染めた頬を両手で覆いながら、夢の内容について話した。


「ドラゴンってさ、ドラゴン連山にいるんだよね? 今度行って見ようよ」


 先日行ったモンバートの町の西に、ドラゴン連山がある。その名の通り、そこにはドラゴンが棲息している。


「ド、ドラゴンか? まつ毛を奪うってことは倒すんだよな? 厳しくないか?」


「私が攻撃を盾で防ぎます。その間にミーサが駆け上がって、まつ毛を切り落とせばいいのですよ」


 ガッツポーズのようにしてエア盾を構えてみせるマルティナ。もちろん、ドラゴンと戦うなんて冗談だ。


「駆け上がるって……。ドラゴンと視線がバッチリ合ってしまうぞ。石化とかしないだろうな?」


 ミーサは冗談を真に受けている。


「ドラゴンと戦うことは考えないで。勝ち目がないわ。でも、そこにはいずれ行かないといけない。時が来たら、行きましょう。今はまだその時ではないの」


 帝国の未来を変える一環として、ユリィにはドラゴン連山に赴く予定があった。でも、それはもう少し先のつもりでいる。


 エマが目覚めたので、馬車から降りる一行。


「そういえば、ココナは来ていないのか?」


 思い出したようにミーサが尋ねた。本当に忘れていて、エマの夢の話で思い出したのだ……。いつも学園内では一緒にいないから、いなくても違和感がなかった。


「あ! 呼ぶの忘れてた! 今、呼ぶね。ココナちゃん、おいで~」


 トモリンは山育ちで朝早くに起きる習慣があったのだが、最近は学園生活で新たな習慣がついて、もっと遅くまで寝ていることが多く、久しぶりに早く起きたものだから、バタバタしていてココナを呼ぶのを忘れていた。


『呼んだコン?』


 ぽんっ、とトモリンの肩の上に現れたココナ。


「本当にすぐに来るんだな……」


「ココナちゃん。今日はね、悪魔の使いを退治しに行くんだよ」


 指でココナに触れるように話しかけるトモリン。


『ココナに任せるコン!』


 ココナは嬉しそうに、肩の上でぴょんっと飛び跳ねた。


「あー。今日は、まずは銀の剣が役に立つのか調べるのが先だから、倒すのは、その後で、な」


 剣の柄を握り、鞘ごと揺らしてみせる。


「ええ。最初は剣の効果を見ましょう。それが終わったら、トモリンとココナに止めを刺してもらうように戦いましょう」


「うん。わかったよー」


「ボク、出番なさそう……」


 まだ眠そうなエマだった。


 ユリィたちは街道の北側の林の中を探索する。


「痕跡が見当たらないわね」


「姫様、私の後ろを歩いてください。そうして頂かないと、私の盾の技能が役に立ちません」


 マルティナは盾技能に長け、槍技能と水属性魔法も使える。いずれもココナに強化してもらっていて、その道の達人レベルにある。


「ええ。頼りにしているわ、マルティナ」


 二人の間に、キラキラ輝くピンク色の霧が流れたような感じがする。


「せめて、道の北側なのか、南側なのかだけでも、書いてあればよかったのにな」


 そんな二人のことをまったく気にもかけず、ミーサは木々の間から見える先のことをしきりに気にしていた。


 街道は林を割るように通っていて、その北側にも南側にも林がある。だから今は、どちらを向いても木々に囲まれている。


「聞いてみる?」


「はい?」


 トモリンの突拍子もない問いかけに、唖然とするミーサ。

 ミーサにはツッコミどころがわからなかった!


「だから、そこの大きなギースの木さんに聞いてみる?」


「トモリン、そんなことができるの?」


 ユリィは半信半疑で尋ねた。通常であれば、そんなことできるはずがない。


「ココナちゃんに会ったときに、いろいろ新しい魔法を使えるようになったんだよ?」


『ココナは、トモリンにいっぱい伝授したコン』


 鼻先を上げ、自慢げに語るココナ。


「くーっ! 私には何の魔法も伝授してくれなかったのに!」


『それは素質がないからだコン。前にも言ったコン』


「ミーサは、剣技の能力を上げてもらったでしょう?」


 同様にユリィも、剣技の能力を上げてもらっている。だから、その効果は十分に理解している。


「魔法を撃たれる前に剣で倒せば、最強」


「剣が、最強……。そ、そうか……?」


 エマの言葉を頭から信じ、照れるように頬を掻くミーサ。ちょろかった。


「じゃあ、聞いてみるね」


 トモリンは目の前にある大きな木に近寄って、幹に手を当てる。


「ギースさん、クマさんの魔物はどこにいる?」


「いやいや、クマの魔物じゃないだろ?」


 ミーサのツッコミもむなしく、トモリンは「あっちだよー!」と皆を誘導し始めた。


「こちら側で、あってたみたい。よかった」


 街道の反対側の林に向かうことなく進んでいることに安堵するエマだった。


 二十本程度木々の間を通過すると、そこには枝が折れたり幹に傷がついている木が散在していた。


「ここで戦闘があったようね」


「姫様。枝の折れた跡は新しいです。それほど日は経っていません」


 折れたばかりの枝は白っぽく、日が経つにつれ、茶色味が濃くなっていく。この周囲の折れた枝は、まだ白っぽい。


「悪魔の使いが近くにいるかもしれないわ。戦闘態勢で注意して探しましょう」


 これまでも剣を鞘から出してはいたが、構えてはいなかった。

 ここから先は剣を構え、隊列を整えて少しずつ進む。


 隊列は、マルティナが前列中央で一歩前。ユリィが前列左、ミーサが前列右。エマが後列左、トモリンが後列右だ。

 エマは銃のような魔道具を構え、トモリンは弓を構えている。この弓は魔法の弓で、ココナから伝授されたものだ。


挿絵(By みてみん)


「何かいたぞ!」


 剣を強く握りしめ、右前方の木の陰を指し示す。


「クマさん!」


「悪魔の使いよ!」


「あれが、悪魔の使いですか……。見ているだけで背筋が寒くなりますね」


 悪魔の使いを初めて見るマルティナは、魔物とは違った気配に寒気を感じている。


「簡易障壁を展開。たぶん、ボクの仕事はこれで終わり」


 エマが指輪を使って障壁を展開した。


『グワオォ!』


 向こうもこちらに気づいたようで、胸の奥に響く大きな叫び声を上げて突進してきた。


 バキッ! バキッ!


 枝の存在を無視するかのように、そのまま折りながら前進してくる。


『ガアァァッ!』


 そして、口を大きく開いて紫色の波動を飛ばした。


「ぐっ!」


 それをマルティナが盾技能を発動して受け止め、波動は消えて行く。

 マルティナの盾の有効範囲が透明なガラスのようなエネルギー体で拡張され、実際の盾の大きさよりも相当広くなっている。

 これは、ココナがマルティナの盾技能の能力を上げたことに由来する。


「そろそろ行くぞ!」


 間合いに入ったと悟ると、ミーサとユリィが飛び出して剣を振るう。

 最初に入った一撃は、ミーサの斜め切りだった。

 続けてユリィの水平切りが決まる。


『グワオォォ!』


 悪魔の使いの表皮が裂け、そこから黒い煙が漏れるように垂れだした。


「効いているわ!」


 痛みを感じるのか、悪魔の使いは仰け反ってもがき、そのまま右腕、左腕と連続して闇雲に大振りしだした。


「すべて受け止めます!」


 マルティナが力を込めて盾を前方に押す。


 ガツッ! バコッ! ガキッ! ドコッ!


 四連続の大振りをすべて盾により阻まれ、怒り狂う悪魔の使いは、苦し紛れにもう一度口から波動を吐き出した。


「その攻撃は見切りました。新しい攻撃を見せてください!」


 マルティナはいとも簡単にそれを防ぎ、余裕さえ見せる。


「もう少し切り込んでみましょう」


「おっしゃあ! 行くぞ!」


 再び、ユリィとミーサが切り込みを入れる。


『グゴオオォォ!』


 やはり、切り込みに合わせて表皮が裂け、そこから黒い煙が漏れる。

 ここで悪魔の使いは宙に浮こうと羽を広げるが、その足元をエマが「ランドショット」で土を盛って埋め立て、浮き上がらせないようにした。


「やることが、あった」


「エマ、ナイスだ!」


「ええ。飛ぶと剣が届かなくなるから、良い判断よ!」


 飛べなくなった悪魔の使いに、何度も追撃を入れるユリィとミーサ。


「なかなか体力があるな」


「ええ。魔物なら、もう倒れていないとおかしいわ」


 切り込んだり、腕を躱したりを繰り返し、額に汗がにじむ。


『これは悪魔だコン。トモリンが魔法で消滅させる方が安全だコン』


 ここでココナが助言を入れる。


「そうなのか?」


 一旦退いて隊列に戻ってから話を聞くミーサ。


『銀の剣で止めを刺しても、数日で復活するコン。ミスリルの剣なら、消滅までできるコン』


 どうやら、漏れだした煙が再び集まって、元の形を形成するらしい。

 目に見えないコアがあって、銀の剣ではそれに深く干渉するのは難しいと言うのだ。


「そう……。それなら、トモリン、止めを刺して!」


「うん。やっちゃうよ! そこの葉っぱさん、鋭く尖ってクマさんをズバっと突き刺して!」


 トモリンが魔法を発動すると、近くの木の枝についている葉がどーんと大きく鋭くなり、そのままビュンっと飛び出して悪魔の使いを貫いた。


『グボォォォ』


 悪魔の使いは、断末魔をあげて体を痙攣けいれんさせ、黒い霧のようになって消えて行く。


「討伐完了だな!」


「悪魔の使い。手の内は覚えました。再び遭遇することがあっても、十分対処できます」


「みんなのおかげで、退治することができたわ。これで、この辺りが安全になったことでしょう」


「今ね、弓、撃てなかったから、今度は、弓を使いたーい!」


「早く、馬車に戻ろう……」


 討伐後の興奮が冷めやまない四人に対し、一人、お疲れモードの娘がいた。

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