035話 第二皇子派の仕返し
ナーティ第二皇子が巡察中に何者かに襲われた事件の情報は、すぐに帝都に伝わった。
「私の大事な息子に手をかける愚か者。すぐに炙り出して始末なさい!」
ナーティ皇子の生みの親で皇妃のヴェロニカは、襲撃の情報を得るや否や、第二皇子派の貴族を密かに招集し、命を下していた。
「ヴェロニカ様、恐れながら申し上げます。高名なシディ将軍がついていたにも関わらず、怪我人の捕縛すらできなかったと聞きました。相手は計画的で相当な手練れです。ここで我々が表立って動いては、相手の思う壺です」
シディ将軍は第二皇子派筆頭の武将だ。歴戦の将であり、これと対等に戦えるなど、相当の手練れだと言えた。
手練れを雇っている貴族を探し出そうにも、手合わせで手を抜いたり、普段のだらけた噂を流しておけば、手練れだとは露呈しない。隠すことは容易だ。
「おそらく、我々が動くことを想定して手を打っているでしょうな」
なんの証拠もない第一皇子派に対して強制捜査に乗り出すことは、相手にとって都合の良いことになる。
濡れ衣を被せられたことを口実として、第一皇子派の意見が強まり、公然と仕返しできる環境が整う恐れがある。
「これは困りましたな……」
「うむ。直接第一皇子を狙おうにも、向こうは手練れ。返り討ちにあって、こちらからの刺客だとすぐにバレてしまうだろう……」
サンテン第一皇子自身が剣技に優れ、さらに今回、第一皇子派に手練れがいることが発覚した。差し向けた刺客が捕えられてしまうと、こちらが指示を出したことが露呈してしまう。だから、実力行使は難しい。
「毒を盛るというのはどうだ?」
「いや、普段の食事はナーティ殿下も同席しておられる。それは駄目だ。それに、外出時の携帯食に混ぜるとしても、どれを持参するのかまでは特定はできない。下手をすると、ナーティ殿下がその毒に当たるかもしれない」
表立って城内の下働きの者までを動かすことができず、細かな部分で策が実現できない。
策はなかなか、まとまらない。
夜も深まった頃、一人の貴族が案を上げた。
「こういうのはどうでしょう?」
淡々と説明がなされる。この案なら、実現は難しいことではない。
集まった面々の同意を得て、それは実行されることとなった。
★ ★ ★
ナーティ第二皇子が巡察から戻り、今週はサンテン第一皇子が巡察に出かけていた。
「サンテン皇子。ここからは警戒を厳にして進みましょうぞ」
王都を出て、一つ目の町を出た所で、ダビデ将軍が進言する。
ダビデ将軍は老齢なシディ将軍の後釜として広く知られる存在だ。
帝都から一つ目の町までは、衛兵の見回り頻度が高く、これまで賊が現れたことなどない。警戒すべきは、衛兵の見回り頻度が下がるこの先の道だ。
「ふんっ! ナーティの奴め。賊に襲われて尻尾を巻いて逃げるとは情けない。奴は日頃の訓練が足りていない。俺は賊ごときには後れはとらない」
ナーティ皇子が襲われたのは、自らを推す第一皇子派の仕業だとは露とも思っていないサンテン皇子。
「それでも、ですぞ。常に斥候を先行させておけば、素早く賊を発見でき、サンテン皇子の威光を恐れて賊が逃げ出す前に急ぎ駆けつけて捕縛することができる、というものですぞ」
裏事情を察しているダビデ将軍は第二皇子派の仕返しを十分に警戒している。
斥候を先行させることで不意討ちを防ぎ、さらに戦闘態勢で臨むことで、賊の戦意を喪失させ、あわよくば捕縛しようと考えているのだ。
ダビデ将軍は、筋骨隆々で強そうな印象があるが、実はちょっとナイーブで傷つきやすい性格であり、物事を丸く収めたがる傾向にあった。
「そうだな。賊に逃げられてはナーティと同じだと言われる。俺は必ず賊を討って見せる。ダビデ将軍、斥候を放ってくれ」
ダビデ将軍は頷き、手を前の方に振ると、二騎の斥候が先行して行った。
それからしばらく、何事もない平穏な行軍が続いた。
ナーティ皇子の事件のこともあり、今回の巡察は武に優れるダビデ将軍、エルフリーデ将軍の他、近衛騎士六人、帝国騎士団八人、文官二人という大所帯になっている。
「ダビデ将軍! 前方に魔物に襲われて家族とはぐれたと言う子供がおります!」
斥候が一騎、戻ってきた。斥候は二騎一組が基本なので、すぐに、代わりの斥候を一騎放つ。
「サンテン皇子、魔物がいるようですな。戦闘態勢で進みましょうぞ」
「魔物か! 案内してくれ!」
サンテン皇子の前と側面に近衛騎士が並び、戦闘態勢で前進を始めた。
曲がりくねった街道を二回曲がった先の林の元に、斥候と子供が待っていた。
子供はローブを頭から深くかぶり、泣きじゃくっている。斥候はそれを宥めようとしているが、うまくできず、オロオロしている。
「魔物は、この先の林の中に入って行ったそうです!」
斥候が林の奥を指差して報告する。
「このような街道に魔物が現れるとは……。で、どのような魔物だったのだ?」
「それが……」
斥候は、子供を見下ろして肩をすくめる。
「魔物に襲われた直後だ。大きな男は怖いのかもしれないな。エルフリーデ将軍、少し聞き出してもらえないだろうか」
「え? 私がか? 仕方ないな」
ボブカットの緑髪に、白いバンダナを巻くエルフリーデ将軍は、槍術に優れた女性だ。
「おい、魔物は何だった? 特徴だけでも良い。教えてくれ!」
馬から降り、子供の前に行き、ぶっきらぼうに言い放った。
騎馬部隊での速攻に定評のあるエルフリーデ将軍は、子供への尋問も、ストレートで迅速だった。
「うわーん!」
子供は大声を上げて、余計に泣き出した。
エルフリーデ将軍は困って頭を掻く。
ダビデ将軍も馬から降り、子供に近づこうとするが、逃げるように後ずさる。
「はっはっは。武で名を馳せる両将軍も、子供の扱いは心得ていないようだな」
サンテン皇子が馬から降り、子供の前まで行き、しゃがんで声をかける。
「君。名前は何と言うのかな?」
数瞬の静寂の後、子供が顔を上げる。ローブは深くかぶったままだ。
「僕はレオ……」
か細い声で答えが返ってきた。
「俺は魔物を退治しに来た。だから、君が見た魔物がどんな奴だったか教えてくれないか?」
できるだけ優しく話すサンテン皇子に、子供は心を開き、魔物の特徴を話し出す。
すべてを話し終えると、「よくがんばったな」と言って子供の頭を撫で、立ち上がるサンテン皇子。
「皆の者、聞いた通りだ! 魔物の容姿はクマに似ているそうだ! 普段であればこのような所に現れる者ではないが、一体であればたいしたことはない! 戦闘態勢のまま、林の中へ行くぞ!」
「御意!」
「懐かれましたな」
子供が、歩き出したサンテン皇子の足に縋りつく。
それを見て、微笑みながらダビデ将軍が言った。
「レオ……だったか。怖いのはわかる。でも、俺は今からお前の家族の仇を取りに行くのだ。君はここでおとなしく待っていてくれ」
サンテン皇子はそう言うと、斥候役の者に子供と馬を預けて林の中へと入って行った。
木々の間をどれぐらい進んだだろう。街道が見えなくなって大分経つ。
「魔物の痕跡です!」
帝国騎士が、木に残された傷を発見した。
それは動物がつけたものにしては深く荒々しい。魔物がつけたものに違いなかった。
足跡も見つかり、本格的な調査が始まった。
「どの方向に行ったか、まだ判明しないのか!?」
「それが、足跡が途中で消えていまして……」
帝国騎士が地面に横顔をつけて探しても、痕跡が途絶えていて、見当たらない。
「そんなはずはない! よく探せ!」
そのときだった。
バキバキッ!
頭上の枝々を折るように、空から何かが降ってきた。
サンテン皇子は即座に剣を構え、近衛騎士もサンテン皇子を守るよう、陣形を組む。
「クマが、空から!?」
木に登っていたものが落ちてきたと言うより、明らかに降ってきたのだ。
木の高所には、このような巨体を支えられるような太い枝はない。
クマのような魔物はヒラリと着地し、二本足で立っている。
「背中に大きな羽が生えておりますぞ!」
背中にコウモリのような黒い羽を生やしたクマのような魔物、それは……。
「報告書にあったな。先日帝都に現れたと言う、取るに足らない魔物だろう? たしか、たまたま居合わせた子供の冒険者が倒したはずだったな」
サンテン皇子は、いちいち細部まで報告書を読むことはない。
これがナーティ皇子だったなら、しっかり読んで詳細を理解していたことだろう。
「それにしては禍々しい闘気を放っておりますな。何か弱点でもあるのでしょうかな?」
ダビデ将軍は、帝国騎士団をまとめる立場の者であり、日々忙しくて、とくに緊急度が高く設定されていなかったこともあり、報告書はまだ見ていなかった。
「名前は、悪魔の使い、ではなかっただろうか? 弱いくせに立派な名前の魔物だな!」
エルフリーデ将軍は報告書に目を通していたようだが、やはり、子供が倒したという部分までしか読んでおらず、完全に気を抜いている。
木々が生い茂る林の中で、剣に持ち替えることをせず、槍のまま悪魔の使いと対峙した。
槍のままだと、木々が邪魔になって方向転換できないのだが、槍の一突きですぐに決着がつくと、高を括っていた。
『グオォォ!』
悪魔の使いの咆哮が、頭の中をかき乱すように鳴り響く。
「うお! な、なんだ、この声は!?」
頭を押さえ、顔をしかめて状況を把握しようとするダビデ将軍。
「魔物の一吠えで怯むなど、帝国軍人の名折れ。者ども、突撃せよ!」
自らを奮い立たせて正気を保ち、全員に突撃を命じたサンテン皇子。
「はあぁぁ!」
「どーりゃああ!」
エルフリーデ将軍の槍とダビデ将軍の剣が、悪魔の使いの胴を捉える。
二人は即座に下がり、続けて近衛騎士、帝国騎士が攻め寄せて切りつけた。
「手応えがありませんぞ!?」
「たしかに私は急所を突いたはずだ! なのに! どうしてだ!?」
『グワォッ!』
悪魔の使いが大きく腕を振りかぶり、鋭い爪で群がる騎士を切り裂いた。
この、たったの一撃で、三人の騎士が倒れ伏した。
「他愛もない。子供が倒した魔物だぞ? どけ! 俺に任せろ!」
サンテン皇子が踏み込み、渾身の一撃を入れる。
「む!?」
確実に深く切り込んだはずだった。しかし、表皮には傷一つついていない。
「まさか、物理攻撃に耐性があるのですかな? 誰か、魔法を撃てる者はおりませぬか?」
近衛騎士の三人が、魔法の詠唱を始めた。
「……ソイルピアス!」
「……ファイアアロー!」
「……アイシクルアロー!」
土の棘、火の矢、氷の矢が悪魔の使いに向かって飛んで行く。
しかし、表皮に阻まれ、傷を与えることはできない。
「こ、これは……」
サンテン皇子は、あっけにとられる。
悪魔の使いは羽を広げて浮かび上がり、口を広げて怪音波のようなものを撃ち出した。
「「うわっ!」」
近衛騎士が次々と倒れて行く。
さらに、悪魔の使いは浮いたまま腕を大振りする。その度に負傷者が出る。
「この!」
槍で突き返そうとエルフリーデ将軍が槍を振るうが、木々が邪魔になって、宙を自在に舞う悪魔の使いに穂先を向けることができない。
「皇子! 危険ですぞ! ここは撤退を!」
「ぐっ! 魔物ごときに後れを取るとは……」
歯を食いしばり、悔しそうにするサンテン皇子。
「そのようなことは些事ですぞ! 今は損害が大きくなる前にご決断を!」
「ええい、わかった! 動ける者は負傷者を抱え、即時撤退だ!」
これ以上の渋面は作れないだろうという、顔じゅうのシワを集めたしかめっつらで、サンテン皇子は撤退を命じた。
遭遇現場を離れ、足早に街道へと向かうサンテン皇子一行。
なぜか、悪魔の使いは追ってこなかった。
「はぁはぁ……。なんとか逃げ切りましたな」
「一時はどうなるかと思った」
「……」
両将軍の言葉に、サンテン皇子は黙って口を噤んでいる。
よほど悔しかったのだろう。
やがて、街道に戻ると、待っていた帝国騎士が驚きの顔で出迎えた。
「ど、どうなされました?」
肩を貸し合ってよろけながら歩いてくる同僚に、一体、何があったのか、一抹の不安を隠しきれずに問いかけた。
「見ての通り、惨敗だ」
「え?」
この騎士は、二の句を継ぐことはできなかった。
「うわーん!」
重い空気に感化され、子供が再び泣き出した。
これはしまった、と思い、サンテン皇子は無理矢理笑顔を作ってしゃがみ込む。
「大丈夫だ。止めはさせなかったが、手負いにはしてやった。仇はとってやったのだ」
「本当?」
「ああ、本当だ……」
涙を拭きながら、サンテン皇子に縋りつく子供。
「急いで次の町に行きましょう。負傷者の手当てが必要です」
サンテン皇子の一行には、一人、まともな回復魔法士が帯同しているのだが、それだけではとても手に負えない数の負傷者だった。
もし、サンテン皇子が報告書を細部まで読んでいたなら、この回復魔法士に光属性魔法を撃たせて悪魔の使いを拘束することで、倒すことはできなくとも被害を抑えることができたのだが……。
通常の戦闘において、回復魔法士は回復に専念し、攻撃参加しないのが軍隊におけるセオリーだ。だから、試し撃ちすらしていない。
歩けない者は馬に乗せ、腕を負傷している者は肩を貸し合って歩き、一行はやっとの思いで目的の町に着いた。
この町の領主館は、代官専用として設計されており、皇族が泊まれるようにはなっていない。
サンテン皇子一行は宿屋へと向かった。
「この子はどうしますかな?」
「可哀想だが、もう身寄りがないのだろう? 帝都の孤児院に預けるしかないだろう」
「そうですな……。レオ君だったかな? 今宵は私の部屋で預かりましょうかな?」
ダビデ将軍の誘いに、子供は震えてサンテン皇子に抱き着く。
「大きな男が怖いのだ。女性のエルフリーデ将軍なら、どうだ?」
サンテン皇子は子供の背中を押し、エルフリーデ将軍のほうへと歩かせようとするが、しっかりと腰の辺りを掴んで離さない。
「私は、嫌われているようだ」
最後にぴゅーっと口笛を吹いて見せるエルフリーデ将軍。
「両親を失ったのだ……。仕方あるまい。今夜は俺が面倒を見よう」
その言葉に、ぱあっと笑顔になる子供。
宿屋に入ると、ローブを深くかぶり、顔を見せないようにしてサンテン皇子の後ろをついていく。
宛がわれた最高級の部屋に入ると、サンテン皇子は、早速、風呂に入る。
風呂は低料金の部屋にはない、特別な設備だ。
「レオ、だったか。君も汚れているだろう? 一緒に入れ。俺が洗ってやる」
先に風呂場の扉へと消えて行き、思い出したように子供へと声をかける。意外と面倒見の良いサンテン皇子だった。
「うん……」
遅れて、子供が脱衣し、風呂場の扉を開ける。
湯気が充満していて、サンテン皇子の姿はぼんやりとしかわからない。
「そこに座れ。俺が洗ってやる」
木で作られた椅子。そこに腰かける子供。
サンテン皇子は、子供の背中側に座り、布に石鹸を擦って泡を立て、子供の背中、腕、足と洗っていく。
「んんっ」
胸の辺りを洗おうとしたとき、子供が声をだした。
「くすぐったいのはわかるが、我慢しろ」
「ん……、ん……」
洗っていると、断続的に声が漏れる。
変な奴だ。そう思い、洗い続けると、股間の辺りでは、するりと布が抵抗なく通り過ぎた。
「あっ……」
「だから、変な声を出すなと言っているのだ」
おかしいなと思いもう一度布を戻すと、やはり、するりと通る。
もしや、と思い、胸の辺りに、もう一度洗うように布を当てると、その部分が、わずかに膨らんでいることに気がついた。
「も、も、もしかして! レオ君は女の子だったのか!?」
「……うん。レオナ、もう、お嫁にいけない……」
小さく頷く子供。
サンテン皇子は驚いて椅子から転げ落ち、子供を洗い流すことも忘れて湯船に逃げ込む。
これは、子供だ。しかも、自分が故意に連れ込んだわけではない。だから何の罪もない。そう、自分自身に言い聞かせた。それから、
「レ、レオナ。今夜のことは他言無用だ。君はレオ。男の子だ。わかったな」
「……うん」
強引に言い聞かせて、秘密の出来事にしてしまった。
翌朝。
ローブの頭の部分をかぶらずに顔を出した状態で部屋から出てきた子供。サンテン皇子の後ろを歩いていてサンテン皇子はそれに気づいていない。
宿屋の主が、少し驚いた表情をして子供を見る。
「あんた、隣町のグリセランヌさんと似てるね。昔、取引したことがあって、覚えているんだ」
「僕、レオナ・グリセランヌ」
無邪気な顔で、にこやかに答える子供。
「たしか、あそこの子供は娘さんだったと思うんだが……」
「えへへ……」
笑って誤魔化したのだが、それがかえって宿屋の主の憶測を生んだ。
「第一皇子殿下は、幼女趣味であらせられましたか……」
小声でボソッと漏らしてしまった。歳を取ると、無意識に独り言が増えるものなのだ。
先にロビーの椅子に座って待っていたダビデ将軍の耳に、なんとなくその言葉が耳に入った。そして、子供の顔を、体を凝視する。
「お、女の子ではありませぬか……」
「ん? 女の子……?」
一緒に座っていたエルフリーデ将軍も、ダビデ将軍の見ている先を確認する。
「少女と知りつつ、一夜を過ごされましたか……」
「なんと、そのようなご趣味が……」
その二人の反応で、何を言っているのかようやく理解したサンテン皇子。
「あ、これは、誤解だ……。いや、口外無用だ! わかったな!」
慌てて、あらぬ噂の打ち消しに取りかかる。
「サンテン皇子殿下には、優しくしてもらったよ」
「君も、発言を慎め!」
子供の発言が、さらなる憶測を生むのだった……。




