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030話 テイン皇帝とユリィ

 一週間ほど、時は遡る。

 下級貴族のユリィ・ワイヤードが皇女ユリィ・エイクスと同化して消えてから初めて迎える休日。


 二人分の記憶を持つこととなった皇女ユリィは、皇帝の住まうベシーク城へと赴いた。

 父親であるテイン皇帝に、今後の予定の承認と、それに伴う予算の割り当てを請願しに来たのだ。


 ユリィが休日に城に戻ることなど珍しいので、その夜は豪華な晩餐会となった。

 テイン皇帝、皇妃、サンテン第一皇子、ナーティ第二皇子のほか、ユリィの求めで宰相など、政治に関わる文官が数名、同席している。


「ユリィよ。魔法学園のほうはどうだ? 学問は順調に学べておるか? ん? 剣技や体術はどうじゃ?」


「お父様。学園では良き経験を積ませてもらっているわ。まだ一年生だから、基本的なことしか習っていないけど、それでも、新たに気づくことはたくさんあるわ」


「そうかそうか。それは良いことだ」


 明るい顔で答えるユリィに対し、二度頷いて、ゆっくりとフォークを動かすテイン皇帝。


 世間話で場を和ませ、食事がある程度進んだところで、ユリィは話を切りだす。


「お父様。近衛騎士を数名、追加したいの。よろしいかしら?」


「一人、つけておるが、不満か? 解任して新しい者を見繕うと言うのじゃな?」


 普段、家族だけでの夕食であれば、テイン皇帝はもう少し砕けた言葉で話すのだが、今は宰相など、部外者が同席している。だから威厳を保つため、皇帝らしく話している。


「違うわ。追加するの。素晴らしい才能の持ち主を三名みつけたわ。帝国に必要な人材よ。皇女近衛騎士として確保しないといけないわ」


「そうかそうか。うむ。よかろう。好きにするがよい」


 テイン皇帝は、にこやかな顔をしながら、肉をナイフで切り取り、フォークで口に運ぶ。帝国の将来を考慮した娘の発言に、少し心が緩んだ。


「皇帝陛下。失礼しますが、学園に近衛騎士をさらに三名追加するとなると、前例のないことになりまする。通例ですと、同い年の上級貴族から一名選出することになっております。そのあたりの学園の規律を改定しないことには……」


 宰相が口を挟んだ。


「それぐらい、余も知っておるわ。よきに計らえ」


 テイン皇帝も若い頃は学園の生徒だった。学園担当の近衛騎士が一名だということぐらい知っている。


「オイゲン。詳しいことは、明日、伝えるわ」


 オイゲンとは宰相の名前だ。


「ユリィ皇女殿下、畏まりました」


 同席している文官たちがそわそわしている。

 学園の規律を修正して新たに定めることは、難しいことらしい。

 そして翌日に、追加する三名の身分と、その期日を聞かされて大混乱になるのは、実務の者には可哀想な話であった。


「それとお父様。貴族の納税で序列をつけているでしょう? あれによる優遇措置を、緩やかに撤廃して欲しいの」


 ちらりと流し目でテイン皇帝を見、それから視線を落として話した。


「貴族が納税額を高めるよう競い合うことは、帝国にとって良いことではないか?」


 顔に「なぜだ?」と書いてあるテイン皇帝。


「ええ。確かに、貴族が競い合うことは帝国の発展に良い影響を与えているわ。でも、その慣習が一般市民にまで浸透しているのは、是正していかないといけないと思うの」


「それは、どういうことだ?」


「町の民が、村の民から略奪行為を平然と行っているわ。でも、領主はそれを正しく裁くことができないの。納税の多い町の民の言い分を優先するのが通例となっているから」


「オイゲン、そうなのか?」


 オイゲン宰相に確認するテイン皇帝。しかしオイゲン宰相は首を傾げ、眉を寄せてうなるように考え込む。

 ユリィのように、実際に町や村で虐げられるような経験をしたことのない二人には、想像できない話だった。


「略奪、ですか……」


 オイゲン宰相は首を傾げたまま、「誰か、知っている者はおりませぬか?」と、文官に話を振る。そこでようやく一つの答えが得られた。


「領主の裁定では、村の民よりも町の民の言い分を通すようにするのが通例のようですな。そして、略奪のような行為も、実際にあるそうです」


 オイゲン宰相が、文官から聞いた話を、そのまま伝えた。

 上に立つ者は、実際の現場のことを詳細に知ることはなく、ユリィであっても、体験して初めて知り得た事実だった。


「それはけしからん! 略奪を正当化するなど、もってのほかだ!」


「ははっ。直ちに見直しを進めまする」


 オイゲン宰相は一礼し、懐から出したメモ帳に、与えられた任務について書き込む。


「それだけではないわ。貴族同士でも、似たようなことが発生しているの。序列そのものが貴族の権力に置き換えられていて、序列の上位の者が下位の者に何をしても良いという風習が出来上がっているわ」


「序列上位の者に権威を与えるのは、間違ったことではなかろう?」


 口ひげを摩りながら話すテイン皇帝。


「ええ。形だけの権威であれば問題ないわ。虚栄心を煽る意味で、帝国には良い影響がある。でも、実力行使で下位の者を抑え込むこと、そして、それを帝国が正当だと認めることはいけないと思うの」


 テイン皇帝は、ふむ、と一声発して口ひげをつまみ、指ではじく。


「ユリィの言っていることは、こういうことか? 上級貴族が下級貴族に命令を下してはいけない、下級貴族が上級貴族に逆らっても、帝国は関与しない……」


 ユリィは首を横に振る。


「いいえ、違うわ。命令系統の話じゃないの。同じ下級貴族同士であっても、序列が違うだけで、理不尽な振る舞いが正当化されるということなの」


 オイゲン宰相は、ハラハラしながら黙って成り行きを見守っている。


「サンテンよ、なんじはどう思う?」


 ここでテイン皇帝はサンテン第一皇子に話を振った。


「実力があれば、序列など無意味。序列が下だから理不尽な処遇に遭うわけではなく、それは実力がない結果に過ぎない。だから、実力をつけて見返せば済むことであって、自らの実力のなさを悔いるべきだ」


 サンテン第一皇子は実直で、力こそすべてと思うフシがある。剣術など体を動かすことが得意で、考えることは苦手だ。


「ナーティよ、汝はどう思う?」


 今度はナーティ第二皇子に話を振った。


「そうですね……。理不尽な行為を、帝国が正当化してはいけません。しかし、何をもって理不尽と定義するかは、当事者間で決まる事ですので、明文化することは難しいでしょう」


 穏やかな口調で、温和で学業優秀なナーティ第二皇子らしい答えだった。剣術とか体を動かすことは得意ではない。


 サンテン第一皇子は側室の子であり、大きくなるまでは後宮で育てられていた。それに対してナーティ第二皇子は皇妃の子であり、幼少期より城で育てられ、多くの文官や騎士たちと交流を持っている。

 育つ環境が異なると、こうも性格が異なるようになるようだ。持って生まれた個性も、もちろん影響している。


「では、余の考えじゃ。貴族同士のいさかいに帝国が口を挟むことは良いことではない。よって、帝国としてはこの件には関わらない。ただし、裁定が必要となったときには、序列のことは考えから除外するよう努めようぞ。わかったな、オイゲン」


「ははっ。御意のままにございます」


 メモ帳にいろいろ書き込むオイゲン宰相。皇帝不在の場合や、軽微な争いごとについては、代理として裁定を下すこともある。


「お父様。理解してくださって有り難く思うわ。あと二つほど、いいかしら?」


 完全な理解は得られなかったが、思った以上の前向きな考えを聞くことができたので、この件については、ひとまずは良しとしたユリィ。


「おお、まだあるのか。うむ。良いことじゃ。学園で多くを学んでおる証よのお」


 上機嫌にデザートを頬張るテイン皇帝。


「下級貴族のダスティ家が、モンバートの町の北の土地を開拓しているわ。それに帝国も資金面で助力して欲しいの」


「オイゲン、そうなのか?」


 下級貴族が土地を開拓していることなど、皇帝の耳には入らない。


「……ダスティ家、モンバート……。あ、聞いております。モンバートの北にある広大な未開拓地を切り拓いて町を作っております」


 顎の横に指を当てて考え、詳細を思い出すと、指を前に向けて話した。

 それを聞いて、テイン皇帝は、ふーっと鼻から息を漏らしてから話し出す。


「そうであるか。貴族が土地を開拓するのは当たり前のこと。それに帝国が援助することはできぬ。このことはユリィとて、知っておろう?」


「知っているわ。それでも、地理的にあの土地は帝国の未来を左右する要衝の地。ビノラ王国と事を構える際には、前線への補給基地となるに違いないわ。現在のモンバートの町を拡張しようにも、周囲が岩石地帯だから、これ以上町を広げることは困難ですし」


 実際、モンバートの町は長年かけて徐々に拡張されてきた。そのスピードでは、ユリィの望む期日には間に合わない。


「うむ……。地図を」


「ははっ」


 文官の一人が退席し、急いで地図を持って戻ってきた。


「こちらに」


 テイン皇帝とユリィの間に地図が吊された。 

挿絵(By みてみん)


「なるほど……」


 テイン皇帝は地図に目を向け、考え込む。


「ビノラ王国との国境付近にある、リゴウ要塞の備蓄では長くは持たせられない。補給が肝要と申すのか。それに、リゴウ要塞の周囲の町は規模が小さく、備蓄を置くにはいささか不安、か」


 備蓄を置くということは、敵の攻撃目標になりやすいということにもなる。ある程度の規模の町でないと、まとまった数の守兵を常駐できない。


「開発に資金援助し、さらに、土地の一部を買い取って大きな倉庫を建てて欲しいの」


「ユリィの申す事、一理ある。オイゲン、手配をするのじゃ」


 今日のオイゲン宰相は、いつも以上に汗をかいている。一度にこれだけ多くの指示を受けることなど、滅多にないからだ。

 それに、前例のないことばかりで、どのように進めるか、頭がフル回転状態になっていることもその要因の一つだ。


「そして、早急に備蓄を始めて欲しいの」


「ビノラ王国が攻めてくることもなかろう。そう急ぐ案件でもないと思うのじゃが」


 ユリィの頭の中には、前の世界線における経験が詰まっている。町の開拓や、食料の備蓄は単に戦争のために用意するのではない。


「戦争だけが備蓄の使い道じゃないわ。備蓄の使途に私の裁量を認めてもらえれば、きっと、帝国のためになる。それには、時間がないの」


「うむ……。帝国のためになる、か……。よかろう。ユリィが政治について大いに興味を持った祝いじゃ。好きにいたせ」


 結局、理由も聞かずに認可してしまう、娘に甘い皇帝だった。


「お父様、ありがとう。オイゲン、詳細は明日伝えるわ」


 にこやかに礼を言うユリィ。

 なぜかこの笑みを見て、オイゲン宰相は背筋が凍るような寒気を感じていた。


 オイゲン宰相を始めとした文官一同は、この件について、翌日度肝を抜かされることになる。文官たちにとっては超忙しい日々が始まるのであった。


「サンテン、それとナーティ。汝らにも、もう少し政治に興味を持って欲しい物じゃ」


 毎日剣の稽古や軍の訓練に参加しているサンテン皇子。

 決して政治に興味がないわけではないが、絵画や音楽など芸術に多大な関心を示すナーティ皇子。


 両者は、テイン皇帝に直接政治的物言いをしたことがなかった。それだけに、今回のユリィの申し出が、テイン皇帝にとってうれしいことであった。言い換えると、親バカなのであった。

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