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021話 伝説の始まり 前編

 ついに始まった期末試験。

 まずは実技系の試験が授業中に行われ、その次の週は、連日筆記試験詰めとなった。


「ああ~、数字が背後から追いかけて来るぞ~」


 算数の試験で、数字恐怖症になったミーサ。

 試験結果が知らされるまで、落ち着いてはいられない。


「いよいよ今日からね」

「うん。ドキドキだね!」

「大丈夫。みんなで勉強した。だから怖くない」


 ユリィを除き、三人はいずれかの科目で赤点の可能性があった。

 今日からの授業は、主に試験結果の発表、それと正解の説明となる。

 時限が進むごとに、誰かがドキドキしている。


 算数の授業では。


「いやっほー! やったぞ! 赤点じゃないぞ!」


 赤点を免れたミーサが大手を振って喜んでいた。

 答案用紙受領時に何名か青い顔をする者がいたので、この世界において、掛け算は高等な学問の一種なのかもしれない。


「ミーサ、見せて」


「ほらよ」


 エマが答案用紙の再確認をする。採点ミスはなく、実力でもぎとった合格点だ。


「これで一安心ね」


 ミーサが毎日憂鬱な顔をしていたから、心配をしていたユリィ。肩の荷が下りた気分だ。


 歴史の授業では。


「これでエルフさんとドワーフさんが争わなくって済むよ!」


 毎日、トモリンの頭の中ではエルフとドワーフが殴り合いを繰り返していた。そこにようやく平和が訪れた。

 今ではエルフとドワーフが肩を組み合ってダンスを踊っている。


 なお、筆記試験に先だって行われていた実技系試験。トモリンとエマ両者の懸案事項であった体術や剣術において、二人ともなんとか赤点を免れていて、さらにミーサが、苦手だった錬金術においても予想以上の点を採れていた。

 全員、赤点による補習はなしだ!


「夏休みは四人揃って、ユリィの家へ行くぞー!」


「「おー!」」


 トモリンの家でもあるのだが……。

 こうして、四人揃って帝都の東、ミレイニーの町へ遊びに行くことが決定した。



 帝国歴300年7月。

 夏休み初日。

 雲一つないくらいに晴れ渡り、学園の庭木のあちこちでセミが鳴いている。そこに馬の蹄の音と、馬車の車輪が転がる音が混ざり、だんだん近づいてくる。


 学園寮の前に、ワイヤード家から迎えの馬車がやってきたのだ。

 ミレイニーの町にミーサたちを連れて遊びに行くことは、ユリィにより、ルデイルにはあらかじめ手紙で知らせてあった。


「わー。アルミンさん、おひさ~」


「アルミン、よろしく頼むわ」


 迎えに来たのは執事のアルミン。ルデイルは来ていない。


「お嬢様がた、お久しぶりでございます。それとご学友のお二方、初めてお目にかかります。私はワイヤード家の執事のアルミンでございます。私がワイヤード邸までご案内しますので、どうぞ、ごゆるりとおくつろぎください」


 全員が乗り込むと、馬車は緩やかに出発した。


 今日は皆、先日購入した私服姿だ。

 ワイヤード邸のあるミレイニーの町まで数日かかる。四人は、途中の町でも買い物とか、観光を楽しむつもりでいる。


「帝都を出るのは、野外演習以来だな!」


 帝都の東門をくぐると、背後には大きな城壁が視界いっぱいに広がって見える。


(この堅固な城壁が、一瞬で……)


 ユリィは前の世界線での出来事を思い起こす。

 どんな堅固な城壁でも、ドラゴンにかかれば、薄板も同然だった。


「たくさんの人がいるね」


 帝都へとつながる街道は、人の往来も多く、それを見ているだけでも観光をしている気分になる。


 商材を積んだ馬車や、乗合馬車、馬にまたがる衛兵。荷車を引く者や、徒歩で移動する冒険者風の者。ときどき、牛やブタを載せた馬車が通り過ぎて行く。


「この先は畜産業の町よ。帝都に食材を供給しているわ」


 帝都にはたくさんの人が住んでいる。そこで消費される食材の多くは、近隣の町で生産されている。

 その結果、帝都は食材の生産能力が低く、戦時に備えて、干し肉や乾パン、塩漬け野菜など、日持ちのする物を城に大量に備蓄している。


 トモリンは、そんな帝国の常識的なことがスッポリと抜け落ちており、勉強の一環として、わざわざユリィが説明をした。

 来るときにも通った町ではあるが、そのときには、ここまで常識を知らないとは思っていなくて説明はしていなかった。


「お肉、お肉♪」


 トモリンがどこまで真摯に受け止めているのか、疑わしいところではある。とりあえず、肉を生産している町だということは頭に入ったようだ。


 トモリンは、自身の弓で射ることなく肉を食べられる現在の生活が、いたく気に入っていて、完全に肉食系女子となっていた。

 そして、宿屋に着くと、その食堂で早速焼肉パーティが始まるのであった……。


「うわあ! 網で焼くんだね!」


 何でも焼ける鉄板を使って焼くか、串刺しにして火あぶりにするのが山の民流の調理方法だ。

 前世では網での焼肉を体験しているのだが、トモリンにとってはあくまでも夢の中での経験なので、現実ではこれが初めての体験であり、ワクワクが止まらない。


「そうね。自分で焼くスタイルは、初めてね」


 ユリィとしては、できている物が運ばれてくるのが普通であり、自らの手で焼くとは夢にも思っていなかった。


「よし! 今日は食うぞ!」


 アルミンが支払いをするとのことだったので、腹いっぱい焼肉を食べようと意気込むミーサ。彼女の辞書には「遠慮」の文言はないのかもしれない。貧乏貴族は、家で腹いっぱいの焼肉を食べることはないらしい。


 網の上に並べた赤い肉が、徐々に焼けた色に変わりだした。


「焼けた焼けた!」


「すぐに次のを置かないと、待ってられないぞ!」


 トングで焼けた肉を皿に移動し、生肉用のトングに持ち替えて、肉を網の上に並べるミーサ。


 普段この宿ではトングを使い分ける習慣はないのだが、特別にトングを注文して、生肉と焼けた肉とで使い分けている。こういうところは、なぜか夢の中での経験を優先するトモリンだった。


「柔らかいねー。肉の匂いも気にならなくて、これならどれだけでも食べれるよ!」


 部位にもよるが、鉄板で焼くと、肉汁と脂分が染み出て煮物のようになり、臭みが際立つことがある。でも、網で焼くと肉汁や脂分が垂れ落ちてサッパリとした焼き加減となり、食が進む。


「焼肉はうまいな! うーん、止まんないな!」


 細かいことにはこだわらず、フォークで一刺しし、口に放り込む。とにかく量をこなすミーサ。

 あっという間に、空き皿が山積みになる。これでも店員が何回も往復して皿を回収しているのだが。


「ミーサちゃんのは、全然焼けてないよ! 生だよ、それ!」


「そうか? 焦がしたらもったいないじゃん! うまければなんでも大丈夫だ!」


 そんな二人の前で、ユリィとエマはフォークとナイフで小さく切って上品に食べている。肉の消費スピードの差は歴然だ。


 トモリンとミーサの食べっぷりは途方もなく、ユリィとエマの五倍は食べたのではないだろうか。普段は学園や寮で定食しか食べていないから、こんなに食べるとは考えたこともなかった後者の二人だった。



 移動二日目。今日も晴れ。

 馬車は街道を東へと進んでいる。

 昼下がり。馬車は街道沿いの町の中へと入って行く。

 ここで観光をするため、本日の移動はこれで終了だ。


「それでは、お嬢様がた、お気をつけていってらっしゃいませ」


 宿に到着すると、執事のアルミンが手早く手続きを済ませ、トモリンたち四人が町に繰り出す。アルミンは宿屋で待機だ。

 迷子になるなどの万一の連絡用に魔道具の「ささやき鳥」を預かっているから、アルミンとは連絡を取ることができる。


「この町の名産品はオレンジチーズケーキ」


 大商人の娘として売れ筋商品の情報に詳しいエマによると、これはベイクドチーズケーキの上に、シロップ浸けになったオレンジが敷き詰められている品で、甘味の中に残るオレンジのほのかな酸味、それとオレンジの皮の薄らいだ苦みが、ベースのチーズケーキとマッチして絶妙なハーモニーを奏でているそうだ。


 真っ先にオレンジチーズケーキを堪能し、次に向かったのは、観光名所となっている古戦場跡地。町の南の外れにある。


「ここで、初代皇帝は迫りくる獣国軍の将軍デーブを、寡兵で破った」


 エマは実はレキジョであり、初代皇帝の偉業について詳しい。

 詳細が語られるのだが、皆、聞き流す。

 おおまかには、次の内容だった。


 奇襲により、敵本陣へと突入した初代皇帝を筆頭とする建国の四天王。

 そこで敵のブタ獣人デーブ将軍と直接戦う機会を得た。

 デーブ将軍は脂肪の多い巨漢で、チェインメイルと脂肪の弾力効果で剣も魔法も効かなかった。


 どんな攻撃も寄せ付けないデーブ将軍の腹部の脂肪を、四天王の四人が同時に放った魔法で脇に寄せ、そこに初代皇帝が剣を突き立てた。


 熱く語るエマだったが、初代皇帝の伝説は脚色されている要素が強く、いまいち現実味が湧かない三人。


とどめとして、この岩に、デーブ将軍ごと剣を突き立てたとされている。この傷が、剣が刺さった跡」


 エマが大きな岩についている、縦長の穴のような部分を摩る。


「へー。四人同時に魔法を放ったんだ! 格好いいね! 私たちもやろうよ!」


 一名、少し遅れて食いついた。


「二年生になって、魔法が使えるようになったら、やろうな!」


 契約の石により魔法が伝授されるのは二年生になってからだ。だから、通常の一年生は魔法を使えない。生まれつき魔法を使えるトモリンや、二回目の学園生活のユリィのほうが特別なのだ。


「すまんが、君たち、頼みごとを聞いてもらえないだろうか?」


 突然、近くのベンチに座る男から声がかかった。

 年の頃は三十台前半ぐらいだろうか。もしかするともっと若いかもしれない。

 身なりからは、貴族ではなく、町の民のようだと推測できる。


「私たちにかしら?」

「こっちを見てる。だから、間違いない」

「ひょっとして、アイドルデビュー!?」

「アイドルデビューって、なんだよ!?」


 夢の中の記憶により、町でスカウトされるとアイドルになれると思い込んでいるトモリン。アイドルだけとは限らないから注意が必要だ。高い壺の販売かもしれない。


 意を決して男に近寄る四人。


「実は、僕の初恋の人を探して欲しいんだ」


「初恋の人を? どうして私たちが?」


 ユリィが怪訝そうに尋ねる。


「あれ? 君たちは冒険者ではないのかい? ごめん。冒険者だったら人探しのような依頼も受けてくれるって聞いていたものだから……」


 冒険者風の格好をしている四人。貴族街で購入したから、ちょっと意匠が派手だけど。


「みんなは、どうする? 探すのを手伝ってあげる?」


「時間はあるし、いいんじゃないか?」


「うん。困っているなら、助ける」


「簡単なことだよ、ミーサ君!」


 口ひげを貼り付け、パイプを口にくわえて答えるトモリン。帝都の雑貨屋ではいろいろ小物を扱っていたようだ。


「何だよ、その格好は!?」


 ミーサのツッコミが入る。


「ありがとう。受けてくれるんだね。僕はフランツ。靴職人をしている――」


 フランツは若い頃にこの町を出て、帝都に働きに行った。

 ちょうどユリィたちの年頃のときに。

 そのときの初恋の人、マルガを探して欲しいのだと。

 依頼料は金貨一枚。


「あの頃は毛先がくるっと丸くなるショートヘアだったなあ。髪の色は紫色。笑顔がかわいらしくて、綺麗な字を書く清楚な少女だった……」


 記憶につき、美化していることは否めない……。

 マルガは当時、この町の西の方、教会の近くに住んでいた。

 もう、嫁に行ってそこにはいないだろう。

 どこかで働いているのなら、その姿を遠くから一目、見てみたい。


「当時、一緒に帝都に行こうと誘う勇気が僕にはなく、単身、この町を出たんだ。今さら、会って話をすることはしない。当時のことを振り返って、彼女の今の幸せを壊すようなことはしたくないから……。ただ、今でも気になっている……。彼女の姿を一目、見たいだけなんだ……」


 想いは一途で、現在でも独身のフランツ。遠くでマルガの幸せを祈ることが彼にとっての愛情表現のようだ。


「ええ。依頼の内容はわかったわ。今の話だと、あなたが探していることは伏せておきたいのね?」


「そうして欲しい。僕には名乗り出る資格はないと思っているから」


 フランツは鼻元を二回指で摩ると、照れるように目線を落とした。


「わかったわ。西の方、教会の近くで、それとなく聞き取りをしてみるわ」


「よろしく頼む」


 依頼を受けて、西に向かって歩き出す四人。


「冒険者って、こんな仕事をしているんだな」


「なんでも屋。商隊の護衛をすることもある。ミーサも冒険者になる可能性は十分にある」


 貴族であっても、家督を継げない者は冒険者になることもある。ミーサは長子とはいえ、貴族である以上は、いつ弟ができてもおかしくない立場だ。ただ、貧乏でその可能性が低いだけで……。


「私が冒険者に? ないない。私は帝国軍に志願して、出世街道まっしぐらになるからな!」


 ミーサの腕前なら、志願すれば合格はするだろう。でも、出世するかどうかは別の話だ。

なっしんぐ☆です。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

次話以降、物語の根幹となる活躍・事象が連続で登場する予定です。

今後とも、何卒よろしくお願いします。

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