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013話 昨日のこと、来週のこと

 学園寮に戻ったユリィたち。

 ミーサの部屋の前で、トモリンはポーチから荷物を取り出してミーサに渡す。


「サンキュー」


「そのお花に、水をあげないといけないよ」


 胸に刺す赤い花を指差すトモリン。


「あ、そうだな。グラスにでも入れておくとするか」


 ミーサは一度胸元に視線をやり、それから棚にあるグラスを取り出す。

 ウォーターピッチャーからグラスに水を注ぎ、胸元の花を添える。

 それを見届けたトモリンは、「みんなで競争だからねー」と言い残して自分の部屋へと戻って行った。


「これ、鉢植えじゃないぞ。競争って言ったって、なあ」


 残されたのは、困惑顔のミーサだった。


 トモリンは自分の部屋に帰ると、ポーチから青い花の鉢を取り出し、窓辺に置いた。鉢の下には小皿を敷いている。


「ここなら日当たりもいいし、よく育つよね!」


 寮の窓は西に面していて、午後にはよく日が差し込む。

 花に水をやりながら、頬に人差し指を当てて考える。


「魔法を使えば、おっきくなるよね……。使っちゃおうかな」


 いざ魔法を唱えんと手を伸ばしたところで。


「みんなは魔法を使えないから、競争にならないかな? てへ」


 自身の愚かな行為にようやく気づいた。


「明日、見せあいっこしよーっと!」


 通常の草花は、そんなに早くは育たない。残念な考えが止まらないトモリンだった。



 翌日。

 いつものように講義室に行くと、なぜだか、皆の視線を集めているような気がする。


「なあ。みんなが見ているような気がするんだけど……」


「そうね……。何かあったのかしら?」


 エマは聞き耳を立てて、周囲でヒソヒソ話す声の内容を聞き取る。


「みんな、昨日のことを噂している」


「昨日のことって、あれか?」


「うん。悪魔の使い」


 ミーサの目線がエマに向けられると、エマはゆっくりと頷いた。


「噂って、こんなに早く広まるものなのね……」


 全寮制の学園の中では、町での出来事はそれほど早く広まるものではない。通常であれば、城からの知らせを待つことになるだろう。そしてその処理はそんなに早いものではない。

 だから、実際に町で被害者として体験したか、物陰から見ていた生徒がいたのだろう。


 基本的に、ヒソヒソ話は四人を称賛するもののようだが、一部にそれが気に食わない集団がいて、声を大にしては言えないようだ。


「チッ! どいつもこいつもよ。ちょっとクマを倒したからって英雄だか何だか知らねーがよ」


「そうだ、そうだ!」


「本当は、教会の司祭が倒したんだろ? まるであいつらが倒したみたいじゃねえか。ふん! 偽英雄だ。わっはっは」


「偽者! 偽者!」


 ユリィの鋭い目線が、声の出所のほうに向く。


「ひっ!」


 男の怯える声に、急に静まり返る講義室。皇女由来の睨みは、それだけで下賤な者を圧倒する。

 ここで先生が講義室に入ってきて、授業が開始された。


 昼休み。

 四人は食堂へ行った。

 この時間帯は、食堂にいるのは一年生と二年生のみで、三年生は既に昼休みが終わっている。


「いつ来ても、広いよねー、食堂」


「わざわざ三年生を分けなくてもいい気がするよな」


「それには事情があるのよ――」


 エイクス魔法学園は帝国貴族の義務教育であり、すべての貴族の子供を受け入れられるよう、配慮してある。

 子供の数が多い時もあれば少ない時もある。今は少ない年代なのだが、学園としては多い方にあわせて運営している。

 子供の数が多い年代でも食堂に全生徒が入れるようにするため、三年生だけ時間をずらしているのだ。


 調理員に対する配慮、という事情もある。

 本来であれば、戦争時における粗食に慣れるため、贅沢のない食事習慣を身につける目的があるのだが、粗食であっても、貴族は冷めた物にとかく文句を言う生き物なのだ。


「へえ。ユリィは詳しいんだな」


 トレイに料理を載せて運び、六人掛けのテーブルに四人で座る。


「これが粗食だなんて、あり得ないよ! とってもおいしいし!」


「うん。トモリンに賛同。おいしい」


「そうね。とってもおいしいわね……」


 逃避行で知った、草花の味。それはただ空腹を満たすだけの物。

 貴族は食堂での料理を粗食だと言って嫌うけど、とてもありがたみのある、おいしい物に思えるユリィ。


 それに、戦場ではもっと悲惨な食事になることをユリィは知っている。

 荷車に積み込む干し肉や乾パンの山。専属の料理人を帯同する貴族も一部いるが、新鮮な食材は日持ちしない。結局粗食になって行くのだ。


 山育ちで、まともな料理を食べてこなかったトモリン。

 大商人の娘だけど、それほど贅沢な食事はしていないエマの家。

 下級貴族の底辺で、貧乏が身に染みているミーサ。

 四人それぞれ思惑は違うが、食堂での食事は十分に贅沢であった。


「司祭の人、変なこと言ってたね~」


 朝の出来事もあり、四人の話は自然と昨日のことになっていった。


「ええ。悪魔の使いは誰かが召喚しないと、この世界には現れないって――」


 司祭が人々の治癒を行っている間、四人は隣に並んでいろいろ話を聞いていた。


 悪魔の使いは、悪魔召喚石を使って呼び出すもの。

 召喚される悪魔は、悪魔召喚石の等級により、下級悪魔から上級悪魔まで多岐にわたる。今回の悪魔の使いは下級悪魔に分類され、そのうちで大きい方になる。


 そして、悪魔召喚石はおもに西の大陸の古代遺跡から発掘される危険物で、こちらの大陸で取引される物ではない。

 しかしながら、ここ最近下級悪魔の目撃例が多くあり、さらに今回、傷害沙汰を起こすレベルのものが現れた。


 ここから先は司祭の考察なのだが、西の大陸を発端とする秘密結社があり、何かを企んで、こちらの大陸に流通させているのではないか、と。もちろん、企みについてはわからない。それでも、秘密結社は表面上は慈善活動をしており、加入する貴族も多いらしい。


(以前の体験では、帝都でこんな事件があったなんて、聞いた覚えはないわ。衛兵が倒され、貴族街の民衆が巻き込まれた事件だから、城の方にも報告が上がるはず。そして、このような珍しい事件だから私の耳にも入らないとおかしい。どうして……)


 昨日のことを思い浮かべながら、口をキュッと結び、考えを馳せるユリィ。以前の体験では起こらなかった事件が起きたのだ。


(秘密結社。これも初めて聞くことだわ。西の大陸のことは、今まで考えたこともなかったし……)


 帝国には港がなく、西の大陸と直接取引することはない。

 秘密結社という組織が、大陸をまたぎ、国を跨いで帝国へと悪魔召喚石を密輸していることになる。


「秘密結社だか何だか知らないが、私が叩き切ってやる!」


「ミーサ。昨日は何も切れなかった」


「あちゃ~」と頭を抱え、「それは言わない約束だ!」と開き直るミーサ。

 そして、「トモリン、悪魔の使いは怖くなかったのか?」と話を逸らした。


「うん。クマさんだから、怖くなかったよ? 最初は驚いたけどね」


 山の民であったトモリンは、家族でクマを狩ることもあったし、慣れっこだった。


 ミーサとしては、あの迫力に気後きおくれしそうだったのだが、ケロリとしているトモリンを見ていると、なんだか自分も大丈夫になれた気分になる。


「クマは恐ろしい。帝都にはいない」


 商人の娘エマは帝都生まれであり、山野を巡ったことはない。クマが怖いというのは、一般人としてまっとうな感想だ。


「クマは、おいしいのよ?」


 ここで、ユリィがトモリン寄りの発言をした。

 皇女時代にクマを食していたのではなく、山の民の村で婆さんにもらった携帯食にクマの干し肉があって、空腹時にそのありがたみを堪能したことに由来する。


「ワイヤード家では、クマを食べているのか……。どこにあるんだ、ワイヤード家は?」


 下級貴族のミーサは帝都の屋敷生まれであり、その領地は僻地にあって行ったことはないから、基本的に帝都から出たことはない。

 ユリィとトモリンはルデイルのワイヤード家の養子であり、ミーサは二人の実家に興味を持った。


「えっとね、東のほう。ミレイニーの町だよ」


 ワイヤード家ではクマ肉が出されたことはなかったのに、そのことには触れないトモリン。


「ミレイニーの町かあ。行ってみたいなあ」


「うん。行きたい」


「夏休みにみんなで行きましょう。私がルデイルに手紙を書いておくわ」


「わーい! 夏休みもみんなと一緒!」


 両手を上げて喜ぶトモリン。夏休みはまだ先のことだ……。



 昼休みが終わり、午後の講義室。

 いつものような授業ではなく、来週から始まる野外演習についての説明会が開かれている。


「野外演習は、お前らヒヨッコどもが戦地で生き抜くための訓練だ! 命懸けで戦う熱い演習となる! さあ、命を預けられる仲間を選べ!」


 筋肉質で熱血漢なこの先生は、剣術の先生だ。


 野外演習は、帝都の北に広がるガーゼ山脈の麓の森と小山で行われる。魔物を倒したり、猪を狩ることもあるらしい。

 まずは、その概要の説明があり、続けて、野外演習の班分けを行うことになった。


 一年生の各班は四人~六人で構成し、そこに二年生と三年生の班が一つずつ合わさって十二人規模の小隊になる。

 なお、二年生、三年生のどの班が割り当てられるのかは、先生が決めることであって、来週にならないと判明しない。


「お前ら一年生は、荷物運びが主な任務だ! 必ず体力がある奴と組むこと!」


 基本的に一年生は魔法を使えない。魔法は二年生の最初の授業の日に禁断の間で授与されるものだから。

 なお、トモリンのように生まれつき魔法を使える者は、学園内にはほとんどいない。


 また、入学してそれほど練習期間のない一年生は、剣術などの腕もまだまだであり、前衛としてはおろか、後衛としても頼りないのが実情だ。


 その結果、一年生は荷物運びが主な任務になる。

 十人以上の小隊が片道二泊、往復四泊するのだ。荷物もそれなりの量になる。テント用資材だけでも結構かさばる。


「私たちは、このまま四人でいいよな?」


「ええ。いいと思うわ」


「荷車はミーサに任せる。ボクはその上に乗る」


「私も、乗っちゃおうかな~」


 ちらりとエマとトモリンを見て、ぐいっと二人の頭を掴むミーサ。


「痛いー」


「もちろん、荷物運びは交代しながらだぞ。エマも体力をつけないといけないしな!」


 ミーサの握力は、一般人の倍ぐらいあるのではないだろうか、と思う涙目のエマ。


「使用する武器は、ショートソードと盾のセットでいいかしら?」


 荷物運びが主な任務であっても、武器を携帯する。

 だから、事前に武器の申請もしないといけない。

 先生は申請された武器を見て二年生と三年生を割り当てることになる。


「ボクは杖がいい」


「バトルスタッフか。エマは殴る派だったんだな!」


 口の片端から白い歯を見せてウインクするミーサ。胸元まで上げた腕では親指を立てている。


「違う。山を登るときに使う」


 これを聞いてミーサの口が半開きに変わったのは、言うまでもない。

 戦いに使うのではなく、体を支えるために使うのだ。


「バトルスタッフね。書いたわ。これでいいかしら?」


 今度は、トモリンが両手でジェスチャーを始める。「ビュンッ、ビュンッ」と擬音つきで。


「弓! 弓がいい!」


「弓って難しいぞ? 風の影響とかいろいろあるらしいしな」


 トモリンのジェスチャーに、ふーっと息を吹きかけるミーサ。


「大丈夫だよ! 弓なら任せて!」


「弓ね。書いたわ。もういいかしら?」


 誰からも異論は上がらず、ユリィは記入した用紙を教壇の方へと持って行く。

 他の生徒たちも班決めが終わったようで、続々と続いた。


「よし! お前ら! 来週まで毎日腕立て伏せと腹筋を百回ずつだ! わかったか!」


 そう言って、先生は講義室を出て行った。


「うげげ。そんなにしたら、筋肉痛で動けなくなるよ~」


「その前に、百回もできない」


 戸惑うトモリンとエマ。


「百回ぐらい、普通にしてないのか? お前ら、だらしないなあ」


「朝、昼、夜に分けて行えば、それほど苦にはならないわ」


 涼しい顔で流すミーサとユリィだった。

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