四十四話 一月十四日
一月十四日
立花佳織を殺さねばならない。彼女は死んで初めて完璧になるのだ。犯した罪も、死によって洗い流されるだろう。
まず、神楽坂の言うミイラ師の話は事実だと仮定してことを進める必要がある。彼を疑っているわけではない。むしろ信頼している。だがその情報の出所の部分で間違いが起こっている可能性はある。
それはさておき、立花をどうやって殺そうか考えてみた。彼女の死体を美しく保つためには、できるだけ外傷は少なくしなければならない。
ナイフで突き刺そうか。いや、それは体に深い傷を負わせることになり、本意ではない。それに、ナイフでは出血多量で死ぬのを待たなければならない。上手く急所を一突きできたとしても、流れ出た血液を処理する手間が余計にかかる。この方法は問題外だ。
毒殺しようか。これなら体に傷一つつけずに彼女を殺すことができる。しかし、これには問題がある。体中に毒素が回ったとしたら、彼女をミイラにする手順の中で不都合が生じるのではないか、という懸念だ。東は毒の成分などには詳しくないから、その化学物質が死後の人体に与える影響はまるでわからない。腐敗の進行を促進してしまう可能性もある。だから、毒殺は危険すぎる。
ならどうする。東はしばらく考えた。
部屋の電気ストーブのごうごうという音だけが部屋に充満する。それが発する風が、部屋中に張ってある立花の写真をひらひらなびかせた。東はここ数ヶ月か半年ほど、立花佳織に想いを寄せていた。いつか仲良くなって話ができる日を待ち望んでいた。
しかしそれが不可能なまでに立花からの印象を悪くしてしまったあげくに、今はどうやって彼女を殺そうか思案している。東はそれが何故か可笑しくて、一人で笑った。
ふと思いついた。窒息死。これはどうだろう。縄やロープで首を絞めることはできない。その跡が首にくっきりと残ってしまうからだ。東は女性の首に対しては他の部位よりも重きを置いていた。指先などもそうだが、そういう場所には美しさが一番よく出るのだ。もちろん立花は首も指も綺麗だ。その大事な首にまがまがしい凶器の跡を残すことなど考えられない。
東ははっとした。自分は今まがまがしいと思った。そうなのだ。これは殺人という恐ろしい所業を前提とした話なのだ。人から忌み嫌われ、憎悪される、罪。
だが東に気後れとかためらいなどはなかった。立花を手に入れることができれば何も求めない。人々に後ろ指を指されたとしても平気だ。立花を取り上げられてしまうということは考えたくないが、それはどこへでも隠すことができるだろう。
思考が脇道にそれたが、軌道を元に戻してみる。絞殺はできない。なら溺死はどうだろうか。彼女を海に落とし、死んだところで引き上げる。いやこれは大掛かりすぎるし、水を飲んで死体がぱんぱんに膨れ上がってしまうかもしれない。
それなら頭を掴んで浴槽に首を沈めるか?それならそこまで水を飲むことはないし、水死体のように体が水を吸い込んでぶよぶよになることはない。
だが、どうやって水を用意する?水があるところに彼女をおびき出そうか。それも現実的ではないかもしれない。それに、無理やり彼女を水につけたとしても、激しい抵抗にあうことは確実だ。東の髪の毛を掴まれ、水は飛び散り、辺りにあるものは散らばり破損する。これでは証拠隠滅に時間がかかってしまう。
撲殺にしようか。彼女の後ろから一発でしとめる。傷は髪の毛によって目立たない。気絶しただけだった場合は、口と鼻を塞げば簡単に殺すことができる。争った形跡も残らない。
睡眠薬で眠らせた後に窒息死させるという方法も考えたが、いまの立花は東に対して警戒心を抱いている。薬を飲ませるのは困難だろう。
だから、やはり撲殺が一番いい方法のように思える。いくら考えても、この方法しか思いつかなかった。体にほとんど傷を与えず速やかに人を殺害するには、撲殺が最も有効だと思う。誰が考えてもその答えに行き着くだろう。
凶器は何を使おうか。鉄製の、細くて重いものがいい。あまり大げさなものだと、彼女の頭を粉砕してしまう恐れがある。それは避けたかった。
凶器はどこかのホームセンターなどで調達するとして、今度は殺害する場所を考えた。
どこがいいだろう。呼び出す場所は慎重に決めなければならない。どこかの山奥とか、廃屋だとかいう怪しげな場所では彼女を警戒させてしまう。かといって、人が多く出入りする場所も言うまでもなくまずい。
呼び出しやすくて、かつ人がいない場所。
学校だ。
旧校舎を使おう。移行期間が過ぎれば、旧校舎には人など出入りしない。時間を選べばさらに確実だ。ちょうどいい。東は風向きが自分の道を切り開いているような気がした。学校ならば、彼女もそれほど警戒はするまい。
呼び出す名目はどうしようか。それより、彼女と接触するにはどうしたらいいだろう。直接話そうか。それはまずい。彼女に反論する機会を与えてしまう。二の句を告げず、こちらの要求だけを突きつけなければならない。
電話番号を入手するのはどうだろうか。彼女と親しい女生徒の携帯電話を盗むことが出来れば話は早いのだが。
そうだ、彼女の携帯電話は自分が持っているではないか。何を考えている。落ち着け。東は自分自身を叱咤した。
彼女からかけてくるのを待つか?いや、それよりも確実な方法がある。彼女の携帯電話に記録されている自宅の電話番号を書きとめておけばいい。彼女は実家暮らしのはず。固定電話の回線は引かれているだろう。
彼女を呼び出すには、日記のことを持ち出そう。あの日記はあらかじめ立花が柚野を殺したという証拠として重要な部分は取り除かれているが、あれでも彼女を脅して呼び出すには十分だ。携帯電話を返すという口実を使うのもいいが、これは盗品だし、立花は芸能人だ。事務所の人間が来てしまうこともありうるから却下した。
考えてみると、彼女を一発でしとめることができなかった場合、携帯電話が彼女の手元にあると、警察に電話されてしまう恐れがある。自分が持っていてよかったと思った。
だがすぐに買い換えてしまったということはないだろうか。これは拾った人間だと見せかけて、携帯を返すからという連絡を入れたほうがいいかもしれない。GPS機能がついている可能性があるから、外で電話した方がいい。
東はベッドに放って置かれたジャンパーを着ると、立花のバッグから携帯電話を取り出して、ポケットに入れた。車のキーも持ち、部屋を出た。
もうすでに買い換えていたり、契約を解除していなければいいが。
東は車を飛ばしてできるだけ遠くのファミリーレストランへ向かった。到着し、席につくとさっそく立花の携帯電話の電源を入れた。アンテナの表示は三本立っていたので、契約の解除はまだしていないようだ。「自宅」と書かれている電話番号へかけた。
「はい、立花ですけど」
立花佳織の母親のようだ。
「あの、携帯を拾ったんですけど」
「ああ!そうですか。娘から話は聞いております」
「どうすればいいですかね」
「こちらが取りに伺います」
「でも私、仕事が忙しくて、あまり時間が取れないんですよね」
「かまいませんかまいません。ああ、よかった。盗まれたままだと思ってました。娘も誰かがかけてくるんじゃないかって契約を切ってなかったんですよ。イタズラされて、高額の請求書を突きつけられても構わないって娘は言ってました。年頃の子の考えることはわかりませんね。とにかく、買い換える必要がなくなって、助かります」
「そうですか。それじゃあ、時間ができたら、こちらから連絡しますので」
「はい、よろしくお願いします。」
「はい、それでは」
東は電話を切り、電源も切った。母親がぺらぺらと東が有利になることを喋ってくれた。おそらく、彼女を殺害する日まで、立花が携帯電話を持つことはないだろう。
東は軽く夕食を済ませて、店を出た。次に行く場所は決めていた。学校だ。
暗くなった学校には、人の気配があまりなかった。闇を取り込んだ立ち木の草がまだ残っている雪を風に振りまきながら、さわさわと揺れていた。風が吹く度にうるさいほどの木の音が耳に届く。研究室にまだ残っている人間はいるのだろうか。今はどうでもいい。
さて、警備員室はどこだったかな、と辺りを見回した。すると、昇降口の近くに、それらしき建物があることに気付いた。登校や下校の時は気にも留めなかったが、暗い中にそこだけ明かりが灯っていると、容易に見つけることが出来る。
東はそこまでいって、ドアをノックした。
「はい?」
初老の警備員が出てきた。まばらに白髪が混じった頭髪を整髪料で整えている。。
「あの、教授に言われて、旧校舎のマスターキーを取りに来たんですけど」
「え?聞いてないけどね」
「そうですか?」
東はまったく動揺せずに、自然に振舞うことが出来た。これは立花を殺すという、明確な目的が彼に与えた心の余裕だった。
「言うのを忘れていたんじゃないですか?」
「うーん、誰先生?」
「岡本先生です」適当な教授の名を挙げた。「あの人そういうとこ無頓着だからなぁ」
「君は何ていうの?」
「島田です」これももちろんでたらめだ。
警備員は少し考える様子を見せると、あっさり「まあいいや。持ってきな」と言った。
部屋に入れられ、名前を書かされた。島田真介と書いた。
マスターキーを受け取ると、東は愉悦した。こうも簡単に鍵が手に入るとは。
「気をつけてね。前に一度紛失してるからさ。早く返してよ」
東はわかりました、と言うと。警備員室を後にした。速やかに合鍵を作らなければならない。それは明日にしよう。
順調に進んでいる。早く立花を手に入れたいという願望が、自分の心の中で煮えたぎりながらどんどん大きくなっていくのがわかった。




