三話 一月二十一日 その二
一月二十一日 その二
あの若者に訊きそびれた事を地引は考えていた。
まず彼女はいつ死んだのか。これは死体を見ればわかることだし、かなり時間が経っているようでなければ作業に支障はない。
次に死因は何なのか。これは目立った外傷がない場合、解剖でもしない限りわからない。だがこれも作業にはさほど支障はない。死体がHIVなどの感染症にかかっている場合は注意が必要だが。
それ以外のこと、例えば死体はどこの誰だとか、依頼者は誰なのかなどは聞かない主義だった。それを知って面倒に巻き込まれるのは御免だからだ。
地引は作業場へと足を運んだ。電気のスイッチを入れると、照明が時間差で点灯した。今受けている依頼はあの若者のもの以外はない。だから、部屋には横に長い一台の機械だけがぽつりと置かれている。この部屋は本格的に作業が始まると、さながら病院の手術室のように機材が増えるのだが、今は殺風景だ。
死体は孤独を感じているだろうか。このようながらんどうの部屋に寝かされて、寂しいだろうか。毎回仕事をする度に思う。
その棺状の、温度と湿度を一定に保つための特殊な機械が付属している寝台に寝かされている女性を、ガラス越しに観察してみた。あの若者から聞いた話を総合すると、少なくとも死後一日は経過しているはずだ。
その女性は実に美しかった。あの客人も美しかったが、この女性は完璧と言っていいほどの美貌だった。その命が失われてしまったことを残念に思うのと同時に、今から自分がする仕事の崇高さに若干の興奮を覚えた。
この美しい女性を永遠に保存できるのだ。
部屋を見渡して、蝿がいないかどうか一応確認してみる。蝿は死後十分ぐらいから死体を嗅ぎつけてくるやっかいな虫だ。卵を産みつけられるとまずい。
地引はケースの蓋を開けた。死臭はもちろんしない。顎の当たりを動かしてみる。やはり死後硬直は解けている。何の抵抗もなく動かせた。
次に彼女をすこし横に傾けて、背中を見てみた。異常はない。そろそろ服を脱がせてみるか、と思っていると、彼女の首が少し傾いているのがわかった。なにげなく元に戻そうと手をかけると、あることに気がついた。
地引は大きな衝撃を受けた。今まで直面したことのない事実が脳天を直撃した。
もう一度それを確認してみた。やはりそうだ。
そして思い出してみる。あの若い客人の狂気じみた言動を。そういう意味だったのかと。君の美意識はそこまで達してしまっているのか。
地引は初めて後悔した。この仕事を始めたことを、後悔した。
髪に隠れていた後頭部があらわになった時、この女の死因がわかった。
頭部挫傷。
おそらく、この女はあの若者に殺されている。




