二十三話 十二月二十八日
十二月二十八日
新幹線の座席に座って、神楽坂は昨日のことを考えていた。彼がメンバーに話したロザリアの話は、思ったより彼らに影響を与えているようだ。
精神的に弱っている九藤は何かにすがりつきたい気持ちが強くなっている。その何かは、すなわち美だ。東も、蝋人形の赤ん坊を盗み出してしまうほど、神楽坂に影響されている。わかったことは、一人よりも集団の方が、神楽坂の言葉を影響させやすいということだった。着実に自分の能力の有用性は証明されつつある。
やはり、この能力は神楽坂に利益を与えるのだ。かつて忌み嫌っていた自分の特性が役に立っている。
九藤には消滅こそが永遠だと言ったが、彼はそれを信じただろうか。それによって彼が死への恐怖を克服してくれれば、神楽坂としては自分の力を有効活用できたと満足できるのだが。
突然、後ろからどたどたという音が聞こえた。そこを振り返ってみると、六歳か七歳くらいの少年が、飛行機のおもちゃを持って走り回って遊んでいた。
「キーン!ブシュー!」
少年は飛行機を片手で持って、それを飛ばしているようにしていた。周りの乗客は迷惑そうにそちらを見るが、誰も注意しない。神楽坂は、少し懲らしめてやろうと思った。自分の力を試すのに丁度いい。
少年が走りながら神楽坂のところまで近付くまで待って、声をかけた。
「君」そう言うと、少年は振り返った。「新幹線の中を走り回ってはだめだよ」
少年は立ち止まり、少し当惑する様子を見せながらも「うるせえ!」と大きな声で怒鳴った。
「うるさいのは君だよ」
神楽坂は笑みを崩さないようにして言った。子供はしばらく黙っていたが、また走り出そうとした。神楽坂は言った。
「新幹線で走ると、どうなるか知っているかい?」
少年はまた神楽坂を見ると、わずかに興味が湧いてきたような表情をした。
「どうなるの?」
「線路鬼、って知ってる?」
「何それ。知らない」少年は眉をひそめた。
「線路にはね、鬼が住み着くんだよ。電車が通ると、それを追いかけてつかまる。そうやって線路鬼は日本中を旅するんだ」
「嘘だ!」少年は少し恐がっているようだ。
「その鬼は、あるものが大好きなんだ。それが何かわかるかい?」
「わかんない」少年は、いつのまにかおとなしく神楽坂の話を聞いていた。
「それはね」神楽坂は、声を低くし、思いっきり感情を込めた。「子供の、目玉だよ」
少年はぶるり、を全身を震わせた。
「嘘だよ…そんなの…」
「嘘じゃない。線路鬼はね、新幹線は速すぎて乗ることができないんだ。だから、ずっと追いかけてる。でも、もうすぐ駅に着くだろう?」
神楽坂は少年の目をじっと見る。
「鬼は追いつく。そして、この電車に乗ってくる。そして子供を捜すんだ。でもね、線路鬼は、動いているものしか見えないんだ。だから、電車の中で走っている子供がいたら」
少年の顔は引きつった。
「捕まえて、両方の目玉を抉り出す」
少年は顔が真っ赤になり、汗を大量にかき始めた。神楽坂はまだ目をそらさない。少年の顔は徐々に、土気色に変わってきた。そして彼は瞬きをしないまま、ゆっくりと、来た方向へ戻り始めた。
少しやりすぎたかな、と神楽坂は思った。しかし、人間は社会の中で生まれ、社会の中でしか死ねない。あの少年はそれを学ばなくてはならないのだ。
それに、人間のサイクルに適合することは、人の美しさを際立たせる。人と社会の隙間は美が埋めるからだ。美しさを追求するならば、人間の規律に背を向けてはならない。社会は人間の鏡なのだ。神楽坂は、自らの過去に思いをはせた。
人を遠ざけ、孤独を気取っていた昔の自分は滑稽に思えた。そんなことをしても何にもならない。人の美しさは人の中でのみ輝く。
帰郷する自分も、社会に適合しようとしている。しかし決して誰かに命令されているわけではない。適合することと、わだちになることは別だ。社会は人間がつけた大きな足跡のようなものだ。だから美しい。人は美しい。
神楽坂の行動は、三つの信条に基づいている。
社会への適合。
自分の能力の証明。
そして――




