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そしてふたりでワルツを【漫画版あり】  作者: あっきコタロウ
外伝(むしろメイン)

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外伝十三  発つ鳥の後、白鳥が水上で暴る

※メイン:ボコ、マリク ジャンル:おしごと


*********


 仕事終わりの夕方、週末のスラムにて。

 ボコは軽い足取りで、職場である金貸し事務所を飛び出した。


 ”週末”の響きは特別だ。

 何があるわけでもないのに、”週末”というとどこかみんなが浮ついてる。

 だからボコは週末が好きだ。

 浮足立った女の子のひとりかふたり、もしかしたらナンパについてきてくれるかもしれない。と、ほんのり期待を抱けるからだ。


「ねーねー。そこのキミー! オレと飲み行かね? 良い店知ってるッスよ!」


 全然明日も余裕で仕事があることはいったん頭から放り出して、今は目の前のナンパに集中。

 道行く女の子達(おばーちゃんは除く)全部に、ひとりも見逃さないつもりで声をかけまくる。


「よっ、おねーさん! 今暇じゃないス?」

「ごめんなさい。急いでるので」


 次。


「ねえねえ、これからどこ行くッスか?」

「は? 何アンタ?」


 次。


「そこのキミ! オレがおごるから飯でも」

「あ!? お前、金貸し! 返さねーぞコラァ!」

「飯代はおごるから借した金は返してほしいッス!」

「うるせー消えろ!」


 次。


「あの」

「チッ」


 何か反応があればまだマシなほう。ほとんどの女の子はボコに視線すら向けず、素通りしてく。


 空だって飛べそうな気がした夕方から一転。

 夜の帳が降りきった頃には、ゲンナリと道の端に座り込む青年がひとり。


「っはぁ~」


 今日もナンパは失敗なのか……週末の魅力をもってしても未だ成功する兆しが見えず、溜め”息”を通り越した溜め”声”がつい口から漏れる。

 と、その時。


「あ? ボコじゃねーか。何やってんだこんなとこでバカでけー声だしやがって」


 顔をあげれば、敬愛してやまない元上司の姿があった。


「ボス!? なんでここに!?」


 どうやらナンパに夢中になりすぎてたらしい。気が付けばスラムを抜けて、いつのまにやら街の端。辺りを見回せば、そこはボス御用達の園芸店の近くの通り。


「なんでって、肥料買いに」

 ボスことマリクは、スラムでは見たことないきれいな紙の買い物袋を片手に抱えてる。


 ”スラムの王”。

 かつてそう呼ばれてた金貸し屋のボスは、今ではお貴族様の屋敷で働く執事になった。ピシッとしたシャツに、キチっと折り目のついたズボンを履いて、スラム出身だとは誰も思わなそうな姿で立っている。


 ボスがスラムを出たのは、お貴族様が引き抜いたからだ。


 あの日の事は、今でも覚えてる。

 いつもみたいに取り立てに行こうとしたら、やたらデカい変な男と小さい可愛い女の子が来て、その場でボスをひきずってったのだ。


 その時ボコは、気軽な気持ちでボスを送り出した。

 金貸しの仕事もそれなりに長くやって仕事の流れは覚えてたし、親友で相棒のデコだっていつも隣にいる。

 だからボスが居なくなっても、自分達だけでやってけると思ってた。


 ところが。

 いざボスが抜けた穴に自分が収まろうとしてみれば、なんだかしっくりこない。

 最初はうまくいってる気がしてた。けど、だんだん分かってきた。

 穴の中にハマろうとしてるのは、大きさの違うネジ。捻じ込んでみてもガタついて、取り立てに行くたび違和感は増えていく。


 年老いたばーちゃんは遠くを見る。

「マリクさんはもう帰ってこないんですか?」


 借金を繰り返すオッサンは屈んで丸くなる。

「ヒィ…! 金なら返す、だから”あの人”みたいに怒鳴らないで!」


 卑屈を煮詰めた女が舌打ちをする。

「”あのクソ”が居なくなってせいせいするよ」


 未来を夢見る青年が笑顔を輝かせる。

「俺、借金がなくなったら、スラムを出るんです。マリクさんみたいに!」

 

 客たちの眼が。態度が。言葉が。いつまでも”王様”の存在を忘れてはくれない。居なくなってからも未だ、彼らは元ボスに様々な感情を抱き続けてる。良い感情も悪い感情も、ひとつとして小さなものは無く。


 いつだって最大の(クソデカ)感情で評価され続けてる”スラムの王”。

 

 それに比べて、自分はどうだ。みんなが浮足立つこの週末でさえ、誰ひとりこっちに見向きもしない。

 ボコは砂っぽく褪せたボロっちいキャップ帽を目深にかぶりなおす。いつまでたっても、王様の冠がこの頭に乗ることはない。


 ボスみたいに、一目置かれる存在になるには、どうすればいいんだろう。

 古巣でもずっと想われ、新天地でも必要とされている。


 みんなの心の中に居続ける存在に、自分もなりたい。

 侯爵様にこき使われればいいんだろうか。野菜とか果物とか育てはじめるべきだろうか。可愛いうさちゃんプリン(いちご味)のオリジナルレシピを日々考案改良するのが正解か。

 全部かっこ悪いけど、それでもいい。誰かの特別になれるなら。


 ここまで考えたとき、ボコの口から自然と叫びが漏れた。


「こうなったら……オレも執事になるッス!!」

 

「何言ってんだお前?」



*



 翌日、昼過ぎ。

 吾妻邸の庭の一角にある温室は、狂乱に支配されていた。


 ズンドコドコドコドカドカタカタカ。打楽器のリズムが高らかに鳴る。

 温室の中にあってなお、さらに局所的な熱気が渦巻く中心。

 そこには、葉っぱだらけの奇妙なカツラと、花のついた杖を振り回し、庭のあちらこちらを移動しながら踊り狂うボコの姿があった。


「ボス! オレが自然の恵みをここに集めるんで、ボスはいつも通りに花とか育ててくれればいいッスよ!」

「よしわかった。そんなら俺はまずトマトに水を……ってなるわけねーだろ! 何のつもりだテメェ」


 ドンドコパウパウヴォーオーオー。

「執事の仕事ッス! 侯爵様とお姫様の世話をするボス。の、世話するオレはボスの執事! さぁ、どうぞ野菜の世話を続けてください!」

 花の妖精執事(ボコ)はチョロチョロとマリクのまわりで回転しながら右手の杖で太鼓を叩き左手で角笛を吹く。足首についた鈴はシャンシャンと絶え間なく甲高く歌い、腰みのはバサバサと風起こし。


「うるせえ!」

 ドカっとひときわデカい響きが、ドンドコのリズムにかぶさった。マリクがボコのケツを蹴り飛ばし、騒乱騒ぎに終止符を打つ。

「いてぇ!」

 蹴られて飛び上がってジャジャジャジャン。ボコが前のめりに倒れこんだ拍子に、握っていた杖がぽっきりと折れて投げ槍がごとく飛んでいく。

 その行先を目で追って、温室の主は青ざめた。


 空を切り裂く杖の軌道線上。そこはちょうど、特殊な温度管理が必要な植物のための区画。温室全体よりもさらに高い温度と湿度が必要なため、小型のビニールハウスを設置してある場所だ。


「まずい! そっちは!」


 だめだ、とマリクが発するよりも早く。

 バツン! と張りのある音を立て、杖はビニールをブチ破った。

 

 直後、マリクの慟哭が温室中に反響したのは言うまでもない。



*



「ボス、安心してほしいッス。園芸とかはよくわかんなくてあーゆー感じになっちゃったけど、料理なら俺もできるッスから!」


 と、食パンみたいなコック帽をかぶったボコが立つのは吾妻邸のキッチン。


 マリクは温室での出来事がよほどショックだったと見える。

 ボコを追い返す気力も無いのか、小さく「うるせー」とだけつぶやいて、肩を落としてナイフを握る。

 どれだけ災難が振りかかろうと、主人夫婦の食事作りはマリクの仕事。投げ出すわけにはいかない。手際よく人参の皮をむき、カミィが食べることを祈りながら星形にくり抜いてゆく。続いて軽く茹でたオクラを薄く輪切りにして、桃色の練り物を細かく刻んでまとめておく。あとは出汁と材料それから細麺を沸騰したお湯に投入して、流れ星のヌードルが完成……だったのに。


「ボス、お湯沸かしといてくれたんスか。さすがッス、気が利くッスね!」


 ちょうど下準備が終わる頃に沸騰するよう、見計らってマリクが用意しておいたお湯の入った鍋の前に、ボコが立つ。


「お前のためじゃねーよ、どけよ」

「え?」


 マリクが声をかけた時には時すでに遅し。

 ぼちゃん、と熱湯を跳ねさせながら、湯のなかにレトルトパウチが放り込まれた。

 

「おい! 何やってんだ!」

「料理っていったらこれかカップ麺しょ!? 湯の量的にこっちかなって」

「馬鹿野郎!」


 湯なぞ沸かしなおせば良い。とはいえ、作業の流れが乱されるのは腹が立つ。

 マリクはボコの頭にげんこつをひとつ。


「お前もう帰れ! 邪魔にしかならねえ!」

「いやッス! 今日は一日、ボスの執事をやるって決めたんス!」


「帰れ」「帰らない」「いいから帰れ」「絶対帰らない」。

 ボコのレトルトカレーが温まり、湯を沸かしなおしてつくった流れ星ヌードルが完成し、吾妻夫妻がダイニングへやってきて、夕飯を食べ終わり、席を立つまでのあいだにも途切れることなく繰り広げられる押し問答。


「マリクごちそうさま。あのね、お星さまは、置いといたからね」

 食べ終わったカミィがふたりの応酬に割り込んで、クイっとマリクの袖をひく。


「おう分かった。食器はそこに置いとけ……って、あっ! ちょっと待てお前また野菜残しやがって……!」

 今日こそカミィに野菜を食べさせるつもりだったのに、ボコに気を取られて見逃した。

 ジュンイチと手をつないで去り行く白桃色の髪を見つめながらマリクはギリっと歯を噛みしめる。


「とにかく帰れ」「帰ったら負けッス!」「なら俺の負けでいいから帰れ」「ここで帰ったら試合終了ッス!」「終われっつってんだよ!」。

 洗い物を終え、食器を拭いて仕舞い、テーブルと床を軽く磨き、明日の朝食の仕込みをするあいだにも、ボコはずっとマリクのそばを離れなかった。どれだけ嫌そうな顔をされても、どれだけどなられても、どれだけ悪態をつかれても。


 日が落ちてしばらく。野鳥の鳴き声が微かに耳に届く頃、やっと執事は一日の業務を終えて自室へと戻る準備をはじめる。


「おい、今日の仕事はもう終わりだぞ」

「そッスね! いやーやっと終わった! つっかれたー」

 慣れない仕事を終えたボコがうぅんと唸って伸びをすれば、パキっと肩と背が鳴った。


「途中で帰りゃよかったじゃねーか。ったく、邪魔ばっかりしやがってよ」

「帰ったら意味ないスもん。ね、ボス? オレの今日の仕事っぷり、どうだったッスか?」


 上目遣いで評価を待つボコは、まるで餌をねだる飼い犬のよう。

 褒められたがっているというのを理解しながら、マリクは望み通りに甘やかしてなどやらない。


「どうもこうも。邪魔にしかなってねーよバカ」

「そんなぁ!? 初めてにしてはよくやったとか、そーゆーの無いんスか!?」

「あるわけねーだろ」

「マジで!? ちっとも!?」

 

 どこをどうして褒められると思ったのか、ボコは本気で驚いたようだ。飛び出そうなほど目を丸くして「ガーン」と衝撃音を口から出す。


「ったく……。んで、何で急にまた俺の真似なんかしはじめたんだよ」

「えっ、ボスが……カッケーから?」

「そうじゃねーだろ。きっかけの話だよ」


 前々からボコが異様にマリクを意識していることは、マリクにもしっかり伝わっている。スラムに居た時からそうだった。定期的に”ボスみたいになる病”が発症しておかしな行動を繰り返す。そんな時は決まって何かのきっかけがある。

 

「きっかけってか……ちょっと思ったんスよ。今、オレはボスの仕事引き継いで金貸しやってっけど。取り立てとか行ったらみんなボスの話するんス。もうボスはいねーのに。今やってんのはオレとデコなのに。それって別にオレらじゃなくてもいーんじゃね? って思うんス。ボスじゃなかったら、誰でも」


 でも、とボコは俯いた。


「そんなん嫌ッス。ボスはたしかにカッケーし特別だけど、オレだって、オレじゃなきゃだめって言われたい!」


 歯を食いしばって顔をあげたボコに、マリクはわざとらしく「はぁーっ」と息をはいた。いつも通りの不機嫌な顔をつくって見下ろして、


「ったく……んなことかよ」

「んなことって! 俺にとっては大事で」

「お前じゃなきゃダメに決まってんだろ」

「え?」


 聞き間違いか? と、ボコはぴたり静止してじっとマリクを見つめる。

 マリクはそばにあった椅子をひいてどっかと座り足を組む。


「ボス、もったいぶらずに早く」

「うっせ」


 マリクは腕を組んでふんぞり返ると、今一度「はぁ」と頭にひとつ置いてから、


「お前はどうやったって俺にはなれない。けど俺はどうやったってお前にはなれない。俺はデコと相棒にはなれねぇし、スラムでガキに笑いかけることもできなきゃ、菓子屋のババアにオマケをもらったこともねぇ。お前想像できっかよ? 俺が小銭握りしめて真剣にオマケ選んでるとこ」

「……無理ッスね」


 ボコはそっと頭に手をやり、お気にのキャップにそっと触れる。駄菓子屋でもらったニコニコ顔の缶バッジは、今日もかわらずそこにある。


「いや、たしかに駄菓子屋パワーは俺のほうが強いスけど、でもそーゆーことじゃなくて……なんかこう、仕事とかやっぱボスみたいに」

「俺になろうとすんじゃねぇバカ」


 ボコの言葉をさえぎって、マリクはほんの少し声をあらげた。


「俺の真似なんかしたって俺の劣化にしかなんねぇだろーがよ。お前は昔から変わんねえ。他人の評価なんかアテにすんな」


 銀狼の野生に睨まれて、ボコは過去を思い出す。

 こんな眼を向けられたのは、久しぶりだ。出会ったばかりの頃、ボコがまだ父親の元で暮らしてたとき以来。


 その瞬間、かつての暮らしがフラッシュバックする。

 仕事でしくじれば。言うことをきかなければ。機嫌をそこねれば。ありとあらゆる理由で怒鳴られ、蹴られ、殴られる。だから少しでも苦痛を減らすために、ボコは常に父親の顔色をうかがい、評価を気にしてばかりいた。


 目の前がチカチカと明滅する。

 額からは冷や汗が落ち、呼吸が苦しくなる。

 耳鳴りに混ざって、ボスの声がする。


「超えてみろよ」


 超えるべきは、ボスか、過去か。

 ひゅ、ひゅと短い息を繰り返すボコの肩に手がかかり、


「落ち着け。お前はお前だ。他人の眼が気になるってんなら、お前じゃねーとダメだって言われるようになりゃいいんだ。お前自身のやり方でな」


 ボスの両手は重い。

 でも、それと同時に、とてもあたたかい。

 めを閉じて、深く息をして。両肩にだけ意識を集中すれば、ボコはだんだんとスラムに帰りたくなってきた。


「オレ、帰るッス。やっぱ執事じゃなくて、もうちょい金貸し頑張ってみるッス」

「あぁ。そうしろ」


 自分にしか出来ないことがある。

 それが何かは分からなくとも、そう信じてくれる人がいる。みんなの王様にならなくたって、まずは誰かひとりの特別を目指して。


 ボコの奮闘はまだまだ続く。


 外伝十三 END


 オマケ

 

「あっ、でも、モテる方法だけは聞いときたいッス! それだけ最後に教えてくんないスか!?」

「知らねーよ!」


***



ついにストックが切れました。

定期配信が途切れます。続きは書きあがり次第、何年後か。

一度予約投稿を間違えて最終回が出てしまいましたが

まだまだ、死ぬときまで、終わりません。


・劫波のブラウザゲーム(WORDLE)を作りました。活動報告に載せておきます。

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