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明日の果て  作者: 河野 る宇
◆第4章~巡る輪のなかで
22/22

*明日の果て

 ふと、頭の横に足が見えた。

「ああ──やっと来たんだ」

 声は出ないが、考えて目を閉じる。

「すまない」

 血まみれで横たわる剛にガーネットの瞳を細める。

 もはや、デイトリアの血を飲ませたところでその傷を癒すことは不可能なほどに致命傷を負っていた。

「──っ」

 突き上げてくる血の生臭さと、気管に入り込んでいる血液で喉が詰まる。

 しゃがみ込み差し出される剛の震えた手を取り、心に話しかけた。

「お前がジェティスに引き寄せられたのは、その資質を持っているためだ」

「資質?」

 心で聞き返す。

「人の中には、稀に強い魂を持つ者が存在する」

 その強さとは魂の清浄さではなく、ある意味において物理的なものともいえる。

「次元を越えた存在と成り得る魂」

 ここで死を迎えたお前は、魂の状態で問われることになる。

「天に昇り、魂の上位を目指すか、転生するか」

 私の使徒となるのかを──

「使徒」

 そうか、それがデイがずっと隠していたことなんだな。

 デイトリアによる記憶の操作は、死んだ後にも受け継がれる。

「使徒となることは、運命から外れ、どんな苦痛をも耐えなければならない」

 闇の意志に近い者は闇の神族となる。その結果がジェティスとの精神のつながりだった。

「属す者が増える事を私もマクバードも望んではいない」

 巡る輪を外側から眺める事は、その存在を愛しく思える反面、弾かれている事の空虚さも同時に感じさせる。

「俺は、心の奥底でそれを望んでいたのかも知れない」

 マクバードはきっと、使徒になった俺を見て少し悲しげに微笑むのだろう。

 だけど、課せられる使命があるのなら、俺はそれを背負いたい。

 俺には明日の果てはもう見えない──ずっと疑問に思っていた答えは、永遠に出ないのだろうか。

「明日の果て──って、なんだと思う?」

 おもむろに訊いてみた。

「それは人により異なるものだ」

 死であったり、成功であったり、新たなる自身であったり──

「そうか」

 果てなんて、どこにもないってことか。

 地球も宇宙も、真っ直ぐ進めば同じ場所に辿り着く。

「ポアンカレ予想、だっけ」

「よく知っている」

 感心するように小さく笑んだ。

「ホントはどうなの?」

「それは自分の目で確かめろ」

 デイトリアが発して右腕を流すと、剛は宙に浮く感覚に目を丸くした。

 遠ざかる自分の姿をしばらく見つめて、何かを振り切るように一度、瞼を閉じて視線を前に移す。

 まるで、海底を勢いよく進んでいるように、眼前の景色はめまぐるしく変化する。

 隣で飛んでいるデイトリアに目を向けた。

「どこに行くの?」

「マクバードのもとに」

 少し間をおいて答えた。

 やはりまだ躊躇いがあるのだろうか、デイトリアの表情が硬い。

「もう気にしないでよ。俺が決めたことなんだから」

「解っている」

 そうして、剛は見慣れた風景に目をすがめる。

 殺伐としたなかにある安心感──

「ああ、帰ってきたんだ」

 実体は無くなったけど、マクバードの気配はよりいっそう強く感じられるようになった。

 ここは、こんなにも温かくて心地よかったのか。

 地に降り立ち、マクバードの神殿を見やる。

 荘厳でいて優しさを忘れない、以前と同じく不思議な感覚だった。

 初めて通る通路、赤い絨毯が続き重厚な扉の前に立つ。

 大理石で造られたそれは、美しい彫刻が刻まれ、デイトリアの手でゆっくりと開かれる。

 開かれた先にある空間に剛は目を見張った。

 広い空間にはいくつも白い柱が重々しく築かれ、続く絨毯の先には黄金の玉座。その前に立っているのは、会いたいと願っていた懐かしい人物。

「やはり、こうなってしまったのか」

 愁いを帯びた眼差しに剛は苦笑いを浮かべる。

 マクバードは腹を決めたのか、表情を険しくし右腕を肩まで掲げた。

「お前は選ぶ権利を得た──天に向かうか、デイトリアの使徒となるかを」

 今ならまだ間に合う。マクバードの瞳がそう言っているように思えたが、剛は笑みを浮かべて小さく首を振った。

「俺はもう決めている」

 デイトリアの使徒になる。

「そうか」

 ただそれだけをつぶやき、マクバードは曇らせた瞳で柔らかに微笑んだ。



 ──そのあと、俺には新しい名前と使徒としての位置を与えられた。

 使徒になった瞬間に、高次元の実体を持ち、以前の容姿とはかけ離れたものになった。

 背中まで伸びた銀の髪、アジア系の顔立ちは彫りが深くなり、瞳は灰色になる。



 そうして使徒になり、デイトリアの神殿から外を眺めていた。

「スロウン」

 数秒して振り返る。

「まだ慣れないな」

「そういうものだ」

 デイトリアは虹色の空を見上げた。

「あのさ」

「ん」

 スロウンは言い出しにくそうにしていたが、意を決し口を開く。

「あの、真里のこと──」

 躊躇いがちに向けられる視線から目を外す。

「彼女は裁かれることになる」

「! そんな、俺のせいなのに!?」

「それでも罪は罪だ」

 それを避ける選択も出来た。

「我々の裁きを受けるよりは良かったと思うことだ」

 その言葉にハッとした。

「何が良いかなど、本来は解りはしない」

「そうだね」

 つぶやいて同じように空を見上げた。



 俺に与えられたのは──速さを司る使徒スロウン、三位一体の神、ガイアーク・ケルベニアというものだった。

 3人の使徒が融合することにより、一時的に神としての力を得る事が出来るものらしい。

 でも、それに該当する使徒は今のところは俺だけだ。他の2人を使徒にするつもりがデイにあるかどうか解らない。

 これから勉強漬けの時間だと聞いてげんなりした。

 人間やめてからも勉強なんてうんざりだ。


 まあいいさ、時間はたっぷりあるんだからな──





 END

*最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 読んでくださった皆様が少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


 2013/08/30 河野 る宇

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