*赤の衝撃
とはいえ、これからどうしていいか解らない。
そんなとき、スマートフォンがメールの着信を伝えた。
「!」
その相手に眉を寄せる。
<ねえ、お願いだから会って>
真里のメールを一瞥し、削除した。
理由を述べられない現状で会ったところで意味がない。
だからといって、元の状態に戻る事も剛には出来ない。
真里はそれを望んでいるのだろう。
けれど、自分の心と彼女に嘘を吐き続ける事は剛には苦痛だ。
「ジェティス……デイ、どこにいんだよ」
室内は外の世界と遮断されたように、聞こえてくる音がやけに非現実に感じられた。
剛にとっては、デイトリアという存在が現実になっていた。
今更、そんなものは無かったのだと言われても無理な話だ。
どうすれば探し当てられるのか、方法が見つからずに一週間が過ぎようとしていた。
真里からのメールも数日前から途絶え、ようやく諦めてくれたのだとホッとした。
休みの日やバイト終わりに都心をうろつくも、デイトリアやジェティスの姿は少しも気配すら感じる事はない。
「なんでだ、どうなってんだ」
歯がゆさにアスファルトを踏みしめる。
なんだろう、この感覚は。
ジェティスとのつながりが完全に切れた訳じゃない事は、あやふやながらも心の奥底で感じ取れる。
なのに、どうして出会えないんだ。
「俺より感じ取る能力は当然、優れてるよな」
そう考えると、こちらが近づく前に退散しているのだろうか。
「とことんかおい」
悔しさに舌打ちをする。
という事はだ、俺の記憶が戻った事にも気付いている可能性が高い。
しつこく探し続ければ、再び記憶を消そうと現れるだろうか。
「こっちも感覚を研ぎ澄ませるしかなさそうだ」
そんな事が出来るのか解らないが、何もしないよりはデイトリアたちに近づける。
その考えは見事に甘かったのだと、つくづく実感した──
「1年経っちまった」
部屋でがっくりとうなだれる。
ここまで執拗に探している事に自分でも驚きを隠せない。
「こりゃ一生のライフワークかな」
自嘲気味につぶやいた。
剛自身、今の生活に不満がある訳じゃない。
むしろ幸せな世界で生まれたと感謝している。
しかし、出会ったものが大きすぎた──両手では抱えきれないほどの世界は、剛にとって麻薬のように「もっと欲しい」と手を伸ばす。
全てをなげうってでも手に入れたい、探し出したい。
それは適わぬ夢だ、生きていくには働かなくては……。
剛は仕事以外をデイトリアとジェティスを探す事だけに費やし続けた。
何度、もう諦めようかと考えただろうか。
その度にマクバードの切なげな笑顔が脳裏を過ぎる。
探したとしても、デイトリアから距離を取っているのでは会えるはずもない。
それを充分に理解していても尚、追い続けた。
「はあ、やっぱ無理かな」
街灯がぽつんと佇むだけの深夜の道、疲れたようにうなだれてつぶやく。
おぼろにアスファルトを照らす街灯と、歩道横に植えられたツツジがそよ風に小さな音を立て、暑苦しさに多少の涼しさを乗せる。
疲れた体を癒すように伸びをした瞬間──
「!」
背中に違和感を感じてゆっくり振り返る。
「──っなん?」
見えたのは真里の泣きはらした顔、そして腰に押し寄せてくる痛みに顔をしかめた。
「剛が悪いのよ」
震える声で絞り出し、涙を流して走り去った。
「う、そだろ」
落ちるナイフを見つめ、腰を押さえる。
事件とかって、こんなに突然に起こるもんなのか?
ぼんやり街灯を見つめながら考えた。
「いて……」
視線の端に、街灯に照らされた血が見える。
なんだろう──痛いけど、酷い痛みじゃない。
まさか、真里がここまで俺を想っていたなんて考えもしなかった。
「っ俺なんか、のために」
俺は、真里にここまで想ってもらえるほどの人間じゃない。
願わくば、願わくば、俺を殺した犯人が捕まりませんように……。
剛は目の前に転がるナイフの柄を拭うように、血に染まった手を強く滑らせた。
「──っごめん」
俺のために、人殺しさせて。
ゆっくりと暗い底に沈んでいくような、心地よい眠気が押し寄せる。
幽霊になったらデイに会えるだろうか、そんな事を考える。
死ぬまでが随分と長いじゃないか、実はもう死んでるのかな?
試しに腕を動かそうとしたが、重たくて持ち上がらなかった。
考えるのも面倒になって、剛は目を閉じた。
幽霊になったら、デイたちを探してやろう……。





