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第82話:マーテンの影


「確かにちょっと感じが変わるな」


「そうなの?」


 俺の言葉にルシュが疑問を返す。

 周囲の建物が次第に古びたものになり、道にはガレキやゴミが目立ち始める。

 住民たちの身なりも少しみすぼらしくなり、少しすえた匂いがし始めた。

 マーテンの南西部分の一角はスラムだった。

 これまでのマーテンとは異なった顔がここでは見えていた。


 ***


 ……俺達はマーテンの広場を出て大通りに戻り、そのまま貴族街を西に進んでいた。

 以前イルミニの依頼で森に向かう時に街の南西側から外へ出たが、今回はその道よりも更に南に向かっている。


 ピウリがわざわざガラが悪いと言ってくれたのに、わざわざその方向に進んでいた。

 いずれは仕事で来る事になるかもしれないという思いもあったが、正直に言えば興味本位の方が強かった。


 それでも足が向いたのは、ある程度は魔獣とも戦えるようになったという自覚と、何よりも隣にいるルシュの存在が大きかった。

 少しくらい不良に絡まれた所でどうという事は無いだろうと、どこかで思っていたのだ。


 ***


 ただでさえマーテンでは目立つ人族だ。それに加え魔人とみられる少女との二人組。

 服装の違いもあるだろうが、視線をかなり集めている事が分かる。

 ただ、その視線が明らかに警戒を帯びていた。

 歓迎されていない、というより、場違いだという事が伝わってくる。


 そろそろ引き返すべきか。


 そう思った時、俺達の目の前に人影が立ちはだかった。


「おい、この辺りじゃ見かけねえな」


 俺達に声を掛けてきたのはオークの男だ。

 灰色の肌に筋肉質である事が分かる。

 背丈もかなり高く、俺よりも頭一つ分以上は高い。


「こんにちわ」


 ルシュが挨拶する。

 全く動じないルシュの様子にオークの男は舌打ちする。

 俺は視界の端に影が幾つか動くのに気付いた。


 ……取り囲まれている?


「マーテンで人族なんて珍しいじゃねえか、でも金を持ってるようには見えねえな」


 オークが威圧的に話をしてくる。

 元の世界なら不良に絡まれると挙動不審になっていたであろう俺だが、この世界での経験が生きているのか、特に動じる事はなかった。

 取り囲まれていたとしても何とかなるだろう、そう思えた。

 最悪ルシュが地面を思いきり殴れば牽制にはなるだろう。

 相手を直接殴ると流石に洒落にならないので。


「残念ながら金は持ってないな、まだまだ冒険者としては駆け出しなんでね」


 俺の言葉にオークが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「うへぇ、冒険者か、めんどくせえ……」


 冒険者だと都合が悪いのか。


「仕事で来たのか?そうじゃないならさっさと出て行ってくれ。

 何かあっても俺達のせいにしないでくれよ」


 まるで厄介者を相手にするかのような言い方で吐き捨てた後、オークの男は俺達の前から立ち去った。

 いつの間にか周囲の気配も無くなっていた。


 良く分からないが、冒険者である事で助かったようだ。

 ギルドや冒険者との繋がりが厄介だと思われているのかもしれない。


 なるほど…マーテンにもこういう場所がある。

 当たり前の事だが、今日初めてそれを肌で感じた。


 この街の事を、俺はまだほとんど知らないのだと思った。


「今日はこれくらいにして帰ろうか」


 キョトンとした表情のルシュに俺は声を掛けた。


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