第25話:それは月明かりの下で
家に戻って夕食をとった。
テーブルに並んだ食事に手をつけながら、俺は何度か窓の外に目をやった。
共同倉庫のある方角に、いつもより多い灯りがぼんやりと滲んでいる。
村人たちがまだ外で警戒しているのだろう。
外ではちょっと不安そうだったテオックだが、夕食が出来る頃にはいつも通りになっている……ように見えた。
ただ、彼が珍しく酒に手をつけていないことに、俺は気づいていた。
「村長が戻ってくるまで、とは言っても、戻ってきたら本当になんとかなるのか?そもそも、それまでどうやって時間稼ぎをするのか……」
俺の質問にテオックが答える。
「まあなぁ、村長は今まで何かあっても大体何とかしてくれたから、何とかなるんじゃね?」
そこでテオックは少し考える。
「帰ってくるまではな~、う~ん……みんながやってる様にご機嫌取りしかないよなあ……まあ、
ん~……それでも無理だったら無理だったで仕方ないんじゃないか?」
少し引っかかる返事だ。
言葉から諦めに近い印象を受ける。
死生観の違いというやつだろうか。
それともテオックなりに腹を括っているのか。
窓から外を見る。いつもなら最低限の灯りだけ残して夜の闇に沈む村が、今日は出来事が出来事なだけに灯りが多い。
夕食を食べ終える頃には、外にいた村人達も家に帰り始めていた。
たった一匹だけでこの村の日常が壊れるかもしれない存在がいる。
危険なはずなのに、村は静まり返っている。異世界に来ている状態で思うのもおかしいが、どこか非現実的だった。
***
寝床の倉庫に戻ってから、暫く目を閉じた。
「う~ん……」
昨夜のスケルトンとの戦い、宿場からここまでの道中で疲れ切っているはずなのに、眠れない。気が張り詰めているわけではない……と思うが、どうにも落ち着かない。
竜族か。言葉の通りならドラゴンというやつだろう。
共同倉庫の屋根に空いた穴を見る限り、かなり大きいのではないかと思うが、この世界で言う竜は俺の知っているドラゴンと同じものなのだろうか。
……まあ、同じかどうかなんて今は関係のない話だ。
それよりもこの村に来た竜族が何者なのかが気になって仕方ない。
倉庫の中にいる、というのに何も音がしない。怒り狂っているわけでも、暴れているわけでもない。その不思議さが好奇心を刺激した。
どうしても気になった俺は、好奇心に従う事にした。
***
外に出て周囲を見渡す。
村内はいつもより灯りが多い。
しかし村人の姿は見当たらない。
皆家に帰っているようだ。テオックの家には明かりが点いている。
視界に入る家も半数くらいは点いていた。警戒しているのだろう。
共同倉庫のある方角を見る。
倉庫そのものはまだ遠く、夜の闇の中に輪郭が滲んでいる程度だ。
屋根に空いた大穴は、この距離からでも分かった。
……近づいて、どうするつもりだ。
自問したが、答えは出なかった。
ただ、足は自然と倉庫の方向へ向いていた。
一歩踏み出すたびに、心臓の音が少しずつ大きくなっていく気がした。
怖くないと言えば嘘になる。あの屋根の穴を作った何かが、今も中にいるのだ。
共同倉庫の50メートルほどの距離まで近づいたところで、気づいた。
近くの木の下に居眠りしているインプがいる。
サルバだ。そうそう動じない性格だから見張りに抜擢されたのだろうが、にしても居眠りとは肝が据わりすぎだろう。
思わず笑いそうになったが、今は好都合だった。そのまま共同倉庫の入り口に近づく。
共同倉庫の扉は閉まっている。
念のため入り口の側面に張り付き、耳をすませてみる。
……何も聞こえない。
静寂がかえって不気味だった。
暴れているわけでも、唸り声を上げているわけでもない。その沈黙が、想像を余計に掻き立てる。
「ここまで来たんだ、今更帰れないよな」
意を決し、扉に手をかけ、横開きの扉をゆっくりと開く。
「……!」
思わず息を呑んだ。
倉庫の中に、『それ』はいた。
竜族、という言葉から俺が想像していたのは、テオックが語った「村が更地になる」ような、圧倒的な力を持つ巨大な存在だった。
屋根を突き破るほどの何かが、暗闇の中でこちらを待ち構えているという覚悟で扉を開けた。
だから、一瞬、何かの見間違いかと思った。
少女…月明かりが倉庫の穴から差し込み、その光の中に少女は静かに座っていた。
夜空を仰ぐその横顔は、どこか遠くを見ているようで、酷く静かだった。薄緑色の髪が月光を受けてほのかに輝いている。
その姿は、美しいとさえ思えた。




