12 左舷副騎士団長の声。
沢山の飛竜に見つめられ私は一歩も動けずにいた。いつの間にかおチビが服の中に潜り込んでいることにも気づかずに。
服の中に潜り込んだおチビを引きはがすのはちょっと苦労した。まだ生まれて三日ほどだというのにガッシリと掴む力はさすがは飛竜。爪が肌にちょっと食い込んで痛かった。それに引きはがすときに防寒着が少し破けてしまったし。あとで補修用の布を探さないと。それにしてもおチビは私にべったりだ。ごろごろと鳴らす咽喉の振動が抱える腕に伝わってくる。
「勝手なことをして! ずいぶんと偉くなったな!」
女性の大声におチビが目を丸くする。びっくりして翼と脚の爪がまたも肌に食い込む。ちょっと痛い。
「申し訳ありません!」
リューイがこれまた大声で謝罪した。
私は今駐竜所のすぐそばの小さな詰所にいた。沢山の飛竜に見つめられ石のように動けない私は首根っこをむんずと掴まれ、ここに強引に連れ込まれたのだ。もちろんリューイも掴まれていた。というか捕まっていた。
「大事な任につけたことで調子に乗ったか? それで私に日ごろの恨みでも晴らそうかと思ったか?」
「いえ、そんなことは」
「誰が口を開いて良いと言った! えぇ?」
大声に思わずびくりとする。おチビも目を丸くし、きゅっと首をすぼめていた。
リューイは先輩の竜導騎士に叱られているところだ。彼の目の前にいるのは女性の竜導騎士。どうやら左舷駐竜所で一番偉い人みたい。そして私とリューイの首根っこを摑まえてここに連れてきたのはまさにこの人。
叱られの原因とは幼竜を許可なく駐竜所に入れたことのようだった。私はてっきり入っても何の問題もないんだろうなー、くらいにしか思っていなかった。というか、そんなことなんて考えてすらもいなかった。「リューイは竜導騎士だし、私は一応飼育係だし? だから入れるんだね。すごい!」くらいな感じであった。うーむ、我ながら能天気である。
リューイと大きな机を挟んで椅子に座る女性騎士は顔の前で手を組み、さっきとは打って変わって静かながら威厳のある声で言った。
「では聞こう。飛竜同士の仲間意識とはどんなものか?」
「とても強い絆で結ばれています」
「そうだ。では縄張り意識についてはどうか」
「見慣れない存在には敏感でとても警戒します」
「ふむ。その通りだ。多少なりとも私どもの指導を覚えてはいるようだな」
女性騎士が静かに息を吸う。同時に空気がひりつくような気配。
「ならどうして群れでもない飛竜を近づけた! どういうつもりか! 貴様は死にたがりの阿保であるか! ましてや幼竜も連れてだぞ。三百だ! 三百年だ! この数字は貴様は軽いと言うか! 万一怪我でも。死なせでもしたらどう責任をとるつもりだったか!」
大声に驚いたおチビは私の胸に顔を埋めていた。無理もない、私だってここにいるだけで怖いのだから幼いおチビにはなおさらだ。
女性騎士は私より年上でありながらも可憐さを感じるお顔。しかして口から飛び出す怒鳴り声はまさに飛竜の咆哮にも劣らぬ勢いだ。叱責の嵐のリューイに降りかかり、その様子と遠巻きに眺める竜導騎士の憐れむような視線が彼女がこの場でどういった存在であるかを物語っていた。
女性の竜導騎士。その人は耳が少し隠れるくらいで髪を揃え。見眼麗しくも騎士相応に鍛えられた体をしていた。放たれる声は透き通るようでもある。が、それがこの場合は余計に恐ろしい。始め見た時はこの人はとある場所のご令嬢なのかもと思ったが、そんなものは一瞬で吹き飛んだ。怖い。こんな怖い女性騎士がいるだなんて……。
リューイの背中はしゅんとしていた。あまりにもかわいそうなほどに。見た目で言えば背筋はしっかり伸ばし、まっすぐと女性騎士の方を向いているし、それに体格だけで言えばリューイの方が大きい。なのにしゅんとしてる。一回り小さくなったようにすら思えた。なんだか申し訳ない……。そもそも私がこうならなければリューイは怒られることはなかったわけだから。
顔を胸に埋めてブルブルと震えるおチビの背中を撫でてやる。心底怯えているようだ。この環境はおチビには悪いかもしれない。しかし、私が口をはさんでいいものかというと……どうだろう。犯罪者が生意気を言うな。と怒鳴られそうだ。
「あの……」
恐る恐る手を挙げる。女性騎士がギロリとこちらを睨む。怖い。外にいてもいいですか? なんて言えない。手なんてあげるんじゃなかった。
「何か」
「えーと、ラキといいます。姓はトラポルトです」
女性騎士は手をひらひらと動かした。
「それは知っている」
瞬間、空気が変わったような気がした。部屋全体の空気が鋭く冷たくなったような感じだ。女性騎士だけじゃな。ここにいる全員の放つ雰囲気が良くない方に。なんだか北風を相手にしている気分だ。
「私を、知っているのですか?」
「ハッ! 良く知っているよ。泥棒のお嬢さん。生産区騎士管轄の建物より卵を盗み出し、その後二時間三十分に渡って騎士たちの追跡を逃れ続けた大立ち回りをして、知っているのですか? だと。ハハハ! 君は面白い子だ」
女性騎士は立ち上がった。机の上に手を滑らせ、その手で次はリューイの肩を軽く叩き、そして私の元へ。私を見下ろしながら冷たい声で彼女は言った。
「自己紹介がまだであったな。私はこの第一駐竜所の責任者。左舷副騎士団長アーリア・デルミアだ。君を追跡した部隊の長である。以後よろしく」
わぁ、まさかそんな。それに騎士なら知ってて当然か……。あれ、まてよ? てことはリューイもここの所属ってことか。知らなかった。
「あの……えと、この度はご迷惑をおかけして……」
アーリアが手を出し、言葉を遮った。
「謝罪など結構」
怒っている。はちゃめちゃに怒っている。怒られることをしでかしたのは事実だし、私は怒りの感情を向けられて当然。だからこの人の言葉は私は聞かなけらばならない。少しでも反省する気があるのなら。だけど、それはそれとして逃げ出したい気持ちで胸はいっぱいだ。健康な脚ならすぐさま反射的に走り出していたかも。
おチビのほうはというと、すぐ目の前にいる左舷副騎士団長アーリアをちらりと見て、すると「クゥ!」と小さく鳴き、また顔を私の胸に埋めた。人間でいう「ひい!」って感じだと思う。その様子にアーリアは「チッ」と鋭い舌打ちをし、くるりと後ろを向いた。
「ここへ来た理由をまだ聞いていなかったな。話してもらおうか」
私は緊張で声をつまらせながら経緯を説明した。育て方の資料が無いこと。ここに来れば少しでも飼育についての糸口が掴めるのではないかってことを。
「その発想は君の考えか?」
「これはリューイ……えと。そちらのリューイ騎士と相談した結果です」
「多少は考えているようだな。だが具体的には? その飛竜がこの街にいるどの種とも違うことなどとうに分かっているというのに」
「そうなのですか?」
「当前。我々をなんだと思っている。飛竜の専門家だ」
「でも幼竜についての資料は無いと」
アーリアが目を細めた。余計なことを言ってしまったかも。
「ああ、その通りだ。実に残念であるが。それでも専門家であることは違いない。飛竜の乗り方。世話の仕方。だがそれらが君にはわかるのかな。ん?」
「いえ……」
わからない。まったくわからない。そう、私はただの街の修理工であって騎士でも何でもないのだから。
「勘違いなきよう先に伝えるがこちらも調べてはいる。今はその幼竜の精神面を考えて我々は距離をとっているだけでそちらに全てを丸投げしたわけではない。なにせ一度母親と思うおまえから引き離されたから警戒されているから、その子には嫌われていてね」
アーリアはちらりと振り返って幼竜を見た。
「ふん」
机に向かい、どかっと腰を下ろす。左舷副騎士団長アーリア。その声からは悔しそうな感情がこもっているようだった。抑えてもなお溢れる怒りの感覚も。
当然だ。そうなって当たり前。だって大切な飛竜を泥棒に取られたうえに生まれ飛竜はその泥棒を親と思ってしまっているわけだから。悔しくないはずがない。おまけに守ろうとした存在に嫌われてしまっているのだから大変な屈辱だろう。ここにいる騎士団の皆もきっと私に同じ思いを抱えているはず。




