第10話 別なる異世界
得体の知れない生命体が現れたせいなのかアメリカからのテレビ中継が途絶えた。日本の放送局に映像が戻ったが、番組のMCも困惑しているように見えた。話がうまい人気のMCのこういう姿を見たのは初めてかも知れない。MCだけでなくコメンテーターも何を言えば良いのか分からないのだろう。テレビ局全体が困惑しているに違いない。松田が別のチャンネルに切り替えたがどのチャンネルもこの生命体の出現で慌てているように感じた。
しばらく沈黙で皆がテレビを観ていた。その静寂を圭一が破った。
「こ、この生命体も雨にでも打たれてその内消滅するでしょう」
無論、内心ビビっている。
「た、たぶんね……水でもかければ楽勝なはず」
鳥羽も内心ビビっているように感じだ。他のみんなも同じように見える。
遠いアメリカでの出来事。しかし、今ここで起きるとも限らない。異世界の生命体が水だけで消滅したとしてもここで爆発が起きたらそれに巻き込まれる。ここを逃げたとしても逃げた先で爆発が起きたら同じだ。つまり逃げ場所がない。生きるか死ぬかは運ということか……。そう考えると恐ろしい。さっき迄は『異世界の訪問者』よりも阿久をさらったスーツの男たちの方が怖いと思っていたのに……。
圭一自身、自分の気持ちが秒単位で変わっていくのが分かった。もはやこの世界に生きていること自体が恐怖に思えてきた。人間はいつかは死ぬ。それは変えられない事実だ。しかしこういう恐怖の中で死にたくはない。
「えっ、そんな……」
灰原が声にならないような音量で呟いた。その声に圭一の恐怖はより一層増した。どう考えてもよくないことだろう。
灰原は圭一の後輩である。それだけの理由――いや、責任かもしれない――で圭一は尋ねた。
「ど、どうかした、灰原さん?」
「この映像を観てください」
灰原はスマホを圭一に見せた。
アメリカ人によるYouTubeのライブ配信。
その映像は今一番観たくないものだった。
雨の中、あの生命体が飛んでいた――。
※ ※ ※
「水が弱点じゃない奴もいるのか……」
「いや、違うかも知れません、菅原さん」
「どういうことですか、鳥羽さん?」
「別の異世界ですよ。以前お話しした多元宇宙論です。確か阿久先生の論文によると、データが集まるに連れてエネルギーが蓄積され、ある閾値を超えると爆発が起き、異世界に通じる道ができると書かれてありました。エネルギー値と異世界は一対一の関係。今もなおデータ、つまりエネルギーは蓄積されています」
「つ、つまり蓄積されたデータ量に対応した異世界の扉が開くってことですか?」
「おそらくそうだと思います。確信はありませんが……」
「もしかして、こういうことですか?」灰原が話に入ってきた。「例えば前に出現した巨大な怪物の異世界の扉が開くデータ量が100だったとして、それからもデータ量は増え続け200になった。その200に対応する異世界がアメリカで出現した生物が存在する世界。今もデータ量は増え続けているので、ここままだと300に対応する異世界の扉も開くかも知れない。そういうことですか?」
「うん、そうだと思う、灰原さん」
鳥羽は頷きながら答えた。そのまま鳥羽は続けた。
「今の灰原さんの言う通りだと思うけど、じゃー101や150に対応する世界はないのか? あるならその世界の扉はなぜ開かないのか? いろいろ不思議な点があります。でも今はそんなことはどうでもいい。少なくてもデータと異世界は関係があります。このままだと何が起きるか予想がつきません。菅原さん、FAPIGシステムを破壊しましょう」
FAPIGシステムの破壊。それは不可能なのだ。
筑波のICARCには単にFAPIGシステムを管理するためだけのシステムしかない。FAPIGシステムは個々のユーザーのPC上にインストールされている。システム上外部からのアクセスはできないようになっている。ICARCから全ユーザーのFAPIGシステムを遠隔で壊すことはできないのだ。
圭一はこの事実を伝えた。
「じゃー一体どうすれば……今この瞬間にもデータは増え続けているんですよ」
鳥羽は静かに叫んだ。
圭一は悩んだ。しかし悩んでいる暇はない。データ量は今なお増え続けている。ぐずぐずしていると新たな扉が開いてしまう。
FAPIGシステムの破壊は無理だとしても使用しなければデータは増えない。しかし訪問者の出現で多くの人がSNSでその動画を拡散させている。その多くがFAPIGシステムを利用して動画を保存。もちろん動画だけではない。世界中の人間が訪問者に関するあらゆる情報をFAPIGシステムを利用して集めていることだろう。
皮肉なもんだ。FAPIGシステムで異世界が現れたのにも関わらずその状況を加速させているのだから。SNSを使ってFAPIGシステムの使用禁止を呼び掛けたところで意味はない。余計にデータ量が増えてしまうからだ。拡散すればするほど事態は悪化する。
一体どうすればいいんだ……。そうだ。一層のこと政府に頼んでみようか。きっと話を聞いてくれるはずだ。日本だけでなく世界の危機。それが解決できるのなら話を聞いてくれるはずだ。
「首相官邸に電話でもしてFAPIGシステムの使用を控えるように頼みましょう」
圭一の予想外の言葉に皆が驚いているようだった。圭一はスマホで首相官邸の電話番号を検索。電話をかけた。しかし繋がらない。この非常事態の状況下。電話回線がパンクしているのだろうか?
「電話は繋がりませんでした。なので行きましょう。首相官邸へ。行って直接説明しましょう。総理から日本国民や世界に向けてFAPIGシステムの使用禁止を訴えてもらいましょう」
「首相官邸に行く……? 行ったところで相手にされませんよ」
「鳥羽さん、政府もこの事態を何とかしたいと思っているはずです。その原因がFAPIGシステムにある。その開発者が私であることを伝えれば話は聞いてくれるはずです」
「えっ、いや、でも行くって東京ですよ。あの二体の巨大な生命体の出現で今は電車は使えません。もちろん飛行機も」
「車で行くしかありません」
圭一のその言葉を聞いて松田は目を閉じ静かに頷いた。
灰原が松田と圭一の顔をキョロキョロ見た。そして鳥羽に向かって「行きましょうよ。ダメ元でもいいじゃないですか。ここまで来たんだし、それにこの事態を救えるのはここいる私たちだけなんですよ」と言った。いつもの灰原だ。久しぶりに見たような気がする。
「まぁーそうですね。行きますか」
「ありがとうございます、鳥羽さん。あっ長時間になりそうですけど運転お願いします、松田さん」
「えっ、ずっと私が運転すんの?」
「冗談ですよ。途中で交代しましょう」
圭一の冗談に久しぶりに笑いが起きた。
「じゃーそろそろ出ましょうか」圭一の合図でそれぞれ荷物を手に取った。松田は付けっぱなしのテレビを消そうとリモコンを取る。その時テレビ画面に速報が流れた。
『東京壊滅』
力が抜け、手に持っている荷物を圭一は落とした。




