2章 1
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苔だらけの岩をすぎると道は平坦になった。その平坦な道は、まるで計測したかのように群生するクヌギの木によって四方向へ道別れしていた。
これが四つのエリアへ続くのだと思いながら、義樹はどの道を選択するか迷った。足音だけ聞こえ、姿の見えない山伏が、どのエリアへ向かったか見当がつかないからだった。
本音を言えば彼とは同じエリアで暮らし、どうして義樹を拒絶するのか理由を聞き出したかった。がしかし、行くべき先が決まっているのなら同じ場所で暮らすことはないだろう。そんな気がした。のみならず問い質しても、おいそれと簡単に答えてくれる問題ではないように感じる。確執はかなり根深いと思えるからだ。
おそらく斬り合い、いや虫になるのであれば命を賭した戦いで決着をつけない限り、山伏とのわだかまりは完全に消えないと直感している。
義樹は山伏が中央のエリアを選んだと仮定して、いちばん右のエリアを行くことに決めた。
湿気と落ち葉でぬかるんだ道を進んでいくと、先へ行った山伏の気配は完全に消えた。後からくるであろう四人の姿も見えない。静まり返った森の中に義樹の足音だけが響く。義樹は不安を覚えながらも進んだ。
時間にして五分ぐらい、距離にして三百メートルほどだろうか、正面にひときわ大きなクヌギの木が見えた。ちょうど人一人が通れる隙間が空いていた。
これがサイモンとタマミの言った入口だな。義樹はそう判断して、隙間を通り抜けようとした。すると不意に横へ広がっていた枝が左右から下りてきて、通せんぼしてきた。
「待て! 簡単に、ここを通すわけにはいかないぞ」
左側の木からだろう、穏やかながら重々しい言葉が発せられた。
「なぜとめる。私は試練を受けにきた者、阻むのなら理由を説明してほしい」
義樹は臆せずに言った。仮に行くべきエリアが違うとしても、理不尽な対応には強気な応対をするべきだ。
「闇雲に阻むつもりはない。まずは名前と年齢を名乗るがよかろう。すべてはそこからはじまるからである」
今度は右側のクヌギが言った。同じような大きさでありながら微妙に口調が違っている。だが何のために名を名乗るのだろうか。
「虫になるのに名が必要とは思えない。それとも名前を言うと入館証でも渡してくれるのか」
「つまらない人生を送っているわりには面白いことを言う奴だ」
左側のクヌギが鼻を鳴らして苦笑した。
「つまらない? 何を言いたい。働き甲斐のある仕事をし、最愛の妻とも結婚した。この平和な時代にそれ以上何を望む」
「わしがつまらぬといったのはそのことではないぞ。そなたが過去の教訓を活かさず、まったく成長しないからだ」
「教訓? 成長? どういうことだ。なら私の過去も現在も知っているのか」
「もちろん知っておる。妻を信用せず、裏切りと決めつけた愚か者だ。過去も似たり寄ったり、裏切られたあげく人間不信に陥った軟弱者だ」
義樹は言葉を返すことができなかった。自身の過去は探りようもないが、なぜかこのクヌギの言うことが真実に思えてならなかったからである。実際、妻と仲たがいし人間不信に陥った。
「では、もう一度問いかけるとしよう。名前と年齢を申してみよ」
義樹が押し黙っているのを見て、右側のクヌギが言った。義樹は素直に従った。
「皆川義樹、三十一歳だ」
「ではここで、そなたに宣告しよう。皆川義樹は、過去においても現在においても三十一歳で生涯を終えたと」
「えっ……?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。「ちょっと待ってほしい。それはどういう意味だ」
「たわけ! 死ななければ転生はできんだろう」
左側のクヌギが一喝してきた。
死ぬ? 義樹は今さらながら自身の浅はかさを悔いた。その通りだ、転生というのは他の肉体へ生まれ変わること。つまり、死ななくてはならないのだ。
それを再認識したとたん、膝ばかりか全身が震え、その場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。
――死にたくない。