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4

 刻々と時間がすぎ、女王らも貴賓席にすわって今や遅しと開始を待っている。

 そうしたなか、突如キリギリスによるファンファーレが鳴り、選手入場のアナウンスがタマミによって告げられた。三方向から一斉に切り株へ向かって代表が飛翔する。義樹も東地区から飛び立った。

 切り株のステージへ羽を翔ばたかせて舞い降りると、待っていたかのように蝉たちが鳴きだした。それと同時に、数百万匹に及ぶ蜻蛉たちと無数の白蟻たちが上空へ飛行する。

 梢の先の空間が彼らに埋めつくされた。その光景は真夏に降る雪にさえ見えた。奏でる勇壮な羽音は蝉の鳴き声とともに行進曲であり音楽隊である。

 ほどなく白蟻と蜻蛉の姿が消え、会場内に月明かりが戻ると、頭上の木から数千匹の蛍がステージを照らした。そのスポットの中心にタマミがいる。彼女は朗々とした声で話しだす。

       

「紳士、淑女の皆さん。お待たせしました。ただいまより、この森の代表を決める格闘大会を開始します。各地区の選手をコールする前に、わざわざ出向いてくれた女王蜂と女王蟻、本年度のかぶと虫の女王、ミス・シーズを紹介します」

 タマミが貴賓席に座る招待者を次々紹介すると、蛍たちは光を一斉に彼女らに向けていく。

 そうして一匹ずつ選手を紹介していくうち、会場のボルテージは極みに達し、最後に義樹の名をコールする頃には熱気と興奮でタマミのアナウンスが聞こえないほどになった。

        

 組み合わせは抽選で北のムサシと西のフジモン、東の義樹と南のサイモンが戦うことに決まった。

 しかしサイモンは、決勝で当たるであろうムサシのことだけを考えているようだった。身体の大きさが歴然としているため、義樹に勝つのは当然だと思っているのだ。それは見守る観客たちも同じなのだろう。一部の観客から悲壮なざわめきが起きていた。

 けれど勝機を見出すとしたらそこだ、と義樹は思う。サイモンは義樹の身体的な非力さを知っていても、それに代わる俊敏さを知らない。つけいる隙がないわけではないのだ。

        

 ステージ上に義樹とサイモンが残り、ムサシとフジモンが控えの席に降りた。

 いくぶん表情を強張らせたサイモンが、無言で握手を求め、義樹も無言で握手を返す。両者がコーナーに離れ、鐘が鳴る。ついに試合開始だ。

 合図とともにサイモンは、角を突き立てしゃにむに突進してきた。義樹は間一髪かわす。破壊力抜群だったが、無策だ。もしかしたらサイモンは、案外最前線の兵士としての経験が少なく、主に戦闘の指揮をとっていただけなのではないだろうか。もしくは革命の総大将という神輿。

        

 つまるところ政治的手腕に長けた人でしかなかったのだろう。それだけに、義樹にはサイモンの動きが手に取るように理解できた。しかし一対一の経験が少ない彼にはわからないようだ。何度かわされても力ずくに突っ込んでくる。

 最初は間一髪だったが、そのうち攻撃を完全に見切ると、義樹は緩急をつけてサイモンの周りを勢いよく回りだす。するとサイモンは動きについてこられなくなった。余裕の出てきた義樹は、蝶のように舞いながらときおり角でサイモンの脇腹を突いた。華麗なフットワークを駆使して鋭いジャブを放つ、あの伝説のボクサーのように。

        

 蝶のように舞い、蜂のように刺し、義樹はサイモンを翻弄した。さして大きくない身体で軽快に動きまわり、追い切れないサイモンの突進を空回りさせた。

 義樹の戦いぶりは完全に戦前の予想を覆した。観客がどよめき、ざわついた。おそらく一撃で倒されたあげくに切り株から蹴落とされて、地面に這いつくばる哀れな姿を想像していたに違いない。それが這いつくばるどころか、大きな力の前に屈伏することなく立ち向かっていった。それは、この世界の常識では考えられないことなのである。

       

 観客の声援に戸惑うサイモンは、よりしゃにむに突進してきた。自分自身に対する忸怩たる思いを角の先にこめて。

 義樹はサイモンの心情を慮りながらも、俊敏に回り込み、角を腹の下へ潜り込ませた。そして渾身の力でサイモンを持ち上げると、放り投げた。サイモンはもがきつつもステージから転落した。


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