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 いよいよ大会当日。

 日暮れ前から続々と観客が集まりだし、最前列の貴賓席を除いて二千匹を収容できる一般席は、試合開始二時間前だというのにすでに立錐の余地もなくなった。入りきれない虫たちは右往左往したあげく近くのクヌギの枝を確保し、そこをちゃっかり陣取っている。義樹はセレモニーがはじまるまでヨウゾウと地区専用の応援席にいた。

 各応援席の中央に直径一メートルほどの切り株があり、そこがステージになっていた。人間の感覚でいうならボクシングリングより少し広いぐらいのイメージを持てばいいだろう。

       

 直前の下馬評では西地区のムサシが断トツの優勝候補になっている。対抗は南地区のサイモン。顔合わせをしていないので何とも言えないが、二匹とも旧知のような気がする。列車に同乗し、たぶんここへ一緒にやってきた者たちに違いない。確か運転手の名もサイモンだった。ムサシに関しては定かではないが、おそらく義樹に恨みを持つ山伏で間違いないだろう。

 なら、ただ戦うだけでは済まされない。肉体はもちろんのこと、精神でも人間の尊厳を賭けた壮絶な戦いになる。下手をすれば魂を根こそぎ消滅されてしまうほどの――。

 そして北地区の代表フジモンは、あの傲慢な武士だ。今も運営を担うタマミに、何やら落ち着かない様子で叫んでいる。威張りちらしているようにも見えるが、義樹にはそれが怯えに感じられた。

       

 ユッグに選ばれたといっても武に長けているとは限らないのだ。ましてこの戦いは特に熾烈で、負ければ命を落とす可能性が極めて強いと聞く。もしかしたらフジモン……それまで見せてきた言動は戦わないことを前提にした虚勢で、単に空威張りだったのかもしれない。

 今も、たぶんレッドカード狙い。あわよくば一発退場を望んでいる。そうでなければ、あのように騒がないはずだ。

 しかしそれは義樹にも当てはまる。彼らと違って平和な時代の平凡なサラリーマンにしかすぎないし、生を受けて三十一年、ささいな喧嘩以外したこともなければ武術大会に出場したこともなかった。唯一トーナメントに勝ち進んだといえば、算盤塾主催の暗算大会で予選を突破したことぐらいである。

 だからといって選ばれた以上、真意はどうであれ戦う使命がある。フジモンみたいに今さら文句を言ってもはじまらない。

       

「刀を持たせてくれねば満足に戦えぬ。素手で殺し合うなど武士の本分から外れておるわ」

 耳を澄ますとフジモンの声が聞こえてきた。けれどあきらかにむちゃぶりだ。客席からも激しいブーイングが起こる。

「持たせてもいいけど、どうやって持つの。刃にしがみつくのが精一杯じゃないのかしら」

 タマミがフジモンの言いがかりをあっさり一蹴すると、フジモンは押し黙るかと思いきや逆に喰ってかかってきた。

「俺を人間に戻すのだ。そうしたら奴らとの力の違いを見せてやる」

「あんた、ほんとうにばかね。それ、幼児と大人がガチで殴り合いをするようなものよ。結果は目に見えるじゃない。でもこれで、その力の違いというのがわかったわ。で、どうするの。戦う、それとも降参する。降参したら、限りなく人間に戻れなくなる可能性が高いけど」

 タマミが決断を迫る。

「ば、ばかな。降参などできるか。それこそ武士の名折れだ」

「じゃ戦うのね。そうなら、ぐだぐだ言わずに静かに出番を待ってなさい」

        

 すごすごフジモンが引き下がったとき、会場全体から地鳴りのような歓声が沸き起こった。優勝候補のムサシとサイモンが姿を見せたのだ。

 二匹とも鋼のように硬く、黒光りした体躯をしていた。義樹より二回り、フジモンより一回り大きい。いやムサシはサイモンよりさらに大きいので、三回りぐらい違うだろう。

 彼らと戦うのか。義樹に一抹の不安が襲う。


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