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真の導かれし者を決めるため、候補三匹と森の王者による格闘大会が企画された。会場となるクヌギの森では飾りつけもほぼ完成し、三日後に向けて着々と準備が進められていた。興奮して会場を見物にくる虫たちや、はつらつと設営に勤しむ虫たちで森は熱気に溢れ返っている。
四ヶ所のクヌギの森から各地区の代表が集まってくるということから、かぶと虫ばかりか、あらゆる種類の昆虫が注目するところに、さらに普段見ることのできない各スズメ蜂の女王やら軍隊蟻の女王、好敵手でもあるクワガタ虫の主だった者が来賓として招かれたことにより一気に過熱した。
練習後に、下見がてらヨウゾウと訪れた義樹は想像以上の活気にたじろぐ。
「なんだか異様すぎると思わないかい」
「そうだね、真の導かれし者を決める大会だから、みんなよけい興奮してるのかな」
「でもユッグは、どうして大会を催してまで導かれし者を決めようとするのだろう」
義樹はヨウゾウに重ねて聞く。この大会を催すことによって、何か意味でもあるのかと疑問に思ったのだ。
「たぶんそれは密室で決めることに虫たちが納得しないからさ。人間社会の選挙と同じだと思うよ。リーダー選びに参加することによって、ある意味森の秩序が保たれるんだ。それと最大の要因は、僕もそうだけど、彼らがかつて祭り好きの人間だったからかもしれない」
「その通りよ。ヨウゾウは、もう完全に目覚めし者ね。この大会に、目覚めし者の代表として参加してもらいたいぐらい」
後ろを振り向くと、いつのまにかタマミがいた。片目を瞑って微笑している。
「勘弁してよ。僕は記事を書くことならできるけど、戦いには不向きなんだから」
ヨウゾウが足で角の辺りを照れたようにこする。
「そうね、不向きかもね」タマミが頷きつつ、ちらっと何か言いたげに義樹へ視線を当てた。「スズメ蜂軍団が来襲してきたとき、ヨウゾウは草むらに隠れたけど、誰かと違ってお漏らしをしなかったのは立派だわ」
「ひどいな。あれは少しちびっただけでお漏らしではないんだ」
義樹は口を尖らせて弁解した。一生言われそうだ。
「はいはい。じゃ、今度からはちびり君って言い直すわ。上に伝説をつけてね」
「はっはは」ヨウゾウが腹を抱えて笑いこける。義樹は決まり悪くなって話題を変える。
「ところでヨウゾウみたいに、ここで悟りを得て、人間に戻ったら――もう二度と犯罪に手を染めなくなるのだろうか」
「難しい質問ね。命の尊さを学ぶことができても、しょせん弱肉強食の世界だから相手を殺してしまうこともあるものね」
タマミも真顔になった。
すんなり肯定しないのは、この森を卒業しても先が不透明ということなのだろう。何かの本で読んだ記憶があるが、死後の世界には地獄のほかにもたくさんの領域があって、段階を踏んで成長しなければ高次の領域には行けないらしい。
生前、眉唾だと思っていたけど、この森で様々な過去世を持つ虫と触れ合っていくうち、まんざら嘘ではないような気にさせられた。
だとして、義樹はタマミとヨウゾウにどうしても聞きたいことがあった。
「なら例えばだけど、性犯罪なんかどうだろう」
妻は不倫しているとばかり思いこんでいたが、もしかしたらレイプされたのではないかと、義樹はシーズを見て考え直しはじめていた。
「それは、ひょっとして君のことかい。僕は長い間ここで暮らしていろんな虫を見てきたけど、初日に異性をお持ち帰りした君には肝をつぶされたよ。しかも相手は、その夜ミスに選ばれたばかりの絶世の美女だったからね」
「あら、手が早いのね義樹は――」
タマミが肩をすくめておどけた仕草をする。
「誤解だよ。私は彼女が横にいることすら知らなかった。ただ――」
「ただ?」
ヨウゾウとタマミが口を揃えて聞き直す。
「シーズと妻の置かれる立場が似ている気がするんだ。匂いもね」